「うわー!綺麗!」 「え?あの魚何?」 「でか!お前位簡単に飲み込むんじゃねぇの?あの魚。」 「なんかこの魚の間抜け面あんたに似てる。」 いつもは静かなその場所は今だけ歓声にも似た驚きの声で満たされていた。 その建物は外はあでやかにネオンが煌いているが中はそれに反してとても暗い。人が通る廊下のようなところをうっすらと照らすライトがあるくらいだ。他に光と言えば…水槽の光。大きな水槽が廊下の両脇にいくつも続いており、その水槽ごとに魚や熱帯魚、水に関する生き物が生きたまま展示されている。人はその場所をこう呼ぶ。『水族館』と。 『修学旅行へ行こう!〜夜の水族館〜』 「………」 水族館の大半を占めるのは今の時間ほぼ学生。理由としてはとても簡単だ。修学旅行生がこの水族館に居るため。おまけに人のいない時間を狙い夜6時に入館したので一般の人も昼間のように多くはない。 殆どの生徒は普段見られないような魚たちの生態系に目を輝かせていた。それは生徒ならず教師までも。何時の間にか廊下は歓喜している生徒にあふれていた。 しかしその中に若干浮かない顔の生徒も居る。暗いところが駄目だったり、魚自体が苦手だったり、果ては鮫に驚き逃げ出す生徒。皆其々理由があるようだが、その少女だけはどうやっても理由が見当たらなかった。 その少女の存在に気づいた少年は声をかける。 「どうかした?」 「…シュウ……ううん。どうもしない。」 ハルカはシュウの問いかけに対して曖昧な返事を返す。それが余計にシュウの心をざわつかせた。 「どうもしないって…いつもの君ならもっと楽しそうなはずだけど。」 「そうだね。いつもなら楽しいと思う。でも…ね…。」 唯でさえ項垂れていたハルカの首はさらに項垂れる。幸い館内が暗いためハルカの落ちこんだ姿は他の生徒には見えない様子。 「…らしくないね。」 「どういう意味よ。」 「さっきも言ったろ?いつもの君なら楽しそうにしてるはずと。うるさいくらいに驚きの声をあげて、人の事など気にもせず自分勝手に人を引っ張りまわす。それがいつもの君だ。」 「そんな人を無神経みたいに言わないでよ。」 「自覚はあるんだ。」 程なくシュウの嫌味の愛情表現が始まる。本来ならここでハルカがまた言い返し、シュウがさらにその上の嫌味を言う。それが数分ほど繰り広げられるのがいつもの2人。なのに、ハルカはシュウの『自覚はあるんだ』のことを反論せず逆に、唇を強くかみ締める。 「………」 それを見てやはりいつもと違うと思ったシュウはハルカをそこから連れ出すことを思いつく。 「…おいで。」 返事もせず頷きもしなかったハルカだがシュウの目を見てそれを承諾したかのようにシュウの後ろを歩き始めた。 2人が着いたのは館内のオープンカフェのような喫茶店。既に何人かの生徒は花より団子。魚を見るより食事や甘味を楽しんでいた。シュウはその集団から少し外れた席を選びハルカをそこへと座らせる。 「……ごめんね。」 「なにが?」 「私の悪い癖また出たみたい…」 「だろうね。」 ハルカのその一言にシュウは予め知っていたかのように返事を返す。そして偶々通りかかった店員にシュウはコーヒーとミルクティーを頼んだ。 「君は喜怒哀楽が激しいのに塞ぎこむ事があると滅多なことじゃ人に話さないからね。気づいたら何時の間にか落ち込んでることが多いから…。それが悪い癖て言いたいんだろう?」 「うん…。こう言う落ち着いたところとか、1人になったりするとどうも駄目。嫌なこと考えちゃう。」 「周りに影響されやすい体質なことで。」 「本当。いつもの私は好きだけどこう言う私は嫌い。」 「自分の嫌いな所なんてあって当たり前の事さ。」 淡々と続く会話。それが二人の空気を余計に重くする。 「なんかさ…今回の旅行本当に皆に迷惑かけちゃったね。」 「今日は話してくれるんだね。」 「さすがに毎回話さないって訳にも行かないでしょう?」 ハルカは漸く自分が落ち込んでいる理由を語り始める。いつもは中々話さず下手すれば1時間の沈黙さえある。しかし、シュウは何があっても無理には聞こうとはしない。ハルカ自身が解決するか話すまで大抵待ってる。