異口同音(いくどうおん)





 彼女は注意力が散漫だと思う。
 でなければ、一日に二回も階段を踏み外すことはないだろう。
「ハルカ……」
「あはは……またやっちゃった」
 あどけなく笑ってもドジなことに変わりはない。
 シュウは呆れながらも、踏み外して転んだハルカに救いの手を差し出した。それを受け取りハルカは立ち上がる。
「ありがとうかも」
「なんで一日に二回も君に手をさし伸ばさなければならないんだろうね」
「しょ、しょうがないでしょ?! 踏み外して転んじゃったものは!」
「一度やったら普通は次は気をつけようと思ってしないものだよ」
「だから、しょうがないっていってるじゃない! 確かに迷惑はかけたと思うけど……」
「本当だよ」
 二人はどんな小さなことでも喧嘩へと発展させてしまう。ある意味才能かもしれない。
 そんな一文の得にもならない才能をひけらかしながら喧嘩をしているとやはり人の目を集めてしまうようで、案の定数学の教師に微笑ましい目線を送られていた。
「先生、見世物じゃありませんよ?」
 すかさずシュウが突っ込みを入れる。それはハルカも同意見。見せる為にやっているわけではない。
「ごめん、ごめん。シュウ君の行動が少し可笑しかくて……つい」
「僕の行動がですか?」
 数学の若い男性教師は喧嘩の二人も面白かったが、それ以前から二人を見ながら笑っていたという。
「そう。なんか反抗期の娘を持つ苦労性の父親みたいだなって」
「それはつまり……僕が彼女の父親で、」
「私が反抗期の娘ですか?」
「そうそう! ああ言えばこう言う? 見たいな感じが特に。それにいつもシュウ君はハルカさんに付き添ってるから保護者だなぁって。それだけなんだ。笑ってごめんね」
 手を合わせて謝りながら先生は二人の前からすばやく逃げていった。
「私とシュウが親子?」
「保護者……ね」
 今まで例えられたことのない間柄に二人は困惑を覚えつつ、次の授業へ向けて教室を移動するのだった。










 掃除時間……
「は? お前とハルカちゃんの間柄?」
「そう。君は彼女と僕の行動からどう見える?]
 シュウのいる男子の班は今週教室掃除の当番。ちなみにハルカは中庭の当番である。
 そんなハルカのいない時間にシュウは親しい友人に自分とハルカの間柄は第三者目線で見るとどうなのかと質問を投げかけた。
「ふ、普通に親友だろう?」
「そんなありきたりなこと聞いてない。僕が聞いてるのは僕らの行動から感じる間柄」
「えー……なんだろう?」
 考えることが苦手と日ごろから自負していた友人だけあってかなり頭を抱えている様子。
「親友……あ、ライバルか!」
「それは彼女が勝手に言ってることだから違う」
「じゃぁ……なんだ? 見た目じゃないんだろう? 見た目だと二人とも一応恋人同士に見えるし」
「それは否定しない。実際そういう噂も流れたしね」
 問題は行動から察する二人の間柄。どうもさっき数学教師の言っていた言葉がシュウに引っかかるようだ。
「行動……会話とか? シュウとハルカちゃんの……会話」
 彼が掃除をせずに悩むようになってすでに数分。しかし、シュウは要領良くしゃべりながら掃除を続けていた。
「なぁ、シュウとハルカちゃんの行動とか会話聞いてるとどんな関係だと思う?」
 友人は自分だけの手には負えないと思ったのだろう。一緒に掃除をしていた男子にも聞くことにした。
「はぁ? 二人の行動か会話から? ……喧嘩仲間? なんか違うか。ハルカちゃんが一方的に言われてるし」
「僕は喧嘩してる覚えはないよ」
「でも喧嘩してるじゃん。痴話喧嘩。でも違うからな……あ! あれか!」
 友人とは比べ物にならないくらいの速さでその男子は答えを出した。
「おっちょこちょいな姉を気遣う弟!」
「それだ!」
 悩んでいた友人も思い切り意見に賛同。
「どうしてそんな結果に?」
「だって、お前保護者っぽいんだよ、行動が。いつも気遣ってるし。だからかな?」
 答えが出るなり友人はすらすらと理由を述べる。
 でも、これでわかった。
 シュウは友人や恋人というよりも保護者に近い存在だということが。
「なんで保護者なんかに……」
 はっきり言ってこれはシュウにはきつい事実だった。
 恋人や友人ならまだしも保護者?
 そんなに自分の行動は突飛なのだろうか?
 普通に接しているつもりなのに……
 事実を言われてシュウは教室に崩れ……いや、うな垂れ込んだ。
「しゅ、シュウ?」
 心配して友人がシュウの顔を覗き込む。
「保護者は勘弁したいんだけど。どうやったら保護者に見えなくなる?」
「そこまで気にするか?」
「なんか恋愛対象や友人対象から外れてる気がするんだよ。だから嫌なんだ」
「嫌って言われてもな……」
「それに、何で僕のほうが弟なんだ?」
「それは多分、同級生の男子にしたら身長が……あ! やば!」
 それに気づいたときにはすでに遅く、ハルカたちが掃除が終わって教室に戻ってきたころ、動くことすらできない少年が教室に二人ほど出来上がっていたという。







