「先輩! ジュンコがいないんです!」
 いつもの様に、共通委員会所属の友人に連れ去られてきた食堂。
 そこに飛び込んできたのは、中等部の男子でした。



探しものは何ですか?



「お、おま! 一番いなくなっちゃいけないやつだろうが!?」
「でも、どこにもいないんです!」
 慌てふためく中等部の男子と竹谷君。
 よほど大事らしい。
「今、一年にも手伝ってもらってるんです! お願いします! 一緒に探してください!」
「当たり前だろうが! つうわけで、俺行って来る!」
「あ、俺も行くよ!」
 そう言って、久々知君も立ち上がった。彼もジュンコという人と知り合いなのだろうか?
「俺も行こうか? 食べあげたし」
 パックに入ったコーヒー牛乳を一気に飲むと、パンなどが入ってい袋をゴミ箱へ捨て、尾浜君も準備を始める。
「じゃ、僕も手伝う」
 どうやら雷蔵君まで参戦。
 ふむ。ここまで来たのなら、私も手伝わねば。
「では、私もそのジュンコちゃんをやらを探しに……」
 すると、最後に席を立った三郎君が私の頭の上に手を置いた。
「お前は飯食ってろ。私らだけで行って来る。今日はもうここ戻ってこれないはずだから、ちゃんと綺麗にして教室いけよ?」
 パタン。
 寂しく扉が閉まった。
 ……初めて、彼等との間に壁を感じました。



「おや? の周りが静かだ」
「たまには静かですよ、友人」
 帰りのHRも終わって、生徒が教室からいなくなっていく。
 そんな喧騒の中、私は珍しく、帰りの身支度をしていた。
「どうかしたのー? あの五人が誰も来ないなんて珍しいじゃない? 今日は皆来れない理由とかなかったんでしょう?」
「まぁ、お昼までは普通でしたが、お昼からみんな予定が出来たようです」
「? 急用?」
「でしょうね」
 彼らの姿は結局昼休み以降見ていない。まだ、ジュンコちゃんとやらが見つかっていないのだろう。
「そうだ。君はジュンコと言う女性に聞き覚えはないかね? 多分、中等部だと思うんだが」
 あの少年が呼び捨てにしていたことを考えれば、たぶん中等部。
「うーん……ごめん、知らないわ」
「そうか。ありがとう」
 私より長くこの学校に在籍している友人が知らないのなら、私のほうが知らなくて当然か。
 みんな、大変だろうに。
「どうかしたの? そのジュンコって子が?」
「実は、中等部の見ず知らずの男子がその子がいないと竹谷君に言っていたのだよ。だから、気になったんだ」
 その言葉に、友人の顔が引きつった。
 そして、強く肩をつかまれる。
「うん! 関わらなくて正解だったよ?」
「え? 何で、そんなさわやかな笑顔なの?」
「えーと、あたしから言えるのは、とりあえずその中等部の男子が多分、伊賀崎君だってことかな。竹谷君に助け求めてた時点で、多分」
 目が泳いでいる。
 なんだ? 係わり合いになりたくないのか?
「もしかして有名な子?」
「うん、有名。ものすごく。そして、ジュンコもね」
「私は初めて聞いたが?」
「すごく羨ましいよ。……ん? てことは、今もまだ竹谷君とか伊賀崎君はジュンコを探してるの?」
「だと思う。一緒に探すって言ってた雷蔵君なんかも見かけてない」
 そう言うと、友人の顔が青ざめた。
 昼間見た竹谷君と同じ顔。
「じゃ、アタシ今日はさっさと帰るわ! あんたも早急に帰りなね!」
 良かったら今日はお茶にでも誘おうかと思ったのだが、友人は一目散に下駄箱へと向かった。
「一体、何事だ?」
 気づけば教室には私一人しかいなかった。



「さてさて、どうしたものか」
 友人は帰ってしまうし、久々知君たちも見当たらない。
 本当は捜索に出た誰かを見つけたら、手伝おうと言おうと思っていたのだが、見つからないのではお話にもならない。
 それに、
「三郎君にはやんわりと止められている気がする」
 あの時、私が行くのを制止した気がする。気のせいか、周りの皆もそう言う空気だった。
 と言うことは関わらないほうが良いのだろう。多分、私に関わって欲しくないんだ。
 でも、気になる。みんな知っているのに、私だけが知らないと言う事実が何となく嫌だから。
 確実にわがままだけど、しょうがない。
「んー、個人的に探そうにも、皆目見当もつかない」
 自分勝手に探すことは出来るだろう。でも、どんな少女かもわからなければ探しようない。
「……誰かに聞けばわかる……」

