尋常一様(じんじょういちよう) その日は起きた時からついていなかった。 携帯電話でセットしていた目覚ましアラームが鳴らず、結局親が部屋へ起こしにくるまで寝ていた。 気がついたときには時計は家では見たこともないような時間になっており、慌てて飛び出した気がする。 そして駅まで全力疾走。多分、今までにないくらいの記録が出たと思う。 何とかいつも乗る電車の到着時間までにはたどり着いた。走ったおかげで息は切れ、汗が滲む。もうすぐ冬本番だというのにかなり暑い。でも、その暑さがひいてようやく気づいたんだ。 防寒対策を怠ったことに。 マフラーはおろか手袋さえ忘れてきている。それが分かると、汗は引いていき暑さもどこかへ消えて寒さが押し寄せてきた。そして、声をかけられたのもほぼそれと同時。 「おはよう!」 「ハルカか……おはよう」 「いきなり雰囲気重いわね」 いつも同じ電車に乗るクラスメイトで、同じ部活の少女がにこやかに朝の挨拶をしてくる。 それに反応して自分も朝の挨拶を返す。本当今日も彼女は元気そうだ。 「今日もまた一段と寒いかも」 「そうだね」 気温も下がっているが、自分はもっと寒い。なんでアラームが鳴らなかったのかと後悔にさいなまれる。それを見ていた彼女は不思議そうに問い掛けてきた。 「シュウ……今日それで寒くないの?」 いつもは本当に鈍感なくせに何でこういうところは気がつくのか……まぁ、これくらいならわかって当然か。防寒対策をしていないのはこのホームで自分一人位だろう。 「寒くない……といえば嘘になるね。寒いよ」 「じゃぁ、なんでマフラーとかしてないの?」 「してこなくても良いと思ったんだけど、やっぱりしてきたほうが良かったって今後悔してる」 嘘をついた。 だって、なんだか癪に障る。いつもは物を忘れる彼女を小ばかにしている自分が忘れたんだ。恥ずかしさと不甲斐なさをさらけ出す気は毛頭ない。だから言葉巧みに嘘をつく 「しなくても良いから持ってくれば良かったのに。大した荷物じゃないかも」 「だから後悔してるんだよ。備えあれば憂いなしって言葉を今かみ締めてる」 「シュウでも後悔ってするんだ」 「君ほどはしないけどね」 「どういう意味よ?」 「そのままの意味。君は毎日のように後悔をするようなことしてる感じがするから」 「それって嫌味?」 「真実だったら嫌味にはならないと思うけど?」 「む か つ く!」 彼女は頬を膨らませた。 どうやら話術で彼女をマフラーから遠ざけることはできた。自分にしても上手い誘導だったと思う。 そうこうしていると自分たちの学校に向かう電車がこちらへと向かってきていた。 「忘れてたよ……」 「え? 何を?」 「学校は山の中にあるってことを」 「それ、今更言う?」 彼女に突っ込まれてもしょうがない。当たり前すぎて忘れていた風景。 そうだ。自分たちの通う学校は山の中にある。それはつまり……今以上に寒い場所へ向かうということ。 教室に入ればなんてことないが、それまでがかなり寒い。 「しょうがないか……」 悩んでいたってこの問題は解決しない。あきらめて学園へ向かうことにした。そのとき、 「はい」 首に暖かいふんわりとした感触。 「マフラーだけなら貸してあげる。手袋と耳当てはシュウには可愛すぎるからね」 彼女は赤地にギンガムチェックの入ったマフラーを貸してくれたようだ。確かに彼女が身に付けているものの中では一番無難かもしれない。自分としてもピンクの耳当てや、可愛らしい女子用の手袋は勘弁したい。でも、 「いいよ。君が寒いだろう?」 彼女に風邪をひかせるわけには行かない。そう言って返そうとしたけど彼女は受け取らない。 「シュウを見てると私まで寒くなるかも。だからつけてよ」 「その姿を見てると僕が寒いんだよ」 「まだ耳あても手袋もあるから大丈夫。だからそっちがつけて!」 自分も意地っ張りだが、彼女も意地っ張り。駅を出てからの攻防戦は一向に進まない。 自分は実力行使に出ようとした。これを外して彼女の首にかければ問題ない。しかし、今日は彼女のほうが上手。行き成り……走り出した。 「絶対につけないからね!」 逃した……返すタイミングを。 結局自分は学校まで彼女のマフラーを借りて寒さを凌いだのは言うまでもない。 今日は彼にマフラーを貸すつもりだった。 