「それじゃ、今日は解散!」 「「ありがとうございました!」」 男女の声が入り乱れ、それと同時に生徒たちはばらばらに動き出す。 ようやく今日の授業が終了し、生徒たちは部活に、もしくは家路へと急ぐ。しかし、まだ座ったまま動き出さない生徒が二人ほど居た。 窓際の一番後ろの席の男子と、その隣の女子。何故か顔は憂鬱そうである。 「「はぁ……」」 同じタイミングでため息をついたことに気づき二人は顔を見合わせる。 「何でシュウまでそんな顔してるのよ?」 「それは君も同じ事だろう?」 「私の場合は珍しいから悩んでるんじゃない! シュウは珍しくもないでしょう?」 「回数が多いから毎回どう対応すれば良いか悩んでるんだよ」 睨み合いが続く……。だが、今日はそこでぱたりとやんでしまった。 そして二人は同じ行動をとる。 机の中から一枚の封筒を取り出すという行動に。 水魚之交(すいぎょのまじわり) 「これが一番苦手だ……」 そういうシュウの手には花柄のついたピンク色のかわいらしい封筒。宛名は書いてあるがリターンアドレスがない。 だが、シュウの場合は中を見なくても分かる。これがラブレターだと言うことに。 実際中を確認して見てもやっぱりラブレターだった。一生懸命書いたと思われる便箋が一枚。 シュウのことが大好きで、いつも遠くから見ていたけれど、やはりそれじゃ何も進歩しないことの気づき思い切って出してみたと言う文面だった。しかも、返事を聞かせて欲しいと言うお願い付き。 シュウにくるラブレターにはいくつか種類がある。 手紙だけ出させて欲しいと言う振られ覚悟の思いラブレター。 返事を聞かせて欲しいと言う返却希望ラブレター。 この場所に来て欲しいと言う呼び出し型ラブレター。 その他種類はあるが、多分この三通りが一番多いだろう。シュウが苦手なのは本人を目の前にして返事をしなければならない返却希望型と呼び出し型の二種類。今回のラブレターは返却希望型にあたる。 ラブレターだけでなく電話も苦手なのだが、本人を目の前にしなくて良いのなら電話のほうが幾分か良い。 振った相手の泣き顔を見ずに済むのだから。 でも、今回はそうはいかない。多分……泣かれると思う。 さらにはどうして振るのかなどの原因まで聞かれそうな勢い。ある意味これが一番苦痛かもしれない。 振る理由なんて…… 「見てて分かると思うんだけど……」 ちらりと横で必死に悩む少女を見ながら言ってみた。でも、彼女は気づいていない。 さてさて、今日はどうすればいいんだろう? 「あんまり手紙って得意じゃないかも」 机の中から無作為に引っ張り出した封筒。白くてシンプルな見た目だが、ハルカ宛てと言うことは分かっても差出人の名前がない。 シュウほどの確信はないが、そんな予感を感じながら中身をのぞいてみる。 ……恋文だった。 短文用の便箋が一枚入っており、そこには来て欲しい場所と時間が指定してあった。そこで名前を名乗るつもりらしく、便箋のどこにも名前は無い。 一瞬、シュウ様ファンクラブの呼び出しかもとも思った。ハルカは何度かこう言う呼び出しを食らっている。 しかしそうではなさそう。字が思い切り男子の字。それに……何度か恋文を受け取った経験からそう思ったのだろう。この文面は本当に恋文だと。 ならば行かないわけにも行かない。もともと、女子の奇襲の呼び出しだって出て行く性格。断れるはずが無かった。 しかしこれはこれで困ると言うもの。恥ずかしいし、何より断る理由が一番難しい。 断るのに理由なんている物なのだろうか?とも思う。だって、その人のことを好きと言う感情が無いのに付き合ってどうするの? だから断るのに……それ以上の理由を求めないで欲しいものだ。 「それに今は恋愛どころじゃないしね……」 ふと窓際で手紙を読みふける男子を見てみた。こっちの視線なんて気づきゃしない。 ハルカは今シュウを倒すことだけで精一杯。戦友、親友でもありライバルでもある彼以上の存在なんてそんなに簡単に見つかるはず無い。だから、断る気満々だった。 さぁて、今日はどんな人を断らなければならないのだろう? 二人は同じ思いをしながら、 「「じゃ、あとで」」 部活で再会することを約束して席を立つのだった。 鳳炎学園中等部特別棟屋上付近。 シュウは放課後になるとほとんど人気の無いその場所に足を運ぶ。手紙を出した張本人の指定した場所に。 待ち合わせ時間は午後三時半。少し早いかとも思ったが……先に張本人は着いていた。 「あ……」 シュウの顔を見て少女は顔を火照らせ、一瞬体をびくつかせる何とか正常に保った。 