「ジュンコー! どこにいるんだ?」

 中等部の男子が今まさに自分が探そうとしていた人物の名前を呼びながら走っていく。
 これだ!
「少し待ちたまえ! そこの少年!」
「え?……」
 走り去ろうとする少年を必死に声だけで止める。
 おや? もしや一年生か? 制服が新しい。
「大変申し訳ない。私は。高等部二年。訳あって、そのジュンコちゃんとやらを探すのを協力したい」
「え? え?」
「慌てるのはものすごく良くわかる。見ず知らずの先輩にこんなことを言われるのは、それは驚くだろう。しかし、私も竹谷君達の力になりたいんだ」
 最初はおどおどとしいた少年。しかし、竹谷君の名前を出すと、朗らかに笑った。
「あ、竹谷先輩のお知り合いだったんですね! 僕は一年三組の『佐武虎若』です」
 なんとも強そうな名前の少年だ。虎とはかっこいい響きだと思う。
「おーい! そっちはー!」
「あ、三次郎!」
 もう一人、身長の似た男子がこちらへ近寄ってきた。
「三次郎! この先輩も一緒にジュンコを探してくれるって!」
「え? 大丈夫なの? この先輩?」
 あ、やっぱり私って懸念されるんでしょうかね?
 三郎君見たく、やはりこの子も私をジュンコちゃんという子に近づけたくないのか?
「竹谷先輩のお知り合いだって」
「あ、なら大丈夫なんだね! 初めまして! 僕一年三組『夢前三次郎』です」
「おや? と言うことは、二人とも同じクラスかな?」
「「はい!」」
「じゃ、庄左ヱ門君たちと同じクラスか」
「え? 先輩は庄左ヱ門知ってるんですか?」
「三次郎君には紹介してなかったね。と言うのが私の名前だよ」
「あ! 聞いたことあります! 綾部先輩の穴に落ちて這い上がれなかった先輩ですよね!」
 おうっ!
 そっちの意味で聞いたことがあるか……。
 はは、笑顔が痛いよ、三次郎君。
「じゃ、先輩も入ってくれるなら結構な人数になるよね? 尾浜先輩達も手伝ってくれてるみたいだし」
「うん! それじゃ、先輩探しましょう!」
 ぎゅっと手を虎若君に引かれる。
「探したいのは山々なんだが、私はそのジュンコちゃんの容姿を知らないんだ。探したいといっておきながら申し訳がない」
「あ、全然大丈夫です! 探してくれる人がいるだけでありがたいので! えーっとですね、ジュンコはとりあえず赤が目印です」
「ほう。赤」
 三次郎君がにこやかに特徴を並べてくれる。
「はい。全体的に赤い感じで、眼は比較的パッチリしてます。人懐っこいんですけど、いたずらが好きでよく逃げ回るんです」
「お転婆さんなんだね」
「そうですね。だからいつも伊賀崎先輩が手を焼いてます。僕ら飼育委員会もいつも手を焼いているんです」
 三次郎君が諦めたような笑いを浮かべる。大変そうだ。
「それで? その子はいくつ位の子なんだね?」
「え? いくつだっけ? 虎若覚えてる?」
「確か、伊賀崎先輩と同じくらいに入ったはずだよ?」
「その伊賀崎君はいくつ?」
「中等部三年生です」
「ふむふむ」
 つまりは全体的に赤いイメージの中三女子を探せばいいわけか。
 パッチリした目を言うので、顔は可愛いんだろう。
 可愛い子は男女問わず好きなので、是非お会いしてみたい。
 私を止めてくれた三郎君には悪いが。
 そんな時、けたたましい声が聞こえた。
「ジュンコがそっちに行ったぞー!」
 その声に驚き、私たち三人はその姿を探す。
「あ! 一平がこっちに来る!」
 虎若君が名を呼ぶ男子も真新しい制服に身を包んでいる。
 しかし、ジュンコが行ったという割には姿が見えない。
「孫次郎! そっちだ!」
「わかった!」
 校舎の影からもう一人の男子が飛び出す。
 あれま。また一年生らしい。
 この二人、何を挟み撃ちして……
「あ、逃げた!」
 孫次郎君が目線をこちらのほうへとやった。
 え? 逃げた?
 何……が……
「先輩、来ます!」
 身構える三次郎君。
 うん、すまん。私には無理かもしれない。
「ジュンコって、あれかい!?」
 真っ赤な体にパッチリとしたおめめ。
 口からちろちろと見える細長い舌。
 そして、滑らかでうねうねとしたライン。
 間違いない、あれは