朝から寒いといっていたのに、彼は何の防寒対策もせず学校へ登校していたから、見かねてマフラーを貸したんだ。 だから帰りも貸すつもり。だって、朝以上に部活が終わったこの時間は寒い。唯でさえ暗くなって日の光がないというのに。でも……彼はそれを拒否する。 「なんで? 寒いよ?」 「朝も言ったけど、見てる僕が寒いんだよ」 「だったら私も同じ意見よ。防寒対策をしてないシュウの方が見てて寒いかも」 「僕は大丈夫だから」 どこか大丈夫なんだかわからない。実際、彼のほうが寒がりだと思う。だからどうしてもマフラーはつけてほしい。 「私こそ大丈夫だから。お願いだからつけてよ」 「君も強情な人だね」 「シュウの方が強情なのよ。それに加えて嫌味が酷い」 「強情で、鈍感で、ドジな人に言われたくない」 ああ言えばこう言う。お互い引き下がらない。もうこうなれば! 「えい!」 朝と同じように彼の首に無理やりマフラーをかけた 「また君は……」 「学習能力がないかも!」 朝やられたんだから、またやられるってどうして思わないんだろう? でも、同じことを繰り返すなんて……彼以上に学習能力がないのは自分かもしれない。 「という訳で、ゴー!!」 彼を置いて走り出す。これだけ暗ければなかなか追いついてこれないはず。こっちも運動神経には自信があある。彼も運動神経が良いといえでも、そんなに早くはたどり着けないと……思ったのに…… 「早!」 「男女の差をなめてもらっちゃ困るよ」 最初のうちは姿さえ見えなかったが徐々に見えてきた。早すぎる! 「何でそんなに早いのよ!」 「君も女子にしたら早いよ」 こっちは息を切らして何とか言葉を作り出すのに、向こうは余裕でしゃべっている。なんだか悔しい。 追い抜かれたくない! 追い抜かせるもんか! ……でも……腕をつかまれて、足を止めることを余儀なくされた。 「捕まえた。と言うか追いついた?」 普通なら、男子が女子を捕まえるというのはロマンティックなシーンだと思う。でも、自分と彼ではそうならない。だって、本気を出して走ったんだもん。どっちかというと競技? 「女子相手なんだからもっと手加減しようとか思わないの?」 「君、手加減嫌いじゃなかったっけ?」 「うっ……」 日ごろ、彼には手加減するなといっていた自分が恨めしい。ええ、手加減は嫌いですとも。手加減されるってことは張り合えるだけ能力がないってことだから嫌かも。 息を切らしている自分に対して、それを余裕で見ているこいつ。むかつく! でも、それ以上に……マフラーを返されるってことが寂しかった。つけててほしいのに。 「本当に嫌なやつ……」 腕を放してもらってその場でむくれた見せた。すると、 「はい」 彼はホットの紅茶を差し出す。缶に入った自販機で売っているタイプのものを。 「……どうしたの?」 ありがとうという言葉より先に出所を聞いてしまう。探究心旺盛だとはよく言われたものだ。 「マフラー……返されたくないって言ってたよね?」 「うん」 「でも、僕としては寒い君を見ていたくはないんだ。なんだか風邪を引きそうだから」 分かってる。それが彼の優しさだって。でもね、それはこっちも同じ意見。 「だから、マフラーを借りる代わりに……これで温まってくれたらなって。そういう意味の紅茶」 「納得」 確かに温かい飲み物を摂取するだけで体は温かくなる。交換条件てわけね。 「受け取るだろ?」 断る理由なんて見当たらない。だって、マフラー借りてくれたし……奢ってくれたんだから。 「もちろんかも。ありがとうね」 さっき言い忘れたお礼。 「いや、こっちもありがとう」 それは二人にとって何てことない日。 でも日常をのぞいてみるのもたまには良いもんでしょ? --------------------------------------------------------------END--- 作者より…… 多分、彼らの日常らしい日常。こんな感じです。 何かしらにつけて走ってます。 まぁ、シュウにとっては遅刻しそうな日だったからそうでもないかもしれないけど、 本当にこんな感じなんです。 実はうちハルカはかなりの紅茶好き。 シュウが甘いものが苦手なのと同じくらいの定説です。 とりあえず、こんな二人が居たら私も追いかけます! 2006.11 竹中歩 |