昼休み。
 男子はサッカーボールをもって外へ。
 女子は昼食を終了しても椅子に座っておしゃべり。
 そんな日常の風景にハルカは溶け込んでいた。





古往今来(こおうこんらい)





「理想の人?」
 持参したお弁当を食べあげて、弁当風呂敷にお弁当箱をしまうハルカに友人は質問をする。
「うん。好みのタイプって言うのかな?」
 ショートカットの少女はパックのリンゴジュースを片手に問い掛ける。
「好みのタイプ……? 部活のときに言わなかったっけ?」
「いや? 聞いた覚えないけど?」
 同じ部活に所属しているから、てっきりその話はしているもんだと思っていたがどうやらしていないらしい。
「うーん……好みね……」
 風呂敷に包みあげた弁当箱をカバンに直して少女同様、パックのリンゴジュースを片手に考える。
「小学生のときはあったんだけどな」
「凄くいい条件ばっかり言っていたって時代?」
「そうそう」
 数年前までは好みの異性と聞かれるとかなりの好条件をあげていた気がする。
 背が高くて、かっこよくて、お金持ちで、優しい人。まるで少女漫画の王子様のような存在。
 そんな夢見ていた時代があったものだと過去を振り返る。
 しかし中学生になってそれは夢でしかありえない話だと気づいた。
 現実は実に厳しい。多分、この中で二つでも当てはまればいい方だろう。そう思ってから異性の好みなんて深く考えることはしなかったと思う。
「でもさ、少しは考えたことあるでしょ?」
「うーん……少しはね」
「で? どんな人?」
 友人は興味津々に聞いてくる。
 目をきらきらさせて、顔を近づけてくるのがいい証拠だ。
「そんなに面白い話じゃないと思うかも」
「それは私が判断するわよ。安心しなさい、シュウもいないから本音言っていいわよ?」
「どうしてそこにシュウが出てくるのよ」
 むくっと膨れて、リンゴジュースのストローを口にくわえるハルカ。
 いつも恋愛沙汰の話だと何らかの形でシュウの名前が出て来る。悪気が無い冗談だとは分かっているが何故かむかついてしょうがない。
「だって、シュウと理想の人がかけ離れてたらシュウが傷つくでしょう?」
「……なんで?」
「それ、本心?」
「へ?」
 全く分かっていないらしい。
 人の恋愛には首を突っ込むくせに、自分に関係のあるシュウの気持ちには全くと言って良いほどハルカは気付いていない。
 下手すれば自分のシュウへの気持ちだって気がついていないかもしれないほど鈍感だ。
 周りがどうみても、ハルカのシュウへ対する気持ちは恋愛感情。しかし当の本人は戦友へ対する友情だと勘違いしている。
 そんな彼女にこんな忠告をしても無駄だったのかもしれないと友人は思う。
「まぁ、いいわ。それで、結局のところどういう人が好みなの?」
 これはシュウを抜き差ししても気になるところ。
 友人の好みのタイプを聞くというのは女子として当然のことだと思う。
「えーっとね……理想っていうのか分からないけど、こんな人は好きだなぁって人で良いんだよね」
「うん」
「私ね、昔好きだった人がいるの」
「……ウソ!」
 危うくパックジュースが手から落ちそうになる。そんな話一度だって聞いたこと無い。
 いや、むしろハルカの場合聞かなくても分かるほど自分の恋愛に疎かったので初恋すらまだだと思っていたのに……好きな人がいた?
「ウソじゃないかも! 失礼ね! ちゃんといたよ? 小さいころの話だけど……近所にいた少し年上のお兄さん。理想っていうとその人かな?」
