私は保健室で女神さまに会いました。 私は昇降口で天使に会いました。 出来ればもう一度。 あなた達にお会いしたいです。 マイスイートエンジェル チャイムの音が耳に届いた。 夢の中でも聞こえていたチャイムは、どうやら現実世界の物だったらしい。 私はそれを目覚まし代わりにして起きる。 「…………保健室、か」 直前の記憶を引っ張りだし、カーテンに囲まれた場所にいる事を把握して、その場所が保健室のベッドの上だと推測する。 どうやらあのまま寝てしまったらしい。 ……あの血だらけのシャツのまま!? 「ふ、布団とか汚れてないよね?」 クリーニング代とかかかる筈だから、あんまり汚したくはない。 とりあえず、起きて最初に確認したのは布団。 幸いなことに、なぜか私はジャージの上を着せられていた。 その事にほっと胸をなでおろす。 「えーと、結局今のチャイムは何時限目……?」 「おや、起きましたか?」 カーテンがざっと開いて保健の新野先生が顔を出す。 この学校の男性保健医だ。 「あー、起きました。先生、ご迷惑おかけしました」 「いえいえ。ここは生徒の休まる場所、そんなにかしこまらなくて良いですよ」 優しい先生の顔が今はどうしようもなくありがたかった。 「それで、今何時なんでしょうか?」 「今はですね帰りのHRのチャイムですね」 「なんと!? もうそんな時間だったのですか!」 てっきり五時限目の終了辺りかと思っていたのに。どれだけ寝てるんだ、私。 「少し貧血気味になっていたようですね。あとは精神的に驚いたのもあるでしょう。今は大丈夫ですか? どこか体で気になる場所は?」 「えっと、うーんと」 目をつぶって体に全神経を集中させる。 頭も痛くないし、脳も正常に働いている。ボールが当たる前と多分一緒だ。 「大丈夫みたいです。あ、少し鼻が痛いくらいで」 「そうですか。では、起きて直ぐに申し訳ないですが、ちょっと鼻を見せてくださいね」 「はい」 私はベッドから降りて、新野先生が出してくれた椅子に座る。 「……あー。なるほど。そう言う事ですか」 先生は提出用なのか、状態をカルテの様なものに書き込む。 「えっと、鼻血ですよね?」 「んー、まぁ鼻血と言えば鼻血なんですが、どうやらぶつかったショックで切り傷が出来ていたみたいで、そこからも出血したんでしょう」 これで見てみると良いですよと、先生は机の上にあった手鏡を渡してくれた。 そして、先生の示した先には確かにそれらしい傷がある。 「きっと普通の鼻血とその切り傷からの出血で、いつもより多く出血したんですね」 そういうことか。少しばかり鼻の打ちどころが悪かったんじゃないかと焦ってしまった。 まぁ、大事にならなくて良かったので良し。 「位置が位置なので軟膏を塗っておきましょう。あと、念の為に今日はお風呂と顔を洗うのはやめてくださいね。濡れたタオルで拭いたりして、患部に水が当たらないようにしてください」 「わかりました。気をつけます」 そっか。今日はお風呂駄目なのか。 首筋まで少し血が垂れていたので、お風呂に入りたかったのだが、我慢我慢。 「これを塗っておいてください。私は君の事を報告するために職員室に行ってきます」 小さなチューブ状の薬を先生は私に手渡し、保健室を後にする。 「さて、塗ってしまうか」 鏡片手に患部へと薬を塗る。 幸いなことに傷はそんなに大きくない。出血だけが多かっただけのようだ。 「……そう言えば、あのあと皆どうなったんだろうか?」 保健室の中はやってきた時と一緒で誰もいない。 久々知君達は無事授業に戻れたんだろうか? 友人は心配していないだろうか? 色んな不安や心配が頭をよぎる。 「迷惑かかってないと良いけど」 ことんと、鏡と軟膏を机に置いて改めて部屋を見渡す。 白い壁に茶色い床。カーテンは全体的に薄めのオレンジで統一され、窓辺には花が活けてあった。部屋の隅には保健室専用トイレと洗面台。