「え? 今日からしばらく帰れないの?」
「うん。陸上のほうで助っ人を頼まれてね。駅伝大会」
 次の日からシュウの保護者に見えない様にするために対策が始まった。
 それは極力、ハルカのドジな行動に目をつぶること。
 すぐに手をさし伸ばしたり、注意したりすることを控える。
 そのために選んだ行動は、しばらくハルカと距離を置くこと。
 別に無視をしたりするわけではない。ちゃんと友人としては扱うが、一緒にいる時間が長いとどうも決意が揺らぎそうだった。何らかの理由で助けてしまいそうで……。
 それに駅伝大会が近いことも本当だし、良い機会だと思いこの行動を思いついたらしい。
「弓道部はどうするの?」
「当分は駅伝優先かな。大会が終わるまで」
「そっか……そう言えば駅伝は足の速い子をいろんな部活から募るもんね。しょうがないか」
 大会は駅伝部員のみならず、早い生徒なら誰でも良い。だから毎年色んな生徒が選ばれたり推薦される。一応ハルカも去年選抜されたメンバーだ。
「私も去年弓道のほう参加できなかったから……シュウもそういうことでしょ?」
「早く言えばね」
「大変だけど、頑張ってね! 私も弓道頑張るから!」
「ああ」
 この瞬間からシュウの対策が始まった。






 階段から踏み外す
 移動教室時に教科書を忘れる
 玄関でカバンの中身をばら撒く
 見ているだけで……
「胃が痛い……」
 朝から始めた対策だが……一日ですでに限界は近かった。どうして彼女はこうも落ち着きが足りないのだろう?
 シュウが保護者に見られたくないためにしている行動の一部始終を知っている友人は思わず声をかけた。
「だ、大丈夫か? シュウ?」
「なんとかね」
「そんなに体にたたるなら無理しなきゃいいのに」
「でも、保護者は嫌なんだよ」
 辛くとも今投げ出しては意味がない。
 胃の痛さと戦いながらシュウはそれを思う。
「はぁ……すごい努力だな。でもさ、こうやって距離置いてみてわかったんだど……」
「何?」
「ハルカちゃんドジな部分も多いけど、反面意外にしっかりしてるよな」
「……は?」
 一瞬耳を疑った。彼女がしっかりしているなんてありえない。
「君は一度眼科に行ったほうが……」
「俺にまで嫌味言うなよ。たださ、お前がやっちゃうような行動をハルカちゃんもやってるんだよ」
「例えば?」
「話しまとめちゃったりとか、先生に頼まれたノートの束とか一人で配り終えちゃうし。あれって普通友達に頼むだろう? 数多いからさ。それに、よく気がつく? 配慮が足りてるって言うのかな? そんな感じ」
 確かに。
 いつも傍にいるだけで気がつかなかったが、シュウと距離を置いたハルカはかなりの働き者。距離を置いて初めてわかるハルカの姿。
「でも……見てて大変そうだとは思う」
 ハルカは友人が多い。きっとその多くは頼めば仕事を助けてくれると思う。でも彼女は一人でやりきっている。
「無理しなきゃいいけど。ハルカちゃん」
「僕もそれは思った。友達か誰かに頼ればいいのに……」
 それに帰ってきた返答は、
「お前がいないからだろ?」
「……もしかしなくてもそれは僕のことを言ってるのか?」
 お前がそれを言うなよと言わんばかりに友人は驚いていた。
「さっきも言ったけど、僕がいなくても彼女には頼る人が多いし、実際頼ってたり甘えてたりしてるよ」
「でもさ、面倒くさい仕事とか、本当に甘えたいときはお前にしか頼ってない気がするんだけど。……俺の思い違い?」
 窓の外にハルカの姿を確認しながら、友人は窓の縁に顎を乗せる。どっか抜けてるように見えて、彼は今的を得た発言した。
「なーんか……今のハルカちゃん頑張りすぎてて、倒れそうで怖い」
「僕もそう見えてきた。それに分かったことがある」



