その日を境にその子は図書室からいなくなった…

  きっと…

  本では語り尽せないほどの

  何かを見つけたのだろう…








  『部活の練習』






  「終った〜!」
  少年の背伸びとともに発せられる声は教室の雑然とした音でかき消される。
  ここは全国でも少しは知られているエスカレーター式の学園名前は『鳳炎学園』。
  自由な校風に守られた大きな学園都市としても有名。
  ちなみに舞台となっているのは中等部の教室。今日は教師達の研究会議という事で
  半日授業である。
  「どうする?やっぱ、カラオケでも行く?」
  「俺賛成!久々だよな!シュウは…?あれ?」
  「あいつならとっくの昔にいつもの場所に行ったよ。」
  「あいつも好きだよね…『図書館』。」
  数人の男子が声をかけようとした相手『シュウ』は既にその場には存在していなかった。
  向かった先は鳳炎学園内に存在する図書館。書籍数は市立図書館を上回るほどである。
 


  『シュウ』…この鳳炎学園弓道部に所属する男子。クールという言葉がよく似合い
  男子からの信頼もあり、女子からも人気があるという憧れを一身に受ける少年、
  それが『シュウ』だ。
  「今日は…ミステリーにでもしようかな…」
  シュウは棚分けされた図書館の本棚からミステリーの種類の本を一冊選ぶと、
  いつもの指定の席窓辺の温かい椅子へと腰をかける。
  シュウの髪は少し濃い緑。宝石に例えるとエメラルドといった所だろう。
  同じ色の瞳もそれ自体が本当の宝石のエメラルドのように見える。
  顔のつくりはかなりの物。同級生の女子が雑誌に応募するほどだ。そんな男子が
  窓辺で本を読んでいたら絵にならないわけがない。
  そんな少年に声をかける人物がいる。図書館の管理委員の女子だ。
  「今日も図書室で暇つぶし?」
  「…ええ。やることも特にないですし…」
  「部活でもすれば良いのに…部室は開けてくれるでしょう?」
  「一週間に一回は精神を休ませるようにしてるんです。」
  シュウは眼鏡越しでその少女と会話する。少女の制服からその少女が高等部に所属して
  いるのは歴然だった。
  「私が中学の時とかは皆で喫茶店とか行って喋ってたけどな…でも、男子は違うのかしら?」
  「似てると思いますよ…でも僕の場合は本が好きですから。」
  中等部・高等部は一週間に一回部活のない曜日がある。そんな日には大抵シュウはこの図書館で
  電車が来る時間まで本を読みふけっている。そして、その部活のない日の図書館管理者は
  この女子で、何時の間にかこうやって話すようになっていた。
  「すごいよね…私なんて暇つぶしでこの委員になったんだよ?」
  「暇つぶし…ですか?」
  「そう。私ね家が遠くて部活が無い日とかは電車の時間まであるから暇つぶしにね。」
  「やっぱり、図書室の利用の人ってそんな感じなんでしょうね。」
  「かもね。君はどこから通ってるの?」
  「絵南です。だからあと一時間は電車は来ません。」
  「遠いね…私は金澄なのよ…。」
  「僕より遠いですね。」
  「でも…今月で私の当番は終わり。来月から違う子が入るわ。」
  「そうなんですか…ご苦労様でした。」

  結局そんな…会話が毎週繰り返されていた。












  そんなシュウにも少し気になる少女『ハルカ』が現れ、少しずつ周りは変化し始める。
  
  再び訪れた部活の無い曜日…
  「あれ……ハルカ君は?」
  「シュウ…またハルカって…」
  話し掛けられた少女は軽く頭を抱える。
  「今まで女子に興味の無かったシュウがハルカに興味を持ったってことは凄い奇跡だと
   思うわ。だけど、そこまでハルカのことばかり気しなくても…」
  その少女は転校してきたばかりのハルカと一番仲のよい女子。ちなみに同じ弓道部だ。
  「いや、そう言うつもりでいったんじゃないんだ。ただ、電車時間までどうやって
   時間潰すのかと思って…」
  「そっか。二人とも絵南方面だもんね。でも、それは世間では気にしてるっていうん
   じゃないの?」
  「まぁ、別に僕が心配するようなことではなかったね。それじゃ…」
  「いや…でも、今ハルカのやってることに少なからずシュウは関わってるわよね…」
  「ああ…言われてみればそうだよな…」
  何時の間にか会話に入ってきた男子。それはその女子の所謂『彼氏』という奴だ。
  同じ弓道部同士なので、大抵一緒に部活をしていることの多い学校公認のカップル。
  「どう言う事だい…?」
  「昨日シュウ、ハルカに『君は他の人より練習するべきだ』て言ったでしょ?
   ハルカ気にしてるんだよ?…だから、一人で部活行っちゃったわよ。まぁ、うちの
   学校はそう言うのは全面協力だからね。部活したいといえば部室開けてくれるから…」
  「まさか…彼女が?」
  「ああ見えて、努力家なんだよね。勉強はさて置き、他の子より一生懸命だもん部活。」
  「…はぁ。全く…」
  シュウは荷物を持つといつもの図書館の道のりとは全く逆の方向へ歩いていった。