 少し恥ずかしがるように笑ってハルカ話してくれる。そして友人はこのとき、ある話を思い出した。
「確か……人の異性の好みって、三歳までに決まるって聞いたことある」
「そうなの?」
「うん。三歳までに関わった異性で好みが決まるんだって、テレビで見たことがあるよ。例えば、お父さんとかお兄さんとか……それこそ幼稚園の先生とかで」
「あ、じゃぁそれかも。私そのとき四歳くらいだったから……」
「なら、ハルカの異性の好みってその人で決まったんだね」
 女の子の恋の思い出は特別だ。たとえ幼いころの記憶でも、恋に関しての記憶は鮮明に残っている。
「それで、その人はどんな人だったの?」
「凄く優しくて……いつも笑ってた、頼りがいのあるお兄さん。可愛がっててくれたこと覚えてるよ」
「へぇ……そうなんだ」
 このとき友人は心の中で思った。
 ハルカの理想の人とシュウはかけ離れていると。
 シュウは日ごろハルカに対して嫌味を言っているので、優しいとは言いがたい。
 シュウがハルカに対して笑うのはあざ笑うか小ばかにするような笑い方。
 頼りがいはあるにはあるが、ハルカを可愛がってはいないだろう。
 シュウが本当は優しくて、本当は凄く笑うことも知っているが、それは日常茶飯事ではない。
 でも、ハルカの言う理想の人はそれを日常的にしていた人。部類が全く違う。
「私はそんな人が理想かな……?」
「ふーん……」
「でも、どうしていきなり理想の人なんて聞いてきたの?」
 この話のネタには前ぶりがあったわけでもない。いきなり友人が聞いてきたのだ。
「いや、女の子ってさ、好きな人ってお父さんに似るか、全く正反対なんだって話を夕べ雑誌で見たんだよね。だから本当かなって思って聞いてみたの」
「お父さんに似るかか……」
「ハルカは……多分パパさんに似た人だよね? 今聞いててそう思ったもん」
「そんなことないと思うけど……」
 否定的な発言をするハルカ。
 しかし、父親に似ているにしろ、似ていないのにしろハルカの理想の人がシュウではないことは明らかだった。
 シュウはセンリのように明るく振舞わないし、心から爽やかには笑わない。体のつくりだって体育会系のセンリに比べて華奢なシュウ。違いは明らかである。
「シュウ……絶望的か……悲劇到来?」
「勝手に人を悲劇の主人公にしないでくれるかい?」
 珍しくハルカの言葉の後に登場ではなく、友人の言葉の後に登場した。しかもハルカの背後ではなく、今回は友人のは背後。思わぬ登場の仕方にびくつく少女。
「い、いきなり後ろから声かけないでよ! ……今ならシュウの声に驚いてたハルカの気持ち分かるかもしれない」
「でしょう? シュウって本当気配無いかも」
「君たちは……」
「まぁまぁ、そこまで怒らないでよ。でもいつから教室にいたの? サッカー行ってたんでしょ?」
 呆れるシュウをなだめる友人。でも、本当にいつから傍にいたのだろうか?
「五分位前かな。少し早めに切り上げてきたんだよ」
「ふーん……て事は全部聞こえてた?」
「ああ。一応ね」
「ねぇ? 二人とも何の話?」
 ハルカだけが入り込めない二人の話。ハルカに気を使って少し声々に話している所為だろう。
「ううん。なんでもない」
「えー! 気になるかも!」
「大したことじゃないよ。君にとってはね」
「その言い方つくづくむかつくわね……」
 気にしているのはシュウだけ。本当にハルカには関係ない。そんな不安定な気持ちをシュウに抱かせたまま三人は授業開始のチャイムを待っていた……










