喧嘩と言うのは何も当事者ばかりの問題ではない。
周りの者さえをも被害をこうむる。
いつもなら周りの被害を『一応』は考えていた二人
でも、そんなことさえ忘れてしまうほど、
今回の喧嘩は酷かったといえる。




情意投合(じょういとうごう)




 昼食を食べ終えて、昼休みも終わり、今日はこの五時間目を終えれば授業は終わるという日。
 その本日最後の授業は家庭科だった。
 今回の授業内容は再来週に行われる調理実習のメニュー決め。
 だからハルカはこの授業をたいそう楽しみにしてたのだが…何故か顔は不機嫌そのもの。
「オムライス?」
「却下。卵のところ100%失敗する」
「じゃ、グラタン?」
「ホワイトソースは失敗しやすい」
「分かった! ロールキャベツ!」
「君に作れるわけが無い」
 なぜかハルカの発案は全て、同じ班員であるシュウに否定されてしまう。
「もー! そんなのじゃメニュー決まらないじゃない!」
 遂に大声をあげてハルカは机をたたいた。
「大体、君が難しいようなメニューばかりあげていくからだろう?」
「難しくないメニューも言ってるかも!」
「君にしたら難しいんだよ」
 この時点で二人を除いた他の班メンバーは蚊帳の外。
 今、発言しても二人の耳には届かない。それは二人をずっと見てきているから言えるもの。
 だから、首を傾げたり、あきれたり、ため息をつくだけ。
「だったら、シュウもメニューあげれば良いじゃない!」
「だから僕もさっきから言ってるだろう? ホットケーキとかマフィンとか」
「なんで、シュウらしくもないメニューばかり言うの?」
 シュウは甘いお菓子類を好まない。しかし、あげていくメニューはいかにも甘そうなものばかり。
「簡単だからだよ。料理音痴な君にでも作れるものをあげていくとそうなるんだ」
 確かに、お菓子作りはこった物さえ作らなければ簡単ではある。
 でも、もう少し物の言いようというものがあるのではないだろうか?
 料理音痴なハルカには簡単なものしか作れるはずがないというシュウの固定観念的な発言。
 ハルカが余計に怒るのにそう時間は要さなかった。
「そう言う人を傷つけるような発言止めてくれない! この無神経!」
「常に周りの空気が読めないような非常識な人に無神経といわれる筋合いはない!」
 二人してたちがあり、教室はものの数秒でバトルフィールドへと化す。
 こうなっては誰も止められない。唯一教師を除いては。
「そこの二人、いい加減にしなさい!」
 両手をパンパンと二回ほどたたいて二人に静けさを求める家庭科教師。目は…怒っていた。
 いつもは優しい眼鏡の向こうの瞳はきつく釣りあがっている。
「もう時間だから……来週のこの家庭科の時間までにメニューを書いて私のところへ届けて。少し冷静になりなさい。楽しい調理実習でしょう?」
「「はい…」」
 声をそろえて渋々返事を二人。
「皆で楽しくやる為に好きな人同士で班を作って良いって言ったのよ? そんなことで喧嘩するのだったらこの調理実習、白紙に戻さなくてはいけないわ」
 その言葉に教室の大半の生徒が『えー!』と言う不服な言葉を出した。
「だから……良い? 必ず皆で話し合って来週までにメニューを決めてね。それじゃ、今日は此処まで」
「起立、礼……」
 今日の日直の声が教室に響き、それを合図に生徒たちは動きを取る。
 それと同時に、学校全体では授業終了のチャイムが響き渡っていた……







