まるで、それは保育士さんのように



「あー、久しぶりにの上に頭乗っけられた」
「はは、重いぜ。友人よ」
 今日の授業と掃除が終わり、あとは帰りのHRのみとなったほんの少しの時間。
 私は友人に抱きしめられるようにして、頭の上に頭を乗せられるという状況にされておりました。
「ここの所、付き合い悪いぞー」
「私も付き合いたいよ。でも、あの五人放っておくと怖いんだわ」
「んー。持ち前の男前な性格が災いしたかな? 結構あんた、さばさばしてるから男子たち付き合いやすいみたいだし」
「それは褒めているのかね?」
「褒めてるよー。異性と仲良くなるって結構大変なんだよ?」
「ほう。そうなのか」
 外の気温はそこまで暑くなく、少し肌寒い。
 なので、友人に抱きしめられると少し暖かくなって嬉しかった。
 やっぱり抱えられるなら女の子の方が良い。
 基本的に優しいもん。
「んで? 今日はどうするの? 暇だったらお茶でもしないかい?」
「そうしたいのは山々なんだが、今日は綾部君と、雷蔵君に追いかけられそうなので逃げるよ」
「なんだその予想!?」
「予想と言うか確実に。あの二人、今日は授業早く終わる日だも。その上委員会が強制じゃない日だ」
「良くそんなこと知ってるわね」
「人間逃げるためには努力は惜しまないものだよ。と言うわけで、今日は……」

ちゃん、見つけたー」

 私たちの背後に、にへらと笑う雷蔵君が立っていた。
 うん、三郎君ではないと思う。
「噂をすればなんとやらだね、
「そうだな。君が先に私を抱きしめててくれたから、今日は野郎に抱きしめられずに済んだよ。ありがとう」
「それは良いのよ。だって、あたし、の頭、好きだもん」
 ほれほれと、頬を頭に摺り寄せてくる友人。
 ここの所一番可愛いと思える人物だ。
 今年Cクラスに入った彼女は、私の一番の友人である。
「あの、ちゃんを良かったら譲ってもらえない?」
「いーやー! あんたたちが構うから、あたしとの時間がないもん。それに、の頭の上はあたしの腕か頭置き場よ!」
 気にはしてくれているようだが、さり気なく酷いぜ、友人。
 まぁ、そんな君も嫌いじゃないよ。
「ぼ、僕はまだそんなことしてないよ!? 女の子に対してそこまで過度なスキンシップなんて……」
「えー? でも、一年生の子とか、蜂屋君とかしてるの見た。あ、あと竹谷君も」
「あー、してくるね。天然とか、邪気がある奴は」
 うんうんと頷く私。
 先日の綾部君爆弾発言以来、何かと私の頭の上に頭を置きたがる友人たち。
 首コリにでもなったら、慰謝料請求するぞ(野郎のみ)
「だから今はあたしの時間ー。いつもならお茶のみに行くのに、あんたたちの勧誘の所為で、はさっさと帰っちゃうんだぞ」
 いつの間にか雷蔵君と友人がVS状態。
 あ、なんだろう? めちゃくちゃ友人を応援したい。
 そしたらお茶飲みに行けるかな?
 久々にファミレスとか行きたい。
「そっか。ちゃん、友達とかと遊ぶ時間なくなってたんだね。ごめん」
「んー? それは少し違うよ、雷蔵君」
 さすがに友人の頭も重くなった私は友人の手から逃れ、首を回す。
「君らも『友達』だから、遊ぶ時間事態はなくなってないよ? 毎日が鬼ごっこだからね。だから、なくなっているのは『この友達』と遊ぶ時間かな。まぁ、やっぱりそれは寂しいよね」
 そのことを言うと、傍らの友人がわなわなと震えた。
 なんだ、この友人の動き。
ー! この可愛いやつめぇぇぇ!!」
 おう、これは抱きつかれるな。
 まぁ、この友人の抱き付きなら喜んで受け入れよう。
 さぁ、来るが良い!
