今日は平和と言う文字をかみ締めていた。
 食堂のメンバーはみんな理由があって忙しく、追いかけてこなかった。
 昼休みは友人をゆっくりご飯を食べられた。
 放課後も、やはり共通委員で忙しいとかで、私は久しぶりにのほほんとした日々を送っていた。
「やはり青春はこうあるべきだね」
 自販機で買ったお茶を手に教室に戻る。
 久々に今日は友人達とおしゃべりが出来る。これ以上うれしいことなんてない。
 なので、放課後だけど、一緒に残っている友人達のいる教室へと急いだ。
 しかし、今思えばさっさと帰ればよかったのかもしれない。

「チェスト−−−!!」

 大きく野太い男性の声。
 そのあとに、ものすごい勢いで後頭部に何かが当たった。
 そして、私の記憶は途切れたのだ。



何とかが、空を飛んだ



ー! ー!」
 ぼんやりする視界。
 別に気を失ったわけではない。記憶はある。どうしてこうなったかもなんとなく覚えてる。
 でも、はっきりはしていない。あぁ、私頭に何か当たったんだっけ。
 んで? ここはどこかな?
「……友人、叫ばなくても聞こえているよ」
「ありゃ? やっぱりの頭は頑丈だ」
「ふふ、そりゃ、頭だけは頑丈だもの」
 少しだけずきずきとする後頭部を抑えて、私は起き上がる。
 寝かされたのは覚えている。
 でも、
「ここは何処だね?」
「ここ? ここは生徒会室だよ」
「ん? 保健室じゃないのか?」
「保健室閉まってたんだよー。でも、新野先生が職員室にいたから、一応見てもらったよ。頭、大丈夫だってさ」
「おや? では尚更保健室ではないのか?」
「あー、それがね保健室の鍵を持った生徒が、犬に追いかけられて外まで行っちゃったらしくて。だからとりあえず、生徒会室に」
 ふむ。経緯はわかった。
「しかし、生徒会室に良く置いてくれたね。普通なら職員室とか、仮眠室とか……」
「それは、あんたの頭に物を当てたのが生徒会長だからだよ」
 きっと、睨むように友人は床の方へと目をやる。
 そこにいたのは一人の男子生徒。
 思い切り顔を床にこすり付けて、土下座していた。
「今回は本当にすまない!」
 あー、この前見たばっかりだこの光景。食満先輩の時と一緒だ。
「えーと、生徒会長さん? まぁ、顔を上げてください」
「それは出来ぬ! お前に怪我をさせたのは紛れもなくこの俺だ!」
 おやおや。食満先輩以上に熱血な方だ。食満先輩は、これで顔を上げてくれたのに。
 どうしようかと途方にくれていた時、友人が小さく耳打ちをする。
「潮江先輩はとりあえず、熱血だから、元気な姿見てくださいとか言ったら安心するんじゃないかな?」
 なるほど。では、そうしてみよう。
 少しだけ痛む頭を気にしないようにして、
「生徒会長。ほら、私元気ですよ? ベッドからも降りられますし。それに頭だけは頑丈なんですよ。
ほら、平気でしょう?」
 ベッドから降りた私はスカート軽く翻すような格好をして、先輩の前で力説する。
 これで駄目だったら……うん、帰ろう。もう私に出来ることはない。
「本当にすまなかった! 今後はもう、そろばんやら計算機は投げないようにする!」
「ちょ、ちょっとお待ちを!? 私、何が当たったんですか!?」
「えーと、先輩の後頭部に当たったのは、これです……」
 生徒会長の横で申し訳なさそう顔をしている生徒が差し出したのは計算機。
 あ、良かった普通の計算……機ぃ?
「こ、これ重いよ?」
「一キロほど、錘を裏面に貼り付けております」
「え? 私これが当たった?」
「はい。……僭越ながら、私もその瞬間を見ておりましたので……」
「さようですか……」
 そりゃ痛い訳だよ。
 これを、この体格の良い男子生徒が全力で投げたらそりゃ痛いわな。
 うん、生徒会長が謝るのも無理ない。
「あの、生徒会長? 本気で大丈夫ですから、顔上げてください。めんどくさいんで」
。心の声が漏れてるよ」
「おぉ、すいません。つい」
 あははと笑う私の声を聞いたおかげか、ようやく生徒会長が顔を上げた。
 ……酷いクマの人だ。少し『先生』と呼びたくなる。若く見えない、この人。
 よほど疲れているんだろうか?