きっと心の中はこれ以上に無いくらい正常じゃなくて、頭の中も考えることが多すぎて逆に真っ白になっているだろう。 でも、そんなパニックを引き換えにしても彼女にはいわなければならない言葉がある。 「……君……かな? 手紙をくれたのは……」 「はい……」 同じ学年の女子だった。顔に見覚えがある。肩より少し下で整えている黒髪の少女。 それに、なんとなく同級生かと言うことはにらんでいた。ラブレター文面の言葉が『シュウ先輩』ではなく『シュウ君』と呼んでいたところから下級生ではないだろうと。 「えっと……読ませてもらったよ」 「そうですか……なら、返事聞かせてもらえますか?」 泣きそうなくらい必死な女子。いつもこれを見るたび申し訳なく思う。でもこちらにも譲れないものはある。 「ごめんね……君の気持ちには答えられない」 「っ……」 その言葉を言った瞬間。少女は自分の下唇を強くかんだ。涙を出さない必死の抵抗。 やっぱり今回も泣かれてしまう。 「やっぱりだめ……なんですね」 言葉と一緒に少女の目から涙がこぼれた。失恋と言うものが無ければ生み出さない悔しさと悲しさの涙。 それでも彼女は続ける。 「私じゃ……無理なんですか? これから先ずっと……無理なんですか?」 同級生相手なのに丁寧な言葉づかいがシュウと少女の距離を感じさせる。きっとそこまで親しくは無い間柄。 「先のことは分からない……でも、今は他のことで精一杯だから」 「……ハルカさん……ですか?」 少女は核心をついた。 と言うか見ていれば当然だ。同級生なら尚更。シュウとハルカがどれだけ近い存在かと言うことが。 「……なんで、なんでハルカさんなんですか?」 「え……?」 「私は……小学校の頃からあなたのことだ好きだった。だからあなたの傍に女の子が出来ても自分のほうが思いは長いから大丈夫だと思ってやってきた」 少女は大粒の涙をこぼしながら叫ぶ。きっと叫びたくない。言いたくないはずなのに口が止まってくれない。 「でも……なんでハルカさんなんですか! もともと身近にいた人ならまだ良い。でも、転入初日であなたの横にハルカさんはいることを許された! なんで?!」 泣いて……泣いて……少女は床に泣き崩れた。どうにもならない状況に。どうにもならないこの思いに。 幾度となく、こんな状況を見てきたシュウもこればかりは慣れない。でも、放っても置けない。 シュウは彼女の前にかがむ。 「本当……何でだろうね?」 「それは私が聞きたく……」 「僕にも分からないんだよ」 彼女の顔が拍子抜けしている。シュウにもわからない? 「ただ一つ言えるのは……飽きないからかな」 「飽きない……?」 「うん。いつも放って置けなくて、でもそういう意味じゃなくても目を離せなくて……それに」 「?」 「僕を僕として見てくれた人だから」 その表情はどこか優しく……嬉しそうだった。 「さぁ、立って」 少女の心が落ち着いたのを見るとシュウは手をさし伸ばす。その手を借りてようやく立ち上がることの出来た少女。でも、やりきれない思いは変わらない。 「でも……やっぱり悔しい。私だってあなたのことあなたとして見ていたのに……」 シュウを思っていた気持ちは少女のほうが上。だから見ている期間もずっと長い。 たとえハルカがシュウと同じクラスで同じ部活で同じ地方にすんでいるとしても。 「じゃ……僕の苦手なもの……知ってる?」 「え?」 「好きなものに好きな場所。……嫌いなものとか知ってる?」 「知ってるに決まってます! あなたをずっと見ていたんだから!」 少女は思いつく限りを上げていった。好きな色だって、好きな動物だって……でも、 「それ、ファンクラブのものだよね?」 ……当たりだった。たいていはファンクラブが集めてきた情報。でも二割は自分だけが知っている情報。だから、自分しか知らないシュウもいるはず。 「確かにそうですけど、私しか知らないものも……」 「彼女はね、多分ファンクラブの情報が無くてもあげられるよ。僕のこと。それに今あげていった答えの半数以上ははずれ」 「え……」 「だから彼女は本当に多くの僕を知っている。見た目や学歴のとらわれない僕のことを。だから僕もそれと同じくらい彼女のことを知っている。だからいつも僕らは一緒なんだ。それだけ知っているもの同士だから。安心するんだよ」 完敗だった…… 自分の知らないシュウを知っている人が傍にいる。 それは何の可笑しいことでもない。 つまりは思いの長さより……どれだけ傍にいるかって事のほうが強い。 長い間、遠くで見続けて傍に寄ることを恐れた少女の負けだった。 