「やっぱりさ、京都来たんだから和物系食べたいよね!」
「私あんみつ食べたい!」
「賛成かもー!」
「じゃ、決まりだね。」
 鳳炎学園中等部は京都三日間の自由行動2日目を迎えていた。ハルカ達のグループは久々に仲の良い男子グループと離れ、女子のみでの雑貨屋や飲食店めぐりを大いに満喫していたが…
「あ……」
「ん?どうかした?ハルカ」
 ハルカの様子が途中から大きく変化する…。
 自由行動はまだ終わってはいない。






『修学旅行へ行こう!〜昨日の敵は今日の…?〜』






「やっほー!今日面白いお菓子見つけたから食べよう!」
 その日の夜、シュウたち男子グループの部屋にハルカのグループが押し寄せてきた。就寝時間までなら男女の部屋を行き来することは止められてはいない。これが公立だったらまずありえない話だろう。エスカレーター式で顔なじみが多いからこその特権とも言える。
「………」
「シュウ、どうかしたか?」
 1人だけ何かを探すように視線の落ち着かないシュウに男子が不思議そうに問い掛ける。
「ハルカ君がいない…」
「え?あー。またハルカちゃんのことだから廊下でも走って先生に怒られてるんじゃないのか?」
「あ、俺もそう思う!」
 男子数人はけらけらと笑う。いつもならシュウもその意見に同意しただろう。しかし、なにやら女子の空気が重い。
「いや、ハルカは…部屋に篭ってる。」
「はぁ?ハルカちゃんが?飯の時いたじゃん。」
「居たけど…元気なかったでしょ?」
「それは僕も気づいてた。何かあったのかい?自由行動から帰ってきて全然話をしてないんだけど。」
 男子でシュウだけが気づいていたハルカの違和感。それを指摘された女子の1人は大きくため息をついて全てを話し始める。
「事の発端はね、今日の3時くらいだったかな?どこか甘味所へ行こうて話しになって盛り上がってたんだけど、行き成りハルカが立ち止まったのよ。その時の顔は驚いてた。」
「驚いてた?何か良いもんでもあったのか?」
 『そんなことで落ち込むわけないでしょ!』と言われその男子は語り始めた女子…つまり彼女に小突かれる。その二人を見て今度はメンバーで唯一大人しい少女が話し始めた。
「なんていうのかな…脅えたに近い驚き方。ハルカちゃん…一人の男子を見て慌てて私の後ろに隠れたの。」
「男子って…鳳炎の?」
「違う学校の人。その人たちもグループで行動してて私たちの横を何事もないように通り過ぎた。でもハルカちゃんすごく脅えてた…。私をつかむ力が半端じゃなかったんだもん。」
「何だよその男子って?」
「それを話してくれないの…。唯『あいつとは一生会いたくなかったのに』て言ってた。で、元気なくなって…部屋で1人になりたいからって言うから私たちが出てきたの。」
「なんだよ…それ…」
 男子の部屋に扱った男女8人は頭を抱える。ハルカはどちらかと言うと嫌なことがあっても抱え込むタイプではなく、カラオケなどに行って発散するタイプ。確かに過去何度か落ち込むようなことはあった。そしてその場合はどうやって解決していたか…
「力になりたいけど…話してさえくれないだったら俺たちにはどうしようも…」
「だよね…。私たちでさえ無理なんだから…」
「てことはやっぱり…」
「…僕に行けって事かな。」
 シュウ他7人の目が全てシュウに注がれる。確かにハルカの一番の親友はシュウだ。となれば話してくれる唯一の人材はシュウのみ。その目線を受けてかシュウは立ち上がり部屋を後にした…。














