隣にいるとどうしても目に入る…

  それは学校生活では『当たり前』の事

  だから目に入らなければ…

  余計に気になるのはそれより

  『当たり前』な事





  『隣同士』






  
  先日、この鳳炎学園地方にも記録的な台風が到来した。
  台風は全国に嫌がらせのような猛威をふるい、大きな爪あとを残した。
  …そしてその台風とともに夏も終わりを告げる…
  教室には涼しい秋風が入り込んでいる。そして今は5時間目が終る直前、
  眠りという悪魔に見舞われている生徒も少なくは無い。そして、
  シュウの隣の席の人物も例外ではなかった
  「(…そんなありきたりな格好で…)」
  黒板に書かれた大量の文字をシュウは色を変えながら書き写していく。
  流石美しい物が好きなシュウだけあってノートは見やすく且、美しい。
  そして書き上げると同時に眼鏡越しで隣の人物を視界に入れる。
  隣の席の人物『ハルカ』は社会の教科書を立てて顔が見えないよう
  ガードして机に突っ伏して寝ていた。どんな表情で寝ているかまでは
  流石に分からない。そのとき運悪く教師が問題を出した。小学生の時は、
  わかるのが嬉しくて手を上げていたが、中学にでもなると手を上げる生徒は
  滅多といない。そうなると大抵の教師は生徒を指定する。そして…案の定、
  その体勢の所為で教師から当てられてしまう
  「…ハルカ…起きろー!!」
  「………」
  教師の声に全く身動きを取らないハルカ。見かねた教師はハルカのもとまで
  歩いて耳元で大きく叫ぶ。シュウにとっては少し羨ましい行動ではあった。
  「ハルカー!!もう少しだから起きろー!!」
  「?!」
  教師の声は脳天にまで届いたらしく目を点にさせ物凄い勢いで立ち上がる。
  と、同時に机の上に立てておいた教科書が床にストンと落ちた
  「…眠いのはわかるが、どうせこのあとはもう放課後だ。もう少し辛抱しろ。」
  「…すいません…」
  照れの所為かハルカの顔は赤い。そして席につくと起こしてくれなかった、
  前の席の友人に八つ当たりを始める。
  その数分後、学校内には終了を告げるチャイムが流れる…






  
  放課後…
  弓道部の的場はいつもの様に静けさに包まれていた。
  だが、休憩となっては別。忽ち部員同士のお喋りで静寂は暖かい雰囲気へと
  変貌を遂げる。その中一人休憩を取らずに、まだ的と睨めっこをしている
  部員がいた。シュウである。委員会で遅れたらしく、その遅れを取り戻そうと
  しているようだった。
  「……あれは…」
  シュウはふと、部室から出て行く人影を発見する。部室には度々人間が出入り
  するため珍しくは無いが、その場合は正装が多い。しかし、その人物は制服なため、
  目に入ったようだ。しかも見覚えのある後姿。シュウはその人物を追っていく。
  「…この時間に制服かい?ハルカ君」
  「……ほぇ?」
  振り向いたハルカの気の抜けた対応に少し戸惑ってしまう。
  「…どうしたの?」
  「どうしたのって…まだ終了時間でもないのに制服を着て部室から出て行く
   生徒がいる…そうなると必然的に違和感を抱いて声をかけるのが普通だと思うけど?」
  「そんなものなの?」
  「…まぁ、君のように常識が通じない人にはいっても意味がないかもしれないけどね。」
  シュウがいつものように愛情表現の裏返しに使う厭味を混ぜてハルカに返事を返した。
  そして、怒った彼女の表情に供えて、見下した笑いを供えていたのだが……
  「そう…かもね」
  なんでもないように普通に返事が返ってきた。本来ならコレがちゃんとした対応の例だろう。
  だが、ハルカがそんな対応するのは天変地異が起こる前触れぐらいだ。
  「…気味が悪いね…」
  「何が?」
  「君が普通の対応をしているから……」
  「そんなことか。…まぁ今日は何言われても良いかも…とりあえず私今日は帰る…」
  心成しか肩を落としたようにも見えるハルカの姿。流石にこの姿を見たシュウは
  厭味をやめて普通に接する
  「何かあったのかい?」
  「…副キャプテンに『顔が悪いから今日は上った方がいい』て言われた…」
  「『顔が悪い』?…もしかして『色』が抜けてるんじゃ…」
  「ああ、そうそう。顔『色』がだ。という訳で強制送還させられるから…んじゃ、
   頑張って」
  ハルカは後ろ向きに手を振ってとぼとぼと部室を後にした。
  




  