「蛇かよ!!」

 三郎君の言ったことがわかった。
 女子だから、無理はすんなってことだったんですね。
 君の珍しい優しさだったんですね。
 他の友人が声をかけてくれなかったのも、同じ優しさだったんですね。
 皆さん、土下座して謝ります。
 すいません! 出すぎた真似をしました!
「あ、先輩のほうに!」
 虎若君がつかみ損ねた。
 なぜ、なぜなんだ! ジュンコちゃん!
 飼育委員の二人でなく私のほうへ来る!
 えーと、とりあえずつかま……

「ジュンコー!!」

 見事なスライディングをその少年は、私に見せてくれた。
 そして、その手にはジュンコちゃんが握られている。
「伊賀崎ー! 捕まえたかー!」
 お、竹谷君も来たか。
「はい! 捕まりました!」
 制服は泥だらけながらも、その少年はうれしさで涙を浮かべている。
 なんだ、友人の言っていた伊賀崎君ではないか。しかも、昼休みに食堂に飛び込んできた子だ。
「ああ、良かった! もう、本当に心配したんだぞ?」
 伊賀崎君の首に巻きついて舌を出し、頬ずり? をするジュンコちゃん。
 すげぇ、蛇が懐いてる。あの子。
「はぁ、今回は半日か。……あれ、? お前、何してんの?」
「ははは。ストレッチだよ、竹谷君」
 ジュンコちゃんを何とか捕まえようとして、差し出した右手は行き場をなくし固まっている。
 今更思うが、私は蛇なんて触れなかったんじゃなかろうか?
「伊賀崎先輩ー! 次からは気をつけてくださいー!」
「初島、悪かった。上ノ島も大丈夫か?」
「泥だらけになったくらいです」
 挟み撃ちをしようとしていた、一年生と思しき少年たちも、なぜか私の周りに集まってきた。
「あー、でも本当良かった。今、三郎たちにメールするわ」
 ようやく見つかったとでも、打っているのだろう。
 竹谷君たち、お疲れさまです。
「それにしても、なぜここに女生徒の方がいらっしゃるんですか?」
「へ?」
 目線をこちらへと向けてくる中等部の子は……なんだっけか?
「あ、すみません。自分は一年一組『上ノ島一平』です」
「ご、ご丁寧に。です」
 一組ということは、左吉君たちと同じクラスか。
 確かこのクラスって、ものすごく頭が良いって話。だから、礼儀作法もばっちりなのかも知れない。
「先輩はね、ジュンコ探すの手伝ってくれてたんだよ!」
 おおう……。
 今それを発表されたくなかったよ、三治郎君。
 私、蛇を探してたなんて聞いてなかったんだよ!
「へ? お前まで探してくれてたのか?」
「あは、ははは……うん、まぁ」
 竹谷君の目が輝いてる。
 あぁ! 何でここで強く『勘違いで女の子捜そうとしてた』て言わないんだよ、私!
 頼まれたら断れないとか、お人よしとかにも程があるだろ!
「そりゃ、悪かったな! でも、ありがとう!」
「いえ、どういたしまして……」
 あぁ、そんなに嬉しそうな瞳でこちらを見ないでくれ。
 蛇なんざ、出来れば関わりたくない。
 てか、見たことはあっても触ったことなんてないよ。
「あ、もしかして先輩って、竹谷先輩が話してた女子の方ですか?」
 一人、顔色の悪そうな子がこちらを見ていた。
 あれ? この雰囲気見たことあるような……。
「おお! 基本的にお人よしで、人の意見に流されやすいあのだ!」
 ぐはっ!
 竹谷君、後輩に説明してるんだよ。
 人の意見には流されやすいが、そこまでお人よしじゃねー!
「初めまして、先輩。僕中等部一年二組で『初島孫次郎』です。ジュンコを探すの手伝ってくれてありがとうございます」
「どういたしまして……ん? てことは、平太君と同じクラスかな? 整備の」
「はい!」
 なるほど。それで見たことのある雰囲気がしたのか。