「うー…まさかこんな所であいつに会うなんて…最悪かも…」
 布団に包まって呻き声をあげるハルカ。その姿は蚕のように見える。そんな蚕、もといハルカたちの部屋をノックする音。
「ハルカ君?」
「シュウ?」
 さなぎから脱皮する虫のように布団を脱いでドアの元へと向かう。ギイと言う独特の音をたて開けたドアの先には案の定シュウが立っていた。
「どうしたの?」
「君が女子たちと一緒に来ないのは変だと思ってね。どうしたのかと思っただけさ。」
「……嘘。」
「嘘?なにが?」
「今日私に色々事件があってその理由を私が話さないからシュウが聞いてきてって話しになったんじゃない?」
 鋭い…いつもの鈍感なハルカではない。そんないつもなら気づかないでいたシュウのいつもと違った行動にさえ気づく程度ハルカは敏感になっている。
「どうしてそんなことを言うんだい?僕がその話を知っていると言う証拠は?」
「曲がり角の友人たち。」
 ハルカが指差した方では姿すら映っていないものの複数の影がうごめいていた。
「全く、静かにしていない友人たちだ。」
「はぁ…やっぱり皆に迷惑かちゃってたんだね。」
「分かってるなら話した方が僕は良いと思う。だけど話すか話さないかは結局君次第から強くは言えない。」
 けっして無理にさせないのがシュウの心情。公にはならない優しさと言ったところだろう。それを知ってかハルカは軽く笑う。
「そうだね。皆に心配かけちゃったらかそろそろ言わなくちゃ駄目だよね。話すわ…。」
 こうして二人は皆の待つ男子部屋へと足を進ませた。










「あのね、私が会いたくないって言ったのは紛れもなく今日見かけた他校の男子。その子よ。」
「見間違いとかじゃなくて?」
 ハルカはグループで一番男勝りな少女に事を話す。この少女が多分ハルカの女友達で一番信頼できる友人だろう。
「絶対に間違いない。顔もなんとなく面影残ってたし…それに鳳炎とは違ってネームがあったもん。見間違えるはずないかも。」
「それで?どうして会いたくないわけ?」
「それは…あいつが唯一私の過去を鮮明に知ってる奴だから…」


『ワタシノ過去ヲ鮮明ニ知ッテル奴』


 その言葉はシュウの心を動かすには大きな言葉。メンバーは時と共に神妙な面持ちになっていく。
「私の嫌な過去をあいつは傍にいて知ってたの。だから鮮明に知ってる。私は言わないでって言ったのにあいつは…あいつは…」
 その拳はフルフルと震えていた。怖さや悲しみではない。きっと怒りの気持ちがそうさせているに違いないとメンバーは察する。
「そっか…だから会いたくないのね。良く話したよ。ハルカ。」
 男勝りな少女はハルカの肩をぽんと叩きながら慰め、そしてその勇士に敬意を称する。
「小学校の時に転校して清々したのにまさかこんな所で会うなんて!最悪かも!」
「まぁ、このシーズンて京都は見ごろらしいから…全国から中学生集まっても不思議じゃないけど、そこまでの偶然てまずないよな。」
「本当」
 男子二人が大きく頷く。
「それに多分、街であったりなんかしたら絶対にそれを笑いながら大声で話すのよ。私が泣くの知ってるくせに!」
「………?」
 その言葉にハルカ以外のメンバー全てが首をかしげた。はて?どこかで聞いたことのあるような…
「ハルカ君…」
「ん?」
「その嫌いな男子って小さい頃君に結構いたずらとかしなかったかい?」
「そう言えばそうかもしれない…。私がミスするといつも傍にいてそれを面白がってた。」
 ハルカのその一言でメンバー全員が項垂れた。そしてハルカに聞こえないように小声で話し始める。






「それってさ…好きだから悪戯しちゃうっていう奴?」
「多分それだよね。」
「典型的にも程があるわよ。」
「今のこの時代にそれをやってる男子がいるとはね。」
「シュウ、お前はそれいえない。」
「お子様だったんだよ。きっと。」
「だけど、ハルカが脅えてることには変わりない。」
「ハルカちゃんのことどうにかするのが問題だよね。」







