今日の晩御飯なんだっけ?
 ああ、そうだ。ママが秋刀魚焼くって言ってたから、きっと秋刀魚。
 だとしたら大根おろしは欠かせないよね。





優先順位(ゆうせんじゅんい)





「…ハルカちゃん?」
「え?」
 教室の昼休み。ハルカは窓辺に寄りかかって空を見ていた。でも脳内は今晩のおかずの事ばかり。そんな食べ物の世界から友人の声は自分をこちらの世界へと戻してくれたらしい。
「もうそろそろ授業始まるよ?」
「あ? もうそんな時間?」
「うん」
 黒板の前に設置されたアナログ時計は確かに昼休み終了十分前を示していた。
「次、理科だっけ? ならそろそろ行かないとやばいかもね」
「だねー。移動教室は時間かかるから」
 理科室は自分たちのいる教室から少し離れている。今から移動を開始しなければチャイムまでに間に合わない。
 ハルカは机からペンケースと教科書とノート、それにワークを持って友人と二人で教室を出た。
 廊下は教室へ戻る生徒や、まだ話し込んでいる生徒などで騒がしい。それをよけながら二人は歩く。
「ハルカちゃんは今日も部活でしょ?」
「そのつもり。本当は出なくても良いんだけど、なんか練習怠るとなんか弱くなっちゃいそうだから」
「そっか」
「そっちも部活?」
「私は少しだけ委員会のほうがあるかな」
「図書委員めんどくさいでしょ?」
「そうでもないよ、園芸委員とかに比べたらね」
「あ……確かに園芸委員はめんどくさいかも」
「でしょ? それに図書委員は図書室で貸し出しの係りするだけだから。暇なだけだよ」
 他愛もない友人同士の会話。本来ならこれが通常の中学生女子の姿。しかしハルカが女子の友達と一緒に歩くという光景は違和感がある。これはいつもの光景ではない。いつもならハルカは恋人でもない男子と常に一緒にいる。しかし今日はそれがない。
「でも、ハルカちゃんも今日の部活は暇なんじゃない?」
「どうして?」
「シュウ君、休みだから」
「ああ……うん。そうだと思う」
 階段を下りて外の渡り廊下を歩きながら思う。
 そうだ、今日シュウはいないんだ。
 昨日彼は家で軽い火傷をしたらしい。本当に小さな火傷らしいが一応心配はしてメールは送っておいた。だけどその返信ときたら、

 件名:なし
 本文:メールする時間があるなら少しは勉強した方が君のためだと思うけど?

 余裕綽々の嫌味メール。メールが返せるくらいだ。大丈夫なのは見て取れる。
 後に届いたメールには詳細な事が書かれていた。
 病院に行って学校にくる予定だったシュウ。しかし病院が予想以上に込んでおり、診察が終わったのは昼休みが始まった時刻だったとか。つまりそのころ学校へ来ても授業は一時間しか受けられない上に、火傷は手の甲で負担がかかる為、二、三日弓道はできないらしい。よって、欠席を選んだのだと言う。
「まさか休むなんて思ってなかったかも」
「本人来る気だったしね。先生もシュウ君は遅刻してくるって言ってたし」
「私にしたら不意打ちだよー。それにやる気の問題がね」
「戦う相手がいないから……戦意喪失?」
「そうそう。そんな感じ」
 面白くなそうな顔をしたあと笑った。そして軽くうなだれる。本当見ていて飽きないと友人は思ったに違いない。
「じゃぁさ、私と買い物しながら帰らない?」
「買い物?」
「そう。季節の変わり目だから小物とか可愛いのいっぱい出てるの」
「え、でもそっち委員会があるんでしょ?」
「貸し出しの係りって言っても三十分くらいだけ。それに今日は五時間で終わるから大丈夫じゃない? あ、でも部活あるんだっけ……」
 彼女は言ったあとに申し訳なさそうに謝る。「さっき部活があると言ってたのにごめん」と。でもハルカはその誘いを無碍にはしなかった。
「ううん。なんかそういう話聞くと久しぶりに買い物してきたくなっちゃったかも」
「でもハルカちゃん……部活」
「さっきも言ったけど、今日は本当は休みで私個人がしたいだけだけだから問題なし! それにシュウもいないから遅くなっても一緒に帰ってくれる人いないんだもん」
「じゃ、決定だね」
「うん!」
 二人は放課後の約束を済ませるのと同時に理科室へと入り、各々の席についた。
 これから約1時間眠くなるような授業が始まる……