そして小さなキッチン。 物凄く寛げそうな場所だ。 「いいな。エアコンも完備だし、言う事ないじゃないか」 あとは、可愛い後輩でも話し相手になってくれれば完ぺ……。 「可愛い……と、そう言えば」 眠気にノックアウトされる前に微かだが美人でありながら可愛らしい人に会った時がする。 完全に覚えているわけではないが、とりあえず愛でたくなるような清楚な人だった。 「あれは……夢?」 まどろみ中に浮かぶ現。 「うーん……なんか誰か一緒にいたような気はするんだけど……」 確かもう一人声がした。聞き覚えのある男性の声。 あれは…… 「失礼します。……あれ? もう大丈夫なの?」 こちらを一人の女性が見ていました。 「……め、」 「め?」 優しそうな表情がこちらに微笑んだ。あぁ、もうすいません。 「女神さまぁぁぁぁぁ!」 「ぎゃっ!!」 気付けば、彼女に抱きついていた自分がいる。 そう、後輩を撫でたくなるようなあの衝動と一緒だ。 なに? この美人なお姉さんは! 「え? 女神って……えぇ!? おわぁ!」 私を受け止めきれず、その方はすっ転ぶ。 あぁ、考えたら女性だ。 こんなに意気込んで抱きついた日にはそりゃ後ろにも転ぶってものだ。 「す、すみません……あまりに可愛らしいお姉さんだったもので、つい」 我に返り、その方の胸板に手を付いてはなれる。 ん? 胸板? 胸じゃなくて? 「…………」 ある筈の物がない事に気づき、もう一度胸を確かめた。 ……女性独特の物がない。あのふよふよと柔らかい独特の物が。 「えっと……」 「あ、あはは。もしかして僕の事を女神って呼んでくれていたのかな?」 困ったような笑いもまた一段と素敵。でも、僕ってことは…… 「男性……です、か?」 「あ、うん。時々間違われるけど生物学上は男かな?」 「んのぉぉぉぉぉぉ!!」 まるでスポットライトを浴びたている舞台女優のように泣き伏した。 こんな、こんなことってあるの!? 物凄く美人で可愛いのに! 男の人なんて! いや、男だから悪いって言う見ではないんですけど、可愛らしい物を愛でる私としては、女性の方が愛でやすいと言う理由で、女性であることを望んでいたのです。 だから、けっしてこの人が悪いというわけではない。 「と、とりあえず大丈夫そうだね。覚えてるかな? 僕に会った後倒れるようにして眠った事」 「は、はい。大変美しい女神さまにお会い出来たと思って、至福の様な夢に付きましたから……」 なんとかショックから立ち直ろうと会話を続ける。 これ以上、男の人に女の人として接するのは失礼だし、良く見てみればかなり身長が高いし、落ち着いている。 きっと私より確実に年上だ。 「はは。女神ね。そんな風に言われたのは初めてだよ。で、怪我の具合は大丈夫かな?」 「新野先生に見ていただきました。どうやら鼻に切り傷があったようで、それで過度の出血をしたのではないかと」 「そっかぁ。切り傷か」 ひょいっと私の顔を真正面に向けてまじまじと見る女神さま(名前がわかるまでの仮名です)。 おぉう! やっぱり立花先輩とは違った意味で目鼻立ちの整いが良い。 美形とかイケメンは良く分からないが、多分男性にしても良い顔立ちだとは思う。 つまりは中世的な整いなのだ。 「大変だったね。女の子なのに顔に傷なんて。後で小平太にはしっかり言っておくから」 「小平太さん、ですか?」 「あ、うん。そっか、君達には七松って言った方が早いかな?」 「はっ! 七松先輩ですか!」 「そうそう。結構大きな騒ぎなっちゃててね。あとで顔出すって言ってたけど、潮江文次郎が説教してたからいつになるか分かんないや」 決して笑みを崩すことなく、女神さまは会話を紡いでいく。 七松先輩、今度からは気を付けてくださいね。 そんでもって、潮江先輩。きつめのお説教お願いします。 心の中でそう願った。 そう言えば、さっきから薬の整理してるけど、この人は一体誰なんだろう? 