「皆?」
「あ、ごめん。多分街では会わないとは思うけど…」
「うん。でもなんか嫌な予感がするのよね…。」
 男子部屋に集まった少年少女は無理に頭を使って何とか打開策を考える。ハルカ本人に『それは好きだから悪戯してたんだよ』と言ってもいいのだが、多分鈍感なハルカのこと。『それはありえないかも!』と言って否定するだろう。それは打開策でもなんでもない。
「変装するとか?」
「変装って…どうやって?」
「例えばこんな感じ?」
 少女の1人が自分の髪留め用のゴムをジャージのポケットから2つ取り出し、ハルカの髪を耳より下の位置で二つに結わえる。そして、シュウに眼鏡を出すように言うとハルカにそれをかけてみた。
「ほら、優秀少女系。」
「うわぁ…ハルカちゃんに見えねぇ!」
「で、でも頭痛い…シュウのって度が強いのよ。」
「それに眼鏡しててもばれるときはばれるよ?それが昔好きだったじょ……」
 思わず1人の男子が言葉を滑らしそうになるが、幼馴染の少女と少年に殴りと蹴りを入れられた。
「ま、大丈夫だってハルカ。そいつが来た時は私たちが守ってあげるから。」
「そうそう。俺たちも極力傍にいるから。さすがにあまりそばにはいられないけど。」
「そうだね。男子と男子じゃ喧嘩になっちゃう可能性もあるし。」
「ね、皆味方だから大丈夫。」
「うん…皆ありがとう。」
「良かったいつものハルカに戻った。」
 メンバーはハルカに笑顔が戻ったことを大いに喜んだ。トラブルメーカー…ではなく、ムードメーカーのハルカはこうでないと面白くないと。
 その最中、安堵の笑みを浮かべるシュウに男勝りな少女は廊下に出るように合図を出す。
「まだ何か?」
「明日…もしそのハルカの嫌いな男子って奴が来たら多分助けられるのはシュウだけだとあたしは思ってる。」
「どうして?」
「その男子はハルカと自分しか知らない記憶っていうのを自慢したいのよ。」
「幼稚な考えだね。」
「見た目的に幼稚そうだったから…多分ね。だから、そう言うときは口が達者なあんたでなければ穏便に済ませないのよ。」
「そう言う事か…。」
「じゃ、明日なんかあったら連絡するわ。」
 少女はお休みと言わんばかりに手を振り、1人先に女子部屋へと帰っていった…。
「言われなくても…そうするさ。」















「結局…会わなかったね。」
「そうだね。もう京都から出ちゃったんじゃない?」
「普通は一日しか自由行動ってないからね。」
「うん。皆本当にごめんね。」
 少女たちの心配をよそに時間は瞬く間に過ぎていき既に時はお昼を過ぎていた。ハルカの天敵であるその男子の姿はおろか、同じ中学の人間たちも見えない。
「気取り直してそこの和風クレープでも食べない?」
「いいかも。私奢るよ。皆に心配かけたお礼。」
「いいの?ハルカちゃん。」
「うん。」
「…ハルカ…?」
 一瞬その男子の声にハルカは大きく肩を震わせる。
「今…誰かなんか言った?」
「いや、私たち誰も声出してないよ。」
 あたりを見渡すがそれらしき人物は見当たらない。しかし声だけがする…一体何処で?
「ちょっと待って…今あからさまに誰か私の名前呼んだはずよ。」
「あたしも聞こえた。でも…居ないよ?」
 見えない人の声にメンバーは耳を済ませてみる。
「あー!やっぱりハルカだ!」
 その声の主は…頭上からだった。
「!?」
 少女4人は不意打ちされた頭上の声へと目をやる。迂闊だった…クレープ屋の2階からしていた話し声。
 クレープ屋は2階が喫茶店になっているようでベランダがありそこがオープンカフェになっていた。そこから1人の少年が手を振っている。
「嘘…こんな偶然てあるの?!」
「最悪…」
 ハルカは頭を抱え込み目線を地面へと落とす。手を振っていた男子は同じグループの男子と思われる少年たちと2階から階段をつたい下がってきた。ハルカの心情を言うなれば『万事休す』。













