それはある休日の午前中。
 珍しく早めに起きたハルカは、部屋で少女漫画を読んでいた。
 今読んでいる九巻を読み終えれば、次で最終巻になる。そう思っていた矢先、携帯からメロディーが流れる。
「あれ……これってシュウの……」
 指定着信にしているのですぐに誰だかわかる。でもメールの着信音ではない。電話の着信音。
「なんだろう?」
 メールではなく、行き成り電話と言うところが珍しかった。いつもなら先にメールを入れるのがシュウ。
 不思議に思いつつも、自分の携帯電話に手を伸ばし、通話のボタンを押す。
「もしもし?」
「≪………≫」
「もしもーし!」
「≪………≫」
 無言だった。
 いたずら電話?いや、シュウがそんなことをする筈がない。とりあえず、もう一度呼んで見よう。
「シュウ?」
「≪驚いた……≫」
「へ?」
「≪君がこんな時間に起きてるって事に≫」
 漸く反応したかと思えば、第一声はそれだった。どう足掻いても彼の嫌味は健在らしい。
「電話切っていい?」
 少し腹を立てた口調で受話器に話し掛けるハルカ。
 恰もいつも自分が休日には寝坊しているような言葉にむかついたのだ。
「≪そこまで怒ること無い筈だよ。だって、実際君はいつもこの時間帯寝てるんじゃなかったのかい?≫」
「………」
 今度はハルカが無言になってしまった。そう言われてしまっては返す言葉が無い。
「≪無言の肯定と言った所かな?≫」
「五月蝿いかも。で? 行き成り電話ってことは何か用があるんじゃないの?」
 本当は電話を投げてやろうかと思ったくらいむかついた。真実だけど、言われる相手にもよる。
 だけど、何時までもそんな言い争いをする気は無い。この辺が引き際だろう。そう思ってハルカはシュウに用件を聞く。
「≪一応……用といえば……用なんだけど………≫」
「……? どうかしたの?」
 珍しくシュウが口篭もる。いつもなら嫌みったらしい程ハキハキ言葉を言うシュウが黙り込むなんて。
「≪………≫」
「ねぇ、どうしたの?」
 ハルカの言葉だけが受話器を通る。シュウの言葉は返ってこない。
「≪あのさ……≫」
「うん?」
「≪やっぱり……止すよ。ごめん、そのまま引き続き君の時間を過ごして欲しい≫」
 そう言ってシュウとの会話は途絶えた。空しく電話終了のツーツーと言う音だけがハルカの耳に止め処なく流れる。
 そして、案の定ハルカは叫んだ。
「な、なんなのよー!」
 行き成りの電話
 行き成りの無言
 行き成りの電話終了
 ハルカを悩ませ叫ばせるには十分すぎる材料だった。








焦心苦慮(しょうしんくりょ)








 シュウとの電話終了から20分。ハルカは電話を眺めながらずっと眉間に皺を寄せている。
「一体…何が言いたかったのよ……」
 多分、シュウは何かハルカに伝えたかった筈だ。しかし、それはハルカにすら分らない。
 おかげでこうやって悩む羽目になったわけだが……頭を使う事に慣れていないハルカは悩めば悩むほどいらだつ。
「あー! もう!」
 思い切り手元のクッションを壁にぶつけた。何か物に当たらなければいらつきを抑えようが無い。
 でも、その代償に弟マサトからの怒声。
「おねーちゃん! また、クッションになげたでしょ!」
「あ……マサトの部屋にも響いちゃった……かも?」
 てへっと笑っておどけて、誤魔化そうとするが……弟にそんな技が通じる筈無い。
「普通に響くよ。もう、むかついたからって物に当たるの止めてよ。今度は何があったの?」
「いや、シュウから電話があったんだけど、何も言わずに切っちゃったもんだから……何様だこら! って感じで」
「また……シュウがらみなんだ……」
 はぁ、とため息をついて、ハルカのベッドに腰をすえる。
「で? 何か心当たりあるんじゃないの?」
「そうやって、私に問題があるように言うのやめて欲しいかも。今回は本当心当たり無いのよ」
 『今回は』と言う言葉が、日頃ハルカに問題があることを証拠付ける。しかし、当のハルカはその発言に気付いてはいない。
 それを分っていてあえて流すのがマサトの優しいところ。
「お姉ちゃんに問題が無いとするなら……本当、どうしたんだろうね。シュウらしくも無い」
「でしょ?」
「シュウはそう言う人を困らせる行動ってしないからね」
「うーん……本当シュウってばどうしたんだろう?」
 投げたクッションを拾い上げ、抱えるようにしてまた悩み始めるハルカ。
 それを見ていたマサトは姉である、ハルカのおでこを思い切り指で弾いた。
「痛! ちょっと、マサト?!」
「シュウもらしくないけど、お姉ちゃんのほうがもっとらしくない!」
「な、何がよ?」
「お姉ちゃんは頭使う事が苦手なんだから……そうやって悩むのは間違ってるよ」
 地味な痛みが残るおでこをさすりながらハルカはマサトを見る。
 悩む事が間違ってる?
「考えるより行動! それがお姉ちゃんなんじゃないの? 気になるなら電話してみるとか…友達当たるとかあるんじゃない?」
「……そっか……」
 無理に悩まなくてもよかったことを弟によって教えられた。
 何、自分らしくない事をしているんだろう。
 気になるなら聞けば良いんじゃないか。
「そうだよね! うん! マサトありがとう!」
 立ち上がると、マサトの頭を乱暴に撫で回す。これがハルカの愛情表現。
「分ったから! 早く行っておいでよ!」
「うん!」
 携帯電話と財布だけ持って、ハルカは足早に部屋を飛び出していった。
「全く、世話の掛かるお姉ちゃんだな……」