 顔色が悪いと言うか、元気が若干なさげなこの表情。なんとなく平太君に似ている。
 てことはもしかして、クラス全体こんな感じなのかね?
「私からもお礼を言わせてください! ありがとうございます!」
 蛇を首に巻きつけた少年も、竹谷君と同じくらい……いや、それ以上の笑顔でこちらを見る。
「とんでもない。なんのお手伝いも出来ず、申し訳ない」
「いえ! そんなことはないです!」
 ああ! じゅ、ジュンコちゃんまでが近づいてくる。少年、そこでストップと何回も呟く自分。
「私は三年一組の『伊賀崎孫兵』です。この度はジュンコ捕獲に協力してくださり、本当にありがとうございます」
「いや、本当私役立たずなんで! もうこれからは皆の邪魔しないようにしますよ!」
「そんなことないぞ? この中で伊賀崎以外にジュンコを捕まえられる可能性が一番高いのはお前だから、邪魔じゃない」
「……今、とんでもない言葉聞こえたよ? 竹谷君」
「いや、だからお前は役立たずなんかじゃないって話」
「な、なぜ?」
 しゅるり。
 首にやけに冷たいものがまとわりつく。
「ジュンコは女子が好きなんです。女の子ですから、友達が欲しいんでしょう」
 にこやかに、私の首にジュンコちゃんを巻きつけてきた伊賀崎君。
 のぉぉぉ!!
 首に、首が、首で!!
「いやぁ、でもお前が蛇大丈夫で助かったわ。基本的に女子って蛇嫌いじゃん。だから、今まで誰も助けてくれなくてさ。女子がいれば比較的に捕まりやすいのに」
 あははと笑う竹谷君が恨めしい。
 うん。友人の言ってたことが良くわかった。
 ジュンコ=蛇が逃げたって言ったら、そら一目散に帰りたくもなるだろうよ。
 しかも、女子が好きとまで言われちゃ、余計に。
 だから、気のせいか学校内で女子をあまり見かけなかったわけですね。
「女子の方にお願いしても、皆さん逃げられてしまいますから」
 ははは。一平君。私もその一人になりたいよ。
 てか、蛇! 首に蛇!
「ジュンコはこの辺りの天然記念物ですから、乱暴に扱えないんです」
「だ、だから皆が必死に探してたわけですね」
 ジュンコちゃん。君、そんなにすごい蛇だったんですか。
 そして、三治郎君。できれば、説明しながらでも、この子を外して頂きたい。
「一応この学校で保護してるんですけど、時々今みたいに逃げちゃって。本当、先輩ありがとうございます!」
 そんな瞳でお礼を言う前に外して欲しいな。
 うん、虎若君。是非お願い。マジお願い。
「先輩って本当に良い人なんですねー」
 良い人じゃない。単にちょっと人の意見に流されやすいだけだ。
 だから、お願い。孫次郎君、君でも良いからとって!
「ははは。やっぱりお前、飼育委員に入れ」
「全力でお断りするよ、竹谷君。私は更衣室委員だ」
「そう言わずにさー。ジュンコ、こいつが傍にいればお前、嬉しいだろう?」
 細長い舌を出し入れしながら、こちらを向くジュンコちゃん。
 お母さん、保険証用意して置いてください。
 もう、娘は気を失います。
「確かに竹谷先輩の言うとおりかもしれませんね。頬ずりしてますし。でも、そろそろ私に戻っておいで、ジュンコ。お部屋に戻ろう」
 笑顔晴れやかに、伊賀崎君が手を差し伸べてくれる。
 ようやく、ようやく開放される。
 そう思ったとき
「あっ」
 一平君の小さな驚き声。
 それが耳に入ったとき、ジュンコちゃんはしゅるりと、私のカーディガンの中に入った。
 シャツの中じゃなかっただけ良かった☆
 なんて、言うとでもお思ったかー!
「先輩の服の中、入っちゃった。寒かったのかな?」
 虎若君。こんな時に冷静に判断しないでくれー!
 驚きすぎて、声も出なかったわ!
 そんなとき、ようやくジュンコちゃん捕獲に協力していた双子登場。
「おーい! 竹谷見つかったって……あれ? ジュンコちゃんは?」