「マジでハルカじゃん!」
 少年は嬉しそうにハルカへと駆け寄る。普通小学生の頃の人物というのは時が過ぎ、会わなかったりすると声がかけにくい。まして二人はたいして仲も良くなかったはずなのに少年は大きな声で会話をする。
「………」
「何?無視?さみしー!」
 相手にしないようにハルカは目を合わせない。丸で犬がいやなものを見たときあえてそのものが居ないように振舞うかのような行動。
「覚えてない?ほら、幼稚園一緒だった…」
「覚えてるわよ。」
「だったらどうしてそうやって無視するんだよ。」
 ハルカの覚えてると言う声のトーンは少女たちが聞いたこともないような低さ。よっぽど不快な気分だろう。
「何、知り合い?すげぇ、美人。」
 横に居た男子たちは面白そうに少年の話しに乗りかかる。少年は結構美形のいかにも軽そうな男子。だが他のメンバーはいたって普通の男子に見えた。
「知り合いも知り合い!俺とこいつは幼稚園の頃いつも一緒に居た仲だからな!」
「誰が一緒に居たよ!無理にあんたが傍に居たんでしょ!」
 ついにハルカがきれた。こんな切れようシュウとの間柄でも見たことがない。
「そういえばお前さ…」
「やめて…」
「何何?」
 男子の1人が興味津々で少年に詰め寄る。


「俺が幼稚園の頃、偶然家族で海でこいつに合ったんだよ。そのときさ…こいつ海辺で溺れて。助け求めてるのに母親は楽しそうに泳いでと勘違いしてハルカが沈みかけるまで気がつかなかったんだぜ。阿波踊りみたいで本当爆笑した!」


 少年は1人大笑いしているが…周りの男子の顔つきはどう見ても笑っているようには見えず…逆に『いい加減に気づけ』とサインを出している困惑した表情。
「え?」
「だから…あんたは嫌いなのよ…。人が引きずってる過去をそうやって面白く語って…あの時私がどれだけ本当に怖い思いしたか。あんただって私が溺れてたの気づいてたのに面白がって助けてくれなかったじゃない!人の過去からかわないでよ!」
 涙すら流していなかった物の京都という知らない人が多くいる土地で自分の過去を多くの人に知られてしまった。しかもそれが恥ずかしい過去ならかなり深く傷つく。ハルカはかなり赤面した様子で少年に大声を上げるとその場を足早に去っていってしまった。
 その行動に男勝りな女子がついに…切れた。
「こんの…ばっかじゃないの?!ハルカ戻ってこなかったら…どうしてくれんのよ?あの子方向音痴だから常に誰かと一緒に居なきゃいけないのよ?」
「だって、ガキの頃の話だぜ?普通気にするか?」
「あんたがそうしたんじゃないの?本来なら戯言で済む話をあんたが人に話して人を笑わせるもんだからハルカにとっては思い出したくない恥ずかしい過去になったのよ。」
「だって…」
「だって、だってうるさい奴ね。女子泣かすような奴にハルカをやれるかって言うの!笑わせてみなさいよ!あんたの過去、どうせ笑ったハルカいないんでしょ?…探すよ!」
 丸で娘を侮辱された父親のように少女は怒っていた。メンバーはいなくなったハルカを追うようにしてその場を立ち去る
「お前さ…探さないとやばいと思うぞ。」
「はぁ……」










「…シュウ…携帯なってるぞ。」
「予感がしたよ。」
 携帯電話を手にとり話し始めるシュウ
「もしもし?」
「《あたし!あたし!》」
「そろそろ来るころだと思ったよ。…偶然が起きたんだね。」
「《その通り。案の定出会ってしまったハルカは口論の末、逃走しました。》」
「はぁ…で、どっちの方行ったかわかる?」
「《今や中等部女子陸上の星とまで言われたハルカにあたしたちが追いつくはずないでしょ。》」
「だろうね。とりあえず僕らも探してみるよ」
「《お願い!》」
 ここで少女との会話が終了した。
「どうした喧嘩か?参戦するぞ!」
「いや…捜索部隊になってくれたほうが助かるよ。」
 携帯を閉じてシュウはハルカの検索を開始した。










