「誰か……誰か……助けてくれぇぇぇ!!!!!」
 どうか、私の声を聞いてください。



注意書きがないのに、どうやって注意しろって?



「なぁ、久々知。さんどこにいったか知らないか?」
「八? ううん。知らないけど、どうかしたの?」
「なんか外掃除終わっても帰ってきてないんだってさ。とりあえず、HR終了させて、担任とか友人が探してるって話」
さんてHRサボるような人じゃなかったよね?」
「ん? まぁ、基本は真面目だしね。外掃除してた姿は目撃されてる」
「俺らも探そうか。友達だしね」
「当たり前だろ? 俺、三郎と雷蔵呼んで下駄箱行くわ」
「了解。勘右衛門! さん、探しに行こう!」
さん、どうかしたの?」
「なんかいなくなったって。だから皆で探してる」
「それ、心配だね。どの辺りでいなくなったんだろう?」
「掃除区域とかじゃないのかな? やっぱり」
「掃除区域どこだって?」
「外らしいよ」
「んじゃ、外に行く……」

「あの、久々知先輩」

 久々知の動きとめたのは、この場所にはめったに来ない人物だった。
「タカ丸さん?」
 それはこの学校では知らないものはいないというほどの有名人、斉藤タカ丸。
 今年で十八歳だが、海外に留学していた為、現在高校一年生。
 カリスマ美容師とうたわれ、女子に絶大なる人気誇っている。
 因みに久々知と同じ管理委員会所属。
「管理委員のことで相談があったんですが、お忙しそうですね」
「うん、急ぎじゃなかったら後にしてもらえるとありがたい。友人がいなくなって探しに行くんだ」
「そ、それは大変ですね! 良かったら僕もお手伝いします! どんな方ですか?」
「あ、じゃぁ協力してもらおうかな。とりあえず、背が小さくてカーディガン羽織ってて……」
 こうして、捜索隊に斉藤タカ丸が加わった。



「うーん……いませんねぇ。先輩」
「本人いわく存在感ないらしいからね。でも、話すと忘れられない人だよ」
 高校二年生組+タカ丸は三つに分かれて捜索している。
 三郎&雷蔵・竹谷&尾浜・そして久々知とタカ丸である。
 その久々知たちは学校の外れにあるビニールハウス近辺まで来ていた。
「それだけ小さいと、かくれんぼは楽しそうですね」
「はは、本人気にしてるみたいだから目の前で言っちゃ駄目だよ」
「もちろんですよ。でも、僕も会いたいなぁ。その先輩。女の子なら髪が気になっちゃいますよ」
「さすがカリスマ美容師」
 そんな風に歩いていると、全貌に人影を発見。
「あ! 綾部君だ! おーい!」
「……タカ丸さんと、久々知先輩ではありませんか」
「こんにちわ、綾部君」
 学校で一番、不思議な存在と呼ばれる少年がそこに佇んでいた。
 なぜかいつもスコップやシャベルを持参し、いつでも穴を掘っているという生徒。
 少し色素の薄い髪の毛はとても印象に残る。
「こんなところで何してるのぉ?」
「観察です。珍しいものを見つけたので」
「何を見つけたのぉ?」
「珍しいものです」
 会話が成り立ってないと、久々知は思わず突っ込みそうになるがそこは我慢。
「僕にも見せてほしいなぁ」
「良いですよ。ほら、そこです」
 綾部が指差したのは彼お手製の穴。すぐ傍にはおそらく掘り出したであろう大量の土が盛られている。これを時間をかけずに掘ると言うのだから凄い。
「穴に何か落ちたの?」
「ええ、とても珍しい……」
 その穴をのぞいて久々知とタカ丸が絶句した。
「人を見つけました」
 あっけらかんと言う彼の声とは裏腹に、そこでは必死にはあがろうとする
 つまり私が発見されたのです。
さん!?」
先輩!?」
「あ、久々知君……。だーしーてー……」