 時刻はお昼に差し掛かる頃…ハルカは絵南駅にいた。
「どうして…金澄なんかに?」
 休日とあって人ごみの激しい中、ハルカは少し離れた金澄駅行きの切符を買っていた。
 シュウは……金澄へと足を運んだらしい。それはシュウの家に電話して判明した。
 家族の人曰く、朝早くに金澄に行くといって家を出たとの事。しかし、何をする為に行ったのか詳細までは分らなかった。
「友達に電話するより先に家に電話して正解だったかも」
 きっと友人たちに連絡したら、一緒に探してくれただろう。
 でもそんなに大騒ぎにしたら…きっとシュウのことだ。確実に怒った。それを考えると今度の判断は正しかったと思える。
「まぁ、何処に行ったのか考えるのは駅に付いてからにしよう! それじゃ、行きますか」
 金澄行きの列車がホームへと向かってきていた。





「甘かった……」
 既に世の中で言うランチタイムは終了していた。
 金澄に付いて二時間……いまだシュウは見つかっていない。
「あいつってばどこに行ったのよ!」
 こんな所に来る位だ。きっと何かあるに違いない。そう思ってシュウの目的らしきものを探しては見るが、そんなもの何処にも見当たらない。
 見えるのは休日を満喫する人々。それだけだ。
「本当に……一体何があったのよ……」
 普通なら、こんなところまで探しに来ない。でも、

 何か言いたそうで言わなかった言葉が気になるから……
 もしかしたら何かあったんじゃないかって思うから……
 何より……

「シュウがあんな行動するから……気になるんじゃない」
 いつもとは違った彼。ハルカはそう言いたいらしい。でも本当は違う。
 シュウだから探しているんだ。大切なライバルだから。
「いい加減に出て来い!」
 行き交う人には聞こえないくらいの声で叫んだ。でも、効果はあったらしい。



 目を丸くして驚いている人物が前方に見える。
 緑の髪と同じような色を持った綺麗な瞳の男子が。



「いた         !!」
 周りの目を気にせず、思わず叫んでしまった。
 さっき人に聞こえないようにと気を使って叫んだのが水の泡だ。でも、今更そんなことはどうでも良い。
 ハルカは物凄い速さでシュウへと駆け寄る。
「見つけたわよ! シュウ!」
 ぜぇぜぇと息を切らせてシュウの胸元を掴むハルカ。もう逃がさない。
「な、なんで…君がこんな所に……」
「それは私が聞きたいかも! あんたが行き成り物言いたげで電話なんて切るから……気になってしょうがなくてこんなところまで探しに来たのよ!」
 人の目を気にせず、ハルカは怒りや不安等を全部今の言葉に詰めてシュウにぶつける。それだけ心配した事か。
「もしかして……午前中の電話の事を言ってるのか?」
「それ以外に無いわよ。全く……言いたい事があるならはっきりと言いなさいっての!」
「わかった。説明するよ。とりあえず場所を変えよう。此処じゃ人の目がありすぎる。」
 そう言われてハルカは怒りで沸騰しながらもシュウのあとを追った。