「またシュウに怒られるかも…」
 ハルカはどれくらい走ったのかも分からず我に帰ったときはどこかの噴水の前へとたどり着いていた。
「こうやって迷子になったの何回目かな…」
 過去ハルカは数回迷子になり、全てにおいてシュウからお小言を言われている。しょうがないことではあるが今はそのお小言すら恋しい。
 目立つ場所にいれば皆に見つけてもらえると思ったハルカは噴水の袂のベンチに腰をかける。
「ま、携帯があるけどね。」
 携帯を取り出し自分が今何処にいるか友人に伝えようと通話ボタンを押す。
「…………でない?」
 空しいプルルと言う独特の通信音が流れ最終的には留守番電話サービスに接続される始末。その時思い出しただのだ。
「そう言えば…周りがうるさくて結構着信聞こえないって話したばっかりだっけ。」
 昨日話した会話を今振り返ったところで何の役にも立たない。とりあえずメールでも打って置けば誰か気づくだろうと、メールを打ち発信すると携帯をポケットへとしまう。
「はぁ…どうしてあんなことするかな…」
 1人たそがれ…あの男子はどうしていつも自分にちょっかいをかけるのだろう。まぁ今の鈍感なハルカでは気づくのにかなりの時間を要するのは分かりきったことである。
「んー……」
「いた。」
「…どうも。」
 探し当てた人物に軽く会釈をするハルカ。その行動に見つけた人物…シュウは呆れる。
「どうもじゃないよ。皆が必死になって君を探しているよ。」
「でも皆連絡繋がらない。」
「どうして?」
「着信が聞こえないみたいなのよ。周りの音のせいで。だから今メール打った。だから気づくまでここで待機してるほうが良いかも。」
「なるほどね…じゃ、待つとするよ。」
 ハルカの横に座るシュウ。案の定ちらほらと他校の女子がシュウを見ていた。これだけの美形だ。無理もない。
「こんな遠い場所でもシュウの美形は健在なのね。」
「あまり嬉しい物ではないけどね。」
「そう?」
「…会ったんだね…。」
「…うん。」
 やはりその表情は重くいつもの元気がない。
「私の嫌な過去って海で溺れたのに誰も助けてくれなかったことなの。そんな些細なことだけど、あいつがその話を人にしたらすごく笑われて恥ずかしい思いをして…その時にトラウマになっちゃったのよ。その話が。」
「どうして?」
「え?」
「話したくない過去なのにどうして僕になんか?」
「だって、友達にはばれちゃったし…シュウだけ教えてないのってなんか嫌だなと思ったから。」
 そんな二人の重苦しい空気に一人の男子が忍びよってくる
「ハルカ見っけ。」
「げ!」
 …案の定ハルカの天敵。
「お前さ、あれ位のことで泣くなよ。俺とばっちりじゃんか。」
「あんたが言うからでしょ!昔から言わないでって言ってるのに!」
「それはお前と俺がどれだけ仲が良かったか人に知ってもらうためで…」
「迷惑な話だ。」
 ハルカと少年の言い合いに漸くシュウが参戦する。その表情は…冷静と言う物ではなく…冷酷と言う物に近い。
「誰…?」
「私のライバル。」
「ライバル?」
「そう。私弓道やってるの。そのライバル。」
「で?そのライバルとやらにどうして俺がそんなこと言われなきゃいけないわけ?」
 あからさまにシュウを敵とみなした少年は食って掛かる。本当に予想通りな行動しかしない少年だ。単純と言うか純粋と言うか…こう言う所はハルカに似ていると思う。
「自分が嫌いだった人間に『君と僕は仲が良かった』なんていわれることだよ。ハルカ君にとっては迷惑な話だと思って。」
「本当迷惑かも!」
「……喧嘩売ってるか?お前?」
「売った覚えはない。真実を言ってるだけ。」
「言いたい放題だな…人の気も知らないで。」
「…当たり前だろう?」
「はぁ?」
「君の気なんて知らない。自分から話さず人に知ってもらおうとする心。そんな我侭知ったことじゃない。」
「お前…マジ殴るぞ?」
「ここで問題を起こして不利になるのは君じゃないか?君の服装からするとかなり問題児扱いされてると推測させてもらったよ。」
 シュウの言うとおり少年は髪を少々染めており制服も着崩している。多分学校では問題児と呼ばれる部類。
「自分で言うのもなんだけど、僕の場合は信頼がある模範生。ここで問題を起こせば有無を言わさず君1人加害者扱い。喧嘩なんてしないほうが君のためだ。」
「っ…。頭が良いってやつはこれだから嫌いなんだよ。」
 分が悪いように少年は殴りかかった拳を止め地面を蹴る。
「とりあえず、ハルカ君を含め…冷静になったほうがいい。熱いままじゃ解決策は見つからない。」
「了解かも…」
「へいへい。」











