お節介ですが、何か?



「おや、珍しいね。久々知君がパンとは」
「え? あぁ、家族みんなが風邪引いちゃってね」
「それは大変だね。お大事に」
「うん、ありがとう」
 いつの日からか、私はお弁当を食べる場所がローテーションのようになっていた。
 クラスメイト→隣のクラスの友人→食堂と言う流れを繋いで行っている。
 今日は食堂の日。男子ばかりの中にいます。
「……そう言えば、今更だけど、久々知君と竹谷君、雷蔵君はいつもお弁当だね。尾浜君は時々弁当で基本がパン。三郎君はいつもパン。まぁ、なんとも見た目のまんまだ」
「そういうお前だって、いつも弁当だろう?」
「弁当のほうが家計にやさしいのだよ、三郎君。はい。今日は煮卵です」
「サンキュ」
 爪楊枝の刺さった煮卵を三郎君に渡す。
 こう見る限り、やはり彼は家の味と言う奴が恋しいのだろうか。基本的に彼がねだってくるものは、煮つけなどの所謂『お袋の味』というものが多い。
 そして、いつも無言で食べつつも最後には旨かったと言ってくれる。本当は良い人なんだよ。ちょっと素直じゃないだけ。
「……ねぇ、今日は俺も貰える? さん」
「へ? あぁそう言えば、尾浜君には何もあげたことはなかったね。どれが良い? 好きなのあげるよ」
「え? 本当? じゃ……ポテトサラダもらって良い?」
「どうぞ。アルミアップごと貰ってください」
 私はお弁当の中からアルミカップを取り出し、尾浜君へと手渡す。
 今日は彼もパンだ。一緒に食べても支障はないだろう。
「ありがとう。じゃ、いただきます! ……あ、これ美味しいね。なんか果物の味がする」
「あ、分かったかい? それはりんごの薄切りが入っているのですよ」
「へぇー凝ってるね。さんが作るの?」
「はは、まさか。私は食べる専門なので、作るのは母です。ポテトサラダは母が好きなので、よく作るんですよ」
 自分のことではないにしろ、お弁当が美味しいといわれるのはやはり嬉しい。
 顔がにやける。
「あー、勘ちゃん良いなぁ! の弁当、基本的に何でもうまいから、俺も食いたい」
「八は弁当持ってきてるでしょ? 俺はパンだから良いの」
 わーのあーのと言い合う尾浜君と竹谷君。これはどうしたら良いものやら。
「でも、ちゃんのお母さんて、まめだよね? 冷食入ってるの?」
「入ってますよ。でも、一つのお弁当につき一個しか使いたくないらしいです。まぁ、基本的に使ってるのは紙カップに入った野菜サラダとか煮しめですね。それ以外は作ってます」
 雷蔵君がすごいなぁといいながら弁当をのぞく。
 うん、娘である私もすごいと思うよ、母。私なら真似できない。
「久々知君もパンなら何かお一つ食べますか? お好きなのどうぞ」
「え? いや悪いよ! さんにはいつも貰ってばかりだし!」
「まぁ、そういわず。私のお奨めはこの豆腐ハンバーグです」
 既にカバンに常備されだした爪楊枝を一つさして久々知君に渡す。彼は目もくれず一口で食べた。
「相変わらず、豆腐好きだよね兵助」
「うるさい! さん、美味しかったとお母さんに伝えてください」
「了解です」
 丁寧にお辞儀をする久々知君。今日は母に三人の美味しかったが伝えられそうだ。
「あ! そうだ! 俺も明日はパンだった!」
 食べ上げた弁当を無造作に風呂敷で包んだ後、竹谷君が叫ぶ。
「なんで、お前までパン?」
「かーちゃんが同窓会でいないんだよ。すっかり忘れてた。今日のうちになんか買って帰ろう」
 尾浜君の問いかけにぶっきらぼうで答えた竹谷君。
 なんとなし、明日は皆パンか。
「あ、予鈴だ! 皆、行こう!」
 久々知君の声で、その日のランチは終了した。



