聖誕祭の薔薇 その花を見たのは、シュウと絵南の駅で別れてしばらくのことだった。 いつもは花になんて興味がなくて、自分でも花より団子なんて言っていた位だもん。 そんな自分が引き寄せられた花。 名前をクリスマスローズと言う。 花屋さんでポインセチアと一緒に並んでいた。 ポインセチアみたいに赤と緑は強くなくて、白とかピンクの色がある淡い色の花。 見た目にも名前にも私は引き寄せられた。 「ローズって事は……薔薇よね?」 でも、私がイメージする薔薇とはかなり程遠い。 情熱的な真っ赤な薔薇が私の持つ薔薇のイメージ。でも、このクリスマスローズは情熱的どころか引っ込み思案だと思うくらい俯いている。花についての説明が気から見るに元々そういう品種らしい。 とてもクリスマスとは結びつかなくて、地味な花だけど、私は目が離せなかった。 それを見かねたのだろう。花屋の店員さんが話し掛けてきた。 「気に入った? その花?」 「え?! いや、単に珍しいなと思っただけで……」 「そう。やっぱり貴方もそう思う? ポインセチアに比べたら知名度も低いから珍しがられるのよね」 二十代くらいの女の人。長い黒髪を三つ編みにしていて、オレンジのエプロンが良く似合う優しそうな人。 「だからこうやって毎年少しだけ売れ残っちゃうの」 女の人は寂しそうに鉢植えのクリスマスローズに手を伸ばす。 「とても綺麗な花なのよ? 薔薇といわれるくらいだから……でも、花言葉が『慰め』とか『中傷』とかで嫌がる人も多いの。この子達だって好きでそんな花言葉つけられたわけじゃないのに」 同じ薔薇なのに酷い扱いだと思った。 薔薇は色によって意味は違うとシュウが教えてくれたことがある。 だからこのクリスマスローズも意味が違うんだね。 なんだか…… 「かわいそうかも……」 売れ残って……後は只管に寒い冬が来るのを待つ。いくら寒いのが平気な品種だとは言え、花だ。 苦手なのには変わりない。 「そうね……良い人の所に買われて欲しいわね」 「そうですね。私が買ってもいいんですけど、こう言う園芸とかガーデニングとかは点で駄目なんです。知り合いにも止めておいた方がいいといわれてますし」 止めておいた方が良いと言ったのは誰でもないシュウ。 まぁ、私の性格から言って言われてもしょうがない。 私はサボテンすらまともに育てられなくて、シュウにバトンタッチしたくらいだ。そんな私が珍しいクリスマスローズなんて育てられるわけがない。 むざむざと枯らすくらいなら、最初から買わないほうが良いと思う。 「寒さには強いから、普通の人でも大丈夫だと思うけど……」 「いいえ! 私に買われるくらいなら、他の人に買われた方が良いですって! もし……クリスマスが終わっても残ってたら買っても良いですけど……一人、心当たりがあるので」 そういうと何故かその店員さんは笑い出した。 私、何か可笑しいこといった? 「どうかしました?」 「いや、優しい子だなって思ったの」 「え? 私が……ですか?」 今の会話のどこで私は優しいと言われたのだろうか? 思い当たる節がないんだけど…… 「クリスマスローズはね、大抵名前からクリスマスの時期だけ欲しがる人が多いの。クリスマスが終わって欲しがる人なんていないに等しいわ。でも、貴女はシーズンが終わっても欲しがってくれた。だから優しいなって」 「そ、そんな物ですかね?」 「そうよ。……もし、このクリスマスローズ残ってたら譲ってあげる。代金なんて取れないわ」 「え! それは悪いです! お金払いますよ!」 「いいのよ。さっきも言ったけど、シーズンが終わった花は買う人が少ないから」 ただなのは嬉しいけど、本当にそれでいいのかな? 嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが私の中で混同する。 「ね? だから、クリスマスが終わったら、来てくれるかしら?」 「はい!」 勢いよく返事をしてしまった。もう少し、遠慮した方が良かったかも。 でも、もう返事をしてしまったのだ。後は時が来るまで待つしかない。 そして私は再び家路へと急いだ。 その日の夜……大変なことを思い出し、悲鳴する自分。 「そう言えば……忘れてた」 クリスマスローズのことで頭がいっぱいだったが、肝心のクリスマスを忘れていた。 いや、クリスマスと言う行事自体は覚えていたのだが、プレゼントを忘れていた。 