 少し揉め事を起こしかけていたその場所を離れ3人は噴水から少し離れた公園のジャングルジムの袂で再び話し合いを始める。
 幸い平日の昼間とあって人もまばらだ。
「冷静になったところ悪いけど…ここからは僕の話す言葉は一つもない。」
「え?」
「はぁ?」
 ハルカと少年はシュウの一言の意味がわからず混乱の声をこぼす。
「なんで?シュウ守ってくれる為に来たんじゃないの?」
「確かに守るとは言ったけど…傍から見ていて君たちは話し合いの場がなさ過ぎる。話し合いを持てば君たちの関係は解消されるはずなんだ。」
「お前…自分勝手て言われねぇ?」
「滅多に言われないね。君も…幼稚園児じゃないんだ。そろそろ言葉足りずの表現じゃなくて…本当の気持ち言ったらどうだい?」
「何でお前にそんなこと…」
「君と一緒だから…」
「は?」
「君の気持ちと一緒だから分かるんだよ。」
「やっぱりお前…」
「さ…ここで再会したんだ。話し合いを十分にするべきだと僕は思う。だから僕は席をはずすよ。」
「ちょちょちょ!シュウ!1人にする気?!」
「大丈夫。彼は君に危害を加える気はないらしいよ。すぐそこにいるから。」
 ハルカの気を知っていながらシュウは手を振り少し離れた売店へと入って行った。それは自分と同じ気持ちを持った少年のささやかな心遣い。















「話せって何を……」
「…あいつ俺と一緒なのかもな。」
「シュウが?何処が?」
「今のハルカじゃ無理かも。」
 少年はけたけたと笑いハルカをからかう。
「昔もこうやってお前からかってたっけ。」
「そうよ!あんたは昔私をそうやってからかって泣かせた。だから嫌いなのよ。」
「本当…今思うとバカだなって思う。汚名返上したくてもそれに気がついたときお前はもういなかった。」
「は?」
「転校する前に本当は言っておきたかったけど、お前俺と2人になるの必死で嫌がったから無理だったんだよ。」
「当たり前よ。何されるかわかったもんじゃない。」
 埒のあかない会話にハルカの怒りはそろそろメーターを振り切ろうとしていた。
「あの時俺、お前に告る気だったんだよ。」
「……………は?」
 鈍感娘の称号のあるハルカ。本来ならことの流れで気づいていい様な物だがどうやら気がつかなかったらしい。
「これマジ話。あるだろ?ガキってさ好きな奴いじめちゃうって。」
「見たことも聞いたこともあるけど…え?え?本当に?」
「久々に再会してダチ巻き込んでまで嘘言えるかっての!」
「え…本当に?」
「ああ。」
 見たこともない穏やかな表情で少年はハルカに全てを話す。
「それで、お前の嫌がることしたんだよ。好きだったから…。どんな形でもいい。お前の中で大きな存在になりたかったんだと思う。多分だけどな。昔の事なんて時間経てば忘れちまうし。だからあの話も人前でしてたんだよ。お前の事は他の奴らより知ってるぞって言う自己満足。」
「でも…そう語られちゃうとなんか全部の出来事が頷けるのよね。好きだから故て…でもでも!私…」
「ストーップ!」
 ハルカの返事を待たずして少年はハルカの言葉を止める。
「俺言ったよな?『好きだったから』て?」
「うん…だから…」
「はぁ…やっぱりハルカだ。」
「勝手に頷かないでよ!」
 懐かしさを感じたのか少年は先ほどより余計に笑い始めた。
「『だった』てことは…過去形なんだよ。昔好き『だった』てこと。」
「昔?…じゃ今は…」
「女友達としてなら好きだとは思うけどな。」
「じゃ、じゃ、何で街中で私に恥をかかせたの?昔のようにからかったんじゃ…」
「違う違う。単に本当に懐かしかっただけ。まさかまだ引きづってるとは思わなくって…悪い。」
 笑っていたのをとめ真剣な顔をして少年は頭を下げる。
「……なんか拍子抜けかも。」
「え?」
「あんたにこの街であった時すごく怖かった…。もう一度あの恐怖が蘇るって。だからあの話をも出だすのも怖かった。でも…あんたと話してバカらしくなっちゃった。今思えば普通に私の笑話になっちゃった。」
「お咎めは…?」
「ない。私もあんたの事一方的に怖がって話し合いの場をもたなかったんだから。おあいこさまよ。」
「本当…その切り替えの速さは相変わらずだな。」
「失礼かも!」