「本当にすまなかった。体育委員会が面白がって、うちのそろばんを持ち出したものでな」
「あー、あの委員会ならしょうがないですね」
 体育委員会だけは知っている。とにかく無鉄砲でむちゃくちゃな委員会。
 その上、いつも物凄い勢いでバレーだのサッカーだのをやっている。
 むしろもう部活じゃね? と突っ込みたくなったことがあるのは秘密。
「それで、体育委員長の奴に、天誅として計算機を投げようとしたら……まぁ、お前に当たってしまって……」
「もう良いですよ。本当、頭だけは頑丈なんで。てか、友人よ。今何時かね?」
「ん? 五時前」
「なんと!? 一時間以上もこのままだったのか! 君以外の友人は?」
「帰らせたよー。心配してたけど、まぁ、帰りの都合とかあるじゃん?」
「そうか。それはすまなかった」
 明日友人達に、お詫びに何か持って来よう。
 バナナのカップケーキくらいなら家に帰ってでもすぐ出来るか。
「てことで、あんたが無事なら帰ろうよー。アタシお腹すいちゃった」
「そうだね。なんか食べながら話すつもりだったし。あ、腹の足しならあるよ?」
 なんか本当にもう、食べ物が入ってない日がない、私のカバン。
 友人がわざわざ運んでくれたであろう、自分のカバンを探る。
「はい。饅頭」
 中から出したのはラップにくるまれた、一口サイズの茶色いお饅頭。
「はいって、あんた女子高生のカバンから出てくるものが饅頭っておかしくない!?」
「何おう! 昨日必死で饅頭蒸した友人に言う台詞かね?」
「しかも手作りかい!」
 漫談の様な馴れ合いが友人と続くが、本当のことだ。
 親戚のおばさんが餡子を分けてくれると言うので、久々に作ってみた。
 家に黒糖もあったので、それを練りこんだ生地に餡子を包んで蒸せば出来上がり。
 饅頭は難しくないものであれば、結構簡単に出来る。
「これで少しは腹の足しにはなるだろうて。大量に作ってきたからね。えーと、生徒会長?」
「『潮江文次郎』だ。三年A組」
「潮江……? あぁ、そう言えば食満先輩がなんか言ってた先輩ですね」
 そうだ。生徒会長の潮江先輩と言えば、先日、食満先輩が必死に直してた看板を壊した張本人。
 確かにこの人が十キロのそろばんを投げれば、木の板くらいなら割れるだろう。
「お前、食満留三郎知り合いか!!」
 一気に怪訝そうな顔をする先輩。うん、本当に仲が悪いんですね。
 しかもA組とC組って、仲悪いところは本当に悪いからな。しょうがないか。
「まぁ、知り合いは知り合いですね。先日、今日の潮江先輩のように土下座されましたから」
「何ぃ!? あいつが土下座を!? その瞬間、是非拝みたかったな!」
 ……本当に仲が悪いんですね。お二人は。潮江先輩、豪快に笑ってるよ。
「で、話戻りますが、ここ、生徒会室ならお盆とかありますか? なんかトレーとかでも良いんですが」
「田村、茶を運ぶのに使う盆を持って来い!」
「はい!」
 先ほど、私の頭に計算機が当たるというのを目撃していたと言う生徒が動いた。
「はい、お盆です」
「うむ。ありがとう。そのまま持っててね」
「え?」
 カバンの中から大量に出てくる一口サイズの饅頭。
 いかん、さすがに作りすぎた。
「良かったら貰ってください。私達は少しあれば十分なので」
「お、お前自分が作ったものを、初対面のやつにやってどうする!? 普通は、親しいものに配るだろう?」
「食べる予定だった人たちが帰ってしまったんです。でも、どうにか消費したいと思うわけですよ。だからお願いします」
 潮江先輩が目を丸くして驚く。
 まぁ、作りすぎた私も悪い。
「えーと……田村……先輩?」
「あ、私は高等部一年B組の『田村三木ヱ門』と言います」
「い、一年……」
 あぁ、もうこれ以上一年とは接点を作りたくなかったのだが。
 いや、タカ丸さんは良いよ? 髪に関してはちょっとしつこいけど
 問題は綾部君なんだよ。
「先輩はなんと言われるのですが?」
「え!? えーと……私は……」
先輩、ですよね?」
 田村君と私の間に、キラキラとした眩しい瞳が現れる。
 ……可愛い!