白衣まで来てるし。 「あの、失礼ですがお名前伺って良いですか?」 「あ、そっか。自己紹介まだだったね。僕は『善法寺伊作』。三年C組で保健委員会委員長。だから、君の出血事件の時に小平太に引っ張り出されたんだ。『女の子の顔に怪我させた!』って。すごい勢いで引っ張られてね」 ほう。だから白衣だったのか。しかも委員長様ともなれば、きっと手厚い手当てなんかもできるんだろう。 新野先生には申し訳ないが、これからはこの先輩に頼みたい。 「それで、君は?」 「あ、と言います。二年C組です」 「……? あ、もしかして留三郎の言ってた『お人好し』ちゃん?」 「お、お人好し……」 食満先輩、どう言う説明してるんですか。あんまり褒め言葉ではない気がしますよ。 「君がそうだったんだね。仙蔵とかからも話は聞いてるよー。面白い子だって」 あぁ、もうどんな噂が三年生の間では流行ってるんだが。 本気で布団にリターンしたい所存です。 「そうだ。放課後になったら君のクラスの友人の子がカバン持ってくるって言ってたからそろそろ来ると思うよ」 「あー……やっぱり迷惑かけてましたか」 やってしまったと頭を抱える。 出来るだけ友人には迷惑をかけたくなかったのだが、まぁ、今日と言う日はしょうがない。 「あと、顔がそっくりな双子さんとか、一緒にいた男の子も顔出すって」 きっと雷蔵君や三郎君達の事だろう。 本当、心配をかけて申し訳ない。 「……良い友達だね」 「……はい。感謝してる友人達です」 私は先輩に向かって笑う。 だって、これだけ心配してくれて、私が鼻血出しても助けてくれた。 今からだって顔出してくれるって。 本当、良い人たちと巡り合えてよかったと思う。 前はC組に入った事も、食堂に入った事も間違いではなかったと思うけど、今となっては良かったと思っている。 今年になって、何かが良い方向に回り始めたんだって思えた。 「失礼しまーす。の友人ですー」 「お、友人!」 「おや、目が覚めていたのかい、。ほら、カバン。相変わらず重かったぞ」 「すまんね。何でか重くなるんだ」 私は自分のカバンを受け取る。確かに毎度のことながら重い。 「いやー、雷蔵君からあんたが出血多量で保健室に運ばれたと聞いた時には心臓が止まるかと思ったよ」 「はは。間違っているような間違っていないような説明だな」 「そうそう。で、ジャージ持って雷蔵君と来てみたら確かにあんたは制服血まみれだし、気を失ってるわで、思わず一緒にいた七松先輩に蹴りいれようかとしたわ」 「何事も穏便に済まそうぜ、友人」 「それだけ心配したってことよ。全く……」 うりうりと、頭を豪快に撫でる友人。 本当、友人がクラス一緒になってくれてよかった。 「良かったね、ちゃん」 「はい!」 「……失礼します……あの、入って大丈夫ですか?」 音を立てないように扉を開ける尾浜君。 良く見てみると、鼻血を出した時に対処をしてくれた五人全員が入口に立っている。 「あ、良いよー。ちゃんも起きてるし」 「ありがとうございます、伊作先輩」 お辞儀をして尾浜君を筆頭に皆が入ってくる。 「さん、大丈夫?」 「えー、この通りです。久々知君が帰ってくるまで意識を保てず申し訳ない」 「そんなこと気にしなくて良いよ。それに、俺が先生連れてきたときには、伊作先輩が君の事手当てしてくれてたから」 うわわ。先輩、やっぱり眠りについた後、介抱してくれていたのか。 申し訳なさと、出来ればまじかでお顔を見ておきたかったと言うよこしまな気持ちがわき上がる。 この人、本当に愛でておきたいタイプだ。 「尾浜君も雷蔵君も走らせて申し訳ない」 「ううん。あんなの走ったうちにも入らないし。な、雷蔵」 「そうそう。ちゃんは自分の心配をもっとした方が良いよ」 「お二人とも、ありがとうございます。三郎君に関してはもう、頭すら上がりません……」 「お前な、二人の言うとり少しは自分の事心配しろよ。