彼女が泣いたのはいつだっただろう? 元々涙腺は弱く些細なことでうれし泣きや悲しい涙を流してしまう彼女。 しかし『悔し泣き』と言うのはめったに見たことがない。 長い付き合いの自分でさえ見たのは三回ほど。しかも全て同じ理由。 弓道大会で優勝をとり逃したときに泣いていた。 大粒の涙で声をこらえながらも涙が枯れるのではないかと思うくらい泣いていた。 そしていつも泣くのは決まって母親の胸の中。 彼女の母親は何も言うことなく彼女を受け入れ頭をなでながらずっと抱きしめていた。 そんな光景を自分はどうすることも出来ずにいつもその場を後にする。 次の日元気になる彼女の姿が見れることを願って…… 青春謳歌(せいしゅんおうか) 鳳炎学園は来週から文化祭に入る。 文化祭と言っても普通の学校のように一日や二日では終わらない。中等部の文化祭は一週間ある。それ控えていることもあって学校の中はかなりあわただしい。学校の宿舎を借りて泊まる生徒も出てくるくらいだ。しかし、この場所はそんなにぎやかな場所とはほぼ無縁。ただ只管に無音だけが広がる世界。 『ストンッ』 綺麗にきりの良い音が響き渡るのと同時に矢は的の中心から少しずれた位置に刺さる。 ここはシュウとハルカも所属する鳳炎学園中等部弓道部の的場。今部員は練習に追われていた。 それと言うのも、弓道部は今回部活のデモンストレーションを行うことになっている。 文化祭期間中はどの部も人の目を集めることに必死だ。 途中入部の部員や来年入学する生徒の部員確保など理由は多々あるが、一番の理由はその年に入場者の部活デモンストレーションアンケートで上位に食い込んだ部活には何らかの特典があると言うもの。 一昨年は部費が一割アップ。昨年は学食、もしくは購買の商品券などなど生徒にとっては魅力的なものが商品として渡される。それに弓道部も賭けていた。 「うーん……今日はいい調子かも」 矢の刺さった的からしばらく距離とった真正面にハルカが聳え立つ。矢は少し中心からずれた物のかなり良い線であることは間違いない。それを少し得意げに自慢して見せるが、 「確実にあのあたりを狙えたらだけどね。まだまだずれが多い」 そう言って弓を構えるシュウ。そして暫く間をおいて矢を放った。矢は綺麗に真正面の的、しかも中心を得る。流石シュウ……としか言いようがない。 「わ、分かってるわよ。そりゃシュウの腕に比べれば私の腕なんてまだまだと思う。でもさ、少しは誉めてくれたっていいんじゃないの?」 「誉めたら君はすぐ天狗になるからね。だから誉めないんだよ」 「誉めて伸ばすって言葉はシュウにはないんだ」 「相手によるね」 隣り合った二人はすぐに言葉の投げあいを始めた。そして痴話喧嘩とも言える論争に発展。案の定、 「そこ二人! うるさい!」 先生から一喝されてしまう。二人は方をびくつかせた後深々と謝罪した。 ここは静けさを求める弓道部。それを忘れてはいけない。 夕方、二人は家へ帰るべく絵南方面行きの電車へと乗る。ちょうどピークに差し掛かっているのだろう。いつもより人が多い。その中で何とか二人が座れるような座席を見つけると腰をおろした。 「今日も疲れたー。弓道って畏まるから肩凝っちゃうのよね」 右手を左肩に当てて首を横に振るハルカ。まるでお風呂に入った四十代男性のようだ。 「単純な人は疲れ知らずだと聞いたけど?」 「……まるで私が単純て言ってる様に聞こえる」 「なんだ、ちゃんと分かってるんじゃないか」 真横に座ったシュウは目をつぶって肩で笑ってみせる。何度もやられている嫌味笑いのひとつだが、やはりむかつく物はむかつく。 「失礼ね! 私だって人並みに肩も凝るわよ!」 つんと済ましてシュウとは反対方向へと顔を向ける。 シュウはやれやれと思いながらすかさずフォローを入れた。 「まぁ、肩が凝るって事はそれだけ真剣に取り組んでる証拠だしね。悪いとは言ってないよ」 「言ってなくても似たような事だから一緒かも」 一回臍を曲げたらハルカはなかなか元には戻らない。少々からかいすぎたかと悩むシュウ。 ハルカを見ながらどう機嫌を直してもらうかと考えていたときふろ、彼女の指に目が行く。 