 放課後
 今日は全ての部活が休みである。
 今学期の行事に向けて教師たち全員で会議をするらしい。
 そのおかげで時間が出来たハルカは放課後、友人を引き連れて今日の喧嘩の憂さ晴らしへと町のほうへ足を進めていた。
「私そんな悪いこと言った?」
「落ち着きなさいって」
 ハルカが一緒に行動しているのは女友達で一番の親友の少女。
 誰かに愚痴でも聞いてもらわないとやってはいられない。
「シュウってば、人の意見ばっかり落としてさ。もうむかつくったらありゃしないかも!」
「まぁ、シュウの言う事も分るにはわかるんだけどね。ハルカの言ってる料理って難しいのあったから……」
「それはそうだけど……それと一緒に他の事もむかついたの!」
 「他の…事?」と少女は聞き返す。メニューを否定される事のほかにそれらしき理由などあっただろうか?
「メニューが……私の為に考えてるところが嫌いなの! 私が作れるものってそんなにないんだからメニューなんて限られちゃう。その中から選ぶ考えが凄いムカツク! 皆でする調理実習なのに」
「言われてみればそうだね……」
 ハルカのように適当に発言するならまだしも、シュウのあげていくメニューは全てハルカの作れそうなもの。
 班員全員で楽しく作る調理実習。だから班員の事を考慮して話し合わなければならない。だが、シュウの言う事はそれに反した意見だ。
「二人の喧嘩だから、会話聞き流してたけど言われてみれば思い当たる節あるね」
「でしょ? 料理音痴で良いけど、ああ言う特別扱いは大嫌いかも!」
「でも、シュウらしいといえばシュウらしいよね」
 友人はふふっと笑った。
 ハルカにしてみれば真剣な問題なのに、此処で笑うとは何事だとむっとする。
「ハルカのことを第一前提に考えるところがあいつらしい」
「でも……私はそれは嫌」
「わかってる。でもね、シュウの言う事も一理ある。ハルカが作れるものって、ハルカが楽しむものだと思うのよ。もし、作れないメニューとかだったら手出せないから面白くないと思うの。そんなの嫌でしょ?」
 そう問い掛けられて少し考えたハルカは、ゆっくりと「うん」と頷いた。
 見ているだけの調理実習なんて楽しくないに決まっている。
「そんな状況、私たちも楽しくない。多分、シュウはそう言う状況も生みたくなかったからハルカの事を第一前提においたのよ。レベルは一番低い人に合わせるのが当然でしょ?」
 少し、レベルが低いという言葉に落ち込みそうになったが事実は事実。料理に関してハルカは班員の中で一番下だ。
「だからさ、そこまで怒らないでやっていてほしいの。不器用なやつだから……ね?」
「うーん……それとこれとは話が……」
 心の中でまだ決着がつかないまま、二人は目的としていた店へと足を踏み入れた。






