自分のことは二の次の彼女。
そんな彼女だからこそ…僕は…




『修学旅行へ行こう!〜友人第一主義〜』




 鳳炎学園中等部の面々が学校から出発して早3日目。既に奈良の研修は終えていた。今日で奈良滞在も最後となる。
「あれ……?」
 シュウはきょろきょろあたりを見渡す。
「ここにもいないか…」
 そこは宿の談話室。生徒がおもむろに集まりオセロや将棋を楽しむ場所。しかし、シュウの探す『その人』は見当たらない。
 その人とは誰でもないハルカ。シュウは10分ほど前からハルカを探している。
「全員が体操服だから見つけにくいと言う点もあるけど…」
 見渡せど皆が同じような体操服。それは修学旅行では当たり前の風景。
 ちなみに着用している体操服は毎日洗濯されている。それは旅行先全てに全自動乾燥機付洗濯機が用意されているからだ。だから、着る物はそんなに持たなくてもよい。着た物は全て袋に入れてもって帰るという公立の考えなど軽く飛び越してしまっている。さすが鳳炎とでも言うべきだろうか。
「でも、やっぱりいない。」
 いつもならハルカは就寝時間ギリギリまで談話室にいるかシュウたちの部屋に遊びに来るかとワンパターンな行動をしているが、今日は見当たらない。
「まだ入浴中?それはありえないか。」
 自分が男子浴場から出た時にハルカも女子浴場から出たのを確認している。だからそれはありえない。その時、ハルカのグループの女子が目の前を通り過ぎる。
「あのさ、」
「ん?あ、シュウか。どうかしたの?」
「彼女を見なかったかい?」
「ハルカのこと?どうかした?」
「そろそろ班長会議の時間なんだけど見つからなくて…」
「あぁそっかもうそんな時間か。うーん…しょうがない。私が代理で行くよ。」
「代理でも良いけど、彼女に何かあったのかい?」
「ハルカは今保健部屋よ。」
 保健部屋…それは修学旅行中に作られた臨時の保健室。旅行中に悪くなる人間は必ずいる物で、そういう人間が行くところである。その少女の言葉はすなわち、ハルカに何かあったことを示していた。
「風邪でも引いたとか?」
「違う違う。ハルカがこんなお祭ごとで風邪引くと思う?」
「単純明快に生きてる人間ほどこう言う場合風邪をひきやすい。」
「確かに…言い返せない。まぁ、確かにハルカなら引きそうだけどその考えは当たってない。」
「怪我とか?」
「それも違います。ハルカは付き添いです。」
「付き添い?何で彼女が…」
「ハルカはうちのグループの保健係でもあるのよ。」
「班長なのに?」
「班長なのによ。ほら、うちのグループ一人足りないから必然的に一人が2つしなくちゃいけないのよ。それでじゃんけんに負けたやつってことでじゃんけんしたら…」
「彼女が負けたと。」
「そういうこと。本当は生活係とかの私が2つやった方がいいんだろうけど、ハルカが班長は夜のミーティングしかないし、保健の仕事も楽みたいだから引き受けるって。なんか燃えてたからね。修学旅行に付いては。」
「彼女らしい。」
「てことで、私が行くよ。どこであるの?」
「2階の大広間。筆記用具忘れないように。」
「はいはい。」
 そういうと少女は部屋に筆記用具を取りにいこうとした。が、足が途中で止まる。
「そうそう。」
「なんだい?」
「ハルカが保健部屋行ったって言ってから…」
「から?」
「眼鏡傾いたままよ。いつもはありえないくらい気にしてるんだから、気をつけなさいよ。」
 少女に言われて慌てて眼鏡を正位置へと戻す。
「たく、ハルカが関わると人間が変わるんだから。」
 甲高く笑いながら部屋へと行く少女。学校が6年以上同じと言うのは怖いと改めて思ったシュウだった…。











