『ストンッ』
 綺麗な音を立ててシュウの放った矢は大きな黒の丸。即ち真ん中に命中した。
 その瞬間、ハルカの叫び声緒が木霊する。
「また負けたぁー!」
 悔しそうに頭に手をやり座り込む。どうやらまたハルカがシュウに勝負を挑んだらしい。しかし、シュウとハルカでは弓道を始めた時期が違いすぎ、さらにシュウは天才肌とも言われるほどの腕前。ハルカが安易に勝てる筈もなく、また負けてしまったらしい。
「君ね…如何して僕にばかり勝負を挑むんだ。まぁ、僕の練習を君が勝手に勝負だと思い込むのは勝手だけど。他にも友人がいるだろう?」
 シュウはため息をついて弓を元あった場所へと直す。もうこれ以上勝負をする気はないという沈黙の戦線離脱宣言。
「そりゃね。普通は女子同士で争うわよ。大会だってそれが当たり前。でも、シュウは私にとってのライバルなの!何においてもね!だからシュウと戦いたいの!」
 ハルカには常識が通じなかった。彼女にとってシュウと勝負すること、それに意味がある。だから友人などでは意味がないのだ。
「ライバルね…ま、精精張り合えるようにはなって欲しい物だね。」
「絶対に見返してやる。」
 こんな2人の『いつも』のやり取りを『いつも』とは違う表情で見つめる少年がいたことに2人は気づかないでいた。





好敵手





 ハルカとの争い後、今日の部活は終了。しかし顧問に呼ばれていたシュウは着替えのピークに乗り過ごし、気がつけば部員の姿はなかった。もう大半が帰ってしまったらしい。そしてシュウも制服に着替える為に更衣室へと足を運んだ。
「お疲れ。」
 乗り遅れた人間がもう一人。シュウの友人がそこでは着替え始めていた。
「お疲れ様。」
「今日もハルカちゃん元気だったな。」
「本当だよ。あのテンションが帰るまで続くからね。」
「帰りの電車何分だっけ?」
「30分。」
「このハードな部活をこなしたあとにそれだけの元気を保つなんてほんとすげーよ。」
 友人は着替えが早い。あっという間に着替え終わると備え付けのパイプ椅子に腰をおろし、スポーツ飲料を口にする。
「あの元気が他の事に行けばいいんだけどね。」
「シュウ…それは父親が言うような台詞だって。」
「そうかい?」
「そうだって。」
 この友人はシュウと同じクラス。単純明快や熱血馬鹿という言葉がにあいそうな元気な少年。中等部では珍しい彼女持ち。因みにシュウとは初等部からの付き合いだ。このようにシュウが軽愚痴も叩けるのも頷ける。
 しかしそんないつもはへらへらと笑っているような友人が今日は少しだけ違う表情を見せる。じっとシュウを見ていた。
「…気味悪いんだけど。」
「へ?」
「さっきからずっと見てるだろう?これが着替え中だったらもっと気味が悪い。」
「お前を見てるわけじゃねぇよ。ただちょっと考えてただけ。」
「なにを?」
 着替え終わったシュウは荷物をまとめ、友人と同じように席につく。
「ハルカちゃんのこと。」
「……は?」
「ハルカちゃんのことだよ。ちょっと気になる事があってさ。」
 彼にしては珍しい内容だった。熱血馬鹿ではあるが恋沙汰に関しては彼女ひと筋。他の女子の話なんて滅多にしない。する時はからかう時ぐらいだ。その彼が真顔でハルカの話をしている。シュウが眉をひそめるのも当然ともいえよう。
「何で君がハルカの事を…。」
「いや…ハルカちゃんとお前の事だな。うん。」
「僕と彼女の?」
「そう。…ハルカちゃんてさお前の事いっつもなんて言ってる?」
「僕の事?シュウって呼び捨てだね。」
「いやいや。呼び方とかじゃなくて、自分にとっての何かって事。」
「彼女にとっての僕?どう思われてるかってことかい?」
「そう。」
 その問いに戸惑うシュウ。それはシュウ自身も気になっていた事だ。いつも自分が彼女にどう思われているか。気になる相手にどう思われているか気にならない人間なんていないはずだ。容姿端麗文武両道の完璧人間と言われたシュウも例外ではない。
「さっきなお前らのやり取り見ててちょっと思ったんだよ。ハルカちゃん必ず言うんだよな。『シュウは私のライバル』て。つまりお前はハルカちゃんにライバルって思われてる。そういう事だよなって。」
「ライバル…」
 友人の言葉に同感覚える。確かにそうかもしれない。彼女は気がつけば自分のことをライバルと呼んでいる気がする。それにハルカがハルカの友人に自分を説明する時も『私のライバルの…』そう言っていた。
「そうだね。そうかもしれない。」
「まぁ、それは別にいいんだけどさ。問題はどう言う意味でそれを使ってるかってこと。」
「意味?」
「ライバルって大抵が同じ力量だったり、恋愛だったら同じポジションに居るもの同士を言うじゃん?でも…ハルカちゃんがお前に対して言ってるライバルって絶対に意味違うよな。」
「………」
 ライバルには他にも意味がある。前々からの敵が宿命のライバル。しかし友人の言うとおり殆どが同じ力量の人間のことを示す。どっちにしろハルカの言うライバルは当てはまらない。
 ハルカはどう言う意味でシュウにライバル宣言をしているのだろう。
「意味なんて考えた事なかったよ。」
「だろ?オレも深く考えた事なかったから今更気になっちゃって…。でもさ、」
「ん?」
「ハルカちゃんがお前に使うライバルはお前の為だけに存在するだろうな。」
 友人は何か不思議めいたように笑った。
「僕のためだけに?」
「うん。多分同じ力量になりたいからライバルって言葉も使うとは思うけど…本当の意味は絶対に教えてくれないだろうけどな。あ…やば!それじゃオレ帰るわ。」
「あ、もうこんな時間か。」
 本当はどういう事か聞きたかった。でも、友人の言うとおり時間がかなりやばい。
 二人は荷物を持って部室を後にした。