 手を広げてスタンバイしていたら、
「じゃ、私が入ります」
 自分よりはるかに大きな人物がタックルをしてきた。
「ぐほぉ!」
 思わず悲鳴が出る。内臓、軽く圧迫されました。
「あ、綾部君!?」
「昨日ぶりです、先輩」
 今のところ一番危険な人物、綾部君が現れる。
 あぁ、この子は言葉が通じない。帰りのHRだから離してくれといっても、通じないだろう。
 えーと、HRどうしよう……
「それじゃ、また明日な! 解散!」
 はい!?
 この状態でHRですか!? しかも終了したの!?
 もしかして、もう見捨てられてるんですか、私。
「と言うわけで、先輩今日は私の委員会に付き合ってください」
「全力でお断りする」
 綾部君の誘いを真顔で断る私。
 風紀委員会になんて行ったら何されるかわからない。
 だから今のところ一番行きたくない共通委員会だ。
 だから私は。
「友人、すまないがお茶はまた今度だ!」
「おっけー! この前、駅前のファミレスが新商品出してたから食べに行こうね」
「うむ、約束だ」
 私は綾部君の腕を振り払い、友人の左頬に手を添え微笑む。
 きっと、どこかの国の王子様みたいなことを私はやっているに違いない。
 あぁ、女の子って素晴らしい。
「それじゃぁさらばだ! 雷蔵君、綾部君!」
 カバンを持って颯爽と走る自分がいた。



「ふむ。今日はこの辺りに隠れるとしよう」
 教室を飛び出し、下駄箱で靴に履き替えたあと、私はいつも少しだけ学校で時間をつぶす。
 だって、門の所には誰かしらいるし、学級委員会で使う会議室からは、その校門も丸見えだ。
 運悪く、三郎君に見つかったらたまった物ではない。
 いや、もっと危険なのは尾浜君だ。何気に彼は足が速い。見つかるや否や、すぐにつかまってしまうだろう。
 だから、皆の目がそがれるまで毎日学校の中で時間をつぶしている。
「さて、ここは何処だったかな?」
 あまり人気のない場所をと選んだのは良いが、逆に何処にいるかわからなくなってしまった。
 まぁ、時計のついた校舎が見えるから、本当の迷子ではないだろう。
 とりあえず、右に行くか、左に行くか。
 さて、どうしたものか?
「あの……、どうかされましたか?」
「ん?」
 声をかけられて後ろを振り返る。
 そこにいたのは中等部の制服を着た男子。着慣れた感じがするので、一年生ではないだろう。
「右か左か、どっちに行こうか迷っていたんだよ」
「え? 迷子ですか?」
「うんにゃ。自分の居場所はわかる。でも、目的がないからどうしようかとね」
「あぁ、そういう事ですか」
 板を抱えて、まっすぐにこちらを見て話す。
 なんとも真面目な子だ。
 悲しいが、中等部の彼の方が背が高いだろう。
「君は……板なんぞ抱えて何処で何をするんだい?」
「え? 俺ですか? これは整備委員会で使う修復の……」
「おっと、失礼。急用を思い出したよ。私はこれで失礼を……」
 うん、聞きたくなかった言葉に体が拒絶反応を起こす。
 あれだ! 整備委員つったら、食満先輩のいる委員会じゃないか!
 そうやって、足を出そうとした瞬間、聞き覚えのある二つの声につかまった。
「「先輩ー!」」
 はは、喜三太君としんべヱ君。
 今日は会いたくなかったなー。
「え? それじゃ、貴女が先輩ですか?」
「ははは……」
 もう言い逃れは出来ないと確信して、私はしんべヱ君と喜三太君とそれぞれ手をつなぎ、整備委員会まで一緒に行くことにした。



「お、富松! 戻ったか」
「はい。材料これでよかったんですよね?」
 グラウンドの外れと聞いていたが、本当に外れだ。こんなところに倉庫があったことすら知らなかった。
「食満せんぱーい! 今日は先輩がきてくれたんですよー♪」
 喜三太君が花を飛ばしそうな笑顔で食満先輩に私の紹介をしている。
 はは、いっそのこと先輩、私のこと忘れてくれてないかな?
