九牛一毛(きゅうぎゅういちもう)




 その日は確かハルカの悲鳴で始まった気がする。
「ど、どうしたのー?!」
 シュウは窓際の自分の席で男子と喋っていた。ハルカは廊下側の窓辺でこれまた友人とおしゃべり。
 そんな別々な場所いたにもかかわらず、ハルカの声は耳を劈く。
 シュウは思わずハルカの方へと目を向けた。その先に居たのは声の張本人ハルカと、ハルカの友人。
 確か、食べることが大好きで悪戯なんかをするときいつもハルカと意気投合している少女だったはず。多分その悲鳴はこの少女に向けられたのだろう。
「声が大きすぎるよ、ハルカ」
「だって……髪」
 シュウは視力が悪い為、遠目からは見えなかったが少女が教室の真ん中あたりにある自分の席へ付いたときにその異変に気づく。
 前髪を恐ろしい程短く切っていると言う事に。
 それは女子にしてはあまりにも短すぎる長さ。確実にシュウよりは短いく、一緒に話していた男子よりも短い。きっとおでこの面積9割はさらけ出しているだろう。ハルカが悲鳴を出したのも分かる。
「どうしたの? なんかあった?」
「別に?」
 少女は何事もないように普通に席についてカバンから出したペンケースなどを机の中にしまう。
「だって、前髪……」
「前髪だけじゃないでしょ?」
「まぁ、確かに全体的には切ってるけど、前髪だけ異常に短いかも」
 さすがにハルカも彼女に気を使ったのか、彼女の机の傍により小声で話している。でも、ハルカの声をこの雑音の中から聞き分けられるシュウには聞こえている様子。気になる人の声は特別聞こえるというような状況だろう。
「いいじゃない。前髪って目に刺さると痛いし。それにこれだと当分切らなくて済むでしょ?」
「それはそうかもしれないけど……」
 少女はどっしりとして物事に応じない性格。それゆえか、前髪の長さも普通に受け入れ、さらには前向きに考える楽天家。凄いとしか言い様がない。
「自分で切ったの?」
「うん。後ろは幼馴染にすいてもらったけどね。前髪だけは自分でやった」
「なんで美容院行かないの?」
「だって、昨日行きつけの美容院が定休日だったんだもん。でも髪の毛うざいから、ばっさりと」
 彼女はおしゃれには興味がないと言っていた。今の発言が何よりもの証拠。
 普通なら美容院が開くまで待っている。でもそれが待てないと言うのが凄い。
 前髪だけならまだしも全体的に切ってしまうとは……しかも言っておくが、髪を切ってもらったと言う幼馴染は男子でしかも髪きりに関してはど素人。良くそんな人間に頼んだものだと思う。
「はぁ……毎度毎度凄いね」
 めったに呆れることのないハルカが呆れていた。これは呆れても仕方がない。でも少女はそれでも笑う。
「凄くなんかないよ。ただやりたかっただけだもん。さ、授業始まるよ!」
 彼女は新しい髪形にして最初の授業を今かと待ちかねていた。