「なんかこの頃指先にバンソウコウが多いね」 よく見てみると右手は中指を除く全部の指先、左手は薬指と親指を除く指に肌色のバンソウコウが巻かれていた。 ハルカはよくかすり傷を作る。この指先のバンソウコウもその一種だと思っていたがこの数は多すぎだ。 「これは……冬が近いからちょっとささくれが悪化しちゃったの」 「去年はそんなに酷くなかったじゃないか」 「だから、いきなり寒くなったもんだから対策とってなかったのよ。暫くすれば薬の効果も出るし、ハンドクリームも塗るから大丈夫」 ハルカは恥ずかしそうに指を背中の方へと隠した。 やはり乙女として傷だらけの指は見られたくないのだろう。 「お大事に」 「そう思うなら嫌味とか言わないで欲しいかも。心の傷は体の傷にも響くのよ」 「今度から気をつけるよ」 そういうと漸くハルカが笑った。 些細なことでけんかをする二人だが、些細なことで仲直りもできる。 ある意味凄いとしか言いようの無い二人だ。 いつものペースを取り戻し、電車の中も乗客が減ってゆったりした頃それを見計らったのかのように子どもが一人、電車の中をとんで回っていた。 元気がよく、もう冬に差し掛かっていると言うのに半そでで柄は特撮のヒーロー。いかにも男の子と言った少年だ。3、4歳といったところだろう。 「いるよね。ああいう子。電車の中じゃじっとしていられない悪がきタイプ」 「親のしつけがなってないんだよ」 笑って見ているハルカに対して、冷静な目線で子どもを見るシュウ。 確かに人様の迷惑にはなっているだろう。 それに気が付いたのか、母親らしき人が慌てて子どもを追いかけてきた。 そして一発、子どもの頭を叩く。 「走っちゃだめって言ったでしょう!」 かなり怒っている。それ見て怖くなったのか、もしくは叩かれたのが痛かったのか子どもは大泣きを始めた。 母親はやれやれとため息をついて少年を抱っこすると自分の元いた席へと腰をおろす。 「凄いね。人前で怒れるって凄い事だってママ言ってたよ」 「今でもいるんだねああいう人」 他所の子ども怒らなくなってしまった世の中。 今は人目を気にして自分の子供ですら怒れなくなっていると言う。 そんな時代に自分の子ども悪いことをしたからとそれなりの行動が出来る人は珍しい。 「私もよく怒られたっけ」 「お菓子の前で駄々捏ねてたとか?」 「な、何で分かるの?」 わかるよ、とシュウは笑って言う。 やはりハルカは小さいときから変わってはいないらしい。 「確かによく駄々は捏ねてたと思う。それで最後には怒られちゃうの。それでわんわんあの男の子みたいに泣いて……気が付いたらママの胸で寝てた。ちょうどあんな感じに」 シュウはハルカに先ほどの子どもの方を見るように促される。目をやると先ほど泣いていた少年は母親の腕の中で寝ていた。 「ママの腕の中って本当居心地がいいのよね。怒られても安心するの。だから……私はママの胸で泣いちゃうんだと思う。安心感が余計に悔しさを生んでね」 ハルカの言っていることは嘘ではなかった。 弓道大会で惜しくも敗れたとき、ハルカを家まで送ると家についたときはけろっとしているのに、母親に『おかえりなさい』と微笑まれると、彼女はすぐに泣いていた。 彼女にとって母親は安心の象徴なのだろう。 「友達の前とかじゃあんなみっともない姿見られたくないもんね」 「確かに……泣き顔凄いしね」 「そこまで酷くないかも。あ! そろそろだよ」 二人が立ち上がるのと同時に絵南到着のアナウンスが流れる。 こうやって電車から降り、駅を出た二人はそれぞれの家路へと向かうのだった。 そして一週間が過ぎ……いよいよ弓道部デモンストレーションの日。 「これに賞品掛かってるんだもん! 負けられないかも」 部員たちより明らかに意気込みが違う人が一人。それはハルカ以外誰でもない。 「やる気だね……」 「当たり前かも! 食堂の無料券とか、学校内に入ってる喫茶店の無料券とかだったら嬉しいもん!」 きっとハルカの中で賞品と言う物は全て食べ物に置き換えられているのだろう。 そう思ったシュウからは自然にため息が漏れた。 「今、明らかに呆れたでしょ」 「そう思うならもうちょっと淑やかにしてもらえないかい?」 