 放課後。
 部活が終了して絵南に帰ってきたシュウ。ハルカとは絵南の駅で別れたが、なんとなく足が家へと向かず、家の近所の公園でベンチに腰をかけての考え事。秋の少し冷たい風が頭をしゃっきりさせてくれる。
「理想の人ね……」
 どうしても気になる今日の昼休みのハルカの言葉。
 好きな人の好みが自分とかけ離れていると言うのはなんとも寂しいことである。
 たいていならその理想のタイプになろうとする努力をするだろうが、すでにライバルと言う親友以上のポジションにいる自分ではどうにも出来ない。
 互いにどういう性格か分かりきっているため、直しようが無いと言うもの。
「はぁ……好きな人の理想ほどどうしてこんなにも遠いかな」
 今まで理想の人という物を深く考えたことは無い。
 昔、女子に告白されたときに『貴方は全てを兼ね備えた人なんです!』なんていわれたこともある。
 学校の教師にだって非の打ち所が無い生徒だとも言われたことがある。
 そんな自分でも彼女の理想の人にはなれない。現実と言うのは酷な物だ。
「あら……シュウ君じゃない?」
「え?」
 声を呼ばれて後ろを振り向く。ベンチと垣根をはさんだその向こうに見覚えのある人。
 見た目は二十代でも通じる綺麗な女性。それはハルカの母。その人だった。
「あ、こん……ばんわですね。もう夕方ですから」
「そうね。こんばんわね。どうしたの? お家すぐそこなのに」
「ちょっと考え事です……でも、どうしてここにいらっしゃるんですか?」
 どうしてこの人がここにいるか分からない。
 買い物帰りなのは買い物袋を見れば一目瞭然。でも、ハルカの家からはかなりの距離がある。
「そこのスーパーが今日月に一回の大安売りなの。ハルカがいると食費のやりくりが大変で……」
 ああ、なるほど。
 それなら納得がいく。彼女の食べる量は半端ではない。それを少しでも安くするには安く食材を手に入れるのが一番。だからこんなところまで来たんだ。
「大変ですね……」
「そうなのよ。買いすぎてちょっと疲れちゃったわ。横で休憩しても良いかしら?」
「どうぞ」
 ミツコは公園の入り口から回ってシュウの横へと座る。買い物が置く時にドスッと言う音をたてた。かなり重そうである。
「もう、寒くなったわね……冬もすぐそこ」
「ですね……」
「で? 何で悩んでたのかしら? やっぱり恋愛沙汰?」
 いきなりの核心をつく。
 娘は鈍感なのに、母親はかなり勘が鋭い。
「そんな顔してますか?」
「ええ。貴方のような顔をする人を知っているからね。で……どうしたの? もしかしてハルカのことかしら?」
 ハルカにこそばれてはいないが、ミツコにはきっとばれている。そしてきっとウソをついてもこの人には意味が無い。
 冷静に判断をくだすとシュウは頷く。
「はぁ……あの子ったら……どうしてこうやってシュウ君を悩ませるのかしらね」
 大きくため息をついてミツコは呆れる。母親が呆れるほど恋愛に疎いとは流石にやばいと思われるがハルカはそれに気づいていない。
「いえ、……僕一人が勝手に考えてるだけですから。彼女は何も悪いこと言ってません。純粋に言っていただけです」
「何を言ってたの?」
「彼女の理想の人です。それがちょっと、僕とはかけ離れていたから……」
「ええ?! シュウ君からかけ離れてる理想の人ってどんな人? あの子どんな凄い人言ってたの?」
「凄く優しくて、いつも笑っている、頼りがいのある人だそうです。近所のお兄さんとかで可愛がってくれていたとか……」
 真剣にそして寂しそうにシュウは今日の昼、ハルカの言っていたことを話したのだが……何故かミツコが噴出した。
「あ、あの子……まだ言ってたのね。お、可笑しい!」
「え? ああ、そんなに小さいころから好きだったんですね。その人が」
 やっぱり決定的なんだ。彼女の理想の人がその人であるって。
 シュウの悩みは大きくなるばかり。
 視線を地面に落とそうとしたとき、ミツコがぽんと肩を叩く。