「ね、このベルトかわいくない?」
「こっちのコサージュも可愛いかも!」
 二人は鳳炎学園のそばに存在するショッピングモールにきていた。友人の言うとおりこの時期は多くの小物があふれている。
 可愛いものが大好きな二人としては目移りするばかり。
「絶対に今のコサージュ、手持ちがあったら買ってる」
「私もだよ。ベルトのそばにあったバッグも可愛かったんだよね」
 ショッピングモールにきているといっても、そこはやはり学生。あまり商品を買うことはぜず、見ているばかり。所謂ウインドウショッピングというものだ。
「次どこ行く?」
「そろそろおなか減ったかも」
「ハルカちゃんの事だからそういうと思った。じゃ、そこの甘味屋さん入ろうか?」
「え? あ、あのお店入りたかったんだ!」
 それじゃ決定!と言わんばかり二人はお店の暖簾をくぐる。入り口には作衣を着た店員がにこやかに対応をして席へと案内してくれた。
 内装はやはり和風で照明も明るいものではなく、やんわりと暖かい色をかもし出すオレンジ系。
「私、このお店好きになれそう!」
「なら良かった。私はこの前来たから。ここのね黒みつ寒天がすごくおいしいの」
「そうなんだ! なら私それ頼む! そっちは何にする?」
「私は今日抹茶パフェ!」
「わかった! それじゃ頼むね!」
 嬉しそうにハルカは店員を呼び止めて、友人お勧めの黒みつ寒天と友人の抹茶パフェを注文。出て来るのが楽しみで仕方がない。
「でもさ、このショッピングモールって本当いろいろあるんだね。見てるだけで楽しくなっちゃう」
「何か珍しいものあった?」
「珍しいって言うかあんまり来たことないから、あえて全部が珍しい!」
 友人のようにハルカはこの場所にあまりくる事はない。それは自分がここから離れた絵南に住んでいるせいもあるが、なによりシュウと一緒にいるとこういう機会はめったとないからだろう。
「そういえばハルカちゃんは殆どシュウ君と一緒に帰るからこっちに来ることないよね。近いとは言え駅とは逆方向だし」
「そうなのよね。それにシュウはやっぱり男子だからああやって雑貨に入ることないし。あ、言えば付き合ってくれるけど居心地悪そうだから」
「確かにさっきの雑貨屋はシュウ君にはきついかもしれないね。いかにも女の子向けって店だったから」
 少女向けの雑貨を置いている雑貨屋その中にシュウがいる事を考えるとおのずと笑いがこぼれる。
「あ、ありえない! 笑えるかも!」
 最初はこらえていたハルカだが、最終的にはおなかを抱えて笑い出す。
「そこまで笑っちゃ悪いよ。でも、今の話し聞いてるとシュウ君は優しいんだね」
「……なんで?」
 涙すら出てきた笑いをようやく止める事ができたハルカは友人の言葉に問い掛ける。
「だって、普通は同じ年の男子なんて雑貨屋さんに付き合ってくれないよ?」
「まぁ、そうだよね。友達の彼氏が雑貨屋に良くのかなり拒んだって言う話聞いたことあるな」
「でしょ? それにさ、ああ言う所ってやっぱり女子が多いと思うの。それってさシュウ君にとってはあまり居心地の良い場所じゃないよね。女子の人から視線集めるし」
「た、確かに……」
 シュウは放っておいても女性の目を集めるほどの美少年。それは雑誌なんかに投稿されるほどだ。そんな美少年が雑貨屋なんて入った日には男子がいる珍しさ、更には顔の良さで人々から注目されること間違いなし。でも、それでもシュウはいつも頼めば付き合ってくれた。嫌味こそ言いつつも。
「だから、優しいって言ったの」
「優しい……ね……」
 どうも友人の言葉に納得できないハルカ。そしてそれと同時に先ほど頼んだ黒みつ寒天と抹茶パフェが運ばれてくる。
「やったー! きたきた!」
「やっぱり思ったとおり、抹茶パフェもおいしそう!」
 さっきの話は何処へやら。二人は運ばれてきた甘味に目を奪われる。やはりこういうところは女の子だ。
「それじゃいただきます!」
 黒みつがかかった寒天を一口。感想は?
「美味しいー! 黒みつの量が多くて甘いかなって思ったんだけど、この黒みつ癖がない! 寒天もちょうど良い柔らかさ!」
「気に入ってもらえて良かった! こっちの抹茶パフェも生クリームと合わさってちょうど良い甘さで美味しいよ」
「一口もらって良い?」
「どうぞどうぞ」
「やった! こっちも一口あげる」
 自分の頼んだものを交換で味見しあう。これもまた良くある女子学生の風景。
「本当だ! この抹茶パフェ良くできてる! 抹茶のアイス少し渋いけど、バニラアイスや生クリームと食べる事を前提に作ってるからすごく食べやすい。単体で食べても普通に美味しいし、すごいよこれ!」
「ハルカちゃん本当に食べること好きだね」
 あまりにもうれしそうに表現するものだから、友人の少女はほほえましくて笑ってしまう。
「だって、美味しいもの食べたときはやっぱり表現したくなっちゃうよ! それに、これは私の長所なんだよ?」
「長所?」
「そう。シュウがね『君は食べ物の表現する事では天才だね』て。『僕でもその表現力はかなわないよ』て言ってくれたのよ。だから私が今の事唯一シュウにかなうものなの。だから長所」
「へぇ」
「さて、語るのはこれくらいにして食べるとしますか!」
 そうやってハルカは再び黒みつ寒天を食べ始めるのだった。