「そんなこと言っても大抵の部活デモンストレーションにかけてる人たちはみんな似たようなこと思ってるはずよ」 「男子はね。女子は雑貨屋の割引チケットとか、部活の合宿先が優先的に良い場所とか望んでるみたいだよ」 「そんなのシュウの見解でしかないでしょ? 私みたいに考える女子もいるはずかも!」 開催前にこの意気込み。部員はいつものことだと笑って二人を放置。 この光景はもう日常化している。 「はぁ……そこにある薔薇とまでは行かないけど、マーガレットくらいの可憐さは欲しい物だね」 「言ったわねー! ……って、何で弓道部の部室に薔薇の花束が?」 運動部には相応しくない薔薇の花束が堂々とテーブルの上に存在している。 普通の花束ならそこまで圧倒される事はないが、真っ赤な薔薇だとどう足掻いても存在感は消せない。 「さっき……女子に押し付けられたんだよ」 「え? 女子に……? ファンクラブの子?」 「だと思う。三人くらいで『頑張ってください』て。薔薇は好きなんだけど……貰う相手によるね」 「そうね……色んな花と混ぜての花束ならいいけど、薔薇だけって言うのは問題かも」 これだけの花束、ハルカはドラマで男性が女性にプロポーズされるときにしか見たことがない。 「でも頑張ってくださいって子がいるって事は、また今年もシュウ目当ての女子がわんさかいるんだろうな……」 ガクッと肩を落とすハルカ。かなり神妙な面持ち。 「そんなに嫌?」 「シュウ様ファンクラブ女子とか、他校のシュウに見とれる女子の黄色い声援がうるさいかも」 弓道は必ず静かにしなければならない。 それは部員だけでなく、もちろん観客もだ。しかし、毎年何人かは必ず大きな声でシュウへのコールを送ったりキャーキャーと騒ぐ。 「シュウ様ファンクラブでさえ勘弁して欲しいのに、他校の子もいるから……。本当あれは勘弁して欲しいかも。確かに弓道するときのシュウはかっこ良いと思うけど……」 はっとハルカは我に帰る。しかしとき既に遅し、にやっと勝ち誇ったような笑いをするシュウがそこにはいた。 「へぇ……君が僕に対してそう思っていたとはね」 「だ、だって、誰でも何かに打ち込む姿はかっこ良いでしょ?! シュウ限定じゃないかも!」 フォローしても意味はない。 ハルカは顔に出やすいため、既に顔は赤面している。それが嬉しいのかシュウは更に笑った。 「まぁ、そういうことにしておくよ」 「変な勘違いしないでよ!」 ハルカがどんな行動をしても今のシュウには可愛くうつる。本当に単純で純粋だと。 そんな嬉しさを感じつつもシュウは表に出すことは決してなかった。まぁ、そこがシュウらしいというか。 代わりにシュウは薔薇の花束から一輪薔薇を取り出すとハルカへと渡す。 「へ?」 「あげる」 ハルカといくらなんでもこんな光景に慣れていない部員たちは固まる。 「要らない? 薔薇?」 「も、貰える訳ないかも! シュウが貰った物だし、シュウ様ファンクラブの物だから後で何言われるかわからないし……それに薔薇だよ? 薔・薇!」 薔薇と言う言葉を強く強調する。 さっきシュウでさえ薔薇は『貰う相手によるね』と言っていたのに。 何とかしてことわる理由を作ろうとするハルカの脳みそは沸点直前だ。 「別にそういう意味で言ってるんじゃない。君が人から貰った物を更に受け取るのは苦手だと知ってる。でもね、異国じゃ薔薇を一輪渡すのは『戦う』と言う意味があるんだよ」 「え?」 「これを渡すことは決闘を意味する。そう意味で送ってるんだ。君は毎日言ってるじゃないか。僕と戦いたいって」 「じゃぁ……戦ってくれるの?!」 「今日は久々に戦ってあげるよ」 「やったー! 受け取る! 受け取るかも!」 差し出しているシュウの手から薔薇を受け取り、その場でウサギのごとくピョンピョンと跳ねるハルカ。 「やった! やった! シュウと戦える!」 その状況に胸をなでおろす部員たち。 きっとみんなは漸くシュウが告白でもするのかと思ったのだろう。 「なら余計にやる気出さなくちゃ! シュウ様ファンクラブにも見せ付けるために! 絶対に負けないんだから!」 こうやってハルカは更にやる気を見せるのだった。 