  
  「(言われてみれば…顔色が悪かったような気もする…もしかして、
    机に突っ伏してたのもその所為か…)」
  「シュウ君いつまでそこにいるつもり?皆帰ったよ?」
  柄にも無く周りを忘れるほど考え事をしていたようだ。クラスメイト女子に
  現実へと戻される
  「…ごめん…」
  「別にいいけど…弓道の時は気をつけなよ?気を抜くと怪我しちゃうのはシュウ君も
   わかってるはずでしょ?」
  「そうだね…」
  「ハルカなら先に帰ったよ?」
  「知ってる…」
  その女子はハルカの前の席の女子。ハルカとかなり仲が良く、恋愛沙汰のエキスパート。
  「いつも一緒に帰るよね。二人とも…なんで?恋人でもないのに?」
  「友だちが一緒に帰るのが珍しいのかい?それに…彼女とは帰りの電車も方向も一緒だし
   第一彼女も一応『女子』だからね。終る時間の遅い弓道だから…。」
  「…ふーん…まぁいいわ。それじゃまた明日ね!!」
  その女子と別れてシュウも家路へと急いだ……










  次の日…遅刻の常習犯とも言われる彼女が朝のホームルームには顔を出さなかった。
  ハルカはホームルーム中かギリギリ遅刻でないような微妙な時間に教室に来る。
  学校にいるのはわかっているが、ホームルームまで他のクラスに行っているらしく、
  大抵、空笑いをしながら教室に入ってくるが、今日はそれすらなかった。
  それに今日は教師達の研究授業で午前中まで。あとは部活があるだけで、
  ハルカの好きそうな一日。なのに彼女は姿をあらわさない。
  そして……教師から特に何の連絡もないまま一日が始まりを告げる。

  放課後…シュウは携帯の画面をのぞく。いつも音や振動で教師に気付かれては困るので、
  バイブレーションさえ切っている。そして案の定、一通のメールが届いていた



  件名:今日の学校

  本文:なんか昨日から調子悪くて、家帰って速攻で寝たら
     起きた時の時間が…今日の朝10時だった(T_T)
     親は勝手に欠席届出しちゃってて風邪かも…(>ロ<)
     と言うわけで今日は休みます。暇だよ―!!


  

  「風邪かもじゃなくて…どう見たって風邪だと思う…」
  シュウは携帯の画面を見ながらため息を付いた。普通学生であれば、
  休めると思えば嬉しい物だろうが、彼女にとっては暇な一日らしい。
  滅多にいないが時たまいる『勉強は嫌いだが学校は好き』と言うタイプだろう。
  シュウは席を立つと部室へと向かう。そこではキャプテンが既に練習を始めていた。
  「やば!!もうそんな時間だっけ?」
  「いえ、まだ時間じゃないですよ。僕が早く来ただけですから。」
  「びっくりした〜!驚かすなよ!」
  「すいません。あの…キャプテン、お願いしたい事があるんですが…」
  「ん?」
  「今日…部活休ませてもらえませんか?」
  「え?どうかしたの?」
  シュウは少し考えると軽く笑い
  「ちょっと見舞いらしきものに行ってきます。」
  「らしき…もの?」
  「はい…風邪と言う事に気付いてない…おっちょこちょいな人のところに…
   お見舞いは病に臥せってる人のところに行く物ですから…風邪に気付いていないと
   言う事で『らしきもの』です」
  「…お見舞い…か。…いいよ、シュウは他の奴に比べたら出席率も良いし、
   今日は先生いないから何とかなるから。」
  「無理言ってすいません。」
  「気にするなって!ハルカちゃんによろしくな!」
  「はい…」
  御辞儀をしてシュウは駆け足で校舎の方へと戻って行った。
  「わざと『ハルカちゃん』て言ってやったのに…それすら気付いてないとは…
   ハルカちゃんの存在ってシュウの中でつくづく大きいな……」
  キャプテンが見上げた空には二匹のトンボが飛んでいたと言う…







  



  何故か…シュウは直接ハルカの家には行かず、まだ教室に残っていた。
  皆部活に参加したり、帰ったのだろう。人影は自分以外いない。
  「多分彼女の事だから……」
  シュウはハルカの机をのぞく。やはりと言う感じでハルカは勉強道具一式を
  机の中に置いていた。所謂『オキベン』と言う奴だ。鍵ツキのロッカーにも
  置いてあるようだがノート部類は全て机の中にしまい込まれている。
  「さてと…始めるかな。」
  眼鏡ケースから眼鏡を取り出してかける。そして、自分の席につくと、
  鞄から一冊の真新しいノートを取り出す。
  「まさか、間違えて持ってきたノートをこんな事に使うとはね。」
  シュウは今日書き写した分の授業の内容をその新品のノートへと写し始める。
  「彼女にノートを貸しても良いんだけど…僕のノートは彼女には見難いだろうからね。」
  …ノートの内容を書き写しているには変わりないのだが、書き写し方が全然違うようだ。
  シュウのは丸で参考書のように写しているようだが、真新しいノートには、
  見やすいように簡潔にまとめられていた。
  1時間経った頃だろうか…シュウは大きく背伸びをし、眼鏡を外しケースへと戻す
  「終った…電車の時間もいい頃だね。」
  書き写した真新しいノート、それにハルカの今日の授業分のノートを自分の鞄に
  しまうと、ハルカの家へと向かった。












