「何でもっと早くに言わなかったのよ!!」 「だって、受かるかどうかも不安だったからさ……落ちてからかわれるのが嫌だったかも〜!」 ホワイトデーにハルカから告げられた衝撃の告白はシュウの心の内だけに収まらず、どこから聞きつけたのか、いつの間にか数日でクラス全体は愚か、学校中に知れ渡っていた。 本当に噂とは恐ろしいものである。 「全く! 早くに言わないからちゃんとした送別会ができるのかもわからないじゃない!」 「そんな大げさな……」 「大げさにするわよ。だって、城都って結構遠いからね。盛大にやらなくちゃ。覚悟しときなさいよ!」 ハルカを怒り続けている友人はハルカがこの学校で一番心を許している女子の友達。 幾度となくどうでもいいじゃれ合いをしてきた間柄の二人。ここの光景とかわらないはず…のように見えて、やはりどこか……その表情は寂しそうに見えた。 「私も送別会はしたほうが良いと思う」 いつもは引っ込み思案でなかなか意見を言わなかったハルカの友人がもう一人、会話に加わってきた。二つ結びがチャームポイントの勉学少女。 「そうかなぁ? 私はどっちも良いんだけど」 「多分、クラスの送別会は先生に話せば時間をくれるとは思うけど、その送別会じゃなくて、私たち友達同士の送別会……やろうよ」 「あたしもその意見賛成ー!!」 か弱い友人を押し倒しそうな勢いで会話に加わってきた友人はこれまた元気のいい少女。 お祭り好きが大好きな彼女がやはりこの手の会話に加わらないはずがない。 「修学旅行のさ一緒に行動したメンバー……って言ってもいつものメンバーだけど、そのメンバーでやろうよ!」 「んー、まぁやってくれるっていうなら……悪い気はしないかも」 さっきまで否定していたくせに、どうやらそれは上辺だけで、本当はハルカ自身も騒ぎたかったようだ。テレながらようやく意見に賛同する。 「じゃ、決まりだね! ハルカ、あんたいつこっち発つの?」 決まったといった瞬間、送別会立案者の少女は携帯電話を取り出し、スケジュールつくりに取り掛かる。 「えっとね、四月にはもう向こうについてる予定」 「じゃぁ……春休みの前半はこっちにいるわけだ。それなら……春休みは行って一番最初の土曜日は?」 「春休みは行っての土曜日? ちょっとまってね……なんか予定があった気が……あ! ごめん、その日入っちゃってる。日曜日なら問題ないかも」 「日曜日ね。じゃ、日曜日ってことで計画たてまーす!」 「私は問題ないよ」 「あたしも問題なし!」 「それじゃ、盛り上げるわよー!」 「「おー!」」 盛り上がる女子たちを尻目に、男子の友人たちはシュウの机の周りでその光景を見守っていた……。 真実〜それは寒き日に始まっていた〜 昼休み…… 『ガコンッ』 屋上階段付近に設置してある自販機から炭酸飲料を取り出す男子。手には他にいくつかのジュースが持たれている。そしてそれを持って彼は屋上の扉を開けた。 「おまたせ〜!」 「お帰り。ちゃんと買えたかい?」 「シュウ、お前オレのこといくつだと思ってる?」 「初等部?」 「お前、本当に口悪いよな。ほら、コーヒー」 「ありがとう」 シュウは少年の手から暖かいコーヒーを受け取る。 「で、お前がホットの茶だったよな?」 「うん。あ、新商品でたんだね」 お茶を受け取った男子は読みかけの古事記と思しき本を閉じてポケットへとしまった。 「それでお前らがスポーツ飲料で良かったっけ?」 「そうそう。サンキュウ!」 「あ、オレはレモンのほうのスポーツ飲料ね」 漫才コンビ……もとい、幼馴染コンビは同じタイミングでジュースを受け取る。 「そしてオレが炭酸と。これで役者はそろったな」 人一倍元気のいい少年は日当たりのいい場所を選ぶと、そこに男子を全員座らせる。 「でも、何でわざわざ全員を呼び出したんだ?」 屋上に集まっている理由がわからないシュウは話し片手にコーヒーの封を開ける。 「それはだな、ハルカちゃんの転校の件をどうするかってことだ」 「……は?」 普通に『ハルカちゃんの送別会をどう盛り上げる?』とか『転校の理由はなんだろう?』とかならまだわかるが、転校をどうするという言葉の意味が全くわからない。それはシュウだけでなく、そこに集まった発言者を除く男子全員が思ったことだ。 