「まぁ、彼女の腕なら……ファンクラブの人たちに文句は言わせないから大丈夫だろう」 さて、デモンストレーションはどうなるやら。 二人が的場へと入ったとき、的場をぐるりと囲むフェンスの向こうは既にかなりの観客数。 多分この中の七割の女子はシュウ目当てだろう。 そして五割の男子はハルカが目当て。 そんな少し違う目的を持った観客が多い中、二人は各々の場所へと付く。 強気の表情で笑うハルカに、冷静な表情で的を見つめるシュウ。 その表情に二人を目的に来た生徒、他校の人間は目が離せなかった。 いつもは可愛らしい少女が見せる強気な笑み。 表情を消して崩さない何もかもを見通すようなまっすぐな眼。 人々は見守る。 基本的に的場での写真撮影と声援は今回禁止されている。カメラのフラッシュなどは的を得るときに邪魔になって気が散ることもあり、観客の声に至っては精神を苛立たせる。 きっと先生たちが配慮してくれたのだろう。今年は静かに集中できそうだ。 そして弓と矢を取ったシュウは射る体制に入り、的を見定めるように目つきを強い物にして矢を放った。 『ストンッ』 練習のときと同じく、矢は真ん中へと突き刺さる。全国中学生弓道大会上位常連の腕は確かだ。 矢は三本放たれ、二本は真ん中、一本は若干ずれたがほぼ真ん中へと刺さった。 そして次はハルカの番。 本来なら男子の次は男子と言うのが決まりだが、今日はデモンストレーション。得点や順番などは関係ない。 ハルカは大きく息をして矢の先を的の真ん中へとあわせた。そしてすぐに決断すると矢から手を離す。 『ストンッ』 真ん中から少しずれたもののこれもまたほぼ真ん中。 そして二本目が暫くして放たれた。が、真ん中からかなりそれた。それでも矢は何とか的を得ている。 その状況に少し客席がざわついた。 「いつものハルカちゃんらしくないな」 「うん。あそこまでは外れないぜ?」 「どうしたんだろう?」 それはいつもハルカをこっそり見に来ていた鳳炎学園の生徒たち。いつもハルカを見ているからこそその異変に気が付いた。しかし、それ以上に不思議がるのは壁際でハルカの終わりを待つシュウ。 そしてそんな最中ハルカは最後となる三本目の矢を引く。もうシュウに敗れるのは分かっているが、そこは弓道部員。やはり最後まで真ん中にはさしたい。 が、その時比較的ハルカの立ち位置に近い女子から心無い一言が先ほどの矢のように放たれた。 「それでよくシュウ様のライバルと名乗れるわね」 その言葉と一緒に放たれた矢は的の後ろへ設置されている畳へと刺さり……二人の勝負は終わった。 ハルカの……敗北と言う形で。 ハルカはご苦労様と言うような拍手を貰いその場でお辞儀をして壁際へと歩く。 自分の番が終わった部員は一まとめで的場を後にする。ハルカが最後だったため、二人のいたグループは全員立ち上がり、深くお辞儀をしてその場を去った。 その時シュウの目にはあるものが映っていた。 ハルカのいた場所に赤い液体が点々と落ちていることに。 さっきまで自分の使っていた場所で、ハルカが使った後に落ちていた……血液に……。 弓道部のデモンストレーションはまだまだ続いていた。 今度は笑いを取るために部員が漫才をするといっていた気がする。アンケートでよい結果を得るためにどこの部活も似たようなことをやっている。ある意味恒例と化した風景。 そんな笑い声が聞こえる的場から少しはなれた水飲み場。 そこでハルカは笑い声を聞いていた。一人で思いふけながら。 「あっちゃー……まさかね」 「ハルカ」 「あ……シュウ」 血痕の事も、ファンクラブの陰口のことも気になりシュウはハルカを追いかけてきたらしい。 声をかけたとき暗かったらどうしようかと思ったが、真正面にいる彼女は笑っていた。 「えへへ。勝負私の負けね」 「あ……そうだね」 「今回ちょっとは自信あったんだけどなぁ。でも負けちゃったからにはしょうがないかも。負けたから何か奢るわ」 何事もなかったかのように蛇口をひねって手を洗い始めようとするハルカ。だが、その手をシュウに止められる。 「これはどうしたんだ?」 指の第二関節辺りから指先を伝って少しだが血が流れている。 それは今も少量ずつぽたりと地面へ落ちていた。 