 売店からシュウは二人の様子を見守っていた。
 赤くなりながら何かを話す少年に目が点になるハルカ。最後には二人そろって笑っている。遠目から見ても分かった。やはり少年はハルカを好きだったのだと。
「彼の気持ち…なんとなく分かるからね。」
 そう呟いた時ハルカが自分を手招きしているのが見え、それへと駆け寄っていく。
「解決した?」
「半分くらいね。」
 単純なハルカと少年だから出来たのだろう。もう笑っている。普通はここまで上手くはいかない。複雑な心境を抱えつつその輪の中に入る自分。
「さぁて俺いかなきゃ。」
「え?…もう?」
「ああ。自由行動かなり計画崩れしたからな。担任ばれないように早く戻らないと。お前ら大丈夫なのか?」
「私のところは平気。」
「そっか…。俺のところはやばい奴が…て、来た来た来たぁぁ!!」
 今まで笑いいた少年の顔が見る見る変わっていき冷や汗さえ見えた。何かから逃げようと後ろを向いた瞬間。何かがハルカとシュウの目の前を飛んだ。


「こぉぉぉぉら!!」


 凄まじい勢いと共にそれが少年にぶつかる………少女だ。黒く長い髪の美人の少女。
「あんたって奴はまた他校の人と問題起こして!男子から連絡入ってきてみれば…人の彼女に手出して!あんたみたいなへぼ人間がこんな美形の男子に敵うはずないし、こんな美少女にも相手にされないっての!」
「まて!話せば分かる!」
「話せば分かるじゃない!!本当すいません…うちの男子が迷惑かけてしまって。怪我とかありませんでした?」
「いや…私はないけど…そっちの方が…」
 引きつった表情のハルカとシュウは自分たちの安否より確実に突進された少年の事が気になった。思い切り壁に衝突した気がする。
「あ、こいつの事なら気にしないで下さい。いつもの事ですから。さ、帰るわよ。」
「ちょっと待て!俺の話も聞け!」
 漸く少年はたちあがり、状況を説明する。
「別に人の彼女にちょっかいなんてかけてない!こいつは俺の…」
「俺の?」
 一瞬少年の言葉が詰まる。自分はハルカの友人とすら呼べる位置にいるのだろうかと…それを察してか少年ではなくハルカが事情を説明を始めた。
「小学校の頃の友達…かな。久々に再会して話しこんでただけ。だから気にしないでください。」
「知り合い…なんですか?」
「はい。色々と曰くつきの。だから別にあなたの彼氏をとった訳じゃありません。」
「ハルカ君…」
「え?」
 ハルカは気を使って彼氏をとるつもりはなかったと言ったつもりだろうが…それが新たに2人の仲を悪化させる。
「言っときますけど私こいつの恋人じゃないです。従姉弟です。」
「い、従姉弟ぉ?!」
「言ってなかったもんな。俺親父の出身地に転校したんだよ。だからこいつが同じ学校いてそれからずっと同じクラス。人数少ないからうちの地方は。」
「良く間違われるんですけど、全く違います。」
「その通り。」
「ごめん勘違いしたかも…」
「全く。君は本当変な早とちりをするんだから…。」
「わ、悪かったわね。」
 今度はシュウとハルカの仲が悪化する。
「それじゃ、俺ら本当にそろそろ行くわ。」
「なんか寂しいな…」
「ならメアドやるよ。これでメールできるから。」
「うん…。私たちも戻ろうか。」
「だね。そろそろ噴水の前に友人たちの血相を変えた集団が出来上がってる。」
「うわ!本当だ!じゃ…また。」
「うん。同窓会か何かでな。」
 こうしてハルカは因縁のある少年と話し合いを持ち…和解することが出来た。
「シュウもしかして…あいつの気持ち知ってたの?」
「みんな…なんとなく気がついてたみたいだよ。」
「うそぉ!」
「ほら、早く行くよ。」
 その後噴水の前に戻ったハルカを見て友人たちは歓喜し安堵の表情を浮かべたと言う。
