シュウ様ファンクラブや、女子の目、噂を怖がった自分の敗北。 それに負けることなく挑んでいったハルカのほうが思いは強く……勝っていた。 「ごめんなさい……困らせましたね」 「いや、僕も……何と言っていいか。単なる自惚れのような感じになってしまって」 「いえ、良いんです。言えただけでも」 少女はスカートについた砂埃をぱっぱと払って顔を上げた。 「ありがとうございました。じゃ、私はこれで」 「あ……うん」 深々と御礼をして少女は階段を降りていく。 皆が皆、最後は彼女のように晴れやかなわけではない。 すがり付くような少女もいれば、平手をする女子もいた。 でも、それはしょうがないと思う。 だって、みんな告白するってことはそれだけその恋に必死なのだから。 それだけ必死な恋だから、失恋したときはどうしていいか分からず、自分でも驚く行動をとる。 多分、自分も失恋したときはあんな感じになるのだろう。 シュウの恋は今だ失恋の可能性を伴っているが、 それと引き換えにしてもお釣りが来る位……今の恋が、今の彼女が好きなんだと思う……。 そして時を同じくして…… 「まだ……来てないんだ」 鳳炎学園購買部裏庭。 ここは鳳炎学園に所属する生徒ほぼ全てが使うと言っても過言ではないくらいの場所。 しかし、使われるは昼限定で、放課後となれば人はこれでもかと言うくらいに来ない。さらにその裏庭ともなればかなり寂しいもの。 その場所にハルカは佇んでいる。手紙の差出人を待ちながら。 「あー……どうしよう」 やはりシュウと違ってこの方はあまり慣れていない。告白と言うものに。 これだけの容姿とスタイル、そして活発な性格を持ち合わせていながらあまり告白する生徒はいないと言う。 それでも一般の女子よりは告白される回数は多いだろう。でも、シュウという存在が横にいるため、たいていの男子は告白する前から諦めてしまう。自分では敵わないと。 「……あれ……かな?」 何か人を探す姿が見える。女子ではない。男子だ。 そして目が合った瞬間こちらへと手を振りながら近寄ってきた。間違いないだろう。彼が差出人だ。 「えっと……手紙読んでくれたからここにいるんだよね?」 「はい……」 「それじゃ、率直に! 俺と付き合ってもらえないかな?」 交際を申し込んできたのは鳳炎学園高等部の男子生徒。制服を見れば分かる。 顔もなかなか良いし、誠実そうな人。見た目では付き合っても悪いところはなさそうだが…… 「あの……私、先輩の事知らないんですけど……」 悪いとは思ったが、言わずには居られなかった。知らないものは知らない。 一応先輩だとは思ったので先輩と呼んでしまったが、それが良かったのかさえ分からなくなる。 それを聞いて男子生徒は顔を赤らめる。 「そ、そうだよね! 知らなくて当然だよね! 俺はハルカちゃんのこと知ってたから……」 「え?」 かなり純粋なのだろう。顔がどんどん赤くなり、照れ隠しに右手で顔を隠す。 「俺……ハルカちゃんのこと、一目見て好きになって……目で追いかけてた。それで俺は知ってる気になっちゃたけど、そっちは知らなくて当然だよね。所属も違うし。ごめんね」 「いえ! あの……本当嬉しくて、告白されることも無くて……どう言って良いか分からないんですけど……」 告白した本人よりハルカのほうが舞あがっている。 譲り合いの精神が今にも生まれそうな感じだったが、ハルカが何とか切り出す。 「えっと、じゃ私も率直に! ごめんなさい! 先輩とは付き合えません!」 かなり深くお辞儀をして断った。 元々断ろうと思っていたが、人が良すぎて忘れかけていた。でも、曖昧に返事をするよりは余程良いと思う。 「私さっきも言いましたけど……本当嬉しかったんです、告白。でも、今は恋より部活とかの方が楽しくて……」 「ハルカちゃん……」 精一杯の誠意で答えくれた先輩に精一杯のお断り。本当に申し訳が無い。 「それに……私は倒したい相手が居るんで、恋愛の面もそっちに使ってるくらいです」 「倒したい相手?」 「はい!」 ハルカは強気に笑ってみせる。 「部活でも、勉強でも……あ、勉強はちょっと無理かも。でも、なんにでも勝ちたい相手が居て……恋愛で好きな人を考える時間もそいつに使ってるんです。だから今は恋愛が出来ないんです。だから……ごめんなさい!」 再び深すぎるほどのお断り。 「ああ、そこまで深く謝らなくていいよ」 「でも、先輩の気持ち答えられなくて……」 「俺は言えただけでも良いし……それに、君がシュウ君と仲が良いのは分かってたから」 「え? ……今の会話の相手シュウだって分かったんですか?!」 