「本当にすみませんでした」
 言葉だけで謝っている彼まるで悪びれる様子は無い。
 噂通りだ。何を言っても通じないし、何を考えているかも分からない。
 本当に不思議少年と言う言葉がふさわしい。
「事故にならなかったから良い様なものの……落ちてる人間をそのまま見てるなんて度が過ぎてるよ」
 そんな態度の所為か珍しく久々知君が怒っていらっしゃる。
 よほど心配をさせてしまったらしい。
 因みに私はほぼ無傷で穴から引っ張り上げられた。制服も髪も泥だらけだったのに、怪我が全くないと言うのは本当に凄いと思う。
 流石にそんな状態だったので、大騒ぎされるかもしれないと思ったが、尾浜君と三郎君が学級委員会で使うと言う名目で会議室を先生方から借りてくれた。
 今日ばかりは学級委員に感謝する。
 しかし、事は一向に変化していない。せっかくジャージに着替えて、話し合う気満々なんだが。
「いつもなら綾部君助けてあげるのに、どうして先輩は助けてあげなかったのぉ?」
 どうしていいか分からず、斉藤君は綾部君の顔を見て困っている。
 まぁ、確かに彼は助けてくれなかったし、話しかけても無言だったさ。
 しかも上から私の見下げてた。飽きることなく、約一時間もね。
 さすがに少し怒りたかった。でも、言っても無駄っぽいし。
 それに、私の代わりに皆が怒ってくれている。それだけで十分だ。
「見つかったって聞いてきてみれば、は泥だらけだし、なんか久々知と四年はもめてるし、何事?」
 うわぁ。三郎君、切れる一歩手前だ。ああ、申し訳ない……
「どうもね、綾部君の掘った穴にちゃんが落ちちゃったんだって」
 雷蔵君が丁寧に説明てい知るが、三郎君の耳には入っていない様子だ。
「そうです。落とし穴でもないのに、目の前にある穴にこの方は落ちたのです」
「あはは、それ綾部君に言われると、何も言えません……」
 とりあえず、私が笑ってみたが意味なかったようです。
「それで? なんでお前はをずっと見てたんだ?」
 あれま。竹谷君も珍しく怒りモード。これはさすがにやばいな。男の子の乱闘ってどうやってとめるんだっけ。
「面白かったからです」
 その一言に、皆が唖然とした。
 もちろん私もです。必死に這い上がろうとする人を見て面白いとはひどくないかね?
「お、お前それはさすがに……」
「八、抑えて」
 ありがとう久々知君。竹谷君を良くぞ止めた。
 ここからは私が言った方が良かろう。
「えーと、綾部君? そんなに私は面白かったかね?」
「ええ。あの程度の深さから這い上がれない人を初めて見たので。どうやって這い上がってくるのか気になっていました」
 ……今、ヒットポイントあと一くらいになった。
 つまりは私が小さいのがいけないんだろう。
 普通の人なら這い上がれる深さ。うん、確かにそれくらいだったね。でも私には無理だったよ。
「それは私の体が小さいからしょうがないのさ。腕力もなければ身長もないからね。でも、助けては欲しかった。私、助けてって言ったんだけど」
 まぁ、正確には『そこの少年よ、手を差し伸べてくれないか』だったけど。
「……すみません、見ているのに一生懸命で聞こえていませんでした」
「さ、さようですか……」
 うん。そんなこったろうと思った。うん、お姉さん多分、そうだろうって思ったんだ。
 だって、彼は不思議少年。人では理解できなことをやらかすのさ。
「……いい加減にしろよ? 綾部」
 ガンッ!
 大きな音が会議室に響き渡った。その瞬間、軽くパイプ椅子が宙に舞う。
 え? 三郎君? いや、三郎君は雷蔵君が宥めてる。じゃぁ、竹谷君……は、久々知君が羽交い絞めにしてる。
 てことは、
「お、落ち着きたまえ! 尾浜君!」
 必死に尾浜君を落ち着かせる自分がいた。基本的に温和だと思っていた彼がこんなことを起こすなんて思っても見なかった。
さん! 君ここまでされて落ち着けるの!?」
「えーと、落ち着けるかといわれれば、そりゃ、腸が煮えくり返りますと言った方が正しいですよ。でもね、彼は馬鹿にしたり、見捨てたりはしなかったんですよ! ジーと見てました。それに、彼があの場にいなければ、斉藤君も気づかなかったかもしれないじゃないですか!」
 その一言で、皆が静まり、こっちをものすごい表情で見ていた。
 あれ? 私変なこと言いましたか?
 