殆どの友人はお手上げになるのだが、シュウだけは待てるらしい。だから今日のように話すことは本当に稀な事。 「それで?迷惑かけたことをなやんでたのかい?」 「大方そんなところかな。班長なのにリーダーシップは取れないし、班員の体調管理も上手く出来なくて…おまけに昔に知り合いの事で皆巻き込んだ。それ考えてるとかなり迷惑かけたなって。」 ここ数日のことを振り返り理由を述べていくハルカ。シュウはそれをただただ聞いていた。 「楽しいはずの修学旅行なのに…本当皆には申し訳ないかも。」 「…それが修学旅行だと僕は思うよ。」 「……どれが?」 「ハプニングの連続だよ。班長なんて面倒くさい役だ。皆が嫌な役を引き受けた時点でリーダーシップを取れたことには変わりない。それに体調管理なんて結局は本人次第。君はちゃんと友人の看病してたじゃないか。管理は出来てると思う。あまつさえ昔の知り合いの事件だって最後はいい結果になった。それにあんな思い周りの人間だって滅多に出来る物じゃない。君の友人ならいい思い出として胸にしまってくれるはずだよ。」 「そうかな…。」 「君は親友や友人の事を信じられないのか?」 「そんなつもりないかも。でも良い方に判断して自分が楽になっていいものか…。」 「…君1人が落ち込む方が皆にとっては迷惑だよ。」 頼んでいたコーヒーとミルクティーが店員によって運ばれ、料金を渡してそれを受け取るとハルカの方へミルクティーを差し出す。 「そっかな…。」 「少なくとも僕はそう思うよ。それに今回君はちゃんと気を使ったじゃないか。」 「え…?」 「何だかんだ言って僕のグループと君のグループは一緒に行動していたけどお目当ての人と過ごす時間なんてなかったからね。ここぐらいは一緒に居ると良いといって君は気を使った。違うかい?」 「まぁね。折角の修学旅行なんだし、恋愛要素の少しくらいはね。」 視線をそらして水槽の辺りを見ると友人が嬉しそうに彼氏や片思いの人と話していた。幼馴染同士の女子1人男子2人のトリオは何かもめているようだったが、そこは昔からの仲。やはり楽しそうだ。 「皆君の配慮に感謝してるはずだよ。だからその本人が楽しそうにならなくては話しにならない。」 「うん…分かった。元気出す。」 ミルクティーが冷めているかをを確認してハルカはそれを一気に飲み干した。 「さ!シュウ私たちもあまり物デートしよう。」 ティーカップの向こうから見えた顔はいつもの元気な表情のハルカ。 「あまり物?」 「だって、消去法で行くと私とシュウだけがあまっちゃうんだもん。だからあまり者同士ってことよ。」 「なるほどね。…じゃ、あそこに行こうかな。」 「あそこ?」 シュウもコーヒーを飲み上げここへ来た時と同じように勝手に歩き始めた。 「ちょっと!」 一体どこへ行くのだろう? 「あ!これね。シュウが行こうとした場所って。」 「そう。君なら好きだと思ったんだよ。」 「うん。確かに好き!」 たどり着いたのはペンギンの水槽。確かにハルカの好きそうな生き物だ。 「この歩き方がさ…なんか赤ちゃんに似てない?すごく可愛いと思うの。覚束なくって。ほら、こけてる。」 「丸で誰かさんのようだね。」 「誰かさんてもしかしなくても私?」 「さぁ?どうだろうね。」 「この頃そうやって直ぐにはぐらかす。でもありがとう付き合ってくれて。」 「…なにを?」 「デートもどき。なんかさ、皆恋愛行事してるのに自分だけはみ出ちゃったような気がしてさ。修学旅行の恋沙汰とか偉そうに言ってるくせに私自身全くないんだもん。だからそれもプラスされて落ち込んでたの。」 「他の人は他の人。自分は自分。君がよく言ってることじゃないか。」 「全くその通りよ。恋愛なんて無理にするもんじゃないもんね。…そうだ!ペンギンの写真撮ろう。」 ごそごそと手持ちのバッグからデジカメを取り出すハルカ。 「フラッシュはたいちゃ駄目だよ。」 「え?どうして?」 「見ての通り周りは暗く水槽だけ明るいだろ?フラッシュをたくと水槽に反射して出来上がった写真の真ん中にフラッシュの光が移って写真が台無しになるんだ。」 「そうなんだ…初耳。」 「それにペンギンを驚かさないように撮るんだよ。」 