『出会い』






  
  その日は…季節に珍しく桜が咲いていた…


  季節に似合わない桜吹雪と共に…













  ココは都会から少し離れた山に存在する『鳳炎学園』。

  属に言う『エスカレータ式』の学園だ。高校までの学生がこの一箇所に存在する。

  それだけの人数がいるのだ、当たり前のごとく構内は広い。いくら山の中で

  買い物が不便といっても、構内自体が広いので、その中が一つの街の様になっている。

  けして不便ではない。むしろ、学校の中のほうが住みやすいといっても

  過言ではないだろう。



  そして、この話の舞台となるのはその構内の一角『的場』。

  弓道部が使う競技場の様な場所である。












 
  構内は放課後だった。この時間になれば授業中とは違い、かなりの人数が

  外にでて部活をしたり、帰り道のおしゃべりなどで騒がしくなるが、的場だけは

  空気が違う。



  『沈黙』



  その一言だけで済まされる静寂な場所だった。

  弓道は他の運動部に比べて静けさを求める。休憩時間以外は矢が的に刺さる

  独特の音しか響かない。その場所に少年はいた。








  桜を咲かせ、次にくる夏を愛しく待ち続ける若葉のような翡翠の髪に、

  その翡翠の髪にも引けを取らない透き通るような瞳。

  『美』という言葉を兼ね備えた少年が的場で静かに時を過ごす。

  少年の名は『シュウ』。この学園でも大抵の人が名前を知る人物だ。

  その容姿から女子に名を知られ、文武両道の成績から男子に名を知られる

  まさに『非』の付け所がないというのはこのことだろう。

  いつも学園で過ごす学校指定の制服ではなく、白と紺を貴重にした

  弓道専用の正装。その姿で弓を射る姿に見ほれる女子も少なくはない。

  案の定、この放課後の時間、危険防止のため的場の周りを囲んだフェンス越しに

  数人の女子がたかっていた。少なからず彼女達はシュウに迷惑をかけまいと、

  静かにはしているが、その独特のオーラはシュウ以外、他の男子達に

  悪影響を及ぼしていた。

  「シュウ…あの人たちもうちょっとどうにかならないか?」

  「あぁ…彼女達ね。毎回言ってるんだけど…僕の手にも負えなくてね…」

  シュウは同級生の男子に何とかするよう頼まれるが本人もどうにも出来ないため

  軽く肩をすくめてあきらめるように勧める。

  「…それに、もうしばらくしたらいなくなるよ…僕じゃなくて君が射る番だし。」

  「本当…シュウ以外の奴らの番になったらあの子達いなくなるよな…大変だね…

   人気者も。」

  「褒め言葉…なのかな…」

  シュウが弓道を始めて数年になるが、この状況はそのときからのものである。

  今更言った所でどうしょうもない。

  だが…今日は勝手が違った……














  「なぁ…俺の番になったけど、まだ一人残ってるぞ?」

  「…え?」

  友人に言われて女子達が退散した後の場所を見ると一人の少女が弓道に見入っていた。

  それは明らかにシュウ目当てではなく、『弓道』目当てである。その事実は

  彼女の目線の先が的を見ていたこと簡単に察し出来た。




  的だけを見るそのまっすぐな眼は…

  今まで見てきた女子とは『何か』が違う。




  「あれ…うちの学校の制服じゃないね…」

  シュウの言うとおりその少女の制服は赤を貴重とした明るい制服だった。

  鳳炎の女子の制服は赤が貴重ではなく、気品を重んじるため少し地味である。

  「どこか他の学校の生徒?」

  「それはないよ…世の中が事件だ何だって学校の警備は厳しい。しかも放課後となれば

   部活動スパイのために他校の生徒が入るのを余計に止めているはずだ」

  友人の解答をシュウは簡潔に否定する。先ほども言ったようにこの学校はエスカレーター式。

  少なからず優秀な生徒が多く、スパイ目的に他校の生徒が入ることがあるが、それは

  学校公認でもない限りムリだ。

  「じゃぁ…誰?あれ?」

  「…聞いてくる…」

  「はぁ?シュウ?次…お前の番…」

  「抜かしていいよ。少し席外す。部長にも言っておいて。」

  弓道一式を部員の邪魔にならないように壁際に立てかけると、シュウは正装のまま

  その場から走っていった。

  「…初めて見た…シュウが女子に興味持ったの…」

  意外な行動をとるシュウに唖然と取られた友人を残して………










  

  的場からフェンスの外に出るのは少し大回りになる。走りにくい服を着ている

  にもかかわらず、シュウはそれを微塵にも感じさせない。そして、少女がいた場所に

  ついたときには少女の姿は……すでになかった…

  「い…ない…?」

  少女の代わりといってはなんだが星の形を基とした髪留めが落ちているくらい。

  誰のものかはわからないが、シュウは何も考えずにそれを拾う。

  「シュウー―!!さっきの女子なら桜の木のほうに行ったぞーー!!」

  先ほどの友人が自分に向かって叫んでいた。こう言うときの友人は感謝に値する。

  軽く感謝の気持ちを手で表すとシュウは桜の木のほうへとかけていくが……

  