 次の日の昼。
「ねぇ、? 何? その井桁模様の風呂敷」
「え? これが君には骨董品に見えるかね?」
「見えたら凄いよ、アタシ。ただ、ばばくさいとは思った。風呂敷持って登校する女子高生ってそうそういないよ。しかもあんたの持ち方、本当に田舎のおばあちゃんじゃない。品がないよ」
「失礼だな。……あ、そうだ。私は今日は食堂です。申し訳ない」
「はいはい。分かってます。たまには浮いた話でも持ってきてよ」
「分かったー! 雷蔵君に宙浮いてみてもらうー!」
「なんじゃそりゃ!?」
 私はそんな他愛もない会話をしながら、食堂へと向かった。



「お、皆もう集まってるね」
「あ、ちゃんこんにちわ……ってどうしたの!? その大荷物」
「おお、雷蔵君こんにちわ。別に家出してきたわけじゃないよ?」
「それは分かるけど……本当大きな荷物だね」
「はは、しょうがないさ」
 雷蔵君があきれるのも仕方はない。
 右手には井桁模様の風呂敷。
 左手には小さめの紙袋。
 そして、肩にはショルダーバッグ。
 どこの家出ですかって感じですよね。
「とりあえず荷物置いたら? さん」
「おお、すまんね、久々知君。……それにしてもそこのお二人は何をしてらっしゃるのですか?」
 私が指差す方向には、三郎君と尾浜君が二人仲良く並んで何かをしていた。
「なんか学級委員長会で使う書類にミスがあったとかで訂正してるんだ。今日はずっとこればっかやってるぞ」
 珍しく机に向かう三郎君と、座る姿が絵になる尾浜君。確かに何かのプリントと必死に戦っていた。 三郎君と同じクラスの竹谷君が言うのだから間違いないのだろう。
「もうすぐ終わるから、二人とも食べてていいよ」
「もうすぐ終わるなら、待つよ、勘右衛門」
 久々知君は優しいなと思いながら、私は荷物を広げる。
「三郎君、手、出してみ?」
「なんだよ! 今忙しい……」
「ほれ。これなら書きながら食べられるでしょうよ?」
 そう言って私が彼に渡したのはラップでつつまれたおむすび。海苔だけというシンプルながらも、味わい深い、私の母のおむすびだ。
「どうしたんだよ……これ?」
「ん? 皆が今日はパンぽかったから、作ってきた。高校男子が昼がパンだけじゃ持たないでしょうよ? ほら、皆の分も」
 私は井桁模様の風呂敷を解いて、テーブルの上にそれを並べた。
 包まれていたのはプラスチックで出来たお重と、ラップに包まれた多くのおむすび。
 因みにお重の中は男子たちが喜びそうな揚げ物と、彼らの好きなおかずの詰め合わせ。
「えーと、甘い玉子焼きに、高野豆腐の卵とじ。野菜の煮しめと、からあげ、たこさんウインナーに、かにさんウインナー。薄揚げ卵の巾着とちくわの磯部まきに、その他アスパラベーコンなどなど。うちの母からの差し入れです」
 昨日、母に三郎君のことを話したら、涙を流しながら作ってあげるわと言ってくれ、気が付いたら困な事態に。きっと、三郎君が不憫に感じたんだろう。でも、それを言ったら三郎君は絶対に怒る。
 だから、今日は皆がパン食だからという理由にした。まぁ、半分はそれも理由だから、これだけ量があるのだが。
「はい、久々知君はお皿配って。竹谷君は割り箸配ってね」
 紙袋には紙皿と割り箸を入れてきたんです。
「え……これ、本当に食べていいの?」
「もちろんじゃないですか。雷蔵君、甘い玉子焼き好きでしたよね? 思う存分食べて下さい」
「あ、ありがとう! さん!」
「久々知君も高野豆腐食べていいよ。因みに今日のは大きい奴です!」
さん、良く俺のこと分かってる!」
「にくにくにく!!」
「そこまで叫ぶな竹谷君! から揚げは、昨日から漬けてた奴だから美味しいと思う」
「お前ら! 俺と勘右衛門の分とっとけよ!」
「ごめん三郎。歯止め利かないかも!」
「雷蔵の薄情者ー!」
「そこ、兄弟喧嘩しない。ちゃんと取って置いてあげるから。尾浜君は何が好きかね?」
「え? 俺、なんでも良いよ? さんのお弁当全部美味しいみたいだから」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか! なら、全体的に取って置くよ」
 本当は三郎君と尾浜君を待とうと思ったのだが、彼らが先に食べてて良いと言うので、それに甘えることにした。
 二人のそばにはラップで出来たおむすびと、取り置いたおかずを置いておこう。
「それじゃ、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
 皆が声をそろえて手を伸ばす。
 なんか運動会とか、花見みたいな光景だ。しかし違うのは、私が今だかつて見たことのないほどの食べっぷり。
 うん、男子の食べっぷりなんて間近で見たの初めてかもしれない。
 すごいな。
さん、高野豆腐が美味しすぎるよ!」
「良かったね久々知君。冷奴とか持ってこれなくてすまんね」
「ううん。弁当に豆腐が食べられるだけでも嬉しい!」
 本当、豆腐が入ると久々知君は人が変わる。
 竹谷君もガッツリ食べているみたいだし、雷蔵君も玉子焼きを頬張っている。
 尾浜君と三郎もあと少しで終わりそうだ。