なぜ分かったのと驚いた表情をするハルカに、分かって当然だと思うという困惑の表情をする男子。 「確かに……シュウなんです。だから……」 「気にしないで。逆にそういわれるとこっちの方に罪悪感が生まれるよ。そこまで本気で断られるくらい本気で俺って恋してたのかなって」 「……本気?」 「うん……高校に入るとさ、恋愛が中学のときより軽くなっちゃうんだよね。それに俺も振られてすぐにハルカちゃん見つけて……だから本気なのかなって……今思わされた。俺のほうこそごめん! こんな中途半端な気持ちで告白しちゃって!」 「先輩……」 そんなつもりは無かったのに、先輩を謝らせてしまったハルカ。どうして良いか分からず困惑してしまう。 「だから、本っっっっっ当に気にしないで! もし付き合ってたら中途半端な付き合いになってたと思うから。ありがとう! じゃぁね!」 ほんの数分間のやり取り。 でも、告白を断られた彼は何故か晴れやかで……そして何かを思い起こされたのだという。 「確かに中途半端は嫌かもね」 この告白で思い起こされたの彼だけではなかったようだ…… 「お疲れ様でーす」 「お疲れ」 「あ、シュウ帰ってきてたんだ」 「今帰ってばかりだよ」 弓道部の部室で二人は再会を果たす。 今から部活だと言うのに二人の顔はどこか疲れている様子。 「そう言えば今日は、先生も参加するってさ」 「へー! 先生の腕って聞いたことはあるけど診たことないから楽しみかも−!」 少し楽しみができたことがさっきの告白で疲れた心を癒してくれる。でも、癒されても本当に少し。 疲れたい以上に今回はお互い…… 相手……誰だったんだろう? 同じ思いがひしめいていた。 シュウは告白をされる回数が多いので、ハルカは毎回思うことだが、シュウはまだ数回しか味わったことのない不安。 だから案の定 「で? 君を好きだという物好きはどこの誰だったんだ?」 「も、物好きって! 高校生の人だったわよ! 見たこともない人! でも、優しそうだった」 嫌味をうまく使ってハルカから情報をえられた。今回の相手は高校生。ハルカの人気は既に中等部から飛び出しているらしい。 「そう……」 「それよりも、シュウの方はどうだったのよ?」 「気になる?」 笑って見た。彼女がこう言うってことは、こっちに興味があるって証拠。 嬉しさの所為もあり、こう言う場合の笑いはより一層余裕があってハルカにはむかつく。 「だって、私だけ言ってシュウは言わないってフェアじゃないかも!」 「確かにそうだね。……同級生の女子。とまで言っておくよ」 「ふーん……」 結果をえられたハルカの態度は素っ気無い。 「同級生なら長い間シュウを見ていて、実はこう言う性格だって気づきそうだけど。余程その人はシュウを美化してたのね」 「かも知れないね」 「人を見る目がなかったのかも」 馬鹿にされたので、ハルカはシュウを馬鹿に仕返した。 でも、シュウがそんなことで怯む訳がない。 「君を見る人もね。こんなに非常識なのに」 「悪ぅございましたね!」 ぷいっとそっぽを向いたハルカ。 しかし、そんなことをしている場合ではない。一応自分たちは部活に遅れているのだ急がねば! そう思い直すとハルカは顔を両手で叩いて気合を入れ治す。 「じゃ、そろそろ行こうか?」 「ああ」 そう言って二人はいつものように部活へと向かっていた。 本当なら結果を聞くのが普通だが、彼らはそんなことしない。 本当は気になるけど、何故か断ってるって分かる。 本当、なんでかしらないけど。 でも、それはそれだけ仲がいいって事。 それに付き合うことになったら言ってくれるって信じてる。 信頼してるから聞かなくてもいい。 こんな二人の間、誰も入れるはずないでしょう? ------------------------------------------------------------END--- 作者より…… 二人がもてるということを前提に書きました。 シュウは多分かなり告白されると思うんです。 最初の方はハルカも誰が告白してきたか聞いていたのですが、 もう聞かなくても分かってきたんですね。きっと。 でも、シュウのほうはまだまだわかるといっても七割がた? 心のそこは不安でいっぱいですが、ハルカの行動で結果を見極めてます。 付き合うことになったらハルカは隠し切れないでしょうから。 だから、毎回顔をあわせるときに普通とか疲れてると安心するんです。 どちらの結果を知る方法も信頼していないと出来ない物ですね。 アイコンタクトとかで気持ちが伝わるような二人が大好きです! 2006.11 竹中歩 |