「そうじゃなくて……、それウソなのよ」

「え……?」
 思わぬ真実に珍しくシュウが目を丸くする。
「ウソって……」
「あの子の理想の人っていうのはそのお兄さんじゃなくて、パパなのよ」
「は…い…?」
 笑いをこらえながら、ミツコはハルカの理想の人の真相を語ってくれた。
「あの子はね、本当に小さいころパパっ子で『大きくなったらパパと結婚する』て言ってたくらい大好きだったの。でも、ある程度の年になったらパパと結婚できないと分かってそんなことは言わなくなったわ」
「本当に小さい女の子って言うんですね。驚きました」
「ええ。特にハルカ凄かった。理想の人はずっとパパだって言い張ってたし。そして今のマサトと同じ年くらいだったかしら? そのことを同級生に言ったら凄く笑われたらしくて、それ以来パパをお兄さんて置き換えてるの。それをまだしてるんだって思ったら可笑しくて……」
 これで漸くハッキリした。
「つまり彼女の理想の人っていうのは……」
「そう、パパのこと」
「そう……なんですか……」
 笑いとともに流れた涙をぬぐうミツコだが、隣のシュウの顔は暗い。
「どうしたの?」
「いや、たとえセンリさんであっても僕とセンリさんは程遠いですから。やっぱり理想の人ではないんだと」
「あら? そうでもないわよ」
 シュウの悩みをミツコは簡単に否定する。
「でも、センリさんは爽やかですし…誰でも訳隔てなく優しいですから……」
「そうね、うちのパパは天下一品だから……かっこ良いし、優しいし、それに強くて頼もしい!」
 ハルカに依然聞いたことがある。
『うちのパパとママってラブラブ過ぎなのよ』
 今それが納得できた。さっきから夫の自慢をしている。
 しかしその自慢がどんどんシュウを追い込んでいることに漸く気づいたようだ。
「あ、言いたいのはそういうことじゃなくて……一人の人を大切に思ってくれるところとか、好きな人は特別扱いしてくれるところとか、素直じゃないところとか。そういうところがそっくり。それにね、」
 くすくすと笑うミツコはそっと教えてくれた。
「パパは私と結婚するまで天邪鬼だったところがあるの。だからそれが理解できなくてパパにむかついてることもあった。だから、シュウ君とパパは似てると思う。ね? そういうことだから落ち込まなくても大丈夫! 胸はって!」
 今度は背中を強く叩かれた。あまりに強すぎて少しむせてしまったが、ミツコは全く気にしていない様子。そういうところを気にしないのは血筋と言うのだろうか。本当、ハルカに似ている。
「ああ! もうこんな時間! 早くご飯作らなくちゃ!」
「あ、すいません。お引止めしてしまって」
「いいのよ。私はこう言う青春代好きだから。じゃぁね!」
 重そうな買い物袋を引き下げて足早にミツコは公園を立ち去っていった。
「ありがとうございます……」
 誰もいなくなった公園にシュウはお礼を言ったという。











「おはよー!」
 次の日の朝。
 シュウの悩みなんて知るはずもなく、ハルカはいつものように登校してきた。
「おはよう」
「おはよう。今日は電車の時間違ったのね。朝一緒の電車じゃなかったでしょう?」
「ああ。ちょっと先生に用があったから早めに来たんだよ」
「そう」
 ハルカはそう言ってシュウの隣にある自分の席につくとカバンからプリント等を取り出して机の中にしまう。
「よし、今日はこれでOK! あ! そう言えば、昨日シュウに聞こうと思ったんだけど、シュウには理想の人っていないの?」
「もしかして昨日の話の続きかい?」
「うん。やっぱりシュウは美人な人がいいの?」
 奇しくもハルカは昨日シュウが悩んだ元とも言える会話を持ち出してきた。やはりこう言うところは本当に鈍感だと思う。
「美人とかはこだわらないよ。ただ……」
「ただ?」
「心が綺麗な人かな」
「なにそれー! 意味わかんないかも!」
「見た目ばかりにとらわれるのは好きじゃないんだよ。確かに美しいことに越したことはないけど、やっぱり心の方が問題だと思う」
「まぁ、確かにね」
 それに関してはハルカも同意見らしい。
「私も理想の人は確かに性格かもしれない。でもさ、」
 そこで言葉を一旦区切りとシュウの顔を確認して笑ったハルカはその後に言葉を紡いだ。
「好きになっちゃったら理想とか関係ないよ」
「………関係ない?」
「うん。だって、好きになった人がいたらその人がきっと理想の人なんだよ。必ずしも好きになる人が理想通りとは限らない。だから理想は好きな人によって代わると思うよ。後は年齢とかに比例してね」

 そうだったね。
 君はそういう人だった。
 二つしかない選択肢から第三の選択肢を造る人。
 そういうところにもひかれたって忘れてたよ。

「でも、少しくらいは理想の人っていうのに巡り会ってみたいかも」
「……案外傍にいるかもしれないよ?」
「え?」



 それは冬の冷たい風が押し寄せる師走のことでした……。





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作者より……
シュウとセンリさんが似ていると思って出来たお話です。
性格は何気に似ていそうな感じがしますね。
あとは雰囲気とか。
シュウにも年相応の恋の悩みと言う物を実感してほしかったんです。
これがあってこそ、青春だと思うのです。
しかしまぁ、男子の恋の悩みと言うのは私にとって難しく、
知り合いに聞いたり、学生時代の男子の恋話なんかを思い出してかきました。
恋に悩むのは男女平等ですね。
2006.12 竹中歩