「あ、雷蔵先輩。今、先輩の服の中ですー」
「は? お前のその動きって、民族舞踊じゃなかったの?」
 必死にジュンコちゃんを出そうとその場で何回もジャンプする私に、三郎君が真顔で答える。
 民族舞踊なんて、ここで踊って何の意味がある!
 とりあえず、いくらジャンプをしてもジュンコちゃんは出てこなかったので、私は固まるしかなかった。
 くすぐったい&気持ち悪いと言う最悪の感触が背中やら、腹やらを動き回る。
 泣きたい。
「八ー! 早かったねー! 兵助、早く!」
「勘右衛門、ちょっと待って……」
 遠くのほうから、捕獲参戦A組も登場。
 これでようやく、全員そろった。
 さぁ、ジュンコちゃん、早く出てくれ! 皆待っているぞ!
「あれ? 雷蔵、なんで挙動不審なの? いつもの迷い癖?」
「あ、そうじゃなくて。ちゃんの服の中にいまジュンコちゃんがいるらしくて、どうやって助けたら良いかと思って……」
「「!?」」
 あ、ようやく事態がわかる人間が来た。
 A組、頭良いって本当だね。空気も読めるんだね。
 そんでもって、助けようか悩んでくれていてありがとう雷蔵君。
 三郎君に関しては絶対に面白がると思って、当てにしてないよ。ほら、いつの間にか笑ってる。
「お、おま! 八! 早く助けてあげなよ!」
 竹谷君につかみかかる久々知君。
「えー、でも、は蛇、大丈夫みたいな話で」
「大丈夫と服の中に入っても大丈夫は別だ! 俺も服の中は嫌だ!」
 ありがとう、ありがとう、久々知君。明日、何としてでも冷奴もって来る。
 保冷バッグに入れれば大丈夫だと思うよ。
 そんでもって、蛇が大丈夫とか私は一言も言ってない!
さん、大丈夫?」
 尾浜君に声をかけられても、声すら出ない。
 高速で首を横に振る。
 絶対、私顔色悪いよ。むしろもう、気を失いたい。
「てな状態らしいよ。早く出してあげないと」
「でも、服の中だろ? どうやって出すんだよ」
「どうやってでも、だよ」
 尾浜君と三郎君があーでもない。こーでもないと言っている。
 いったい、どうすれば。
「あー! 先輩だー!」
 新たな声と、腰に回される手に驚く。
 ジュンコちゃんがつぶれる!
「き、喜三太君?」
「はいー。お久しぶりですー」
 はにゃっと言う笑顔に少しだけ、気が楽になった。
「中等部と先輩の校舎は遠いので、あえなくて寂しかったですー」
「そうか。私も寂しかったよ。そして、手に持っているのは、なにかな?」
 さーっと、私の顔からは余計に血の気がうせた。
 ぬるぬるとした薄茶色の物体。
「あ、これはなめさんですー。お散歩中だったんですよー」

 その瞬間、奇跡が起きた。

「あ、ジュンコ!」
 私のカーディガンから、もそもそとジュンコが姿を現し、すかさず伊賀崎君が首根っこをつかむ。
「ジュンコー! お前、先輩が好きなのは分かるけどほどほどにしろよな?」
 再び、感動の再会と言ったところだろう。
 とりあえず、ジュンコちゃんは私の服の中から脱出した。
 本気で、本気で、倒れるかと思った!
「あ、三竦みか」
 久々知君が呟く。
「あー……なるほどね。蛇の嫌いななめくじが傍に来たから、の服から出たってわけか。……お前、この一年に感謝しろよ?」
 笑いながら、三郎君が頭をぽんぽんと叩く。
 あぁ、そういう事ですか。
「……とまぁ、とりあえずこれで解決だよな! 、またなんかあったら……」
「はは。寝言を言うにはまだ早い時間だよ、竹谷君」
 この時の私は、きっと蛇より怖かったと思います。







作者より
みんなの結束は固いので、一緒に探してくれると思う。
ジュンコの脱走癖は健在です。因みにジュンコのイメージはジムグリと言う蛇。
2010.6 竹中歩