「えっと、君は?」
「中等部一年三組『加藤団蔵』です! しんべヱや喜三太、庄左ヱ門に先輩の名前は伺いました! なんでも料理がすごくお上手とかで! だから、先輩の名前と、必ず食べ物が出てくるカバンと言うのを先ほど見て、確信しました!」
「あはは、そんな噂が……」
 ま、間違いではないよ? 間違いでは?
 でも、料理が上手って言うのは間違いですよ! 団蔵君!
「あ、なら先輩、富松って知ってますか?」
 ひょいっと、さらに顔を出してきたのは元気のよさそうな中等部の男子。
「え? あぁ、食満先輩と仕事してた真面目な子だね? うん、わかる」
「私、あいつと同じクラスの『神崎左門』です。すごい子どもっぽくて良い人だってあいつ言ってましたよ!」
「……そうか。ありがとう神崎君」
 富松君。
 今度会ったら、ただじゃおかないぜ?
「それで、君は?」
「え? 僕ですか?」
 この輪に入れず、立ち往生している中等部を見つけた。
 人見知りが激しいのだろうか?
「えーと、中等部一年一組『任暁左吉』……です」
「そうか、左吉君だね。君もおいで」
「?」
 手招きすると、ちゃんと言うことを聞いて、傍までやってくる。
 良い子だ。この子。
「え!?」
 思わず頭をなでてしまった。最初は驚いた表情をしていたが、いつの間にか顔が真っ赤。
 はは、抱きしめたいが、今日は我慢。私も本調子じゃないし。
 そして、一通りなでた後、潮江先輩の顔を見上げる。
「と言うわけで、潮江先輩。この後輩君たちと食べてください。饅頭、腐ります」
「し、しかし頭に計算機をぶつけた上に、菓子まで貰うなど……」
 あ、出会ったばかりの尾浜君の台詞思い出した。
 あの時彼も頭に扉ぶつけたのにお汁粉まで貰えないとか言ってたな。
 この学校、何気に皆律儀だよね
「なら、その謝罪で貰ってください。まぁ、甘いものが嫌いならしょうがないですが」
「僕は好きですー!」
 団蔵君が大きく手を上げる。
 うん、お姉ちゃん嬉しくて涙出そうだわ。
「というわけで、大丈夫そうですね。では、あとはよろしくお願いします」
 深くお辞儀をして、私はカバンを持ち、強引に友人の手を引いて生徒会室を後にした。
 きっと饅頭は大丈夫だろう。あの先輩なら……ね。



「潮江先輩。この饅頭うまいです!」
「わかった、わかったからさっさと食え。神崎」
 結局、潮江は謝罪のつもりで饅頭を食べることにした。
 三木ヱ門にお茶を入れさせ、全員で席に着き、丁寧にいただきますを言って。
「お饅頭を作る高校生ってあんまりいないですよね?」
「まぁ、先輩くらいの年齢なら普通はクッキーだけど、あの人なんか普通とずれてる感じはした」
 饅頭をもそもそと食べる左吉に返事を返す三木ヱ門。
 確かにちょっと時代がおかしい。
「でも、しんべヱが言ってたとおり、料理が上手な方でした!」
「うんうん。私も作から聞いたとおりだ! こどもっぽくて、良い人だ。饅頭くれた良い人!」
 良い人の基準はそこかよ、と三木ヱ門に突っ込みを食らう神崎。
 まぁ、結果はどうあれ、皆に茶菓子をくれた。
「今度、何かしらの形でお詫びと礼をちゃんとするか……」
 潮江はぽそりとつぶやく。
「あー!!」
「どうした!? 田村!?」
「今思い出しました! あの先輩って人、先日綾部の掘った穴に落ちた人だ!」
 そう言えば先日そんな事件があったなと、潮江は思い出す。事件の被害者か。
「あの身長なら出るのは難儀しただろう……」