 部室の鍵を職員室に預けて友人とシュウは校門まで走る。そして見つけた二つのシルエット。
「シュウ、おそーい!」
「置いて帰ってやろうかと思った。」
 ハルカと友人の彼女が二人して待っていた。
「なんだよ。いっつもお前の方が着替えるのに時間かかるくせにこう言うときだけ急かすか?」
「だから悪いと思って早く着替えたんでしょ。ほら帰るわよ。じゃね!ハルカ!」
「うん。また明日!」
 将来友人は尻に敷かれるだろうと思いつつシュウも二人を見送る。そして残された二人。
「シュウも遅かったね。」
「さっきの会話じゃないけど、君がいつも遅いから彼と時間をつぶしてたんだよ。」
「私そんなに遅い?」
「男子にしてみれば遅いけど…女子にしたら普通かもしれないね。」
「でしょ?」
 二人もまた家路へと歩き始める。初夏が近づいているのか、まだ日は明るい。
「それにしても、今日こそは勝てると思ったのに…また負けちゃった。」
「そんなに早く追いつい来られたら努力してる僕の意味がない。」
「それはそうだけど…まぁいいか。ライバルは負かしてこそ意味があるもんね。そんなに簡単に勝っちゃったら面白くないかも。」
 ここでも彼女は使う。ライバルという言葉を。
 いつもなら気にせずにいたその言葉。けれど先ほどの会話のせいでそれが気になってしまう。
「…君は如何して僕をライバルにしたんだ?」
「へ?」
「普通は同じ力量の人間をライバル視する。勝てそうで勝てない相手それがライバル。でも君と僕じゃそれは当てはまらない。だとしたら何故…?」
「私からライバル視されるのいや?」
「いや、嫌とかじゃなくて…単にどうしてかと思って。」
 シュウの言葉にハルカは腕を組んで考え込む。
「うーん…シュウの言うとおり、普通は同じ位の力を持った人のこと言うのかもしれない。確かに今の私はシュウとは対等じゃない。力の差も歴然としてるわ。でもね、勝てないとわかってる相手だからこそライバルにするの。いつか並びたいって。多分私に見たいにそう言う意味で使う人もいると思う。」
 友人の言う事は当たっていた。ハルカは自分と並びたいからこそ自分のをライバル視するのだと。
「それにシュウを友達に説明する時ってライバルしか浮かばないのよね。」
「え?」
「クラスメイトとも違うし、親友と言う言葉だけじゃ足りない。どっちかって言うと戦友?でもさ、女の子が男子に戦友って使うの変だと思って。だからライバル。」
「…ああなるほどね。」
 このとき漸くあの友人の言っていた意味がわかった。
『ハルカちゃんがお前に使うライバルはお前の為だけに存在するだろうな』
 つまり彼女にとってのライバルは親友以上の言葉を示す。こんな使い方、彼女以外早々他の人はしないだろう。だから友人はあんな言葉を言っていたのだ。
「まぁ、もっとほかに意味はあるんだけどね。」
 理解した自分の耳に微かに聞こえるような声。
「他の意味?」
 聞かれていたとは思っていなかったらしく、ハルカは体全体をびくつかせると赤面してそれをきっぱりと否定。
「気のせい気のせい!なんでもないかも!」
「…そう言われると気になるんだけど…」
「なんでもないって!」
 きっとその意味こそが友人の言っていた彼女が教えてくれない本当のライバルの意味。
 いつか教えてくれる日はくるのだろうか…。










私にとってライバルの意味は
同じ力量の人、敵いそうで敵わない人、追いつかれそうな人。
どの意味もあるけど本当はね、
『気になる人』
でも本人の目の前で言ったら絶対に笑われる。だから絶対に言わない。
それまでは親友以上のライバルで通させてもらうかも。





2人の距離が少しだけまた近づいた日。
何かを暗示するかのように遅咲き桜の花弁が舞っていた。
2人の仲を象徴する遅咲き桜が…。





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作者より…
遅咲き桜の季節が恒例化してきました。
今回はライバルと言う言葉を使ってみました。好敵手でライバルと読んで下さい。
辞書で引いてみると同じ力量の人、もしくは恋敵だそうで。
…どっちもハルカには当てはまらない!シュウの方がどう見ても強いし!
ならきっとハルカは一般とは違う意味でライバルを
使っているんだろうと思って書いた次第でございます。
そして辿り着いたのが気になる人。そんな考えに辿り着きました。
でもハルカにとって彼は本当の意味でのライバルでもあると思うのです。
絶対に勝ちたい相手。
彼女にとってきっとライバルと言う言葉はある意味特別を示すのかも
知れないですね。
因みに何故友人がハルカのライバルと言う意味が理解できたのか。
それは彼もまた過去に同じ思いをした頃があるんでしょう。
彼女をライバル視した過去が(笑)
どっちにしろやっぱり私はライバル関係な二人が好きです。
ライバルって言葉素敵ですね!
2006.5 竹中歩