「転校の件をどうするって……どうにかする気なの?」 お茶片手に彼の言葉を冷静に解読する友人。どうするかってことはどうにかするには違いないが、何をどうするかが問題である。 「もちろんだ! ハルカちゃんの転校を阻止する」 「なんで?!」 「また?!」 漫才コンビは二人で一人。話しの主語と動詞を組み合わせたかのように発言する。 「だって、このままじゃシュウとハルカちゃん、離れ離れになるんだぜ? 止めようって思うのが普通じゃねぇ? 友人として!」 「普通は考えないと思うよ」 「俺もそう思う」 「オレもー!」 「そ、そうか?」 胸を張って言った意見なのに、それはあっけなく友人らに否定される。 「まず、ハルカさんの転校の理由を聞かなくて止めるのは僕は頂けないと思うよ。ね、シュウ」 「そうだね。彼女の転校は彼女が望んだことらしいから……それを止めるのはどうかと思う」 「ん? 『らしい』てことはシュウも知らないの? 転校の理由」 薄い茶色の髪を持った幼馴染コンビの片割れがシュウの言葉に疑問を覚えた。 「うん。聞こうと思ったんだけど……タイミングがつかめなくて……」 「そっか……昨日の今日だもんな。転校決まったの。それ考えるとまだ聞いてなくて当然か」 うんうんと頷きながら黒髪の漫才コンビは語る。 「だけど……どんな理由があれ、彼女が望んだことなら僕にとめる権利はない。それは……君にも言えることだ」 そのシュウの瞳はハルカの転校を阻止しようと言い出した少年へと向けられた。その瞳は鋭く冷たく、いつものシュウでない冷淡さを備えていた。思わず少年は体をぶるっと振るわせる。 「わ、わりぃ……そんな風には考えてなかった。そうだよな……ハルカちゃんが望んだことならオレには止める権利ないよな……」 「君が僕のことを思ってくれるのは本当感謝してる。でも、それを彼女への妨害に変えないでほしい」 「うん……わかった。オレ、お前とハルカちゃんが望むようにするよ。それが二人にとって嬉しいことなら」 いつもは馬鹿ばっかり言って彼女の知りにしかれている彼。 でも、シュウとハルカの仲を一番心配して、一番わかっているのも彼。 そんな友人を持って自分は幸せだとシュウは改めて実感する。 「じゃ! シュウが告白できるようにオレセッティングするよ!」 ……前言撤回。 「知ってる? それって小さな親切、大きな……」 「オレもその意見サンセー! シュウたち見てると早くくっつかないかっていらいらするんだもん!」 「俺も俺も! 付き合ってないのが不思議なくらいだし」 「潮時だね、シュウ」 友人は時に見方で時に敵であることをこのときにシュウは知ることとなった。 「勝手に進めないで欲しいんだけど」 帰り道。 勝負が終わって、二人は絵南の駅からしばらく歩く。 「送別会か……なんかようやく転校するんだなって実感してきたかも」 帰り道にある遊歩道と路側帯の区切り線の上を平均台のようにして歩くハルカ。その顔はにやけている。 「君が……転校ね。しかも城都」 「な、なんか引っかかる言い方ね? 私が城都に行くのが不満なわけ?」 「別に。ただ、あそこの一人暮らしの寮に入るのかと思っただけだよ。部屋もろくに片付けられない君が一人暮らし……普通は驚くと思うよ」 「う……痛いところを。でも、それはしょうがないって割り切ってる。だってそうなることを覚悟の上で転校の志願したんだもの」 その言葉にシュウは思わず『どうしてそこまで転校したがる?』と言う質問をしてしまいそうになったが、すんでの所で飲み込んだ。それは自分が聞いてはいけない。それは彼女が自然に言うことだと言い聞かせて。 「城都って都会だよね。鳳炎よりずっと都会。なんか楽しみ半分、半分は不安かも」 「不安なんか通り越して食べ歩いてそうだけどね」 「もう! すぐそうやって嫌味を言う……。でも、この嫌味もしばらくは聞けないんだよね」 ハルカはシュウの少し後ろでぴたっと足を止めた。 「ねぇ、シュウ。どうして私が転校を望んだか……シュウにはわかる?」 いよいよ話しの真髄に触れたらしい。 シュウはその問いにそっけなく「わからない」と答えた。その答えにハルカは笑う。 「だよね。普通はわからないよね。でもね、私の転校にシュウは大いに関係があるのよ?」 「……僕が?」 「そう。