「えぇ、そりゃもう難儀とかじゃなかったらしいですよ。這い上がれなかったらしいですから」
「えー!? そこまで深い穴に落ちたんですか? 僕も綾部先輩の穴に落ちたことありますけど、這い上がれましたよ?」
「団蔵。女子と男子では力が違う。お前は腕力などがあるだろうが、にはない」
「そっか。それは大変でしたね」
「なんだかんだって、あの先輩っていろんな人と知り合いなんですね」
 神崎はもう一個といって、饅頭のラップを外す。よほど気に入ったのだろう。
「基本的に共通委員の人に知り合いが多いんじゃないですか? なんか尾浜先輩とか、久々知先輩が必死に勧誘してるとかで……」
「何? それは本当か、任暁」
「え? はい。だから勧誘してるんだって彦四郎が言ってましたから。かなり料理が上手とかで、それで人材に欲しいと」
 確かに、料理は上手いらしい。
 この饅頭を食べればわかる。
 しかし、料理が上手と言う理由だけで、他の委員会が取り合うような人材だろうか?
 とてもそうは見えない。
「……に他に目立った特技や、並外れた能力などはあるか?」
「えーと、喜三太達は何も言ってなかったですね。料理とか食べ物以外のことは……」
 団蔵が天井を見つめながら記憶を掘り返す。
「なぜ、他の委員会がそこまで執着するのかがわからん……」
「……普通じゃない」
「……田村、今なんと言った?」
 お茶をすすりながら彼の言った一言に潮江反応する。
「委員会勧誘だけではなく、同じ学年の綾部も執着しているんです。あの穴掘り小僧がですよ? あの彼が人間に執着するのは珍しかったので、聞いてみたら『普通じゃないから良い』て言ってたんです」
「なんだ? それは?」
「私も何の事だろうと思いました。……でも、会って見たらなんとなくわかった気はします。あの先輩、普通なところを探す方が難しかったです」
 少し困ったような顔で笑う三木ヱ門に、潮江は頭を抱える。
「わからん……。なぜ、あんなちんちくりんが」
「潮江先輩? 今度会ったときに先輩に言っちゃいますよ?」
 左吉が笑って潮江を見ていた。
 少し失言だったかもしれない。
「それは止めてくれ。少し言い過ぎた。しかし、普通じゃないか……まぁ、三木ヱ門を目の前にして普通でいられる女子を俺も初めて見た」
 自称アイドルと豪語する田村三木ヱ門。
 自分で言うだけあって、顔が良い。なので、大抵の女子はわかり易い反応をするのだが、あの少女だけは別だった。
「……やつは、打ち解けやすい人徳を持った持ち主なのかもしれん」
「人徳ですか?」
 団蔵の言葉に潮江は頷く。
「うむ。時々いるんだ。異性だろうが同性だろうが、自然に打ち解けてしまう人間が。多分、あいつはそれなんだろう」
「でも、あの先輩。初めて会いましたよ? もし、それほどすごい人徳の人なら、もっと噂になるべきです」
 一息ついて湯飲みに手をかける左吉。
「何かの切欠でそういうのを開花させたのかもしれん」
 まぁ、推測に過ぎんがなと言って、潮江は湯飲みに入ったお茶を豪快に飲む。
 その言葉に、後輩達は頷いた。
 確かに、あの人はいつの間にか打ち解けていたし、良い人だと思った。
 少なくとも自分達は。
「さて、茶の時間はこれくらいだ。さっさと、予算案をくみ上げるぞ」
「「「「はい!」」」」
 生徒会。
 がこの委員会に追いかけられるのは時間の問題なのかもしれない。






作者より
ギンギンと叫んでないのは、あえてです。
チェストと言う言葉も似合うと思うんです。とりあえず、気合いを入れる言葉が。
2010.6 竹中歩