「おお、! この前はごちそうさん!」
「僕もご馳走様でしたー! 先輩の料理おいしかったです!」
 あぁ、忘れてなかったんですね、食満先輩。
 それにしんべヱ君。何度も言うがあれは母の料理だ。私のじゃないよ。
「食満先輩や、しんべヱ達に言われて、俺も気になっていたんです。初めまして先輩。俺三年二組の『富松作兵衛』て言います」
 と言うと、この子が食満先輩の次に整備委員で年齢の高い子か。
「それと……あ、来た来た。こいつも整備委員会なんですよ」
 遅れましたーと言って、一人少年がかけてくる。
 うーん、身長的に一年生かな?
「あれ? 女の先輩がいる……」
 ちょっと待て! 近寄ってきてもらって初めてわかった。
 この少年、大丈夫か!? 顔色悪すぎる!
「こいつも、しんべヱたちと一緒の一年生なんです」
 富松君が笑って紹介してくれた。
 え? この顔色スルーってことは、この子は元がこんな顔色なんですか?
「中等部一年二組『下坂部平太』です。よろしくお願いしますー」
 握手を求められたので、握手をする。
 やっぱり一年生だからか。抱きしめたい衝動に駆られている自分がいた。
「平太ー! この人が先輩だよー! ほら前に話した」
「あぁ……食満先輩がしんべヱと間違えて連れ去りそうになった、あの先輩ですねー」
 ぐは!
 忘れて欲しかったぜ、喜三太君。
 そして、何で知っているんだ、平太君!!
「あははは、否定したいけど、事実がそうはさせてくれない。そうだよ、私がそのだよー」
「改めまして、よろしくお願いしますー」
 ぺこりとお辞儀をする平太君。
 本当、中等部って礼儀正しい子が多い。
 あの高二の連中に少しは学んで欲しいよ。
 いや、基本的には高等部も律儀なんですが、この頃なんか容赦がないと言うか、なんと言うか。
「ところで、は今日は見学か? それとも入るのか?」
「見学です。全力で見学です!」
 入るわけないでしょうが!
 こんな力仕事ばっかりの整備委員が私に勤まるはずないじゃないか!
「そこまで否定するなって。わかってるよ。まぁ、その辺で一年どもと遊んでおけ。今日はこのたて看板直すくらいだから」
 そう言って、食満先輩は真っ二つに折れた『野球部』と書かれた一メートルちょっとの板を見せる。
「……素晴らしい程に真っ二つですね」
「あぁ、目を見張るほどにな」
「どうやったらこんな風になるんですか?」
「それは、生徒会のそろばんの所為ですよ」
 あははと苦笑しながら、富松君はのこぎりを食満先輩に渡す。
「そろばんて……時々簿記で使う、あのそろばんかね?」
「ええ。あのそろばんです。でも、生徒会長が使うそろばんは鉄製で重さが十キロあります」
「…………は?」
「あ、久しぶりに見ました。その反応」
 富松君が笑う。
 普通驚くでしょうよ?
 鉄のそろばんとか聞いたことないし、十キロとか何でそんなに重いの?
「生徒会の方は、それはそれは、基礎体力に力を入れているんです」
「は! どうだか! 基本的に何考えてるか、わかんねーよ。あの熱血バカどもは」
 おや。
 食満先輩の機嫌が一気に悪くなった。
「食満先輩は、生徒会長の潮江先輩と仲が悪いんですー」
 平太君がこっそりと耳打ちしてくれた。あー。そういう事ね。
「毎回毎回、物を壊しやがって。少しはエコを考えやがれ!」
 食満先輩は力の限り金槌を振るう。
 その手は一寸の狂いもなく正確。思い切り早く打ってるのに。
 はは、すげぇ
「この委員会は、手先が器用じゃないと無理な委員会なんですね。手先が不器用な私には無理な話ですな」
「ははは。料理できる奴が、俺は不器用だと思わないぜ」
 さり気なく、入る気がない、入る資格がないと言ったのに、笑って流された。
 でも、本当に基本は不器用なんだよ!
 料理できる奴が器用だと思うなよ!
「せんぱーい! 僕達と遊びましょうよ!」
「そうですー! 高校生と遊べるなんてめったにないんですから」
「僕からもお願いします」
 喜三太君、しんべヱ君、平太君に服やら腕をつかまれる。
 あああ! もう限界!