「「失礼します!」」

 そんな私たちだけの空間にちょっとした来訪者。
 見たところ中等部の生徒だ。
「えーと、君は……」
 入り口に一番近かった私が声をかける。
「中等部一年一組『今福彦四郎』です」
「同じく中等部一年三組『黒木庄左ヱ門』です」
 真新しい制服に身を包んだ一年生が大きな声で自己紹介。
 なんだ、この可愛い生き物。まだ着慣れない制服が可愛すぎる。
 たとえ身長が同じくらいだとしても、可愛がりたくなる。
「おぉ! 彦四郎に庄左ヱ門もうすぐ出来るから、少し待っててくれ!」
「「はい!」」
 三郎君の言葉で二人はそこで起立の体制を保つ。
 もしかして、三郎君の言っていた負担をかけたくない後輩という奴だろうか。
「えーと、尾浜君? 座っててもらって良い?」
「あ、さん、お願いするよ! 本当もう少しなんだ!」
 私と久々知君はパイプ椅子を彼らのそばに出し、座るように促す。
「「ありがとうございます!」」
 一つ一つの返事が真剣でいかにも新入生という感じが伝わってくる。
 まさに無垢と言う言葉が似合いそうだ。
「二人はご飯食べたの?」
「あ、昼食は済ませました。中等部のほうが昼休みが早いので」
「そうか。中等部のほうが早いのか」
 彦四郎君の言葉で新たな発見をする。中等部と高等部って、てっきり一緒だと思っていたのだが、違うんだな。
「あの……さっきから気になっていたんですが、もしかして何かパーティーしてたんですか?」
「へ?」
「いえ、お花見みたいなお弁当が広がっていたので」
「あぁ、これね。これ、私からの差し入れなんですよ」
 庄左ヱ門君の言葉に私は照れながら説明する。だって、完全なる自己満足だから。
「もし良かったら、食べてく? たくさんあるから大丈夫」
「そんな! 先輩たちとご一緒するなんて申し訳が!」
 彦四郎君が大きく手を振る。さすが学級委員長。律儀な上に礼儀正しい。
「お腹いっぱいだったら無理しなくていいよ。お腹減ってるんだたらどうかなって。あ! そうだった!」
 私は肩にかけていたショルダーバックをおろして、中から幾つかのタッパーを取り出す。
「二人とも、なんか食べ物アレルギーある? あと嫌いな果物とか」
「僕はないですよ。庄左ヱ門はあるか?」
「僕もないです」
「そうか。ならば口を開けたまえ」
「「?」」
「あーん、してごらん。あーんて」
 二人は上級生の言葉だからだろうか、大きく口を開ける。
 可愛い!!
 おっと、見とれている場合ではなかった。
 私はタッパーから取り出したそれを、一つずつ二人の口に放り込んだ。
「どうかな? 気に入ってもらえると良いけど……」
「あ、これって梨ですか?」
「庄左ヱ門君、ご名答! 冷たく冷やした梨だよ」
「美味しいです! 先輩!」
 目をキラキラさせた彦四郎君がこちらを向く。あぁ、可愛い!!
「ん! なら良かった! このタッパーの梨、二人で食べな。あの二人が終わるまで暇だろうし」
「良いんですか!?」
「多めに持ってきたからね。心配しなさんな。彦四郎君。ゆっくり二人で食べな」