転校の九割……ううん十割を占めているといっても過言じゃないかも。私を転校へと導いたのはシュウ。あんたよ」 そういわれてもハルカに転校を促した覚えのないシュウは混乱するばかり。 それに、転校なんて……シュウは望んでいない。 「私は……シュウに追いつきたくて転校を望んだ。学校関連携に」 学校関連携。 それは鳳炎学園が所属している複数の姉妹校が春に学校の生徒をトレードするシステム。 鳳炎からハルカが行くとすれば、城都からハルカの代わりが訪れる。 他の学校に入ってその学校で新しいことを学ぶ。エスカレーター式で新鮮さのない学校生活に活力をと言う目的で数年前に作られたもの。 ハルカはそれに志願したらしい。 「鳳炎に不服でもあったかい?」 「ううん。不服なんてない。鳳炎は心地いいし、友達も多くて大好き。でもね、城都の方が本格的に弓道が出来るの」 そこから、ハルカはしばらく今までのことを語り始めた。 「私ね、鳳炎学園に来る前一応学生らしいことはやってたと思うの。友達とはしゃいだり、勉強したり、部活したり。でもね、何かに一生懸命になるってことがなくて、学生生活これでいいのかなって思った。そんなときに鳳炎に転校して、弓道に……シュウに出会った。本気になれるものに」 ハルカの表情は時々切なそうで時々楽しそうでそして……真剣な瞳をしていた。 「ここまで本気になったものってないの。だから、それを極めたくてどうすれば良いか悩んでたときに学校間連携があるって知った。それでロバート理事長先生に話を聞くとさ……行ってみたくなったの」 「こことそんなに大差はない筈なんだけど……」 「うん。施設的にはあまり大差はない。でもね、強い子は向こうにいる。それに全国大会とかの会場って結構城都が近いから……ロバート理事長がね、私の成績ならきっとこれから先、全国大会に出ることが多くなるはずだから、近い場所に住むことは悪いことじゃないって言ってくれて……でもね、本当はまだそこでも揺らいでた。転校するってことは友達はいないし、ひとりで生活できるのかも不安だった。だけど、それをしてでも強くなりたい。城都にいる強い人たちと戦いたいって。そしてシュウと並びたいって思ったら……そんな気持ち、どこかに行ってた。私、気づかないうちに本当にシュウに認めて欲しいと思ってたみたい。それに……覚えてる? 今年に入って、最初の部活の日」 それは今年の一月の出来事。 『今日こそシュウに勝って見せるかも!』 『毎回同じ台詞言ってて飽きない?』 『うるさーい! 何事も日々の積み重ねが肝心なの!』 『負けることはあまり積み重ねない方が……』 『う……い、いいの! さぁ、四の五の言わず勝負よ!』 『目に見えてる勝負はしない主義なんだけど……まぁ、引き受けるよ』 それは弓道部では何の珍しくも無い光景。 ハルカがシュウに勝負を挑むという物。 この日だってなんら変わりないはずで、シュウの矢は本当に真ん中を射止め、ハルカは真ん中ながらもやや左にずれてしまった。結果はシュウの勝利で終わり、いつもならハルカが悔しそうにした後、今度こそは勝って見せるー! などと言うはずなのに、その日に限ってハルカは……少し寂しそうに真ん中に刺さったシュウの矢と、真ん中から少し外れた自分の矢を見つめていたという。 「あの時に、決めたんだ。負ける勝負じゃなく、勝てる勝負をしたいって。真ん中に刺さっているシュウの矢を弾き飛ばすくらい、真ん中を獲てみたいって。だから……私は城都へ行く」 その表情は幾度となくシュウが見てきたハルカの本気の表情。 瞳は話をしている対象の人物を見つめ、青い瞳は本当に透き通るほどクリアに心を物語る。強気で前向きな考え。 そんな表情を出来る彼女だからこそ、シュウを見初めさせたのかも知れない。 「だから……絶対に城都に来てよ? 待ってるからね!」 そういってハルカはシュウと道を分かれた。 心の中をさらけ出したハルカとは対照的に、心の中を鉛色のように困惑させたシュウだけを残して…… 「待ってるね……」 一人、部屋のベッドの上で仰向けになり天井を見つめるシュウ。 眼鏡をしていないので天井の木目などは見えないが、一点を見つめていることに変わりはなかった。 ハルカから聞きたかったことは聞いた。けれども心にえも言われない重たい気持ちが魚のように泳ぐ。 