「飲み物買ってきたよ。」
「ごめんね。ハルカちゃん。いくらだった?」
「お金なんて良いよ。その代わり元気になった時に何か奢ってもらうから。」
 ハルカはいつものように笑って返す。笑って返された少女もつられて笑う。
 今回保健部屋へと担ぎ込まれたのはハルカのグループで一番大人しい少女。シュウのいるグループに好きな男子がいるがいまだ告白できないと言う状況を持ったため、修学旅行では女子のいい餌食になっている。この旅行中に告ってしまえと。
「本当ごめんね。普段は風邪なんて引かないんだけど。」
「大丈夫。人間なんだもん。風邪の一つや二つ引くよ。」
「もう迷惑かけてばかりだよ…。」
 元々大人しい正確なため余計に暗くなってしまう。そんな少女をハルカは引き続きなだめる。
「大丈夫だよ。熱だって微熱だし。先生が言ってたよ?水分とって薬飲んでよく寝たら明日の朝は大丈夫だって。ね?」
「うん。」
「あ、ごめんうるさかったかも。私部屋外そうか?」
「ううん。誰か居た方が楽しくて楽。」
「そう。」
 少女の飲み物と一緒に買ってきた自分の飲み物の封を開けるハルカ。
「ところでさ、ハルカちゃんはシュウ君のどこか好きなの?」
「ぶ!げほっ!えほっ!」
 少女の行き成りの発言に流し込んだ液体は上手く喉を通らず気管へと突入した。炭酸ではなかったのは幸いだが、痛いものは痛い。手元にあったティッシュを2、3枚手にとるとそれに咳き込む。
「変なこと行き成り言わないでほしいかも。」
「ごめんごめん。そんなに驚くことだった?」
「驚いたわよ。転校したての頃はよく聞いたけど、今でもその質問がクラスメイトから来るなんて思いもしなかったから。」
 普通ならここで『その話は勘弁して欲しいかも!』と言って話を止めただろう。しかし、風邪を引いたことで塞ぎこんでいた少女にやっと戻った笑顔にその言葉を言えず、ハルカはそのまま話を続けることにした。
「あのね、最初にてておくけど、シュウは彼氏でも好きな異性でもないからね?」
「うん。知ってるよ。だから何処が好きなのかってだけ。」
「いや、だからさ…」
「友達ってさ、どこか好きだから友達だと思うの。」
「…え?」
「友達ってさ、気づかないうちに好きになっていくから、一緒に居る時間が増えると思うの。」
 一瞬何の話だろうと思ったが、彼女の言うことはちゃんと筋か通っていた。好きなところがなければ友達とは呼べないのではないか?
「あのね、友達になった時には気づかないの。でもお茶したりおしゃべりしたり、メールしたりしてそのこと付き合いが長くなってきたら『私はこの子のここが好きなんだ』てわかるんだ。私はハルカちゃんのことハッキリしてるから好きだよ。あとは見てて面白いところ。」
「お、面白い?」
「うん。行動が予測つかないから。」
 あっけらかんと話す少女。好きといわれて少しくすぐったかったが、それ以前に面白いという言葉が引っかかる。
「だから、ハルカちゃんもそろそろシュウ君の好きなところ分かってきたんじゃないかなって。」
「好きなところ…ね……」
 少女に言われるまで友情関係で好きと言う言葉はまり考えもしなかった。考えてみたら友達は〜なところが好きと言う言葉が手はまる。それをシュウに当てはめてみろと?
「うーん…嫌なところなら思いつくんだけど…」
「それじゃ普通は嫌な人だよ。」
 困惑の笑みを浮かべる少女。
「頭がよくて、顔がよくて、スポーツが出来て、人気があって、人徳もあって…」
「それがハルカちゃんの思うシュウ君の好きなところ?」
「違う。今のが嫌いなところかも。」
 あっけに取られた少女は口が思わず開く。
「普通、そこが皆好きなところだと思うんだけど…。」
「多分、私だけだと思うけどね。何でも出来てすごくむかつくの。頭がよくて運動音痴とか、スポーツできてもバカって言うのが普通じゃない?なのに全部できるって本当に生きてるだけでそれ自体が嫌味かも。まぁ、口に出されて嫌味を言われているけど。だから嫌いなところばっかり!」
「すごい言い様ね…。」
「でもさ…」
 ふっとハルカの表情が変わったことに少女は気づく。
「それが全部ひっくるめてシュウなんだと思う。」
「ひっくるめて?」
「確かにあいつは嫌な奴で…私に対していつも嫌味ばっかり言うけど、それは全てにおいて筋が通ってるのよ。多分シュウは言葉に出すのが苦手なだけ。素直になれない奴。なんにでも一生懸命で…それに一緒にいると安心するし。もし好きなところがあるとすれば全部かも。きっとそれはシュウだけじゃなくて。友達皆ね。あでも、シュウに関しては皆とちょっと違うかもしれない。なんか…喜怒哀楽を分かち合いたいというか…ライバルだからその力があるとこが…あー!!なんかシュウに関しては上手くいえない。そんな関係ってことじゃだめ?」
「ううん。駄目じゃないよ。そういう関係もあるって聞いた。」
「良かった。変だって言われたらどうしようかと思った。」
 ハルカはホッとした表情を見せる。それを見ながら笑う少女。
「あ、薬の時間みたいだね。私先生に薬貰ってくるよ。」
「ありがとう。」
 少女に手を振った後、ハルカは意気揚揚と部屋を後にした。
「ハルカちゃん…それは友情じゃなくて…れん…」
 誰も居なくなった部屋で口に出そうと思ったがそれをすんでのところで止める。それは本人が気づくことだと少女は悟ったのだった。










