『七日の夕日』






「なんか散らかってるわね…」
「衣替えと称して屋根裏部屋の掃除をしてるらしい…」
「いいのそんな時に来ちゃって?」
「別に。いてもいなくても関係ないみたいだよ。」
「そう。」
2人が会話を繰り広げている場所は公園や部室はたまた教室でもない。シュウの自宅である。今日は間近に迫った夏休みの弓道部の計画を立てるべく、話し合いの場所を設けた。いつもなら適当な喫茶店やもしくは学校などで立てるのだが…この初夏の暑さにクーラーの聞いている場所は何処も学生でごった返している。そんな状況の中、しかも他校の生徒のいる場所に勇んでいこうとするなら、確実にシュウ目当ての子が近寄って来るに違いない。これはそんな場数を経験してきたからこそ言える。
シュウの部屋は二階にあり、屋根裏部屋の掃除と言っていたことだけあって、シュウの部屋への道のりはダンボールなどで埋め尽くされていた。その道のりを超えて漸くハルカとシュウは部屋に入る。
「はぁ…ここに来るまでに疲れちゃったわよ。」
「日にちが悪かったようだね。すまない。」
「謝るほどのことでもないわよ。クーラーが聞いてる場所で話しあえるだけでもマシかも。」
部屋に入ったシュウはクーラーのスイッチを入れ、折りたたみのテーブルを引き出すと、その上にまだ何も記入されていない部の計画表を取り出す。
「ふつうさ、こう言うのって高校の部長がするんじゃないの?中高合同なんだからさ。鳳炎は。」
「そう思っても引き受けた以上はやらなければ何事も進まないよ。それに、僕は中学の物は中等部が経てた方が良いと思う。」
「どうして?」
「やっぱりどうしても中学生と高校生じゃ体力が違うからね。中一の子達に高校生のやるような計画はきついから。」
「そっか。うん、そうだね。そう言われると何でこうなったかわかるかも。」
「だろ?それじゃ、始めようか。」
「うん。私のは女子のでいいんだよね?」
「そう。僕のは男子の。でも、内容はあまり変わらないはずだね。変わるとすれば、帰宅時間が女子の方が若干早いと言うところぐらい。」
「やっぱり、女子の方が早いんだ…なんか嫌だなそれ。」
手で、赤ペンをくるくると回しながらハルカがぼやく。
「どうして?」
「だって、それだけ、男子と差がつくってことじゃない。それじゃ、いつまでたってもシュウには追いつけない。」
「…だったら、女子と男子帰宅時間を一緒にしよう。」
「…いいの?そんなことして?」
「女子は少し帰るのが遅くなるけど、男子が一緒に終わるんだたら問題ないはずだ。それに、本当に真っ暗になる時間までやるわけじゃないし。」
「ありがとう。」
「さて、本格的に始めるよ。まず、休みの記入から。日曜日は第一以外全部休み。あとお盆と…最後の一週間と…」
シュウの言葉を耳で聞きつつハルカは計画表の休みに斜線を入れていく。
「次は重要な出席日よね?大会の二日間と…あと合宿?」
「そう。あと、合同練習の日も忘れずに。」
「ふむふむ…。」
クーラーのお陰か、はたまた珍しくハルカがやる気になっていたせいか、ことは思ったよりも早くに終了した。