掃除は七松先輩も手伝ってくれたから早く終わったし」 「七松先輩が?」 「そう。が保健室に行った後、姿が見えなくなったんだけど、しばらくしたら戻って来てさ。それで掃除手伝ってくれたの」 「あぁ、僕を保健室まで引っ張って来た後だね。『私、自分に出来る事やってくる!』て飛び出して行ったから」 薬の整理を終えた先輩は、にこやかに私達のやり取りを聞いていた。 あとで、七松先輩にもお礼を言っておこう。 「そうだ、竹谷君。トイレットペーパー、大変役に立ちました」 「おー。役に立ったならなりよりだ。あ、伊作先輩。あとで俺がペーパーの補充行って良いですか? 俺が持ってきちゃったし」 「あ、それなら大丈夫。今日は保健委員会集まる日だから、やっておくよ」 ありがとうございますと言って竹谷君は頭を下げていた。 「ん? 保健委員会が集まるのってもしかしてここですか?」 「そうだよ。ここでいつも話し合いや、当番の子が既定の時刻まで新野先生の補佐をしてるんだ」 伊作先輩の話から、保健委員もなかなか大変なのだと言う事がわかった。 てっきり、球技大会などの救護班くらいだと思っていたのに。 「、ならアタシ達出て行った方が良いんじゃない? 結構人数いるし」 「そうだね。委員会の邪魔になってはならない。あ、でも新野先生に帰って良いとかは言われてないし……」 うーんと、頭を抱えていた。その時、再び入口の扉が開く。 「「「失礼します」」」 その瞬間、友人があちゃーと言う顔をした。 どうやら保健委員会が来てしまったらしい。 保健室に十人以上。……結構圧迫感があります。 「せんぱーい! 今日は何の話ですか?」 「包帯の歌の練習ですか?」 まだ顔立ちの幼い中等部の事が伊作先輩に駆け寄る。 ……物凄く可愛い&後輩が羨ましい。 私ももう一度先輩に抱きついても大丈夫かな? なんて考えが浮かぶ。 「今日はねー、体の臓器の説明。プリント使って覚えるからね」 「「はーい!」」 まるで幼稚園のようだった。 整備が保育園とするなら、こっちは幼稚園。 何とも微笑ましい風景。 「全く、一年は落ち着きがないんだから。今高等部の先輩方が伊作先輩と話してただろう?」 少しつり目気味の中等部の子がやれやれと言う顔をしていた。 「先輩方すみません。もし、用事があるようでしたら僕たちはあとで来ます」 「あ、大丈夫。俺たちはもう済んだから。友達の様子見に来ただけだし。じゃ、さん。また明日ね」 「うん。また明日」 気を使って久々知君達が部屋を出ようとしてくれる。 明日、皆に何かお礼を持ってこよう。 「失礼します……あ、すみません」 「あ、僕の方こそごめん。大丈夫?」 「大丈夫です……あの、伊作先輩。外のトイレのペーパーの予備がなくなっていて……」 「了解。じゃ、今日は先に皆でペーパーの補充に行こうか?」 雷蔵君が一人の中等部の事ぶつかった。 会話の内容からこの子も保健委員なのだろう。 しかし、私にとってその情報は二の次だった。 だって、この子は! 「マイエンジェルー!!」 まるで、その子を押し倒さんかと言わんばかりの勢いで抱きついた自分。 その子はよろけたが、三郎君が私とその子を受け止めてくれたので伊作先輩の時のように倒れこむ事はなかった。 「え? え?」 「覚えてない? 私の事?」 物凄く困ったような表情。やっぱり間違いない。 「もしかして……階段の所で怪我してた……人?」 「そうです! いやー、覚えていくれて良かった」 私は彼女に会いたかったのです。 でも、友人に笑われると思い、必死でここ数日探しましたが見つからず。 しかし、こんな所で会えるとは。 「えっと、数馬。ちゃんと知り合い?」 「あ、はい。この前の日曜日に怪我をされていたので手当てを……」 「へー、そう言う巡りあわせもあるんだね」 伊作先輩が私達を皆がら微笑む。 うわわ、愛でる対象が多すぎる。