「……先輩は馬鹿ですか?」

 首をかしげながら、その台詞を言った綾部君に全員がその台詞に目を丸くさせた。
 まさか、君に言われるなんて思っても見なかったぜ。
 私を落としておきながら、そういうこと言うかね?
「えっと、なぜ私が馬鹿といわれているのかね? 綾部君」
「そのままの意味です。先輩は馬鹿です」
「さすがに私も切れるよ!?」
「これだけ多くのご友人の方が心配されているのに、なぜ私を守るような言い方をしたのですか?」
「……え?」
 それはあまりにも的を得ていて、なおかつ、不思議少年と呼ばれる彼が言うような言葉ではなかった。
「この状態では、僕は皆さんの敵です。許される存在ではありません。でも、あなたは僕の味方をした。なぜですか?」
「えーと……それは……」
 私は皆の顔を見渡した。
 怒っている尾浜君。
 今にも暴れだしそうな竹谷君。
 必死に怒りを抑えている久々知君。
 心配そうな顔の雷蔵君。
 きっと怒っているに違いない三郎君。
 そして、困った顔の斉藤君。
 確かに皆は私のためにこんな表情をしている。でもさ、
「私には、君が悪意で私を見ているようには見えなかったからだよ。もし、面白い状況にしたいのなら、放っておくなり、罵声を浴びせることも出来たけど、君は飽きもせず、ずっと私が這い上がるの見てた。だから理由があるんだろうなって。ただそれだけだよ」
「んな分けないだろ! いい加減にしろよ、!」
 おぉ、お叱りはごもっともです、三郎君。
 でもね、悪い子には見えなかったんだよ。
「だって、私が穴に落ちたのも悪いし、それにね、彼は私の声を聞きつけて、ずっと傍にいてくれたんだよ! だから、寂しくはなかったんだ!」
「え? 綾部君、先輩が穴に落ちるのを見てたんじゃないの?」
「私が発見したときには既に先輩は這い上がろうと声を出していました」
「ほらね。面白がるなら最初から見てるでしょうよ?」
 私は何とかして、彼に向けられている皆の敵意を逸らしたかった。
 だって、悪意があってした訳じゃないんだから。
「……あほくさ! 俺一抜けー!」
 そう言って三郎君が立ち上がる。
 あ、呆れられたか!?
「三郎、ちょっと!」
「もう、が良いって言うならいいんじゃねぇの? 今回は。んで、次に同じことしたら鉄槌でどうよ?」
 雷蔵君の制止を振り切って三郎君が指の関節を鳴らす。
 ひぃぃ! 彼本気だよ!
「そうだな。が望んでねぇみたいだし。でも、俺らすっげー心配したんだからな!」
 わしゃわしゃと頭を竹谷君に撫でられる。
 おお、同年代の男子に頭を撫でられるというのはなんとも貴重な体験です。
 良い物をありがとうございます!
「本当に申し訳ない。次からは気をつけるよう、心がけるよ」
「本当だよ、さん。君は僕らの友達なんだから」
 久々知君、思わず涙が出そうですよ。ありがとうございます!
さん、次に同じように心配かけたら……綾部君だけじゃすまないからね? 君も覚悟しておきなよ?」
「ら、ラジャーです尾浜君」
 お母さん、笑っている尾浜君の背後に黒いオーラが見えました。
 あれですか? 怒らせると怖いタイプですか?
 こりゃ久々知君とどちらが怒らせると怖いか見物ですなハハハ。
 ……うん、死ぬ気で気をつけよう。
ちゃん、このタオル使って。汚れて気持ち悪いでしょう?」
「雷蔵君、君の優しさが染み入るよ」
 つっても、ジャージに着替えたから気持ち悪いのはせいぜい髪くらいだ。
 制服は流石にクリーニング代を請求していいかな?
 あれ? あ、でも家で洗えるっぽいから家で洗おう。
「あー髪で思い出した。僕、先輩の髪を触りたかったんですよ。女の人の髪触るの好きなんで」
「そう言えば斉藤君は美容師だったね。女子が触って欲しいって騒いでた。今度きれいなときにでも触ってよ。今は泥だらけだし」
「じゃ、今度触らせてくださいねー。約束ー」
「うん、約束ー! あ、敬語を忘れててすみません! 斉藤さん!」
「斉藤君でいいよー。もしくはタカ丸でー」
「では、タカ丸さんと呼ばせていただきましょう。今度、是非お願いします、タカ丸さん」
「うんー。了解ー」
 和気藹々と何とか解決したこの流れ。
 これで家に帰れる。何とか海外ドラマの再放送に間に合いそうだ。
 そう思ったとき、後方に手を引かれた。
「うぉ!?」
 誰かの手だ。
 でも誰の手だ?
 というか、引いたはずの手が、頭の上にある。
 えーと何かに感覚が……。
 あぁ、あれだ。友人に『あご乗せー♪』といわれて、頭を支えるときの台として抱き疲れている感覚に似ている。
 て、似てるじゃなくて、そのまんまだ!
「……私、先輩が這い上がるとき思ってたことがあるんです」
「はっ! 綾部君か! 私の頭をあご乗せに使っているのは!」
 ようやく誰の頭が乗っているのか分かった。この不思議少年、本当行動の意図が読めない。
「この穴から這い上がってこれない人はどれだけ小さいんだろうって。思ったとおり、小さいですね」
「放って置いてくれ。確かに身長が小さくて不便だが、これが私なのだよ」
 もう成長期はないので諦めている。諦めてはいるが、やはり背のことは気にしているのだ。
「だから見てたんですよ」
「どういうことだね?」
 表情は見てとれない。一体どんな表情をしているのかも分からない。でも、