「えーと…用法容量をと!わ!」
薬の注意書きを見ながら保健部屋に走るハルカはなにかに激突する。一瞬よろけたがこけるまでは行かず体制を立て直し、ぶつかった物を見ると、それは無様にもこけていた。
「大丈夫?シュウ?」
「なんとかね。」
「まったく、男子が飛ばされてどうするのよ。」
「前方不注意には言われたくないんだけど。」
「悪かったわね。」
「でも良かった。就寝前に会えた。」
「ん?何が?」
「班長会議の伝言。」
「あー!!会議ーーー!!」
「安心するといい。君のグループの生活係が代理で来たから。」
「そっか。後でお礼言っとこう。」
 体に冷や汗が走ったが、何の影響もないと知ると普通の汗へと戻る。
「先生に新たな伝言を言われたんだけど、彼女は帰ったあとだったから。なら直接君言ったほうが早いと思って。」
「そっか。で?伝言内容は?」
「明日は雨の予報が出ているから各自雨具持参でバスに乗り込むこと。」
「OK。」
「僕からは以上だよ。」
「うん分かった。」
「それじゃ僕は…」
 そっけない態度で部屋に戻ろうとしたシュウの裾をハルカがつかんでいる。
「なんだい?」
「今何時?」
「10時半。11時には就寝だね。」
「お願い…私を保健部屋まで連れて行ってほしいかも。」
「どうして?」
「だって、保健部屋の階…もう電気ついてなくてすごく怖かったんだもん。」
「そう言う事か。」
 ハルカは怪談があまり得意ではない。しかも、この宿は色々と曰付なのでそれがハルカの恐怖心そそる。
「早く行くよ。」
「ありがとう。」
 こうして2人は歩き出す。











