学校の授業が終わって、部活が始まるまで、少しの時間がある。
 そして今ハルカはその『少しの時間』を部室で転寝をしながら過ごしていた。
 部室の真ん中に鎮座するテーブルにうつぶせになっての夢心地。
 しかし、それは重いような鈍い音で終止符を打つこことなる。




大同小異(だいどうしょうい)




『ドスッ』

「うわぁ!」
 思わず飛び上がる。一体何の音だ?しかも振動まで手に伝わってきた。
 目をこすってあたりを確認し見ると、憂鬱そうな表情をしたシュウが目に入る。
「全く……」
「お疲れ様……あぁ、音の原因はもしかしてそれ?」
「当たり」
 ハルカの言うそれとは、シュウがテーブルの上に置いた紙袋の事。
 きっと、さっきの重い音と振動はこれの所為。
「今日もなんだ……」
「今日もだよ……」
 ため息をつきながら、シュウは紙袋の中に手を入れて中身をテーブルの上に並べていく。

 500ミリリットルのスポーツドリンク
 簡易栄養補助食品
 サプリメント
 お弁当
 手作り風のクッキー
 タオル等々…

 かなりの量であることは言うまでもない。でも、二人にとっては珍しくもない事。
 さっきの会話からも見て取れるが、シュウはこれ程の量を毎日、ファンの女子から貰っているのである。

 事の発端は、今女子の間ではやっているドラマの影響。
 一人の少女が、大好きな人に気づいてもらうまでを健気に描いた純情ドラマ。
 そのドラマの中に、少女が意中の人に差し入れをすると言うこれまた可憐な行動が放映されてから……
 シュウに差し入れが多くなったのだ。
 元々、シュウは差し入れなんかをもらってはいた。
 でも、此処まで数は多くなく、寧ろハルカが出現した事で、シュウのことをあきらめる生徒が増加し、量は減っていた筈。なのに、そのドラマが切欠でまた増えてしまった。
 おかげでこのところ毎日のように、シュウは部活開始前にかなりの差し入れを受け取る羽目になっている。
「凄いね……毎日」
「本当だよ」
 一日限りの少女もいれば、毎日送る少女もいる。
 シュウも一応は受け取るのを断ってはいるが、泣かれると受け取らずにはいられない。
 つまり、この差し入れの数だけ少女が泣きそうになったと言っても過言ではないのだ。
「でも、君は嬉しいんじゃない?」
「え?」
「また、食べる物が増えただろう?」
「あはは……」
 ハルカは笑って誤魔化すが、シュウの言う事は真実。
 シュウの食べられない甘い物などが差し入れに入っている場合、ハルカが食べるという流れになっている。
 もしくは、あまりに量が多すぎる場合もそうだ。シュウでもきついこの量をハルカはぺろりとたいらげてしまう。
 食べる事が好きなハルカにとってはシュウの差し入れは嬉しい……筈だった。
「そうなんだけど……今日から、貰うのやめようと思ってるの」
「え?」
 「まさかダイエット?」と思わず突っ込んでしまったが、ハルカは大きく首を振りそれを拒絶する。
「シュウさ……この差し入れの切欠になったドラマ見てる?」
「いや、そう言うドラマ系はちょっと……推理系とかは好きなんだけど」
「まぁ、見そうにないよね」
 健気に恋をする少女を真剣に見るというシュウはあまり想像できない。
「私さ……いつも差し入れは食べるばかりでよく考えなかったんだけど、これって……送る子の思いが篭ってるんだよね」
 シュウに差し入れをする女子の大半はシュウに思いを抱いている少女たち。思いが篭っていて当然だ。
「昨日、そのドラマでまた、主人公の女の子が差し入れするって言う場面があったんだけど、主人公の子は大好きな人に送るお弁当を徹夜して作ってた。まぁ、ドラマだから脚色は入れてあると思うけど、でも、それはこの差し入れも一緒だと思うの」
 見ている分にはなんら変わりない普通のスポーツドリンク。
 でも、渡す子はシュウの好みを必死で考えて、勇気を振り絞って渡した筈。
 お弁当だって……きっと心を込めて作ったはず。
「だから、この差し入れって言うのは、シュウへの想いだと思うの。それを食べちゃうって凄く気が引けてさ……だから、今日からは貰わないって決めたの」
「でも……僕も流石にこの量は食べられな……」
「貰う自分が悪い。貰われるような行動をするシュウが悪い。もてるからしょうがない! だから責任とって食べるかも! 失礼だよ、送ってくれた子に!」
 差し入れをした少女たちもドラマの感染者だが、ある意味ハルカもドラマの感染者。主人公に味方している気になっている。
 でも、差し入れしてくれた人たちに失礼な事は確か。
「不本意だけど、君の言う事は確かに一理あるんだよね」
「でしょ? それに、私はファンの子には嫌われてる事があるから……好きな人の為に作ったものを、嫌いな人に食べて欲しくないって思うのよ。だから、ごめん」
「君が謝る事はない。元々僕一人の問題に君を巻き込んだようなものだからね。次から君に渡すのは君と一緒に食べて良いと言う了承を得たものだけにするよ」
「そうしてくれると助かるかも」
 シュウはそう言いながら、貰った差し入れを一つ一つ紙袋へとしまって行く。
 当分の間は満腹中枢が寂しくなる事はないだろう。逆に苦しくなる事が予想できる。
 早く、こんな流行終わってほしいものだ。
「本命から差し入れがもらえないなら、こんな流行なんていらないのに……」
「何か言った?」
「いや、別に」
 微妙に聞いて欲しい事は、必ずハルカの耳には届かない。
「さて、そろそろ行こう」
「ああ」
 彼女の鈍感に流行はあるのだろうか?