この委員会。 「あ、そうだ怪我の具合は大丈夫ですか?」 「もう完治したよー。あのとき手当てしてもらったからほら。もう治ってるでしょう?」 自分の掌をその子に見せる。 「本当だ。良かった、女の人だったから跡が残ったらどうしようかと思ってたんです」 儚げに笑う少女にもう心はお花畑。 やはり可愛いものは癒される。 「そうだ、名前聞いてなかったね。私は、」 「二年C組『先輩』。ですよね?」 名乗ろうとした瞬間、つり目の男の子が私のフルネームだけでなく、クラスまで言い当てる。 「あ、当たりです……。ど、どこでそれを?」 「僕は二年一組の『川西左近』と言います。久作や三次郎と同じクラスなんです」 「あ! あの二人と同じクラスなのか!」 「ええ。二人には先輩の特徴を伺っていたので」 少し怒ったような顔つきでこちらを見ている左近君。 一体、どんな特徴を言っていたのかは気になる。 「本当に、単純な方なんですね」 そうか、単純と来たか。 確かに三次郎君の前では甘酒でテンションあがってたし、久作君の前ではシフォンケーキで上がってたもんな。 確かに間違いではない。食べ物に関して忠実だから。 単純に見られてもしょうがないのかもしれない。 「私も知ってます! きり丸としんべヱから聞きましたー!」 「僕もー。クラスの子から聞きましたー!」 一年生と呼ばれら二人が手をあげる。 おや、一人は眼鏡をかけているのか。あんまり共通委員ではじょうじ眼鏡をかけている人っていなかったから珍しい。 「えっと、きり丸君としんべヱ君と同じクラスってことは三組か」 「そうですー!一年三組『猪名寺乱太郎』と言います」 この元気は確かに土井先生のクラスの子だ。あのクラスの子って素直で元気だもんな。 「乱太郎君ね。で、えっとそっちの子は……一年二組、かな?」 「当たりですー。一年二組『鶴町伏木蔵』ですー。先輩、クラス当てるの上手ですねー」 うん、君達のクラスは分かりやすいんだ。 なんか、空気と言うか顔色が悪いんだもの。 「これからよろしくお願いしますー!」 「よろしくですー!」 二人から握手を求められる。が、なぜか二人は私と握手をする前に何もない場所でこけた。 なんで、伊作先輩と言い、この二人と言い何にもない場所でこけられるんだろう? 因みに、高等部の友人たちはやれやれとこの光景を見ていた。 時折『やっぱりさんには人が寄ってくるね』とか『が子どもっぽいんじゃね?』『その意見わかる!』とか聞こえてきた。 尾浜君は良いとして、あとで三郎君と竹谷君の靴に搾酸でも入れておいてやろうか。 「先輩、人気者なんですね」 「どうなんだろう? 人気と言うか、お世話になってる人が多いだけなんじゃないかな?」 「でも、こんなにたくさんの人が心配してくれたんですよね? やっぱり先輩には何かあるんだと思います」 マイエンジェルに言われ、くるりと後ろ振り返ると、帰るタイミングを逃した同級生達が笑っていた。 考えてみれば、共通委員会の人たちにしろ友人達にしろ、今年に入って出会った人ばかり。 もしかしたら、今年に入って何かが変わったのかもしれない。 「何かあるんじゃなくて、何かが変わったのかもしれないね」 そう、たとえば食堂の扉を開けた事とか。 「そうだ、君の名前は?」 なんだかんだ言って、私はエンジェルの名前を聞いていなかった。 「三年三組『三反田数馬』です。先輩のお話は藤内から聞いていて気……って、先輩!?」 そこでは私は灰になりました。 吸血鬼が杭で胸を撃ち抜かれたように。 それほどまでにショックだったのです。 「はは、男の子だったんだね……」 「え? あ、はい……」 何の事か分からず、キョトンとする数馬君。 あぁ、伊作先輩に引き続きこの子までも男の子だったなんて。 私、異性を判断する目すらやばくなってきたのか。 「ま、まぁ。今日はそろそろ帰らない? 本気で邪魔になるし」 友人が見るに見かねて話を切り替える。 