 授業四時間目……
「ねぇ、シュウ」
「なんだい?」
 シュウとハルカの席は隣同士。かなり小さい声でも会話は出来る。それを使って二人はひそひそと話し始めた。
「髪の毛自分で切っちゃうなんて凄いよね。私不器用だからできないもん」
「まぁ、君なら確かにあの程度の前髪じゃすまないだろうね」
「あ、今あの髪型けなした。後で言ってやろう。傷ついちゃうかもねー。女子に言われるのと男子に言われるのって重さ違うって言うから」
「だったら、なお更言うのはやめたらどうだい? 男子に言われて傷ついてるなら、今朝の君の質問攻めで十分傷ついてると思うよ」
「う……わかったわよ。でも、本当やることが大雑把と言うかなんと言うか…」
 話の内容はやはりあの少女の行動。本当に目を見張るものがある。
 ハルカは彼女を見ながら自分の前髪と見比べていた。そして前髪をかきあげて再び話し始める。
「でもさ、よくど素人に髪の毛切らせたなって思う」
「それは僕も同感だね。彼女の幼馴染と言ったら……彼らのことだろう?」
 シュウは目で方向を示した。その方向は二箇所。
 一人は黒い髪に笑った顔が良く似合う体育会系の男子に、もう一人は少し茶色系の髪を持った八重歯がかわいい男子。これにあの少女を加えると、学年でも有名な幼馴染トリオが出来上がる。
「だろうね。あの二人って手先……」
「器用な方じゃないよ。二人とも」
 シュウはこの男子二人組みと仲が良い。そのシュウが言うほどだ。間違いではないだろう。
「あはは。だけど、それをシュウすら分かってるって事はあの子もわかってるって事だからなお更凄いかも。それだけ信用してるんだね」
「生まれたときからほぼ一緒に居るからね。兄弟とかの方が近いんじゃないかな?」
 きっと並大抵な絆ではない絆があの三人には存在している。二人はそれをまた強く実感した。
 それと同時に、四時間目終了のチャイムが響き渡る……。







 放課後。その事件は起こった。
「「ハルカちゃん」」
 二重に重なった自分を呼ぶ声。ハルカはその方向へ振り向く。
 そこに居たのはそれこそ授業中に話のネタになっていた幼馴染の男子二人。
「どうしたの? 二人そろって?」
「「俺たちに付き合ってもらえないかな?」」
 これまた二重のお誘い。それに目を丸くしたのはハルカと、廊下に居たシュウだった。
「ど、どうしたの? と言うか、何事?」
「訳は今聞かず、とりあえず付き合って欲しいんだ!」
 神頼みをするように床に座り込む黒髪の男子に、
「お願い! 何でも奢るから!」
 手を合わせる茶色い髪の男子。
「うーん……」
 ハルカは少し悩むんで見せた。
 これと言って断る理由もないし……それに奢ってくれると言う。それなら答えはひとつしかない。
「いいかも。そのかわり、本当に奢ってね? 訳も聞かず誘いに乗るんだから」
「「ありがとう」」
 顔を60ワットの電球ぐらい明るくさせてハルカの手を一緒に握る二人。そしてその瞬間にシュウから二人の頭に落とされる肘鉄。
「何珍しいことしてるんだ? 君らは?」
「シュウ……。お願いだ! 今日一日ハルカちゃん貸してくれ!」
 今度はシュウにすがり付く黒髪幼馴染。
「ちょ、ちょっと、私はシュウのものじゃないわよ?」
「必ず、このご恩はお返しするから!」
 お願い!と言わんばかりに可愛子ぶるもう一人の幼馴染。それに、
「シュウには関係ないでしょ? それにこれは私の問題! 私が良いっていうんだから問題ないかも!」
 さっきの誘いをOKしてしまったハルカ。
 この答えにさすがのシュウももう言う言葉が見当たらない。彼女の意見を否定する理由なんて持ち合わせては居ないからだ。
「ハルカの扱い、気をつけた方がいいよ。じゃないと確実に怪我する」
「「了解!!」」
「な、何ですってー! あ! ちょっと!」
「「と言うわけで、ハルカちゃん一人ご案なーい!」」
 否定するハルカの言葉は二人の男子によってシュウには届かなかったと言う。









