一失一得(いっしついっとく)




 その日は鳳炎地方の球技大会だった。
 球技大会といっても、学生たちがドッジボールやバスケットをやる学校主催の球技大会ではなく、球技関係の部活動に属する生徒たちが他校に行ったり、または自分の学校で試合をする場合の球技大会である。
 地方によっては『親善球技大会』とも呼ばれていた気もする。
 さて、話は戻ってここは鳳炎学園中等部の一クラス。クラスメイトの半数以上が球技大会に出払っており、教室の中はいつもの様に騒がしくはなく、ちょっとばかり寂しい雰囲気を漂わせていた。
 残っている生徒たちは帰宅部や、文科系の部活、もしくはその他の球を使わない運動部に属する生徒のみ。
 そしての生徒たちは3時間ほど自習をした後解散となっている。この自習時間は残された教師たちが作ったプリントなどをやらされるが、教えあったりしてもよいので無理やり静かにしなくても良いし、早く終わればおしゃべりも可能。だから、この教室にいるメンバーは比較的今日は楽に終わる。
 そして、ようやく今その一日が始まろうとしていた。
「はいはーい! それじゃ席についてね」
 担任ではない今日学校に残っている教師が教室に入ってくる。生徒たちはそれを合図に各々の席についた。
「やっぱり、みんな座ってる所がばらばらね。今日は人数少ないからある程度前に詰めてもらえる? 隣のクラスの人も合同だから」
 残された人数が半数以下なのは隣のクラスも一緒らしい。だからまとめられることは消して珍しいことではなく、寧ろ球技大会では当たり前な光景である。
 生徒たちは言われるがまま、カバンを持って前の席から順々に詰めていく。自分の机ではなく、ほかの人の机だがそれはいたしかたがない。
 だが、これはある意味早い者勝ちなのだ。前に詰めるというのは自由に動いていいことであり、即ち仲の良い人とそばに座れることもできる。あれよあれよという間に机は埋まっていった。それは隣のクラスのメンバーも加わることで余計に激しさを増し、残された机は五つだけとなる。そしてまだ座っていない人数は二人。
 学年はおろか、中等部では知らない人間は居ないとまで言われる男女二人組み。
 シュウとハルカの二人だけだった。

「座り損ねちゃったかも」
「だね」

 二人は顔を見合わせる。
 彼らは元の席が隣同士。だからそういう席を求めていたのだが…空いている席は五つ。二つまとめて空いているのはちょうど教室の真ん中あたりにあたる二つの席。隣同士ではなく、前から二番目と三番目の席だけ。
「あそこでいいよね?」
「まぁ、問題ないんじゃない?」
 そういうと二人はようやく席につく。それを見て教師はプリントを配り始めた。
 前の席がシュウ。その後ろがハルカ。お互い初めての前と後ろ。
 二人のクラスの席替えは担任の気まぐれで且、くじ引き。なのにこの二人はいつも隣同士。
 どうして? 理由はとても簡単。くじを引いても友達と変えてしまったりするため、結局は仲の良いもの同士で構成される。あまりくじ引きの意味はないかもしれない。それを繰り返し、二人はいつも隣と言うわけだ。
「それじゃ、プリント始めてね。チャイムが鳴るころに回収にくるから。あまり大きな声は出さないでね?」
 教師に念押しされて、生徒たちはプリントへと目を這わせる。科目は数学。
 大抵はわかる人から答えが回ってくるため、下手すれば二十分程で終わってしまう。でも数学は別。誰かが答えを解くまで終わらないのだ。それまでは一人で悩むしかない。そしてその中にハルカももちろんいる。
「うー……ここまでは良いのよね」
 プリント開始から物の数分でハルカの様に頭を抱える生徒が続出した。
 最初のほうの計算問題は良い。でも、問題は文章問題。これがまた難しいこと。
 すでにお手上げ状態の男子が数人、しかしハルカはめげることなく悩んでいた。だが……人の脳にも限界はある。
「しょうがない、シュウ」
 後ろから彼の名前を呼んでみるが、彼は無反応。
「シュウ」
 もう一度呼んでみるが、返答はない。どうしたのかと思い少し背伸びをしてみると、前の席の男子に問題の解き方を説明している。だから返答がなかったらしい。
 すでに教室はがやがやうるさく、きっとハルカの声はこの雑音に消されたのだろう。しょうがなくハルカは地道に取り組むことにした。
 そして数分後……
「だから、なんでそこで、サトシ君はシゲル君を追い抜かして、そんでもってシゲル君と速さで勝負して、さらに自転車に乗っちゃって、バッグを乗せて重さをプラスしちゃうの!」
「声が大きいよ」
 最終問題まで何とかたどり着いたハルカ。しかしどうやってもこの問題だけが解けない。
 それにようやく気がついたシュウは後ろに振り向き、ハルカへ話し掛ける
「だって、この問題解けないかも」
「最終問題ね。えーと……サトシ君の家から学校までがyだとするだろ?……」
 シュウが問題の解き方を教えてくれているということは、すでにこの問題を解いているという証拠。
 悔しいが、やはりシュウは頭が良い。それをつくづくハルカは思い知らされる。
「と言うことで、この答えになる」
 シュウの手により、ハルカの悩んでいた難問は簡単に解かれてしまった。しかもわかりやすく説明してくれたおかげで、ハルカも理解することが出来たらしい。
「なるほどね……ありがとうかも」
 ハルカがお礼を言った瞬間、教師がプリント回収に訪れた。