「終わったー!」
「ご苦労様。…紅茶でよかった?」
「あ、うん。」
シュウから冷たく冷やされたアイスティーを受け取るとハルカはその冷たさに再び歓喜する。
「やっぱり夏は冷たいものよね。」
「でも、摂取のし過ぎには気をつけないと…おなか壊すよ。」
「分かってるわよ。」
「どうだか…君は夜中におなか出して寝てそうだし…夏は油断がならない気がする。」
「失礼ね。もう。……そう言えば、今日って七夕じゃなかったっけ?」
「え?…そうか、もうそんな時期になるんだ。」
「テストのことですっかり忘れてた。シュウは七夕祭りいくの?」
「祭り…?」
「ええ?絵南住んでて知らないの?ほら、商店街の近くであるじゃない。」
「……ああ。流しそうめんの大会とかあるあれね。」
「そうそう。行くの?」
「うーん…本来なら君について行ってもいいんだけど…」
「だけど?」
ハルカの誘いは今まで出来るだけ付き合ってきたシュウだが、今回は何か違う様子で行くのを渋っているように感じる。それは顔を覗き込んでいるハルカにも分かるほど。
「七夕祭りと言っているけど、あの祭りは酒飲みが多くて、学生はあまり近寄らないんだよ。」
「そうなの?」
「君は絵南に来てからそんなに時間が経ってないから知らなくて当然だね。」
「なんだ残念。折角シュウの願い事書いた短冊とか見れると思ったのに。」
「祭りじゃなくてそっち狙いか…。」
「あ…あは、あはは。ま、興味がないってわけじゃないけど。」
分が悪い時や悪巧み…悪戯などがばれた時にするハルカお得意の空笑い。その図星の行動にシュウは呆れたため息をつく。
「はぁ…全く。」
「そ、そこまで呆れることないでしょ?純粋に気になっただけよ。」
「…残念ながら短冊に願い事なんてここ数年やってないよ。」
「…意外。」
「そう?」
「うん。だってシュウって情緒とか気にしたりするから七夕も感傷に浸ると言うか…そんな感じ?」
「まぁ、浸る時は浸るけど…七夕は別格かな。」
「どうしてよ?」
「元々は、織姫と彦星が1年に1度会う日…そんな日に下界の人間が彼らに願いを託すなんて間違ってるんじゃないかと思ってね。2人にとっては少ししか時間がないのに、そんな時間を邪魔するなんて無粋だと思わないかい?」
「言われてみればそうかも…。今まで考えたことなかった。そうよね、クリスマスならまだしも、願いをかけるという雰囲気じゃないかも。じゃ、シュウはそういうことを思って願い事しなくなったの?」
「ま、簡潔言えばね。」
記入し終わった計画表をシュウは学校カバンへとしまう。
「君のも一緒に持っていこうか?」
「あ。じゃ、お願いするかも。…?ねぇ、その箱は?」
「箱?」
ハルカが指差した方向には蜜柑だか、りんごだか書かれた箱が存在していた。しかも埃をかなり身にまとっている。
「多分、屋根裏部屋から発掘された荷物じゃないかな。僕の物は学校に行っているあいだに部屋においておくといっていたから。」
「中身なにが入ってるの?」
埃を軽く払うとシュウはその箱の封を開ける。
「……?」
「……?」
二人一緒に首をかしげる。入っていたのは大量の落書き帳。あとは何かのプリントや折り紙など。
「…思い出した。」
「え?」
「これ、幼稚園の頃の産物だ。」
「あ、だから落書き帳とか折り紙が入ってるわけね。…ねぇ、もっと見てもいい?」
「変のもだったら直ぐに返して欲しい。」
「OK。」
まるで宝探しをする子どものようにきらきらと目を輝かせてハルカはダンボールを探る。シュウの言っていたことは当たりの様で、ダンボールの中からは縄跳び大会の紙のメダルや連絡帳等々。色々と面白い物が見つかる。
「よかった。年齢相応の物も出てくる。これとか、本当に幼稚園児の落書きって感じだもん。でも…やっぱりシュウなのね。普通、花ならチューリップとか描くけど…、薔薇って…」
「たまたま傍に薔薇があっただけだと思うけど。」
ハルカの傍らで中に入っていたプリントの整理などするシュウ。そんなシュウを尻目にハルカはどんどん中を探っていく。
「お!アルバム発見〜♪」
「え?」
「シュウのアルバムって見せてもらったけど、どれももう、今みたいにませてるばっかりなのよね。これなら純粋に可愛いのあるかも。」
「期待に添えるものが入ってればいいけどね…。」
その言葉から30秒後……
「か、かわいいー!!何これ?!本当にシュウ?」
「どれ?」
ハルカの目にとまったのはシュウが1歳に満たないくらいの写真。チェック模様のテディベアを抱っこしている。今のシュウからはとても想像が出来ない代物。
「親戚の家で撮ったやつだと思うけど…」
「うわー!めちゃくちゃ可愛いかも。こんな時代もあったのね…それをどう間違えたら嫌味を言うやつに…」
「悪かったね。」
「これ、シュウ様ファンクラブに売ったらいくらで買ってもらえるかな?」
「君…」
「冗談よ。冗談。でもこれ欲しいな。シュウってプリクラとかとらないから写真あんまりもらえないんだもん。」
「とか言ってるわりには、行事ごとにカメラ持ってきて写真にとってアルバムに張ってるんじゃなかったかい?」
「それは今の写真でしょ?昔の写真とかもってると話のネタになりそうなんだもん。それに…純粋に本当に可愛いし。…なんてね。これも冗談。」
よほどのその写真が気に入ったのだろう。その写真のページでハルカの手の動きは止まっている。
「…いるならあげるよ。」
「じょ、冗談だって言ったでしょ?もらえないよ。思い出の品なんて。」
「本当にいらない?」
「う゛〜…本当は欲しいけど…でも、いいの?」
「まぁ、屋根裏部屋に埃をかぶってる程度の写真だからね。それに写真は他にもあるし。多分僕の親のことだろうからネガも持ってるはずだよ。」
「じゃぁ…お言葉に甘えてもらうわね。」
そのページから写真を抜き取ると、再びハルカはアルバム観覧に意欲を注ぐ。
「あれ?この頃は七夕やってたんだ。」
「この頃?」
「ほら、これって鳳炎の幼稚園の写真でしょ?制服全然変わってないから。それにほらここ。シュウがちょうど笹に短冊くくりつけてる。」
「…本当だ。記憶にないけどな…こんな写真。」
「まぁ、シュウにも可愛い時期があったってことなんでしょう。願い事なんて書いたんだろうね。」
「さぁ覚えてないね。」
肩をすくめてシュウは少しの笑みを浮かべた。
「もし…もしもね、今書くならなんて書く?」
「またその話かい?僕は今願い事は…」
「だからもしの話よ。if!」
「今…か…君は?」
「わ、私?」
「そう。願い事多そうだけどね。頭が良くなりますようにとか…成績上がりますようにとか。」
「確かにそういう願い事もしたいけど。とりあえずは…」
「とりあえずは?」
「何事もなく今のみんなと夏休みが楽しく過ごせますように…かな?」
「どうして?」
「え?何が?」
「君なら弓道で良い成績を収めたいとか言うと思ったんだけど…」
「だって、それは自分の心がけと練習でどうにかなるでしょう?でも、皆のことは自分一人が注意したってどうしようもないもの。だから、願うならこれかなって。」
「…そう言う事ね。」
「で?シュウの願い事は?」
「…君と同じだよ」
「何それ!?ずるい!」
「ずるくないさ。」
「ずるいよ!!」
織姫と彦星が愛を語らう日でもこの2人には関係のないことなのかもしれない…