「食満先輩……」
「ん? なんだ?」
「お許しください!」
「は!?」
 その瞬間、私は三人の頭を必死になでていた。
「はにゃぁ!?」
「えへへ!」
「くすぐったいですよー」
 もう、もう、可愛すぎる!
 さすがに三人一緒には抱きしめられないから頭をなでる。
 あぁ、身長がもう少しあれば、本当羽交い絞めにしてなでるのに!
 本当可愛い!!!
は後輩が好きだなー」
「あはは、全部が全部ってわけじゃないですよ。高一どもからは毎日逃げてます」
 ええ、綾部君とかからね!
「でも、一年生は落ち着きますねー」
「身長が似てるからってことでか?」
「ははは、食満先輩はご冗談がお上手ですね」
 人が身長気にしってるっていうのに!
「うち、親戚も近所も年下がいなかったんで、触れ合う機会少なかったんですよ。だから、こうやって触れ合えるのうれしいんです。高一から編入で入ったんで、後輩に知り合いもいなかったから」
 食満先輩と話しながら追いかけっこのようなことを一年生と始める。
 今、私は妖精の国にいます!
「あ! そうだ! 良い物あったんだった!」
 思わず、手をたたいてそれを思い出し、カバンを探る。
 えーと、あ、あった!
「良かったら食べませんか? みかん?」
「たべますー!」
「あはは、さすがしんべヱ君だ!」
 私はカバンの中から無造作にみかんを幾つか取り出す。
「登校途中に親戚から貰ったんですが、あまりにも量が多くて。良かったら貰ってください」
「貰えるものは何でも貰うぜ」
 そういう食満先輩にみかんを放り投げ、一年生や富松君にもみかんを渡した。
「味はおいしかったですから」
 実は昼休み一つ食べている。
 あの時は甘くておいしかった。
「甘くておいしいです、先輩」
「うん! 甘いね、本当美味しい!」
 平太君もにこと笑ってくれる。ああ、本当可愛いの一言だ。
「先輩のカバンはいつも美味しいものが出てきますね! 僕、このカバン欲しいです!」
「カバンだけじゃ、美味しいものはついてこないよー」
 しんべヱ君が目をキラキラさせながら私のカバンを見つめる。
 私のカバンてそんな風にうつっていたのか。
「先輩、僕今度はキャベツがいいですー!」
「へ? キャベツ!?」
 喜三太君の言葉に驚いた。
「はいー! そうしたら、なめくじさんたちと一緒に美味しいものを食べられるんですよー」
 あ、なめくじさんも一緒に食べたいんですね。
 うーんと、そうすると……
「じゃ、今度生のキャベツに合う味噌を持ってきてあげるよ。そうしたらキャベツだけじゃなくて、他の野菜も美味しく食べられるし、なめくじさんとも一緒にご飯食べられるでしょう?」
「本当ですか!? 楽しみにしてますー!」
 あわわわ!
 私もそのときの笑顔を想像するだけで楽しいよ、喜三太君!
「……食満先輩。俺、あの先輩すごい良い人だと思います」
「だろうな。ていうか、単に子どもぽいだけなのかもな……んが!」
「そこ、聞こえてますよ食満先輩!」
「お前、みかんを投げるんじゃない!」
「貰えるものは何でも貰うって言ったじゃないですか!」
 人の悪口って聞こえるんだぞ!
「富松君も、今一瞬頷こうとしてたの見えてたぞ」
「あ……すいません」
 うつむいて、謝罪する富松君。
 ………うん、もう中等部全部可愛い!
「富松君そのままだよー! てい!」
「うわっ!?」
 思い切り、富松君に真正面からタックルかました。
「せ、先輩!?」
「次に悪口言うときは気をつけたほうがいいよー」
 けらけらと笑って、富松君を抱きしめたあと、離れた。
「さーて、もうひと踏ん張りだ。看板直して、生徒会に恩売るぞー!」
「「「「おー!」」」」
 こうして、私は結局最後まで整備委員を見守っていました。
 中等部が多いって、良いな。可愛い。
 ……にしても、あの看板をぶっ壊す十キロのそろばんが気になる。
 生徒会ってそんなに凄い人たちばかりなのかな?






作者より
用具委員は小さい子が多いので、心が癒されると思う。
結構苦労してる富松が好きです(笑)
2010.6 竹中歩