シュウに対してのクリスマスプレゼント。 これは私が絵南に着てからずっと続けていることで、シュウとはお互いにプレゼント交換をしている。 別に深い意味はなくて、単に親友だからしていると言った感じ。 今年はどうしようかと考えながら歩いているときにクリスマスローズを見つけて、話し込んですっかり忘れていた。 「どうしよう……」 シュウのプレゼントは友人の中で一番悩む。 あれだけ嫌味を言うシュウだけど、ちゃんと気持ちは受け取ってくれている。どんな物あげてもちゃんと使ってくれるし、大切にしてくれている。 だから余計に何をあげれば喜ぶのかが分からない。何をあげても喜んでくれるから、何を渡せば良いのか…… 「綺麗な物……美しい物……目の保養になるもの」 ベッドの上でうわ言のようにつぶやいて見る。 そうしたとき、今日のクリスマスローズが思い浮かんだ。 薔薇って言えば…… 「シュウの花だっけ」 前に、 自分を花に当てはめたら何になるか? そんなことを友人と話したことがある。 友人いわく、私はチューリップやガーベラっぽいと言われた。春に咲く明るい花と言ったイメージらしい。 そのときに、じゃぁシュウは何の花か? そんな話も一緒に出て、私は即答した。 「『薔薇でしょ?』」 友人は百合だといっていた気がする。 高嶺の花と呼ばれるシュウにはぴったりではないかと。まぁ、その意見も一理あるが、私はどうしても薔薇にしか思えなかった。 綺麗だけど……棘のある花 シュウはかっこ良いと思う。美形と呼ばれるのはわかる。そこは否定しない。 でも、嫌味が酷い。だから綺麗だけど棘のある花。だから薔薇だと思う。 そう言って以来、シュウの花は薔薇だと勝手に私たちは決めてしまった。だから薔薇はシュウの花。 「クリスマスローズ……」 そうだ、だったらクリスマスローズをあげれば良い。確かに花言葉は良くなかったけど、シュウのことだから気にしないはず。たとえ嫌味を言われても、説明すればわかってくれる筈だ。 そう思って私はクリスマスローズを送ることに決めた。 翌日…… 私はあのクリスマスローズを求めて、あの花屋さんへと向かった。が、 「え……売れたんですか?」 「そうなの。今年は珍しいことに全部売れてしまったの」 「そうなんですか……」 少しショックだったことと、あのクリスマスローズたちがちゃんと買われていったことが嬉しいのとで、また気持ちは混同する。 「そっか……どうしよう」 「ごめんなさいね……」 「いいえ! 私が昨日は買わないって言って、今日行き成り買うってきたから悪いんです! 気にしないでください!」 そう、この人は何も悪くない。 昨日の時点で買わなかった自分が悪いのだから。 しょうがないと気持ちを切り替えた私はクリスマスローズを探して絵南の町を翻弄することにした。 駅前の古くからある花屋さん デパートに入っている店内が白で統一された花屋さん ガーデニンググッズも一緒に売っている園芸ショップ それからも何件か回って見たが、どこにもクリスマスローズはなかった。 別にクリスマスローズにこだわらなくてもいいけれど、なんとなくシュウにはそれをプレゼントしたかった。 シュウならあのかわいそうな花言葉たちの花を……ポインセチアより綺麗な花にしてくれるから…… 結局夕方までかかったが見つからなかった。 本当にどうしよう…… 重い足取りでの帰宅。 もうクリスマスは明日なのに……今日はイブなのに……。 そう思いながら玄関へ付いたとき、私は自分の目を疑った。 「これって……クリスマスローズ!?」 自分家の玄関の靴箱の上に、クリスマスローズの植木鉢が鎮座していた。確か昨日までここには百円ショップの造花ポインセチアがおいてあった筈なのに! 「ちょっとママ! これどうしたの?!」 「なんなの? 帰ってきて行き成り?」 キッチンで今夜のご馳走の準備をしていたママがパタパタと走ってきた。 「それより、これどうしたの?!」 「そのクリスマスローズ? 今朝早くにハルカの通学路にある花屋さんで見つけてね、可愛いからかってきたの」 そうだ。ママなら確かに花を育てるのは上手。買っていても可笑しくはない。 だけどあれだけ探して見つからなかったクリスマスローズが家にあるなんて…… 「凄い偶然……」 「どうしたの?」 「お願いママ! 私にこのクリスマスローズ頂戴!」 「それはいいけど……なーに? 