  

  「なんで上手くいかないかな…」
  的場で的を射る少女が一人…それは今月にはいって転入してきた少女『ハルカ』
  少々の童顔だがスタイルも悪くは無い。むしろスタイルはいいほうだろう。
  顔も可愛いに属される。だが、性格に少し他の人と外れた観点を持っている。
  転入早々シュウと何らかの形で以前知り合っていたのだろう。普通にシュウと
  会話をして、クラスメイトを驚かせていた。理由としてはシュウが今までに女子に
  興味を持つということが無かったためではあるが…。まぁ、なんにせよ、彼女は
  必死で弓の練習をしていた。
  「絶対に…上手くなってやる…」
  「それじゃ、まだまだだよ…」
  「シュウ!?」
  自分ひとりしかいなかった的場に正装をして近付いてくるシュウがハルカの目に入る。
  「なんで?帰ったんじゃ…」
  「君ね…どっちにしろ僕は電車が来るまで帰られないからね。学園に残るしかない。
   考えれば安易に予想できる事だ。本当に…脳が運動をしていないね。」
  「はっきり馬鹿だって言えば良いじゃないの…で何?邪魔しに来たの?」
  「君を邪魔しに来るだけの労力を使うほど僕も馬鹿じゃない。」
  「…相変わらず厭味だけは旺盛ね…」
  「で、練習の賜物は…なっていないようだね。」
  的に漸く刺さっている矢を見てシュウは再びため息を付く。
  「始めたばかりなんだからしょうがないでしょ!全く腹が立つわね…」
  「君はまず、姿勢から治したほうがいい。」
  「姿勢…?」
  シュウはハルカの横で弓を射るポーズをとる。その姿だけを見に来る女子もいるほどだ。
  確かにその姿りりしくまた…美しかった。
  「やっぱり練習あるのみなのかしら?それともシュウみたいに絵になるような人
   じゃないと上手くならないとか…?」
  「後半に言った事はさて置き、確かに練習あるのみだね。コレばかりは…。」
  「そうね、最初からめげててもしょうがないかも!これから毎週この時間は
   私ここで練習する!」
  「…その場合は犠牲者が一人増える事を忘れないでほしい…」
  「犠牲者?」
  「君は部活を始めると、直ぐに時間を忘れて女子が帰宅するには危ないような時間に
   平気で帰る…しかも、一人で練習をすれば絶対に止める人がいないから、
   余計に遅い時間の帰宅になるのは目に見えているからね…」
  「つまり…?」
  「僕が付き合うよ…幸い僕も部活がない日は大抵図書館で時間を潰していた人間
   だからね。支障は無いけど…コレでまた静かな時間が減るというわけだ。」
  今回の言葉にはかなりの厭味がプラスされていた。だから、ハルカの反論も
  大きいと…睨んでいたのだが…


  
  彼女は凄く嬉しそうな笑顔を

  彼に向けていた……




  「その笑顔は一体…?」
  「だって、目標にする人物が側にいるとやりやすいんだもん!絶対シュウは
   付き合ってくれないと思ってたから…ありがとう!」
  「そのかわり、僕は厳しいからね…」
  「それは承知の上よ…」












  
  ここは図書館…

  「せんぱーい!私凄い美少年の子がいるからって聞いてこの管理引き受けたんですよ?」
  「しょうがないじゃない。来なくなった理由があるんだろうし。」
  私が図書館の管理委員を終えた時期にその子も姿を消した。
  いつも来ていた部活のない曜日…指定席の窓辺の席…そこは彼の席ではなく
  唯の空席となってしまった。
  噂によれば部活に出席しだしたとか…



    


  きっと…その子は…

  本では語り尽せないほどの

  何かを見つけたのだろう…



  本では言い表せない

  本より魅力的な…

  何かに…




                              END





  作者より…
  部活のない日別名『個人レッスン』です(笑)
  シュウは読書少年というのは作者の趣味です。
  多分図書館の常連さんだと思います。
  読む部類はミステリーからノンフィクションとか様々。
  まぁ、シュウのことですからなんだかんだ因縁つけて
  ハルカと一緒にいたいだけでしょう。
  手取り足取り部活?二人きりで?
  今更考えたら大変な物語だよこれ!
  …だけどまぁ、流石にシュウもそこまで度胸は
  ないでしょう。いや、あったら困るって…

  そして私の中にはシュウとハルカのことをからかう
  友人カップルがいます。
  名前まだきめてないんですが、そのうちだそうと思います。

              2004.11 竹中歩