 一方その頃……
「僕は今回言いすぎだとは思っていないよ」
 シュウも憂さ晴らしに街へと着ていた。
 憂さ晴らしに選んだのは個人経営のお店。ちょっとした軽食なんかも食べられる場所である。
 そこで炭酸飲料を二つ頼み、一つは自分、一つは付き合ってくれた友人に渡す。
「シュウが折れないのって久々だから、言わなくても分るって」
 シュウの真正面に座ったのは友人の中で一番常識人といわれる読書を好む大人しい少年。シュウとは小学校中学年からの付き合いである。
「彼女の言うメニューは全てが難しいんだ。なのに彼女は食べたいものばかりあげていく。それを怒って何故僕が反論を受けなくてはいけないのか……」
「そうだね。ハルカさんの言うメニューは、確かに彼女の力量じゃ難しい」
 誰が聞いてもやっぱりハルカの出した案は難しいといわれるようだ。どうあっても反発するのはハルカだけ。
「どうしてそれを彼女は分ってくれないのか……」
 そんなため息をつくシュウを見て少年はにこやかになる。
「どうして此処で笑うんだい?」
「あ、ごめん。シュウってばそう言う顔、前はあんまりしなかったのに……ハルカさんが絡んでからよく悩むようになったなって。新鮮で面白かったんだ」
「彼女が来て……本当、僕のペースは壊されまくってるよ」
「そして真実が見えにくくなるか」
「……真実?」
「いつものシュウなら見えていた真実。でもハルカさんが絡んだから、今回の真実、見えてないんじゃないのかなと僕は思う」
 紙コップに入った炭酸飲料をゆっくりと飲む友人。
「真実って…彼女は単純過ぎるから全部が真実。だから怒って……」
「うん。そうだね。全部が真実。なら、ハルカさんの言葉分るんじゃない?」
 手に持っていたジュースの入ったカップをテーブルの上においてシュウは今日の出来事を回想していた。
 出来るだけハルカの発言を克明に思い出してみる。
 ハルカの言っていたメニューやハルカの言葉……彼女の真実って……
「……ない?」
 たったその一言。でも友人には伝わった。
「気づいた?」
「……デザート系、甘いものが一つもメニューにあがってない」
 いつもなら調理実習では甘いものをメニューとして連呼していたハルカ。
 授業は昼食直前の3、4時間目に行うが甘いものを作っても構わない。むしろ持参した昼食後のデザートとして甘いものを作る班もある。しかしハルカの口から今回は一度もその台詞を聞いていない。
「ハルカさん、自分の料理音痴は自負していたから……力量は分ってると思う。なのにあんなに難しいメニューばかり思いつくのって変だなって。それに甘いものが一切出て来ないのも。いつもの君なら気づくはなのに」
 真実が見えにくくなる。先ほど言われた言葉。
 そうだ……ハルカの事となると、いつもは気づくはずの物さえ見えにくくなる。
 それだけ冷静さを失っている証拠。そしてそれの所為で彼女を傷つけたこともあった。今回もまたそれに似ている。
「ハルカさんが甘いものを言わなかったのって、多分、シュウが甘いもの嫌いだからじゃないかなって僕は思う。何だかんだいっても、いつもハルカさんは君を中心に考えてるんだよね」
「でも……そうだとしたら今回のその考えはいただけない」
「え?」
「皆でする調理実習の筈なのに、人の意見も聞かず、自分の力量さえ見失った。それって嬉しくない事なんだよ」
 珍しく自分に対するハルカの特別扱いを否定するシュウ。
「それってシュウにも言えることなんじゃ……」
「だからお互い様だよ。と言うわけで僕一人が今回悪いわけじゃない。だから彼女に断りの言葉を言うつもりはない」
「強情だね」
 「それは彼女もだ」と言ってシュウは笑う。それにつられて友人も笑った。
「でも、問題は解決しないよ? 君たちは喧嘩してるんだから。このままだと喧嘩の状況を貫く事になる」
「分ってるさ。そんなこと僕もごめんだからね。だからこの場所を選んだんだよ」
 一体どんな打開策があるというのか…シュウは徐にカバンを取り出した。









「うーん……それとこれとは話が……」
 友人と会話をしながら一人の少女が飲食店へと足を踏み入れる。それは入り口付近に席を取っていた少年の耳にも入った。
「……シュウがいる……」
「……ハルカが来たね……」
 その少年と少女はお互い付き合ってもらった友人に今の喧嘩中の人物がいることを口走る。
 シュウとハルカは少しだけ無言に身を任せた。
「……場所、変えようか」
 ハルカにとって今一番見たくない相手。それが今目の前にいる。
 それは必然と彼女を店から遠のかせるような理由になった。が、
「いいさ、僕たちはもう行くから。それじゃ」
 席においていたカバンを持ってシュウは友人と店を後にした。静かに手動の扉が開き、閉まる。
 それは心に響く悲しくて、寂しい音。
 今、自分はシュウと喧嘩中なんだと実感させられた。
「……なんで……此処にいるのよ」
 いつもならシュウが避けていた飲食店。
 席の数も少なく、カウンターを入れてわずかに十席程。
 おかげで人気者で有名なシュウにとってはファンの女子に見つかる可能性が高かった。だから彼はこの店から遠のいていた筈なのに。
「人がいなかったからじゃない? 他の学校はまだ終わってないからね。さ、座ろう」
 ハルカの友人は適当にカウンターで席を取って座る。それに促され、ハルカも隣に座った。
「何頼む?」
「んーと……」
 今日はやけ食いする気満々だ。メニューを一つずつ見ていく。そしてその目は一点でとまった。友人はそれを把握し、
「決まった?」
 返事を問い掛けた。しかし、返ってきた返事は奇怪なもの
「……なきゃ」
「は?」
 『なきゃ』という言葉は一体何を示しているかわからず、自然に聞き返す。
「どうして……こう言う手段とるんだか! 文句言ってやらなきゃ!」
 足元に置いたバッグを片手にハルカはお店を飛び出した。あっけに取られ、置いていかれた友人
「何……事?」
 ハルカを追いかけようと思った。だけど彼女は何を見てそう思ったのか気になり、一応ハルカの見ていたものを見直す。
 そこにあったのは交流掲示板。
 このお店が学生の声などを聞く為に作られた、メモを張るコルクボードだった。
 何時しか、そのボードは学生の美味しいというメッセージだけでなく、愚痴やその日の思いを綴ったメモなんかも増えていった。
 メモの大半は少女たちのメッセージ。今時の学生も字で書かれたメモが埋め尽くす中、一際大きなメモ帳が一枚。
 それはメモ帳と言うには大きすぎ、どう見てもルーズリーフ。それに一言黒いマジックで、