何に使うの?」 ニヤニヤと笑うママにつかまった……まぁ、花が手に入るならいいか。 私はキッチンに戻るママの横を歩きながら、明日どう使うかを話はじめた。 クリスマス当日…… イブは家族で過ごした。ちゃんとパパたちからもクリスマスプレゼントは貰って、ママが腕によりをかけたローストチキンも食べて、ケーキも食べた。だけど、私のクリスマスはまだ終わらない。 今日はシュウと待ち合わせて、そのあと友人たちとカラオケにも散れ込む予定。 シュウは絶対に歌はないから、今日こそは絶対に歌わせる! ……とその前に渡す物があるんだった。 ママが可愛くラッピングしてくれたクリスマスローズ。ぱっと見では分からないように紙袋に入れてきた。 シュウは多分貰ってくれるはず。さぁ……どんな顔するかな。 「珍しいね。君の方が早く着いてるなんて」 「まぁね」 「あれかな? 遠足の日は興奮して早く目が覚めちゃう幼稚園児?」 「なんですって?」 再会したとたんにこれよ。 クリスマスだからって情緒あることはしないんだよね。でも、今日はそんなことがしたいんじゃない。 「まぁ、本来なら怒るけど、空気悪くなったら嫌だもん。私が今回は我慢するかも。じゃぁ、早速出悪いんだけど……交換しよっか?」 私たちはあらかじめ交換をする。 後で友人たちにからかわれたりしないために。 「そうだね……これが僕からの今年のクリスマスプレゼント」 シュウも紙袋だった。なんだろう? 大きさから言ってぬいぐるみかな? 私は受け取って中身を確認して……驚いた。 「く、クリスマスローズ?!」 「そう……だけど。何をそんなに……」 そう良いながらシュウも紙袋の中身を確認して驚いている。 だって、私たち同じ物交換してるんだもん。 「な、なんで?!」 「いや、むしろこっちが聞きたいんだけど?」 お互いにありえない状況に困惑する。 こんな偶然てあるの? そのときシュウが 「君が探し回ってるって聞いたから探したのに……」 「私が?」 「ああ。昨日花屋を何件も回って探したんだろう?」 どうしてそのことを…… 「知ってるの?」 「……一昨日、君がクリスマスローズのことで店員と話しているのを見てね。そのときはどうも思わなかったんだけど、次の日ちょっと用事があってあの花屋さんに行ったんだ。そうしたらそこの人が君がクリスマスローズを探していたって聞いて……だから君が欲しがっているのだとばかり」 「確かに欲しがったけど……それはシュウにプレゼントしようと思って探してたのよ?」 「え……」 「薔薇ってきいて……シュウに似合うと思ったの。でもまさか……お互い、お互いの為の物を選んでたなんてね」 凄い偶然だと思った。 だってありえないでしょ? お互いが同じものを探してたんだよ? だけど…… 「一応、ありがとうね。でも……育てる自信ないかも」 そうだよ。シュウにあげるならまだしも私には育てる自信なんてない。 花屋さんに心当たりがあるって……あれシュウのことなんだよね。 ……そうだ! 「ねぇ、私に育て方教えてくれない?」 「君に?」 「そう! 絶対に枯らせたくないの! お願い!」 「別に……いいよ」 「本当!? やったー! さて、問題が解決したところで……行こうか!」 「その前に家においてきたほうがお互い良いと思う。流石に鉢植えは持ち歩きにくいし」 「そうだね」 そうやって歩く私たちの街には今年では遅い雪が降り始めた。 「シュウ、メリークリスマス!」 「Merry Christmas、ハルカ」 ------------------------------------------------------------END--- 作者より…… 今年は書く時間ないかなと思ったんですが、 街でクリスマスローズを見つけた瞬間、このお話が降ってきて、 書くしかないと思い込み、パソコンに向かいました。 だって、薔薇だよ? シュウじゃなくて誰なんだよ! そういうわけで、二人の今年のクリスマスです。 一応私のモットーであるプレゼントは交換主義を入れました。 そしてなんだかんだいいながら似たようなものを選んでしまうのが二人です。 一番最初に書いたクリスマスの話もそんな感じでした。 それの学園パラレルバージョンと言ったところでしょうか? とりあえず、これが今年の私から皆さんへのクリスマスプレゼントです。 メリークリスマス! 2006.12 竹中歩 |