うん、どうやったところで二人の性別は変わらないわけだし。 それに、愛でる分には別に問題はないだろう。 私が脳内で女の子のように柔らかい人たち何だと思えば! 開き直ってやるさ! 「えーと、俺らも帰ろうか?」 「そうだね」 久々知君と雷蔵君も漸く止めていた歩みを再開する。 そう言えば、この五人にもとんでもない醜態見せたもんなー。 「あ、新野先生に言って帰らないといけなかった。友人よ、すまないが職員室に行きたい」 「はいはい。でも、伊作先輩達に言っておけばいいんじゃない? 保健委員会なんだから」 「そうか。保健委員は基本残ってると言って……」 保健委員会。 そう言えば確か共通委員会の一つだ。 ………………。 …………。 ……。 「友人よ」 「なんだい、?」 「私は保健委員会に入るよ」 「……はぁ!?」 突拍子もない一言に帰りかけていた同級生や、保健委員会の人たちまでがこちらを見ていた。 「ちょ、あんた本気!?」 「本気も本気。だって、ここの委員会愛でるものが多いんだもん」 伊作先輩を筆頭に数馬君、ちょっとつれない左近君に一年生が二人もいる。 他にも下級生の多い委員会はあったけど、上級生までが可愛い委員会ってそうそうないから。 「、あんた知らないかもしれなけど、保健委員会はね別名『不運委員会』て言うくらい不運なのよ!? 道を歩けばすっ転ぶ、じゃんけんは基本いつも負け、どうしてか怪我が絶えないって言うくらい不運なのよ!?」 「そ、そこまで言わなくても……まぁ、事実だけどね」 伊作先輩が遠い目をなされた。 でも、不運が何だ。 「伊作先輩や数馬君達がいる時点で、私にとっては運の良いの場所なんだよ」 愛でる対象が基本的にいる場所は不運なんかじゃない。 私にとってはある意味パワースポットだ。 「あんたにとってはそうかもしれないけど、でもさ、怪我が絶えないって」 「すでに怪我が絶えない毎日ですが?」 何度ボールに当たった事か。 今日だってそうだ。 怪我の一つに間違いない。 「今以上に酷くなるかもしれないよ? 日常が」 「酷くならないかもしれないじゃないか!」 ほぼ言い争いになっている女子二人に、男子達はあわあわするばかり。 友人が私の為を思って言っているのも分かるが、私だって譲りたくない。 私の理想郷が図書室以外にもあったのだから。 「おー? 皆入口でどうした?」 聞き覚えのある声が、入口からのびる。 それに驚き、私と友人は口を止めた。 「七松先輩?」 いつ来るかわからないと言っていた七松先輩が来てくれた。 潮江先輩のお説教は大丈夫だったのだろうか? 「小平太、お説教はどうなったの? 文次郎がこんなに短い時間で返してくれるなんて珍しいよね?」 「ん? めんどくさくなったから、途中で逃げてきた!」 ……潮江先輩。心中お察しします。 逃げた貴方の同級生はここにいますよ。 「それにしても、今日は人が多いなー。お? 、お前もう大丈夫なのか?」 「あ、はい。一応今から帰ろうかと。でも、その前に保健委員に入りたいと思って、相談しようかなって」 「は保健委員に入るのか!?」 「アタシは認めないよ、!」 七松先輩の驚いた表情と、友人の説得の言葉が同時だった。 もうどうしたら良いのか。 「伊作先輩、止めてくださいよ。先輩の委員会でもめてるんですよ?」 尾浜君がずいっと伊作先輩を私達の前に押し出す。 「え? え? うーんと……僕としては委員会に入って欲しいんだよね。人少ないし。でも、女の子に怪我が絶えないって言うのは、保健委員会として見過ごせないと言うか……」 まるで雷蔵君のように伊作先輩が悩んでいた。 矛盾してる二つの意見だけど、両方とも理由としては的を得ている。 私としては前者の方が有難い。怪我なんて、今更気にしていないし。 乙女としてはどうかと言う考えだが、私が怪我をした分、他の子が怪我しなければ問題ないし。 