「えっとこれは……! そう! ささくれよ! バンソウコウだらけなくらいだしね!」 しかし、それが嘘だと言うのは丸分かり。 ささくれではまずこんなに血は流れないし、ましてや第二関節にバンソウコウなんて 「さっきまでここには貼っていなかったはずだよ」 「見間違いよ。肌色だから分からなかったでしょ?」 電車の中でしたときのようにハルカはシュウの手を払って慌てて指を背中へと隠した。 「見間違えるはずがない。さっき君は僕の手から薔薇を受け取っていた。そのときはバンソウコウなんてなかった」 「じゃ、さっきの勝負しちゃったのかな? 摩擦で皮がめくれて……」 「ゆかけしていた方の指なのに?」 ゆかけは弓道のときに使用する手袋のような物。それを嵌めてガードしていた指をどうやって怪我をするというのだろう? どうやっても真実を語らないハルカにシュウは……怒っていた。 「……どうして隠す?」 「隠してなんかないよ。本当ささくれだし」 「嘘つくと……もう決闘どころか縁を切るよ」 「……!」 その冷たい言葉にハルカは俯く。 本当はわかっている自分を心配してくれているって。でも、言えない。だけど言わないと絶交される。 考えに考え込んだハルカは漸くしゃべることにした。 「さっきの決闘のときに受け取った薔薇に棘があって……思いっきり握っちゃった上にそれで切っちゃって……血はたいしたことないけど、シュウが心配すると思ってバンソウコウ貼ってたの」 「棘……?」 「シュウには刺さってなかったんだね。良かった、怪我なくて」 蛇口をひねって血を洗うハルカ。 そして、その横にやるせないシュウがいる。 自分が変な行動取らなければ良かったのにと。 「最初の一発は本当調子が良かったの。でも、二発目で失敗したでしょ? だからその分取り返さなくっちゃって思って……必死で冷静さを保って矢を定めてたんだけど……」 「女子の心無い一言が届いて矢にも影響したってわけか……」 ハルカは言葉では肯定はしなかったものの、頷く事でこれを肯定した。 「静かだったし……自分の悪口だったから余計に聞こえちゃって。それで手にも余計な力が入って傷口が悪化したんだと思う。本当情けないね」 あらかた血を洗い落とすと蛇口を閉めてタオルで手の水分や汗をぬぐうハルカ。 その表情は笑っている物のやはりどこか寂しげで……苦しそう。 「いつもはシュウ様ファンクラブなんて大丈夫なんて言ってるのに……こんなときに限って。まぁ、言われてもしょうがない成績だったんだけどね」 「君の所為じゃない」 「シュウ……?」 「元々はファンクラブの人からの陰口が君に聞こえないようにするために僕は決闘を申し込んだんだ」 「え……?」 タオルで顔を拭くハルカの手が止まり、そして無意識のうちに胸まで腕は下ろされる。 「君が弓道に熱中すれば余計な声は聞こえないと思ったんだ。ファンクラブ子がいるって知ってからどうにか対策を立てなくちゃと思ってね。多分、どう足掻いても君への陰口はなくならないから」 「うん……知ってる。いつも聞こえてたから。多分今年もそうだと思ったかも」 「だから……決闘を申し込んだ。でもその結果がこれだ。君に怪我までさせた上に、言われなくて言い陰口まで言われて」 どう謝ればいい? 謝罪しても彼女の傷は消えない。 自分はどうすれば…… 「そのささくれを言ったときに君は言ってたね。『心の傷は体にも響くのよ』て」 どうしていつもしてあげたいことが出来なくてしたくないことになってしまうんだろう? オールマイティとか言われてるくせに、こんなことは本当点でだめ。 「本当に……ごめん」 自分を追い詰めるシュウ。 さっきか一向に顔をあげようとしない。 それを見てハルカは…… 「シュウ……」 「謝っても許されないとは思うけど……」 「ううん。そうじゃなくてね……」 ハルカは大きく首を振って笑った。 「私こそごめんね。シュウにそんな思いさせて……変な気まで使わせてごめんね」 でも、やっぱりその笑顔はきつそうだった。そして分かった。 「ハルカ……」 「ん?」 「君のお母さんみたいに僕は胸は貸せない。安心感も与えられないでも……肩なら貸せるから」 「どういう……」 笑っているけど、瞳は正直だった。 