その夜…
「電話繋がらないはずよ。」
「え?」
「だってあの場所電波たってなかったもん。」
「え?じゃぁメールも届かなかったの?」
「そんな物来てないわよ。」
「ハルカ君…」
「あはは…ごめん。」
 無事にハルカが和解できたことを友人たちは総出で喜んだ。
「でも、どうして場所がわかったの?」
「簡単よ。女の子たちの『さっきの男の子かっこ良かった』て話を追いかけたらシュウにたどり着くのは目に見えてたから。」
「俺も同じことした。」
「シュウの容姿も役に立つんだね。」
「こんなことで役に立っても嬉しくない。」
 その時男女仲良く笑うメンバーの耳に携帯の着信が響く。
「あ、私のだ…。」
「誰から?」
「うん?それこそその男子よ…………。」
 最初は楽しそうにメールを見ていたハルカだがその表情はものすごい速さで豹変し直ぐに形態の電源を切ってしまう。
「ど、どうしたの?」
「なんでもない…。」
「なんでもないくないよ!見せてよ!」
「絶対に駄目かも!…とそう言えば皆はどうしてあいつが私を好きだってこと分かったの?」
「えーとそれは…ねぇ?」
「え?俺に振る?なぁ」
「えっとえっと…どうしてだろうね?」
「か、勘とか?」
「そそそ、そんな感じ?」
「そろそろいい時間だな寝るか。」
「賛成!」
 その言葉と共に男子は就寝支度を。女子は自室帰還支度を始める。
「え?え?ちょっと!」
「ほら、ハルカ帰るよ。」
「ちょっと待って欲しいかも!」
 無理やり引きづられる形でハルカは男子たちの部屋を後にした。
「言ったらどうなることか…な?シュウ。」
「ご想像にお任せするよ。」
「たく…『その男子の行動がシュウに似てたから気づいた』なんて言ったらお前絶対に何かするからな…。」
「悟られないようするのも苦労するよ。」
 こんな風に少年たちの苦労があったとはハルカは知らない…。












「全く…変メール送ってくるんだから。」
 女子部屋でみんなが寝静まった後、ハルカは布団にもぐりあの少年から届いたメールを見ていた。



件名:こっちじゃ初めて。
本文:今日はごめんな。あいつ…従姉弟も謝ってた。
   ところでさお前鈍感なところ直せよ。
   じゃないとシュウとか言う奴?可哀想だよ。
   精精苦しませるないようにな。俺と同じようにな。


「なんでシュウが出てくるのよ……」
 文句を言いながら携帯電話を閉じ、ハルカは少し遅めの眠りについた…。









 少年の気持ちがシュウにわかった理由なんてとても簡単。
 だって…自分と同じだったから…
 好きな子をからかうその心が一緒だったから。
 まだまだハルカもシュウも子どもなようで。


                                 to be continued...


作者より…

ありえないですね。ありえないからこそパラレルなんですよ。
もう非現実的なところは伏せてください。
なんか朝起きたら出来上がってたネタなんで。
それをそのままかいてました。
途中少年の性格が変わったことくらいでしょうか?
元々はハルカをからむ街の不良だっただけなんです。
それを救うのがシュウ。それをどうか間違って
ハルカの事を昔好きだった少年になりました。
性格も途中から尻にしかれてましたね。
まぁ、言わなくてもわかると思いますが、
少年がハルカの事を過去形にした理由は
今好きなことがいるからです。相手は言わなくてもご存知かと。
後はクラスメイトの友情?恋愛よりある意味こっちがメイン。
私の中ではハルカとシュウのクラスメイトは
皆仲が良いのです。お祭騒ぎ大好きクラス。
久々に学園もの書いた気がしました。
学園ものはありないものがあってこそ学園。
やっぱりそこが魅力的だと思います。

                 2005.11 竹中歩