 金澄のほぼ中央に位置する公園。その中にあるベンチに二人は腰をかけた。
 そして漸く本題に入る。
「で? あの電話は何を言いたかったの?」
「いや……本当に大したことじゃないんだ。だからそこまで気にしなくても……」
「大したことか大した事じゃないかは私が決めるわ」
 ハルカに何を言っても無駄な事がわかったシュウは背負っていたワンショルダーのリュックから白いスーパーの袋のようなものを取り出す。中には茶色い紙袋が入っていた。
「何……これ?」
「まぁ、わからなくて当然だよね。開けてみると分ると思うよ」
 そう言うとシュウはその袋をハルカに手渡す。受け取るとそれはほんのりと温かいものだった。
「じゃぁ、開けさせていただきます………」
 ドキドキしながら紙袋の封を開ける。中に入っていたのは……



「たい焼……?」



「そう」
「ちょっと待って。なんえ甘い物が苦手なシュウがこれを買ってるの?」
 それはそうだ。嫌いな物を態々電車で買いに行く人間なんてそうはいない。
 だけどシュウの答えはとても簡単だった。



「単に……君が食べるかなと思って」



 それはつまり……
「私が食べると思ったからって事?」
「そういう事だね。今日、朝の地方番組でこのたい焼が美味しいって見たから。君なら多分食べたがると思って」
「え、じゃ、じゃぁ、あの電話は?」
 そうだ。もとはと言えばあの電話が気になって此処まで追いかけてきた。これが理由とは?
「白餡と黒餡と南瓜とカスタードがあってどれがいいかわからなくてね。でも、考えてみれば君ならどれでも食べるって事に気づいて切ったんだよ」
「なら、どうしてこっちが電話かけ直してるのに出なかったのよ!」
「……いつもの逆パターン」
「え?」
「僕がいなくなって、君が探すところがね」
 逆パターン?
 確かに、いつもハルカがいなくなってシュウが探す。これが基本。
 でも、今日は違う。ハルカがシュウを探した。
 それは本当に心配で……だから追いかけてきて、こんな所に今いる。
「確かに逆だけど……でも心配だったから……」
「それを僕はいつも味わってるんだよ?」
 返す言葉が……無い。
 いつも、携帯に気づかなかったとか、お節介だとかなんだかんだ言っているハルカ。
 でも、こんな思いをシュウがしてるなんて考えても見なかった。
「人に心配かけるってね、自分がどれだけ心配されてるかわからないからするんだ。でも今日でわかったんじゃない? 自分がどれだけ心配されてるかって」
「…………うん」
 シュウと連絡がつかなくて、何かあったんじゃないかって……嫌なことばかり考えていた自分。きっとシュウはこれを何度も経験した筈。
 ハルカは何でこんなに心配ばかりかけていたことに気づかなかったのかと、今更ながら反省する。
「それを知って欲しくて、わざと電話を取らなかったんだよ。いい機会だと思ってね。君は体験しなきゃ分らない性格だから」
「もう十分すぎるほど分りました! ……本当…ごめんなさい」
 本当はシュウに文句を言って謝らせるつもりで此処まで来たのに……何故か謝っているのはハルカ。
「それが分ったのなら、もう良いさ。じゃ、帰ろうか。今からなら君のおやつに間に合うだろう?」
「うん! シュウもさ一緒にうちでお茶飲もう? ママが美味しい緑茶淹れてくれると思うから」
「自分では淹れないんだね」
「何か言った?」
「いや」
「それに、一応お説教させてよ! すごく心配したんだからね!」
 そう言ってハルカはシュウの腕を引っ張って人ごみの中へと消えていった。










 その日のおやつは飛び切りたい焼きと温かい緑茶とともに
「心配させられるのはごめんかも!」
「それは僕も同意権だよ」
 自分たちの大切な意見交換ができる有意義な休日でした。





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作者より…
えーと、これは私が普段している行動に近い気がしますね。
どこがかと言うと美味しいものがあると聞くとどこへでも行くことろ。
そして誰かの好物と分かれば余計に買いに行きます。
それが今回のシュウのたい焼き。
この真逆な関係がかわいいなと。だってシュウがたい焼き買ってる所って
かわいいと思いませんか?
それとハルカがシュウサイドに回って必死で探す。
今回すべてが逆。あるコンセプトかもしれませんね。
とりあえず、二人はなんだかんだ言いながら休日は一緒に過ごしてるんだよ。
そしてたい焼きは尻尾まであんこが入っていないほうが私は好きです。
口直しにあの尻尾のカリカリの部分を食べるんだ!
なんかそれで二人は喧嘩しそうですね(笑)
そんなエピソードも書いていたいなぁ。
2006.11 竹中歩