 数日後……
「今日もなんだ……」
「今日もだよ……」
 数日前繰り広げた会話を同じ時刻、同じ場所で繰り返す二人。まだまだ流行は続いている。
「シュウ、太らないように気をつけなくちゃね」
「調整はちゃんとしてるよ。君じゃあるまいし」
「その、私を悪い具体例みたいに言うのはやめて欲しいかも」
「おや? どこかに間違いがあったかい?」
「もー! 人が心配して言ってるのに! ムカツク!」
 パイプ椅子に座って頬を膨らませるハルカ。
「まぁ、そこまで怒ると美しくないよ。ほら」
「え……」
 何かシュウが放り投げた。ハルカはそれがどこに落ちるのかを瞬時に判断して受け取る。
 投げられたのは、バームクーヘン。木の年輪に見立てた焼き菓子として有名。世の中にはこれを一枚ずつ外側から綺麗に食べれる人もいるとか。
「どうしたの? これも差し入れ?」
「うん。一応差し入れ」
「貰っていいの……シュウ宛なんじゃ……」
「その点に関しては問題ないよ。君に迷惑の掛かるような人からじゃない」
「そっか。じゃぁ、遠慮なく頂きます!」
 包んでいるビニールをあけて、口に頬ばるハルカ。やっぱり、ハルカは食べている時の表情が一番嬉しそうだ。
「バームクーヘン、好きだから美味しい!」
「そりゃ良かったね」
「うん! まさかシュウの差し入れに私の好きなものが入ってるなんて……偶然て凄いね!」
「偶然……ね」
 バームクーヘンを食べる事で精一杯だったハルカは気づかなかった。
 


 シュウが意味ありげだが、嬉しそうに笑った事に。
 その差し入れは、シュウでもなくハルカの為にあったことに。
 そしてそれをし差し出した人物が、ハルカの好みを把握している人物だという事に。



 差し入れの流行が終わるまで……
 シュウの差し入れもハルカの差し入れも終わらなかった……。





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差し入れは多分乙女の必須アイテムじゃないのかな?
好きな人に食べてほしい、使って欲しいと思うのは当たり前だと思うのです。
それが今回シュウが受けたこと。
シュウは人気があるからたぶん半端ではなかったでしょう。
で、それをどうにかするためにハルカの協力を要請していたわけですが、
ハルカも協力しなくなってどうしようと言うことで、
じゃぁ、食べている間せめて一緒に食べて欲しいと言うことで、
このバームクーヘンの出番です。
最初はそんな感じでしたが、最終的には彼女の喜ぶ顔が見たいからと言う
話になって流行が終わるまでそんな感じに。
結局ハルカは最後まで気が付かなくて流行は終わります。
気が付かない方が無邪気で良いと思うので。
やっぱりハルカは無邪気が良いです!
2006.11 竹中歩