「私、小さいもの好きなんです。だから先輩も好きなんです」

 その言葉に……周りと、空気と、そして私が固まった。
「……綾部君よ、それは気のせいだ。小さいものは愛護したいという気持ちから来るものであって、そんな心を好きだとは言ってはいけないよ。あれだよ、小動物を思いやる優しい心だ」
 落ち着け、良くあることじゃないか。
 女友達からも小さいから、可愛くて好きと言われるじゃないか。
 いつものからかいだよ、平常心、平常心。
「そうなんですか? でも、私には愛護という気持ちが分かりません。愛護は独占したいと思うんですか?」
 思わず冷や汗が出た。
 なんだろうこの汗……。
「……タカ丸さん」
「んー? なーにちゃん?」
 いつの間に名前呼び!? と、それはさておき、聞いておきたいこ事がある。
「綾部君とやらはもしかして風紀委員会ですか?」
「良く知ってるねー? そうだよ。あの立花先輩の所属する委員会だよー」
 それを聞いたら余計に冷や汗がでた。憶測、外れて欲しかったんだけどな。
 なんとなくそんな感じがしたんだ。人の行動を気にしないところがね。
「あ、綾部君よそろそろ離していただけないですかね?」
「……嫌です。しばらくこのままが良いですー。中等部一年の男子もサイズ似てるんですけど、先輩のほうがやっぱり女の子だからでしょうか。柔らかくて触り心地が良いです」
 うん、肉がついてますからね!
 じゃなくて、

「誰か助けてー!!!!!」

 その声を待ってましたと言わんばかりに、いつもの面子が凄い形相で綾部君にかかった。
 パイプ椅子とか飛んでた気はするけど気にしない。
 今、友人の心配が良く分かりました。
 今度から綾部君には気をつけよう。
 因みに次の日に会った綾部君は怪我一つしておりませんでした。
 いったいあの乱闘をどうやって潜り抜けたのかが気になったのは言うまでもありません。






作者より
綾部登場ー。
彼は現代でも穴を掘るキャラだと思っています
2010.6 竹中歩