「そう言えばさ、さっき友達にこんなこと言われた。」
「何を?」
 明かりに付いていない宿を歩く2人。
 この宿は4階構成になっており、保健部屋は4階の突き当たり。2人が先ほどまで居たのは2階の大広間である。その道のりは結構長い。
「シュウの何処が好きかって。」
 その言葉にシュウが躓きかけたのは言うまでもない。
「なんだいそのネタは?」
「いや、恋愛じゃなくて友達としてね。」
「ああ。そのネタね。」
「その子曰くね、友達は気がつかないうちにどこかを好きになってるから一緒に居ると楽しいんだって。だから私はシュウのどこかを好きなはずだよって。」
「で?なんて答えたわけ?」
 恋愛関係をのぞいてもこのネタは気になる。
「わかんなかった。」
「…は?」
「シュウに対して私はそんな物持ってないんだもん。分かるわけないかも。」
 さらりと喋るハルカにシュウは内心残念なような感情を覚えていた。
「あ、ついた。ちょっと待ってて。薬渡してくるから。」
「ああ。」
 ハルカが部屋に入ってシュウは少し考えこむ。友情関係ですら好きと言う言葉をもらえない自分は一体なんなのだろうと。
 そんな矢先、部屋の住人がひょこっとでてくる。
「シュウ君?」
「風邪は平気かい?」
「うん。後は寝るだけ。」
「そう。で?うるさい彼女は?」
「それが布団敷きかえるって中で張り切ってる。」
「彼女らしい。…ところで友情関係の好き嫌いを彼女に持ちかけたのは君かい?」
「え?ああ、多分そうだと思う。ハルカちゃんから直接聞いたの?」
「うん。僕に対してはそんな感情持ってないから分からないといわれたよ。」
 笑って返すシュウに少女は首をかしげる。
「わからない…か…。そう言えば最終的にはそうなったっけ。」
「最終的?」
「うん。…しょうがないな。ここまでハルカちゃんを贈ってきたご褒美に教えてあげる。」
 部屋の中で布団を強いているはるかに聞こえないように少女はシュウにハルカの言葉を伝える。


「ハルカちゃんは一箇所を好きにあることは無いみたい。もし好きな場所があるとすればひっくるめて全部が好きなんだって。でもそれって…ねぇ?」
 少女は笑みを浮かべてシュウに話す。それを感じ取ったのかシュウも軽く笑う。
「本人が多分気づいてないだけ。だから、2人とも今のままで大丈夫。」
「確かにね。きっとそれは友情じゃないはずだけど…彼女はそう言うところ鈍感そうだから。」
「恋愛話好きなくせにそういう所は鈍感か。気づかないってことは…初恋かもしれないね。」
「まさか。」
「布団敷けたよー!…て、何2人で話してたの?」
「なんでもないよ。」
「えー!なんかありそうかも。そうだ、私にもうできることない?出来ることあるならなんでも言ってね。」
「うん。平気。」
「そう。それじゃ、私たちは部屋に帰るから。明日また来るからね。」
「おやすみー。」
「そうそう。」
 少女とハルカの仲ではもうおやすみの合図を送ったというのにそれを寸断するかのようにシュウが入る。
「そういえば…僕のグループの清掃係。君と話しが合うって喜んでたよ。趣味を分かち合える人間が少ないからすごく嬉しいって。今度古事記のことを話した言っていってさ。」
 その言葉に少女の顔があっという間に赤くなる。そんな少女の部屋を2人は後にしながら部屋へと足取りを進める。
「それじゃおやすみ。」
「あ、あ!おやすみ!ちょっとシュウ!!」
「なんだい?」
「あんた知ってて?」
「さぁ?何のことやら。」



全く君は自分のことには疎いくせに、
友人のことは一生懸命。
そんな君だから…
きらいじゃないんだ。


 

                                to be continued...


作者より…
奈良の夜と言うイメージでしょうか?
班員の少女が熱を出すという物語。
この少女は元々ハルカと同じ転入生で大人しい
性格の持ち主。だけとやる時はやる少女。
今回は友人メイン。
面倒見ながら恋話に花を咲かせるのは修学旅行の
醍醐味。それを2人にさせてみました。
この少女の恋も是非成就して欲しいものです。
シュウはこの少女の気持ちも、相手の男子の気持ちも
把握済み。だからあんなこと言ったんですね。
いやはや、いいね。夜の喋り場。

                     2005.11 竹中歩