『ごめん』


 それだけ書かれていた。女の子の文字にしては色気がなく、字が綺麗。
 何となく見覚えのある几帳面な字。
 それをみて少女はハルカを追いかけるのをやめた。
「おじさーん! ハンバーガー四つ! お持ち帰りでお願いします!」
 彼女が仲直りした時にこの喧嘩の発端である彼と彼女と、巻き込まれた自分に男子の友人。
 その四人でハンバーガーを食べよう。今回、この店に立ち寄った四人で。







 その日の夕方、鳳炎学園の建てられた町で一組の男女が言い争いをしていたらしい。
 それは後に聞くと、鳳炎学園では有名な男子と女子だったとか。
 しかし、その口喧嘩も少女の方がある言葉を呟いて丸く収まった。
「私も……掲示板と同じこと、あんたに思ってるから」
 周囲の人間はどんな解釈をしたかは知らない。
 でも、その言葉で二人は笑う事が出来たのだという。
 そのあと、一人の少女が何かスーパーの袋らしき物を持って駆けつけて、楽しそうに帰宅路へと歩んだ。





「それで? 今日までに決めてっていった筈よね? 決まったの? 調理実習のメニュー」
 眼鏡をかけた美人系の家庭科教師がハルカ達の班に呟いた。
「それがまだ……決まって……」
「「ハンバーガー」」
 一人の班員が決まってないと告げようとしたとき、離れた席にいたはずのシュウとハルカの声がそろう。
「え?」
「私、ハンバーガーが良い! 厚いハンバーグのやつ!」
「あれならメンバー全員が食べられるしね」
 その言葉を聞いてハルカの友人が笑ってそれを決定打する。
「そうね、あれなら甘くもないし、作るのもパンさえ買ってくれば楽だしね! それで決定!」
 ハンバーガーは二人の喧嘩だけでなく、同じ班になった班員たちの家庭科成績まで救ったという。
 





 一つのお店の、
 一つの掲示板が生んだ物語。
 ごめんねと言う言葉は聞けなかったけど、目には見えた。
 そんな不器用な仲直りができるお店、
 あなたの街にはありますか?





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作者より……
このお店は私の町に存在するお店がモチーフになりました。
店内も物語に出てきたものとまったく一緒です。
小さいころか利用しているお店で、ここのハンバーガーセットが大好きです。
それで、そこでハンバーがセットを頼んで店の中で待っていたところ、
掲示板がふと目に入って生まれた物語です。
掲示板は女の子たちの話や、いましている恋の話なんかあって、
ああいいなぁとみほれていました。
でも、そのときに思ったのが、全部メモ帳サイズで色ペンだったと言うこと。
ここにルーズリーフで黒のマジックでかいたら目立つなと思ってそう言う展開に。
多分、シュウはハルカそこのお店にくることを知っていたんでしょう。
喧嘩したらやけ食いに行く場所とかで。だからあえてその場所を選んだ。
そんな微妙な男女がいたら絶対に話し掛けます。
話し掛けられたらそれは私だと思ってください。
けして怪しい人ではないですよ(笑)
2006.11 竹中歩