 タッパーの梨に二つ爪楊枝を刺して、二人に手渡す。
 二人は椅子に座ってそれを無心に食べ始めた。
さん、ありがとう。恩にきる!」
「気にし無くていいよー私の自己満足だもん。お弁当も梨も。皆が喜んでくれればいいさ」
 にっこりと笑う私。絶対に気持ち悪いくらいの笑いをしているだろう。
 それを見ていた竹谷君が。
「お前、本当いい奴だな!」
「その台詞何度も聞いたよ、竹谷君」
「何度だって言うさ。お前はいい奴だ! だから飼育委員に」
「まだ行かないっての」
 はぁ、とため息をついて、私もおむすびを食べ始める。
 すると、ようやく三郎君と尾浜君が顔を上げた。
「「終了ーーー!!」」
「あ、お疲れ様です! 先輩方!」
「お疲れ様です! 彦四郎、書類を貰ったらすぐに先生のところへ行こう」
「言われなくても! あ、先輩! ご馳走様です!」
 二人は食べあげた梨の入れ物をかえして、丁寧にお辞儀をする。
「三郎君よ」
「なんだいさんよ」
「抱きしめて良いかね。私はここまで可愛い後輩を見たことないよ」
「おぉ。いいぞ。増分に抱きしめろ」
「ありがとうー! いやぁー! 可愛い!!」
 同じくらいの身長の男子を二人抱え込む。あぁ、なんて可愛いんだろう!
「先輩苦しいです!」
「庄左ヱ門と一緒の気持ちです!」
「おぉ、すまんね。二人とも。仕事頑張ってくれたまえ」
「「ありがとうございます」」
 そう言って、二人は三郎君と尾浜君から書類を受け取る。
 その際三郎君が二人の口にから揚げをそれぞれ突っ込む。
「どうだ? 旨いか?」
「お、美味しいです! 先輩!」
「これ、先輩が作ったんですか!?」
 庄左ヱ門君、こちらへキラキラした目をやらないでくれ。私じゃないんだ。私じゃ。
「残念ながら、私じゃないんだよ。母のなんだ」
「だったら、先輩もその血を引いてるんですね! だとしたら、先輩もきっと料理がお上手なんですね!」
 おお、一年生の無垢な目が痛いよ。
「そうなれると良いな。今のところお菓子くらいしか作れないから」
「良いかー、お前たち。これからに会ったら必死で学級委員会に勧誘しとけ。また旨いもん食えるぞ」
「な、何てこと言ってるんですか!! 三郎君よ!!」
「あ、それ確かにいい考えだね」
「尾浜君までも!?」
 そう言われた一年生の目は……限りなく輝いていた。
「「先輩! 是非、学級委員会に!!」」
「か、考えさせてください……」
「え!? ちょっと待ってよ! さんは管理委員会に来るんだよ! そしたら高野豆腐が!」
ちゃんは絶対図書委員! お菓子作るなら、うちの委員長と絶対に話が合うはず!」
「いいや! 一年生を手なずける速さから、飼育委員向きだ!」

 昔誰かが言っていた。異性に取り合いに去れるのは本望だと。
 でも、それは恋愛感情でしょうすよね? そうですよね?
 この場合、迷惑以外の何物でもねぇー!
 その日、お弁当を餌と勘違いした何かがたくさん釣れました。






作者より
主人公は中等部大好きです。可愛いものが好きです。
そして、中等部には喋り方が優しいです。
2010.6 竹中歩