それから一時間後2人の姿は絵南の図書館にあった。
「そうか…図書館と言う手があったわね。」
「ここなら、鳳炎の人間の利用率も低いから願い事を書いても学校でばれないと思う。」
「でも、何で行き成り願い事する気になったの?織姫と彦星のうんたらとか言ってたのに。」
「途中で考え直したんだよ。そこまで愛が深いのなら他人がしたことに動作をするはずがないってね。」
「物は考えよう…」
「それを言うなら、物はいいようだよ。はい、短冊。」
「ありがとう。」
シュウから赤い短冊を受け取るとハルカは先ほどシュウの部屋で繰り広げられた会話の通り夏休み中の仲間の無事を願う文面を記す。
「できた。シュウは?」
「僕ならもう書いてくくり付けたよ。」
「どこ?」
「上の方だよ。貸して、結ぶから。」
「お願い。じゃ、私はシュウの願い事を…あれ?」
おかしい…何かがおかしい。
「届かない…?」
「どうかした?」
「いや、届かないのよ。」
「別にたしたことじゃないと思うけど…」
「だって、シュウとそんなに身長変わらないのに…なんで?!」
「…時は過ぎ行く…」
「え?」
「子どもの頃には七夕で願い事していたけど…今はその頃ほど純粋に物事考えない。昔はくまの縫いぐるみと変わらない身長だったけど今はくまの方が明らかに小さい。」
「…つまり?」
「日々成長してるってことだよ…。」
「私も…弓道の腕…上達するかな。」
「すると思うよ。」
「うん…。あ!すごい。七夕の名前みたいな景色だね。」
「景色?」
「そう。七日の夕日!」



















小さかった頃の少年の願いは『背が伸びますように』

そして今年書いた願いは…最も彼らしい願い













彼女の願いを叶えてください…


                           END



作者より…
七夕…なのに全く文面が関係なかったような…。
一応短冊とか出してみたんですけど、主な話は
シュウの幼少時代。テディベアの写真は私個人が欲しいです。
この次の日にシュウはハルカからお礼にと
ハルカの幼少時代の写真を貰い、可愛すぎて理性が
吹っ飛びかけます。
「おい!シュウが壊れてるぞ!」
と言う男子の声が教室に響き渡るような感じです。
シュウの子どものころと言うネタは私がたまたま
同じ事をしていたので、思いつきました。
子どもの頃の代物は時に嬉しく、時に恥ずかしいです。
それに子どもの言葉ってすごいですね。
今見ると良くそんな言葉出てきたなと感心します。
子ども時代は忘れない方がいいですね。
天の川いつ見れるんだろう?(近年見てない)

              2005.7 竹中歩