「今日は久々に楽しかったかも!」
 あのあと、二人は再び雑貨などを見てそれぞれ家路についた。そして今は風呂上りの電話中。この年頃の女の子は何を話しても楽しい。
「≪私も。ハルカちゃんと今日みたいに歩いたの久しぶりだから≫」
「そうだっけ?」
「≪そうだよ。いつもシュウ君と一緒にいるから私近寄れないんだよ?≫」
「そ、そんなことないかも!」
 こうやって彼女はいつもハルカとシュウの事をからかう。人の恋路をからかうのはある意味楽しい。
「≪だけど、女の子同士で帰るのもたまには良いでしょ?≫」
「うん。また一緒に帰ろうね!」
「≪今度はシュウ君と帰らない日いつ? 弓道で男子が遠征する日?≫」
「そのシュウがいない日ばかりに特定するの止めてくれない?」
「≪だって、実際そうなんだもん。こっちから誘うか約束しないと絶対ハルカちゃんシュウ君と帰っちゃうから≫」
「そんな事無いって!」
 ハルカの反応は絵に描いたように思ったとおりの行動をする。これがまた面白いというか純粋と言うか。
 でもさすがに可愛そうなので、これ以上からかうのはやめよう。
「≪了解。これ以上はからかわないよ。じゃ、また明日ね!≫」
「うん! また明日!」
 そういって友人は電話を切る。今日は付き合ってくれてありがとう。
「じゃ、シュウにメールでも送ってそろそろ寝る準備しようかな……」
 今日もらった分以上の嫌味をこめてシュウにメール。明日はきっと会えるよね。











 翌日の放課後もまた天気は良かった。
「昨日休んだのはやっぱり痛いね。数学が新しいところに入ってる」
「だからノート貸したでしょ? それともやっぱりわかりにくかった?」
「ちょっとだけね」
「おかしいな。ちゃんととった筈なのに」
 シュウは昨日登校する予定だったと言っていただけあって今日は朝から普通に登校してきた。その証拠に二人は一緒の電車で学校まできたのだから。
「でも参考にはなったよ。ありがとう」
「どういたしまして。あ、今日は部活どうするの? 病み上がりでしょ?」
「え? もしかして連絡行ってないのかい?」
 シュウの不思議そうな顔はハルカにも伝染した。
「どういうこと?」
「弓道部、風邪ひき大量発生だから三日間休みだってさ」
「嘘! 聞いてない!」
「伝達ミスみたいだね。……で? どうする?」
「あ、なら私は……」
 鞄に荷物を詰めて立ち上がるシュウに何かを言おうとしたハルカ。そして後ろからは……
「シュウ!」
 同級生男子のタックル。
「お前さ、今日暇? 誰かの家に集まろうって話なってんだけど」
「君ね……病み上がりにそれを言う?」
「大丈夫だろ? 丸一日休んだんだから! で、どうする?」
「僕は……」
「行ってくれば?」
 不意に男子ばかりの声に入ってきた女子の声。その場にいたハルカだった。
「ハルカ……」
「だって、誘われてるんだし、私も見たところシュウ元気そうなんだもん問題ないでしょ?」
「そういう問題じゃなくて……」
「じゃ、どういう問題? 問題なんて他に無いでしょ?」
「だから……」
「じゃ、決定! シュウも連れて行くぞー!」
 腕をがっちりと男友達につかまれたシュウは歩くのもままなら無い状態で引きずられていく。
 それを見送りながら、
「じゃ、私も友達誘おうかな?」
 昨日言われた『約束していないとシュウとばかり帰る』と言う友人のことばを覆しにハルカは友人探しの旅に出るのだった……。