笑いながらも泣いている。 それを確認するとシュウはハルカを自分の肩へと押し当てた。 「ほんとうごめん……」 普通の男子ならもしかしたら胸で泣かせてあげられたかもしれない。 でも、自分は身長が少し低いからそれは出来ない。 でも、肩なら貸せる。 僕以上に辛いのは君だから。 僕に勝てなかったこと 僕の所為で悪口言われたこと 弓道が思うようにうまくいかなかったこと せめて今だけは思い切り泣いて欲しかった。 それしか今は出来ないから…… 文化祭終了日。 デモンストレーションは文化祭終了日の開催ということもあり、結果はその日のうちに発表された。 優勝はバスケ部。部員の派手なパフォーマンスが好評だったとか。 弓道部は12位に終わった。しかもその票のうち八割はシュウかハルカに寄せられた物だと言うのだから驚く。 そんな注目の二人の片方であるハルカは…… 「今年もフォークダンス無理だな」 学校の屋上にいた。 教室に入りたかったのだが、部外者が多いのでセキュリティの為に鍵がしてあった。 鍵が開いているのは体育館とこの校庭が見渡せる屋上だけ。 文化祭終了に焚かれる鳳凰の炎と呼ばれるキャンプファイアーの様な物や花火が見られるのでかなりいいスポットだ。 しかし人が多いながらも屋上に設置されている倉庫の裏は人がめったと来ない。ハルカはその場所に体育すわりで思いふけっていた。 「今日はいろいろあったなぁ……」 怪我をして、ファンクラブの人に悪口を言われて、シュウの肩で泣いて……本当いろいろあった一日。 「フォークダンス踊る前に泣き顔は人には晒せないし、またいつ血が出るかわかんないしね」 しょうがないとハルカは人々が帰る時間まで黄昏ることを決意する。 そう思ったとき、学校の校庭に設置されている焼きそばのいい香りが…… 「ああ! でもお腹は空いたかも!」 「だろうと思ったよ」 「び、びっくりした!」 暗闇で気が付かなかったが、シュウが真横に立っていた。 「いつ来たの?」 「今だよ。これ買ってたら遅くなったんだ」 そう言ってシュウはハルカの前に買ってきた物を並べていく。 焼きそばにお好み焼き。焼き鳥にリンゴ飴等々。全て屋台の食べ物ばかり。 「どうしたの! これ?!」 「お腹空いてるんじゃないかと思ってね。それにこう言うの絶対に君は食べるだろう」 「うん! 凄く食べたかった! でも、泣き顔を晒しに行くわけには行かないし。うれしーかも!」 きゃっきゃと喜ぶハルカを見て 「機嫌直ったんだね」 「え? ああ元々怒ってたわけじゃないし、泣いたらすっきりしたかも!」 「まぁ、僕の肩でも役にたったんならいいよ」 「立ったよ! でも、ママ以外の人の所でなくのって初めてかなぁ」 「それは光栄だね」 「え? なんで? でも、その前にいただきマース!」 嬉しそうに本当に笑うハルカを見ながらシュウはつぶやいた。 「それだけ安心感を与えられたって事だろう?」 「何か言った?」 「いや、別に」 「そう? じゃ、シュウも一緒に食べよう!」 「本当に君は食い気だけはあるね。怪我で食べられないようなら食べさせてあげようか?」 「それだけはやめとく。味悪くなりそう」 「怒るよ?」 散々な一日だったけど、 安心を手に入れられる場所が出来て、 お互い良かったのかもしれません。 さぁ、明日からまたいつものけんかを繰り返そう! --------------------------------------------------------------END--- 作者より…… 胸より肩の方が泣かせる姿としては萌えない? そんな私の欲望が形になりました。 身長の低い男の子は大抵女子を方で泣かせるようなので、 それシュウハルでやったら絶対に可愛いいと思って書いてみました。 弓道の服で肩で泣かせるとか(しかも水飲み場)学校じゃないと 出来ないですからね。書いてて楽しかったです。 こういう二人だけの世界ってシュウとハルカでは難しいんですがね。 今回はあえて作らさせていただきました。 安心感を与えられるだけの存在におたがいなって欲しいと願っております! 2006.12 竹中歩 |