まさか……転校する理由が、転校を望んでいない自分の所為だなんて…… 「誰が思うんだよ。全く……」 仰向けから体勢を横にする。視線はベッドの脇にあった携帯電話へと向けられた。 今、ここで電話をして自分が転校を望んでいないと言ったら彼女はどんな顔をするだろう? 迷うだろうか? 泣き出すだろうか? 怒り出すだろうか? いや……どれも当てはまらないだろう。 他に答えがあるわけでもない。ただ、ハルカのことだから人が思いもよらない回答をする気がする。 それがハルカと言う人物だから。 そして、そんな転校してほしくないと思いつつも、彼女の迷惑には成りたくないと思っている自分がいることをシュウは重々承知だ。 だから、携帯電話を手に取ることはないだろう。 「どうすれば……良いんだろうね」 今までの生きてきた十数年の人生。ここまで迷って窮地にたたされたことがあっただろうか? 弓道大会の決勝戦や何か大きな大会などのスピーチで緊張したことはあったものの、それは緊張であり、窮地ではない。 それに、緊張は自分がどうにかすれば済む問題のこと。これはそうも行かない。 自分でないからこそ悩んでいる。自分ではどうにも出来ないことだから。 「……はぁ……」 自分がいったい何を望んでいるのかもわからなくなった。 ハルカには弓道で強くなってほしいと思う。 でも、離れたくはないと願う。 だから本当は鳳炎で一緒に強さを培って行ってほしかった。けれどそれはもう叶わない。 ならば…… 「答えはどこにあるんだ?」 春一番の風が吹いた夜に少年はいったいどんな答えを見つけ出す…… それから春休みに入るまで色々な出来事があった。 まずはシュウ様ファンクラブからの嫌味の横行。 『シュウ様とは並べないと悟ったからこの学校を出て行くのでしょう』などと高笑いをされて言われたり、 『あなたの様な気品のない方がいなくなって清々するわ』だのとお嬢様らしく後ろ髪をふわりと左手でかきあげながら言われたようだが、当の本人ハルカは気にしていなかった様子。 それどころか 『真実でない嫌味って嫌味に聞こえないから不思議かも』と逆に神経を逆なでして言ったという。 それはシュウのおかげと言わんばかりの発言だった。案の定少女たちは顔を真っ赤にして風のように過ぎ去って行ったらしい。 他に起きた出来事はハルカへの駄目もと告白大会。 ハルカに思いを寄せる男子は少なくなく、シュウがいても良い! あたって砕けろといわないばかりに春休みまでの数日間放課後ハルカは幾度となく男子生徒に呼びだされたそうな。 ラブレターの数もかなり多かったらしく、その量にいつもラブレターをもらっているシュウすら驚いていた。 しかし、それだけ告白されてもやはりハルカは誰一人OKしなかったらしい。しかもお断りの理由がすべて 『シュウに勝つことで頭いっぱいだから、恋愛とかする時間ないから……』 シュウが彼氏だからという理由ではないにしろ、断りの理由がすべてシュウという時点で、ハルカの中に他の男子が入り込めるスペースがないことは誰にでもわかることだった。 そしてクラスメイトからの盛大なお別れ会。 お祭り騒ぎが大好きな生徒たちが寄ればそれはそれは盛大なお別れ会になることは見えていた。 金持ち学校らしく、食べることが大好きなハルカの為にヴュッフェ式の派手なお別れ会。 メインのケーキはウェディングケーキと同じくらいの大きさだったという。 後にこの騒ぎを聞きつけたほかのクラスメイトも混ざってそれはそれは思い出に残るお別れ会になったらしい。 そして……春休みに入った…… 土曜日は駄目といっていたハルカの為に日曜日にうつされた友達のみの送別会。 準備や場所の設営から時間はお昼の一時からとなった。 シュウも準備を行う予定だったが土曜日の夜、思わぬ人物から電話がかかり、午前中の時間シュウはその人物の為に時間を使うこととなる。 待ち合わせは朝の十時に絵南駅前の公園。その人物とは…… to be continued... 作者より… まだまだ続く……どこまで引っ張るんだよおい。 結局、ハルカが転校することは事実です。 そして、シュウはそれが現実と分かってから色々行動を起こします。 そして、ハルカの送別会の日にシュウを誘ったのは…… もう、しばらくお待ちください! 2007.4 竹中歩 |