 本日限定?奇妙な三人組は鳳炎学園のそばにある商店街を訪れていた。
「で? そろそろ訳を聞かせてくれてもいいんじゃない?」
 傍に知り合いが居ないのを確認すると、二人に問い掛けた。その問いかけに少年二人は顔を見合わせて大きくため息をつく。
「何でここでため息なんかを……」
「ハルカちゃんさ……あいつの髪型どう思う?」
「え? あいつって……ああ……」
 きっとあいつとはあの少女のこと。二人の幼馴染。
 ハルカは黒髪の少年のほうに問い掛けられて、彼女の姿を思い出し質問に答える。
「後ろ髪はまだしも、前髪はちょっと切りすぎかなとは思う」
「だよねー……はぁ」
「だから、何でため息?」
 余計に黒髪の少年は落ち込んだ。一体なんだと言うのだ?
 もう一度問いかけをしようとすると、茶髪の男子がハルカの肩を叩く。
「あの……ね、あいつの前髪切ったの俺とそいつなんだ」
「え?!」
 思わぬ事実にハルカは単発的な言葉での反応しか出来なかった。あの前髪を彼らが?
「で、でも、あの子そんなこと一言もいってなかったよ?」
「あいつだからね」
 黒髪の男子はふさぎこんだまま顔をあげない。しょうがなく茶髪の男子がそのまま話し出す。
「あいつは日ごろから人のせいにするって事をしないんだ。だから今回の髪の毛だって、本当は俺たちが切ればって言ったんだ。そしたらその場で切り出すって言うもんだから俺らも助けるつもりでやったんだけど……それがあんなことに」
「普通美容院が開くまで待ってようとか言わないわけ?」
「思い立ったが吉日って言うのがあいつのモットー。それに俺たちも手伝うとか言っちゃったから余計にね」
 ハルカは思った。きっと彼女は二人の手伝うと言う言葉が嬉しくて断れなかったんだろう。大好きな二人の言葉だから。
「なるほどね……だから落ち込んでるんだ。二人とも」
「「……うん」」
 双子のように二人が言葉を発するタイミングは一緒。でも、落ち込んでいる心の重さも一緒。彼女への思いも一緒。
 本当に仲の良い三人組だ。
「二人がため息をつく理由はわかった。でもだからってなんで私がこんなところに?」
「それはね、あいつの今の髪形にも似合う帽子選んで欲しかったんだ」
「帽子?」
「うん。今の髪型じゃヘアピンとか無理だから……だから帽子で。それに切ったばかりで寒いと思うし」
 ようやく元気を取り戻した黒髪の少年が喋り始める。でも顔はどこか落ち込んでいた。
「何で私に? 本人に聞いたほうが……」
「あいつ意地っ張りだから、今の髪形は気にしてないとか言って買わせようとしないと思う。だけど気はしてると思うんだ。そこでハルカちゃんが選んでくれたとか言ったら流石にあいつも断れないと思うし。それに……」
「それに?」
「「あいつ、ファッションセンスないから」」
「ああ……」
 否定できなかった。確かに彼女のファッションセンスはどこかずれている。おしゃれには興味がないと豪語していた彼女だ。センスがずれていると言うよりは、どうでも良いのだろう。二人がハルカを誘った理由がようやくわかった。
「でも、私で良いの?」
「「うん。ハルカちゃんならあいつにぴったりなの選んでくれそうだし……だからお願い、ハルカちゃん!」」
 こんなに長い台詞も声が揃うほど二人の思いは一緒なんだ。それを汲み取ることが出来たハルカは、
「よし、じゃぁ、選ぶとしますか! でも、ちゃんとあとで奢ってよ?」
「「なんなりと!」」
 約束を果たすことを条件に彼らの大切な人の喜ぶものを探し始めた。
 きっといい物、見つけるからね……!