 そしてその日の帰り道……
「私さ、今日思ったことあるのよね」
「なにを?」
 ふと彼女はそう切り出す。
「やっぱりシュウとは席が隣の方が良い」
「どうして? 今日みたいな方がいいんじゃないかい? 実際問題も教えやすいし」
「そりゃね、シュウは良いかもしれない。でもね、後ろにいるとさ」



「気づいてもらえない上に、背中ばかり見てるから嫌かも」



 道端に転がっていた石をけりながら、
「そりゃ、今日みたいな席は授業教えやすいし、近いかもしれないけど……隣の席はさ、嫌でも目に入るからお互い気づくでしょ? だけど、今日みたいな席は気づいてもらえないから……やっぱり隣のほうが良いかななんて」
 それは彼女に言われるまで気がつかなかった。
 確かに自分は自分が用のあるときだけ振り返っているが、彼女はそうも行かない。
 それを今ようやく知ることとなる。
「私は背中を見るのは嫌なの! 並んでいたいの! だから今日みたいな疎外感は真っ平ごめんかも」
「そうだね。僕も四六時中見られてたんじゃ身が持たないよ。なんかそのうちシャーペンでつつかれそうだしね」
「そ、そんなこと……」
「しないって言い切れる?」
「ごめんなさい、しようとしてました」
「なら、僕もやっぱり隣のほうが良い。そんなことされちゃたまらないから」
「だよね!」



 真正面の席は確かに近いけど、後ろの席は不利だから
 いつも一緒が良いし、いつも顔は把握していたいと思う。
 だから、距離で近いよりも気持ちで近いほうが、より一層近い気がしませんか?





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作者より……
前の席より友人は隣の席の方が良いと思う。
前の席に座ってる分はいいんですけど、後ろの席だと構ってもらえない気がするので。
だから隣の席のほうが顔も見れるし、何より授業中アイコンタクトできるしね!
それに、真正面に座ってくれるなら、向かい合わせに座ったほうが良いと思います。
この二人は授業以外基本向かい合わせだと思うので。
因みに二人の席は一番後ろのシュウが一番窓際(ベランダ)、ハルカがその隣です。
シュウ目が悪くて、男子にしたら身長低いですけど後ろの奥希望。
理由は廊下側だと女子に見られたりするのが嫌なんで。
前の席だとハルカがじっとしていないし、そんな理由です。
2006.11 竹中歩