ハルカはその言葉に頷きカメラを構えなおしたが、何かを考えた後カメラをバッグへとしまう。 「撮らないのかい?」 「うん…驚かしちゃ可哀想だし。大雑把な私にはそんな神経使うことなんて出来ないもん。思い出は胸にあればいいのよ。それに誰か他の子が撮ってるかもしれないし。そしたら焼き増ししてもらうから。さ、次に行こう!」 方向転換し次の水槽へと歩き始めるハルカ。その言葉にシュウは少しだけ笑って後ろを追いかけるのだった…。 「点呼取るぞ!1グループ!」 「全員いまーす!」 バスに戻ると担任が点呼を始めていた。班長がメンバーが全員いるか確認し、先生に呼ばれた時に全員いるか居ないかを叫ぶ。 流石に夜とあってか既にバスに入った生徒は数人眠りこけている。その数人にもちろんハルカも入っていた。 「ハルカー!!」 「はいぃ!」 「お前点呼くらい起きとけ。お前の班全員に居るな?」 「え?えーと…」 眠気眼の目をこすりながら立ち上がり後ろの席の友人3人を確認する。 「全員います!」 「よし。えーと最後のグループ…いるか?」 シーン……誰の叫び声もしない。変に思ったのかバスの中は少しどよめく。 「最後の班…って、シュウの班だろ?シュウは?いないのか?」 担任の目線と共に慌てて自分の横を見るハルカ。本来ならいるはずのシュウの姿が確認できない。 「それがいないんです。先にバスに乗った確認したんですけど…。」 シュウの班の男子が状況を説明する。その時息を切らせた状態の男子が1人飛び込んできた。 「遅く…なりまし…た……。」 「班長のお前が遅れるな。良し、全員そろったな?いないやつは声を出せ!」 「先生そのギャグ古い。」 「古いのか?!」 生徒とのジェネレーションギャップを感じた先生が落ち込む中バスは発進した。それと同時にシュウがハルカの横に座る。 「珍しいわね。シュウが遅れるなんて。バスでも間違えた?」 「君じゃあるまいし…そんなへましないよ。」 「心配してるのに失礼かも。」 剥れたハルカはシュウから目線をそらす。それを見たシュウは少し笑ってハルカの膝に何かを置いた。 「何?これ?」 「開けてみるといい。」 置かれたの今までいた水族館のロゴの入った葉書を入るような袋。シュウに言われるがままその袋を開けてみる。 「これってポストカード?…あ、ペンギンだ。」 袋の中にはポストカードが一枚。それもハルカの撮ろうとしていた水槽のペンギンたち。 「帰りがけに土産ショップで見かけて。君といたんじゃ買う時に止められそうだったから。」 「だからバスに帰って…私が寝た後に?」 「そう。手乗りサイズの縫いぐるみでも良かったんだけど…ほら。」 シュウが指差す方向にはペンギンの縫いぐるみを持った男子がいた。 「クラスの人間とダブるなんて面白くないだろ?」 「んー…その意見一理あるかも。」 「だからポストカードにしたんだよ。ちょっとばかり遅れそうにはなったけど。」 「ありがとう…思い出の品だね。」 「君の言うように思い出は胸にあれば良い。でもその思い出に関する品物があったほうが思い出はより深くより長く思い出でいられる。」 「うん…ありがとうシュウ。」 「どういたしまして。」 「修学旅行も後ちょっと…また新しい思い出作るかも。」 「悲劇の思い出にならないことを祈るよ。」 「うー…一言多いよ。」 落ち込んでる君は見たくない。 でも自分の知らないところで落ち込まれるよりはましだと思った。 だけどやっぱり君には笑ってて欲しいから。 to be continued... 作者より… 水族館ネタです。夜に水族館に行くというのは 私の修学旅行と全く一緒です。 ネオンとか夜景がすごく綺麗で印象的でした。 中のことはさほど覚えてないです(笑) ただ、フラッシュをたくのは止めた方が良いと 先生が教えてくれたことは覚えています。 案の定写真がすごくもったいない事になってました。 水族館と言う落ち着いた雰囲気ですから 修学旅行中に一回くらいは落ち着いた雰囲気の 二人がいても良いじゃないのか? と言う感じで書いたんですが、 それが伝われば幸いです。 2005.11 竹中歩 |