叱咤激励(しったげきれい) 「そんなに不機嫌な顔をしても状況は変わらないよ?」 「わかってるわよ」 シュウに自分の表情を突っ込まれても、ハルカは変えようとする努力すら見せない。 二人は鳳炎学園中等部の玄関にいた。 シュウは室内履きで玄関の壁にもたれかかり、ハルカは外履きで玄関の段差に座り込んでいる。 朝のホームルームが終わってから与えられる移動時間の全てを二人は此処で過ごすようだ。 「こればかりはしょうがないよ」 「それもわかってるけどさ……」 二人は目を見てはなすことはせず、目線は其々違うところ違うところに置き、聞いて話すという行動を繰り返している。 ハルカがこうなった事の発端は昨日の弓道大会。 それはこの鳳炎地方の弓道に所属している中学生が集まるといっても過言ではないくらいの規模で行われた。 それだけ大きな大会だ。出てくる学生の強さも半端ではない。 しかし、その総勢たるメンバーを押しのけて個人男子の部で優勝したのは言うまでもなく、この方シュウ。 ちなみにハルカは第三位に終わった。 そしてその大会は二日連続で行われ、今日もハルカは弓道大会に遠征する。 個人の部では第三位に終わったハルカ。だが女子団体の部では予選をトップで通過。団体戦の優勝決定戦は今日行われる。案の定ハルカもそのメンバーの一人だ。 しかし、男子は…昨日の予選で敗退。シュウは本日の遠征に行くことなく学校での通常の授業を受ける事になっている。 「なんで男子は一緒じゃないの?」 「そんなこと言ったって……」 ハルカは男子が一緒ではないという言う以前に『シュウ』が一緒でない事に酷くご立腹らしい。 「大体女子の部活を男子が態々応援の為だけに遠征するなんて聞いた事ないよ。吹奏楽みたいに元々男女混合ならまだしも」 「でも、やっぱり負かしたい相手がいるのといないのじゃ張りが違うかも!」 「昨日、個人戦で成績比べたじゃないか。それに今回は団体戦。争う点がずれてる」 「それもわかってるわよ! 当たり前な事は全部わかってる……でも、」 ハルカの目線が漸くシュウに向けられた。 しかし『でも』の後に言葉が続かない。それを見てシュウは言葉を与える 「僕がいなくて寂しい?」 嫌味を込めて笑ってみた。 本当はそう言う雰囲気でない事くらいわかっている。でも、これで怒ってハルカがいつものハルカに戻れば良いと思ったからこその行動。 そんなに不安定な状態では……放たれる矢も不安定になってしまう。 そしてハルカから返ってきた言葉は、 「そりゃ寂しいかも」 意外にも怒っている発言ではなく、肯定した返事。しかしまだ言葉は続いた。 「応援があるのとないのじゃ全然違うからね」 「なんだ…そう言う意味か」 「なによ? 応援があったほうがやる気でるって言ったのが悪いの?」 「いや、そっちじゃなくてね……まぁ、いいさ。結局のところ君は形に見える、聞こえる応援が欲しいんだろう?」 「そういうことかも」と言ってハルカは再び目線をシュウからうわの空へとかえる。 ふむ。 そういう事ならと、シュウは足早に玄関から校舎の中へと入っていってしまった。 「シュウ?」 「ちょっと待ってて」 運動神経が良いというだけあって、足は速い。ハルカの視界から姿が消えるのにそう時間は要さなかった。 だが、ハルカもまた出発の時間が迫っている。友人がバスの前から手を振っていた。 でもまだシュウが戻ってきていない。だけどメンバーに迷惑はかけたくない。 そんな板ばさみ状態であっちへうろうろ、こっちへうろうろしていると自分の上空から人の声。 「ハルカ!」 呼んでいたのは自分の教室のベランダから少し乗り出しぎみなシュウ。危ないと思いつつシュウなら大丈夫だと思い、そのシュウの真下へとハルカは足を運ばせる。 下は花壇だったが、花壇の縁に乗り上げて上を見上げた。 「何?」 「うけとれ!」 シュウの手からハルカに何かが落とされた。その瞬間、バスのクラクションの音。 直感的にヤバイと思ったハルカは、 「ありがとう!」 何を渡されたのかも確認せずに、バスの方向へと走っていった。その姿を見ながら、 「頑張れ」 誰に言うまでもなく、彼はそう呟いた。 バスに入ってから、少し友人にお小言を言われた。どうしてもう少し早く行動できないのかと。 必死で謝り続けたハルカは、その姿に免じて漸く友人ら解き放たれる。 そのときに思い出したのは、シュウから貰った『何か』。 「これって……」 それは簡易栄養補助食品。そんな感じの名前だった気がする。黄色い箱がトレードマークで少しの量でエネルギーが補える等言う代物。 昔、ハルカもお世話になった事がある。 「シュウも男子ながら小腹が減るのかな?」 そんな勝手な見解でシュウがこれを持っていたという理由をこじつけた。だがどうしてこれを渡されたのか…。 それは裏面で漸く理解できた。 栄養成分や、賞味期限など細かい字が書かれている上に 『自分のペースを崩さないように、頑張っておいで』 青い太めの色ペンで綺麗に書かれていた。早く書いても綺麗な字。まさしくシュウらしい。 「形に見える応援てことね。よし、頑張ろう!」 ハルカが欲しかったのは耳は入る応援。 でも、形に見える応援も応援。 それに彼からの応援ならもっと強い応援になったことは間違いないだろう…… --------------------------------------------------------------END--- 作者より…… 新川に私がやった行動まんまです(笑) 新川が遠方に行くと言うのでこれを託しました。 なんでもこれを食べると元気の出方が違うと聞いたので。 ならシュウハルもありなんじゃない? そんな話を渡すときにしたのを覚えています。 ベランダって今の学校出れるんですか? 私のときは手すりがあったので出られましたが。 でも乗り出すのは危ないのでやめましょうね。 私との約束ですよ? 2006.11 竹中歩 |