すると、乱太郎君が手をあげた。 「私は賛成ですー! 女性の先輩がいると他の女子の皆さんも来ていただきやすいと思いますし」 何よりも欲しかった味方の意見に思わず乱太郎君を抱きしめそうになった。 「僕もですー。女子トイレのペーパー交換がスムーズにいくと思いますー」 伏木蔵君の意見も立派な理由だ。 確かに男子じゃ女子トイレは入れないもんなー。見たところ男子ばかりだし。 「ぼ、僕も入っていただけたらと思います。高等部の方が伊作先輩以外いなかったので」 それはとても切実な気持ちだったんだと思う。 伊作先輩がいない時、負担が全部数馬君にかかってしまうのだから。 こう考えると、用具と飼育も大変なのかもしれない。 でも、ごめん、私はマイスイートエンジェルが二人もいるこの委員会が良いんだ。 伊賀崎君、富松君、ごめんと心の中で謝った。 「僕としては、どちらでも良いんですが……でも、人出は欲しいですね。不運じゃない、人出が」 左近君の言葉が突き刺さる。私、この頃不運じゃない自信がないわ。 そうなるとやっぱり入れないのかなーなんて思う。 「両者一歩も譲らず、て感じかな?」 「て言うか、が共通委員に自ら興味示したのってここが初めてじゃない?」 竹谷君が三郎君の言葉におおと驚いている。 そうなのだ。あれだけ共通委員会に入るのを嫌がっていた私。 でも、ここは勧誘されずとも入りたいと思った。 例え理由が疾しいものだとしても(開き直り) 「……もう一度言うわ。には保健委員会、絶対に無理」 「だから何で?」 「……今の七松先輩見て大丈夫なの?」 にやりと笑って友人が七松先輩の方を見た。 それにつられて、私だけでなく皆もその方を向く。 一体何…… 「小平太!? 腕! 腕!」 一瞬で伊作先輩の声が裏返った。 多分、周りも同じような気持ちだったと思う。 だって、 「何で腕から普通に血を流してるんですか、七松先輩!!」 思わず、突っ込みをれてしまった自分。 だって、流暢にしているような怪我じゃないから。 なんで今までだれも気付かなかったのか不思議なくらい、先輩の怪我は大きい。 多分、レシーブか何かした時にすりむいたのだろう。 「乱太郎! 新野先生呼んできて! 左近と数馬は消毒と包帯の用意! 伏木蔵は廊下と床の掃除! 全く、何で小平太はいつもこう言う怪我をするかなー」 あわただしく保健室が動く。 たとえ不運委員会と言われようとも、その動きは迅速だった。 「そこまで慌てなくても。ちょっとばかり切っただけだ!」 そうは言っているがだくだくと腕を伝って流れる血液。 見てるだけで、自分の出血を思い出す。 足元がひやりとした感じがした。 「保健委員会に入るってことは、七松先輩の尋常じゃない怪我を手当てするってことよ。あんた、耐えられる?」 「…………」 しばし、友人たちの間で流れる沈黙。 そして、 「…………すいませんでした!」 ジャンピング土下座をした自分がいた。 あれが日常茶飯事かと思うと、血の気が引く。 「だから無理だって言ったじゃないの。あの異常な事態に付いていけるだけ肝が据わってないと」 ははんとわらう友人が無性に憎たらしかった。 でも、簡単にはあきらめられる筈がない。だから、 「………伊作先輩、」 「ん? あ、ちゃんごめんね。今、小平太の怪我の手当てが」 「ここって、『なんちゃって保健委員会』募集してますか? それなら入れるんですが」 「こんの、馬鹿!」 私のへこたれない精神に、友人は呆れて頭に拳骨を入れた。 保健委員会。 多分私が入り浸る委員会になるのは間違い。 作者より 共通委員会めぐり終了!! これで多分今のところの生徒全部出たのではないかと。 因みに、主人公の中では伊作と数馬はエンジェルです。故に気持ちは保健委員寄り(笑) この二人に会ったことで、また主人公の中で何か変わればなと思います。(はっちゃけぶりが) 2010.6 竹中歩 |