「ね、今日買い物行かない?」
 捕まえたのは同じ弓道部の友人の女子。昨日の友人は今日は部活があるため誘えなかった。
「珍しいね。ハルカから誘うなんて?」
「なんかみんな同じ事言う……」
「は? 何の事?」
「だってさ、私は殆どシュウと一緒に帰るから誘うか約束しないと一緒に帰れること無いって言われたー!」
「私もそれと同意見だわ」
 結局この友人も一緒の意見。誰も友人の意見を否定する人はいない。
「もう! でも今日はこうやって誘ってるんだからそうじゃないよね?」
「まぁね。じゃ、行く?」
「行く行く! 昨日雑貨屋でさ欲しかったコサージュがあって、でも手持ちが無かったから買えなかったんだ! それを買いに行きたいかも!」
「了解! で? どこの……」









「先約を忘れられては困るんだけど? 『ハルカ君』」
 ちょっと待って。久しぶりに聞いた呼び方。君付けって……









「え? 何でここにいるの?」
「何でって……僕のほうが約束先だろう?」
「ちょ、ちょっと待って! 約束なんて……」
「と言うわけですまなかったね。僕と約束をしていた事をハルカが忘れて」
「良いって。どうせそんな事だろうと思ったから。連れていきなよ」
 友人はなぜか面白そうに二人を見ていた。
 無理やりハルカを捕まえて連れていくシュウに、無理やり連れていかれるハルカ。
 そしてそんな面白い姿はどんどんと遠ざかって行き、取り残された友人。
「やれやれ……私も誰か誘うかな」
 こちらも新たな友人探しの旅にカバンを手に取るのだった。












「ちょっとシュウ!」
 玄関のあたりでようやくシュウの腕を振り払うことができた。
「私シュウと約束なんて……」
「約束と言うか、何かをしようとした、もしくは誘おうとしたんじゃないかい?」
「え?」
「友人たちがタックルしてくる前に何か言いたそうだったからね。だとしたら君のほうが先だよ」
 彼は……気ついていた。ハルカが何かを言おうとしていたことを。ほんの少しだけ言いかけただけなのに。そんな些細なことに彼は気がついてくれる。でも……
「駄目だよ。行けない」
「どうして今日はそんなに謙虚なんだ? 君らしくも無い」
 そうだ。いつもなら、自分が先など言ってシュウを連れていくはずのハルカ。でも今日はそれをしない。
「だって、シュウにも男同士の付き合いと言うものが……」
「僕は男同士云々より、先に約束したほうを優先する主義なんだよ。だから気にしなくて良い」
「本当に?」
「嘘ついてどうするんだ?」
「本当に、本当?」
「だから嘘つかないって」
「なら、買い物付き合ってくれる?」
「予定も無いからね」
 その言葉に謙虚なハルカはどこへやらいつものハルカはに戻りぱっと明るくなる。
「じゃ、行こう! コサージュ売切れたら困るもん!」
 男子に連れて行かれたときよりも強く、ハルカはシュウの腕をがっちりつかんでショッピングモールへと足を踏み出した。











 女友達と一緒に歩くのも良い。
 喫茶店で頼んだものを味見するのも良い
 でもね、やっぱりシュウはそれ以上だと思う。
 一番の友達から一緒に居て遊びたいと思う。
 これってぜんぜん普通のことじゃない?
 友達って一緒に帰ったり遊んだりするでしょ?
 私の場合はそれが男子なだけ。
 でも、みんなはそれをからかうのよね。
 だけどもう気にしない。だって遊びたいもん。
 それに……
 雑貨屋に付き合ってくれる男子は彼だけだから。
 そんな貴重な体験は女友達じゃできないもんね!





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作者より……
シュウとハルカは一緒に居るというイメージが強いですが、
一応二人にも同性の友人は居ます。
じゃぁ、いつ遊ぶのかと考えたらこう言う話になりました。
やっぱり親友が最優先だと思うのです。それより強いのが戦友(笑)
だからシュウが最優先。
つうか、本当は一番書きたかったのは、ハルカの言いかけた言葉に気づいて
ハルカ連れて行っちゃうシュウ。
このときのハルカが健気でかわいいと思ったんです。
もちろん連れて行くシュウもいいんですが、ハルカのほうが
かわいい!今回はハルカ女の子を目指しました。
思春期の女の子は本当かいてて楽しいです。
2006.11 竹中歩