  「何処の桜…だ?」

  …迂闊だった。桜の木ということと、彼女が誰なのか知りたいという探究心が

  先走り何処の桜の木かを聞き忘れた。

  この学校は広い…桜の木なんて一桁ではなく二桁は絶対にある。しかも、東西南北

  四方八方に桜の木があるため何処から行けばいいのか分からない。その場で立ち止まり考える。

  そのとき…ひらひらと何かが眼中に入った

  「花…弁…」

  もう直ぐ季節は変わる。到底今は桜なんて咲いている季節ではないのになぜか自分の目の前に

  桜がまるで天使の羽のように宙を舞っていた。

  「もしかして…あの桜のほうか…」

  心当たりがあった。毎年一本だけ遅れて咲く桜があるという。もしかしたらそこに

  いるのかもしれない。確信がないながらもシュウはその方向へと足を向けた。












  一つの建物角を曲がるそこは…


  季節には不似合いだけど美しい…


  桜色の景色の中に少女はいた…









  「何処で落としたのかな…」

  少女はかがんで食い入るように地面を見つめていた。その目に入るのはきっと

  地面に落ちた桜だけ。だが、彼女は何かを必死で探していた。

  「…あの……」

  普段は滅多に女子に自分から話さないシュウ。それが知らない人であればなおのこと。

  だが『いつもの自分』を保てない『何か』をその少女は持っている。

  「え?」

  振り返る少女。秋に色づいた木の葉のような髪。それとは対照的な空より深い青い瞳を

  もつ。特別に『美人』というわけではないが他の同年代の女子が持っていない

  空気を漂わせる。

  「…お探し物はこれかい?」

  シュウは先ほど自分のギャラリー達が集合していた場所で拾った髪留めを差し出す。

  それを視界に入れた少女は受け取ると今までシュウが見たことのないくらいの

  幸せそうな表情で

  「…ありがとう!!これ、探してたの!本当にありがとう!」



















  そのとき…満開の桜吹雪と共に…

  僕の中で『何か』が動いた……
















  「いや…お礼を言われるほどのことでもない…それより君は?」

  「あ、明日からこの学校に来るの!転入生て奴かな?手続きだけに

   今日は来たの。でもね…この時期に桜の花弁が飛んできて…何処にあるのかと思って

   コッチに来たら、今度は今までに聴いたことのない音が耳に入って…

   あれって、弓道で矢が的を獲る音だったんだね。」

  小さなことでころころと表情を変えるがそれはすべて『笑顔』。

  その表情に思わず言葉を失うシュウ

  「それじゃ…僕はこれで…」

  少女にそれだけを残すとシュウは足早にそのばあから消えていった。

  その場にいたら心臓がもたない…何故かそう思って…

  「あ!ちょっと!!」














  「お帰り!シュウ!」

  「………」

  的場では友人が暖かく迎えてくれたのだが、言葉が出ないシュウ。

  「え!ちょっと次俺の番!」

  「いいだろ?一回代わったから?」

  「ああ…まぁ…うん」

  渋々ながらも友人はシュウに順番を譲る。

  さっきのことで高まった胸の鼓動を抑えるために精神をすべて矢に注ぐ

  そしていざ、という時





  「ちょっとー!!」






  フェンス越しにさっきの少女が張り付いていた

  「あれってさっきの…」

  「あのねー!!私ハルカ!!」

  「何言ってるんだあの子?」

  喋っているのはすべて友人。友人は唖然としていたが、シュウは視界に入れないように

  余計に視線をそらす。



  「じゃ、頑張ってね!……シュウ」



  その一言と同時に的に向かっていった矢は大きく外れ、的の後ろにある畳に刺さった。

  その矢が刺さる時にはすでにその少女の姿はなく、代わりに数枚の花弁が散っていた。

  「何だ今の…?なぁシュウ…シュウ?何で赤くなってんの?お前?」

  シュウは壁際にもたれかかり少し怒った表情で赤面していた…

  「お前さ…滅多に表情見せない『無表情』だけど

   いったん崩れると…誰でもわかるくらい素直になるよな…

   いよいよお出ましかな?シュウにも」

  その表情を見て友人は笑っていた……












  少年が赤面したのは『何か』に気づいた時だった…











  「それじゃ、貴方の席はそこね。」

  学園内の無数にある教室のひとつで一人の少女が新しい生活を迎えようとしていた。

  「…桜…?」

  少女が自分の机に座ろうとした瞬間、机の上に数枚の桜の花弁が存在していた。

  「また会ったね…」

  「え?…」

  少女の前には、桜を咲かせ、次にくる夏を愛しく待ち続ける若葉のような翡翠の髪に、

  その翡翠の髪にも引けを取らない透き通るような瞳を持った少年が横から話し掛けてきた。

  「シュウ…?」

  「名前を言った覚えはないのに…よく知ってたね。」

  「あの時一緒にいた女子が名前呼んでたから…」

  二人は顔を見合わせて少し笑うと

  「宜しくね。シュウ」

  「コチラこそ…ハルカ君。」

  「『君付け』か…初めてかも。あ、それとね…私弓道部に入る!」

  「へぇ…それは…楽しみだね」

















  その日は…季節に珍しく桜が咲いていた…


  季節に似合わない桜吹雪と共に…




  そして…彼に桜と一緒で…


  遅い『変化』を齎す……






                                    fin




  作者より…
  第一作目です。書きたかったパラレルの。
  えーと今回のモットーは乙女チックに(笑)
  あとは桜ですね。
  二人には何かしら因縁のある花として選びました。
  二人ならこれぐらいはやってくれるのではないかと。
  いや、二人なら是非やってくれ!!
  シュウは一目ぼれに等しく!!
  あと、袴で桜がバックて言うのが書きたくて…
  このあとにシュウの本性を知っていつの2人になります。
  頑張って書くぞー!
  
  PS 涼樹さん、ありがとうございました!

                  2004.7 竹中歩