 次の日……
「おはよう!」
 昨日、髪の毛を切りすぎてクラスの注目の的になった少女は晴れやかに登校してきた。そして自分の席に座っていたハルカに声をかける。
「おはよう、ハルカ!」
「おはよう! 似合うじゃない」
「えへへ……そっかな?」
「うん」
 髪の毛を短く切りすぎていた少女は温かそうなニット帽を被って登校してきた。この時期にはちょうどいいだろう。彼女にとても良く似合う。
「昨日、あいつらがプレゼントしてくれたの」
「そっか。良かったね!」
「うん!」
 やはり気にしていたのか……それとも彼らのプレゼントが嬉しかったのか、少女はあどけなく笑っていた。
 それを見て一安心の彼らも居る。
 どうやら丸く収まった……が、肝心なことを忘れている。
 どかっ。
「……シュウ、頭に肘鉄入れるのやめてくれない? 背、低いからきついでしょう?」
「おや? 珍しくこんな朝早くから君が机に座ってるなんて思わなかったよ。あまりの奇怪な行動に僕も気づかなかった。すまないね」
「いえいえ。座ってないと私に肘鉄できないもんね。こんなときくらいはさせてあげるかも」
 ばちばちと教室の片隅で飛び交う火花。クラスメイトたちあたらないようによける。
「とまぁ、僕も君と争う気はないし……それに火花もいつもより小さいことだしね。張り合いがないよ」
「はぁ?」
「はい」
「へ?」
 ハルカの机に落とされたのは文房具店でボールペンなんかを買ったときに入れてくれる細長い袋のようなもの。でも紙包みはクマの柄がプリントされている。これは雑貨屋の入れ物。
「何?」
「開けてみていって欲しいんだけど?」
 シュウに言われるがままハルカは包み紙を開ける。中から出てきたのはシンプルだがセンスのあるヘアピン。五つがセットになっているタイプだ。
「どうしたの?」
「……前髪」
「え?」
「うざそうにかきあげてただろう? この頃」
「た、確かにこの頃ちょっと目にかかるなとは思ってたけど……え、そこまで長くないよ?」
 それは自分も無意識のうちにしていた行動。自分ですら少ししか気づかなかった行動を彼は見ていた。
「でも、目に入るんだろう?」
「うん」
「だから、それでしばらくの間は前髪上げてるといい」
「その為に? 態々? だって、普通の黒いやつでも……」
「君、この前セット買ってもう無くしてなかった? 『黒いやつは無くしやすいかもー!』とか叫んで」
「う……」
 定番の黒いピンを一応ハルカも持っている。しかし、何度買っても何時の間にかなくなっているのだ。
「だからそっちのほうが無くしにくいだろう? 一応シンプルにしておいたから大丈夫だとは思うけど」
「あ、ありがとう」
「目を傷めるとろくなことはないよ。前髪のせいで視力も悪くなる。じゃ、僕は先に音楽室行ってるよ」
 そっけない態度を示してシュウは早々と男友達とともに教室から出て行ってしまった。
「変なところ……見てるんだから」
「ハールカ!」
「うわ!」
 先ほど嬉しそうに登校してきた少女がハルカの背中にもたれかかる。
「びっくりした!」
「えへへ……どう? ヘアピン」
「うん……可愛かった……って! 何で知ってるの?」
「だって、それ一緒に買いに行ったの私だもん」
 あっけらかんと衝撃の事実を打ち明ける少女。
「え?! なんで?」
「だって、私の幼馴染とハルカが一緒に帰っちゃうもんだからシュウと私が残っちゃったのよ。そしたらねシュウが」



『ヘアピンを売ってる場所を知らないか?』



「って。私雑貨屋あんまり知らないけど、ハルカが前に連れて行ってくれた雑貨屋思い出してね。そこに連れて行ったのよ。私じゃなくてシュウが選んだけど」
「あ、うん。使わせてもらう。前髪邪魔だったから」
「そっか! なら問題なしだね! ……あ、私も先に行くね!」
「うん! 私もそろそろ行く!」
 そう言って彼女は幼馴染たちと廊下へ出て行く。自分も早く準備をしなければ。でもその前に、
「よいしょっと……うん!」
 窓を鏡にしてヘアピンで前髪を上げる。やはりこの方が楽だ。
「早く髪の毛切らなきゃ! ……でも、切ってもまた使おう」
 少しの行動に気づいてくれた……証拠だから…ね。





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作者より……
多分シュウなら気づきそうだと思う。同じ年の男子よりは余程勘が鋭そうなので。
今回のシュウハルは友人のために動くお話。
三人組は長い間一緒にいたからこそ互いがどう思っているか分かっているわけですが、
シュウとハルカの場合はそれには及ばないけれど、ある程度は分かる
そんな二人を書いてみました。
へアピンは蝶々か何かがついているシンプルなタイプを希望(笑)
思春期は恋愛ばかりじゃないです。
たまには他の友人に動いて見る彼らもいいですよね。
2006.11 竹中歩