 どうして……考えなかったんだろう?
 どうして、保護者という間柄をあんなに嫌ったんだろう?
 今彼女を見て、考えてみて思う。



「保護者は……一番近いのにね」
「そうだよ! 保護者って言ったら家族じゃん! 自分で言ってて気がつかなかった……」
 やはり彼は当てずっぽうで言ったんだ。でも感謝したい。
「ありがとう、行くよ」
「なんだ? なんだ? どういうこと?」
 意味のわからない発言をされたままシュウは走り去っていった。





「これ……うちの学校にもあったんだ」
 自分の身長よりやや低い筒状のもの。それは鳳炎地方の地図。教室に持ち込んで天井から吊るすタイプのもの。
 それをハルカ必死で一人で運んでいた。
「テレビでは見たことあるけど、実際に見たのはじめてかも」
 ちょっとばかり重いが、世界地図の大きさに比べればなんてことはない。あれはこれ以上長さがある。
 それに後はこの階段を上れば済むことだ。
 途中、先生たちに大丈夫か?なんて声をかけられたが、問題なし。
 最後の一段に足をかけたそのとき、少しばかり足を踏み外す。
「と! わ! た! ……危なかったかもー! 落ちてたら怪我人出てたよ」
 そこは持ち前の運動神経で落ち答えたハルカ。確かにこんな大きなもの落としたら大事にはなっていただろう。
「さてと、持ち直していきますか」
 よいしょと、持つ場所を変えようと一瞬だけ数センチほど手から放り投げたが……帰ってこなかった。
「え?」
「持つよ」
 そのコンマ何秒かの間に鳳炎地図は持ってかれてしまった。シュウという人物に。
「な、なんで? っていうか今の間に?! 人間業?」
 すたすたと歩いていくシュウに走って追いつくハルカ。感謝の言葉より疑問詞ばかりが先に出る。
「い、いいよ。重いでしょ?」
「別に」
「良くないよ、だってシュウ身長低いから持ちにく……」
 シュウの足が止まるのと、ハルカが手で口をふさぐのは同時だった。
「禁句……言っちゃった……」
「何か言った?」
 そのあからさまな笑みがが怖い!
 周りの女子はその笑みに見とれていたが、ハルカには恐怖としか言いようのない笑み。
 ……かなり怒ってる。
「いや、あの……あ! シュウ駅伝の選手でしょ? 足に絡まってこけたりでもしあたら大変よ? 私がやっぱり運ぶかも!」
「いいよ。大丈夫だから」
「本当良いってば! 怒ってるでしょ?」
「別に……」
 今日は、それほどまで怒っていなかった。なんだかハルカは気が抜けてしまう。
「なんか……気味悪いかも」
「そう?」
「うん。何かあった?」
「何にもないよ。でもあえて言うなれば……謝罪?」
「謝罪? 謝るってこと?」
「そう」
 きっとハルカには分からない。これはシュウが勝手にしていること。
 それに元の原因の保護者に見えないようにする対策だってシュウの個人的行動なのだ。
 そんなハルカの知らなかったところで動いていた行動の謝罪なんてわからなくて当然。
「シュウ、私に何かしたっけ?」
「気がつかなかったんなら良いよ。勝手にするから」
「えー! 気になるかも!」








 何度もハルカはシュウに聞く。でもシュウは教えない。
 ハルカの保護者に見られたこと嫌だったってこと
 でも、今は嫌いじゃないこと。
 一日で変わってしまった意見。
 なんか言うのすら馬鹿馬鹿しいからこれはしまっておこう。
 それに言ってしまったらこの関係壊れそうだし。
 今の状態は満更でもない。
 だって、保護者に見えるってことはやっぱり家族に近いってことだから、
 しばらくは保護者でいいよ。
 君の一番そばにいれるから。




「弟は勘弁だけどね」





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作者より……
私のシュウハル的見解です。
シュウハルは当人たちはライバルだの喧嘩友達だの恋愛友情云々言っていて、
周りの友人たちもそれを分かりつつ見ているんだけど、
見ているだけの知らない人たちには父親と娘にしか見えないというもの。
なんかシュウは苦労性ぽい感じがするのでそう見えます。
実際、救いの手を差し伸べるし、怒るときは怒るしやっぱり父親っぽいなと。
それに、学校でお母さんて呼ばれる女子いませんでした?
妙に気配りが上手な女子。あんな感じハルカだけ父親バージョンと言う
感じで書かせていただきました。
途中にあったコンマ何秒かで日本地図持っていくのは、私が体験したことです。
体育の先生が見かねて持っていってくださいました。
あまりの速さに呆然としたことを覚えています。
まぁ、ハルカの為ならシュウもやってくれる筈!それに小さい地方地図だし。
シュウとハルカにはやっぱり突飛な関係が似合うと思います。
2006.11 竹中歩