  「暇かも……」
  自分のベットの上で誰に語りかけるわけでもなく、ポツリと言葉を零すハルカ
  本人は至って元気。だが、遅刻してでも行くと言ったにも拘らず、両親は今日は
  大人しくしている事をハルカに無理やり約束させた。おかげでこうやって
  無駄に流れる時間をどうやって過ごそうかと悩む彼女が存在する。
  父は仕事、母は急用が出来、夕方まで外出。弟に至ってはこの時間はもちろん
  学校だ。おかげで本当に家には一人である。
  「ヒーマー!!メールでもしようかな…でも皆部活中だろうし…あーもー!!」
  そのときだ。インターホンの高い音が二階にいる自分の部屋まで聞こえる。
  「(誰かお客さん来るなんて言ってたっけ…?)」
  家族ならチャイムしないのはわかっているし、人が来るとしても、微妙な時間である。
  ハルカはリビングにある対応用の電話にはでず、自分の部屋から外をのぞく。
  …立っていたのは鳳炎高校の制服を身にまとった明るい緑色の髪をした男子。
  「ななななな!!!なんで?!」
  思わずカーテンを閉める。状況が上手く掴めない。なぜ、どうしてシュウが自分の
  家の前にいるのだろう?部活中のはずでは?とりあえず気を持ち直して、玄関へと向い、
  扉を開ける。
  「…どうかしたの?」
  「…無粋だね…来客にいきなり為口かい?」
  その言葉にカチンと来たハルカは大きく息を吸い込み、ファーストフード店で
  無料で売っている様な笑みで
  「いらっしゃいませ!父か母に用事ですか?大変申し訳ございませんが、両親ともに
   不在でございます。私でよければ伝達承りますが…?……コレで文句ある?」
  「…いや…僕が悪かった…」
  「全く…病人に気を使わせないでほしいかも。」
  昨日とは打って変わってハキハキとしたハルカがそこに存在する。
  「昨日よりは元気そうだね……」
  「そりゃ、15時間も寝れば流石によくもなるわよ。逆に寝すぎで頭痛いくらい…」
  「そう…。」
  「それで?用件は何?メールじゃいけないことなんでしょう?わざわざ
   来るくらいなんだから。それとも、リアルで厭味でも言いに来たの?」
  「病人相手に流石の僕でもそこまではしないよ。コレを渡しにね…」
  シュウは鞄の中から数冊のノートを取り出す。
  「これって…私のノート…」
  「あとコレだね。」
  その数冊ノートの上に自分が先ほど書き写した真新しいノートを渡す。
  「…なに…これ?」
  「…今日の授業の分のノート。コレに書いてあるから。あとは自分なりに
   ノートの書き写せばいい。」
  「それのために今日来てくれたの?」
  「残念ながらそう言う事だね。」
  いつものように肩を竦ませて見せるシュウ。
  「…ありがとう……」
  「どういたしまして。それじゃ…僕は帰るから…明日はせいぜい遅刻しないように
   気をつけて学校に来るように。毎度毎度ノートを写せるわけじゃないから…」
  「うん…また明日学校で…」
  二人はいつものように帰りを分かれるときのように明日への約束をする…










  …次の日…

  季節の変わり目はなんと言うひどいことをするのだろう?
  再び学校にいる数人の生徒たちを眠りへと誘う。
  そしてシュウの隣の人物もまた、例外ではなかったが、今日は勝手が違う。
  昼休みに風邪薬をのんでいた。大抵の風邪薬は眠気を誘うようになっている。
  単純なハルカの事だ。誰よりも薬が効きやすいだろう。
  おかげで一昨日以上に深い眠りについていた。そして、また運悪く、
  教師が問題を出す。体勢の一番危険なハルカが当てられる事はクラスメイトの
  殆どが気付いていた。と、そのとき…珍しく問題に手を挙げる人物が現れる
  


  「…それじゃ…この問題はシュウにやってもらおう…」



  隣で寝ている人物にシュウは少し笑いかける。










 
  君がいなければその席は何の意味もない

  隣同士である意味がない

  寝ていても君はいて欲しい…

  だから…今日は…


  特別に寝かせておいてあげるよ…
 





                              END



  作者より…

  隣同士で直ぐにネタが浮かびました。
  ハルカを寝かせるためにあえて自分が犠牲に。
  まぁ、実世界にそんな人物がいるとは思いません。
  少女漫画的お話ですね。
  あと、ノートですが普通なら次の日にでも見せれば
  良いのでは?思う方多いでしょう。
  あえて言うなればあれは口実です
  いきなり何も持たずハルカの家に行ったら、
  何のために来たのといわれたときに答えにくいので(笑)
  『君に会いたかったから』言う筈がない。
  だから口実作るためにね。
  いろいろな不可解な点が多いと思いますが、
  なんでもありの少女漫画的恋愛だと思ってみて
  やってください。

              2004.11 竹中歩