女神さま降臨 学校、渡り廊下。 それはなんの前ぶれもなく、訪れた。 「へぶっ!!」 悲鳴なのか、くしゃみなのか分からない声を零す。 それに驚き、一緒にいた食堂メンバーが私の方を振りむいた。 「さん、大丈夫?」 「なんか知らんが、今のところ平気だ。尾浜君」 昼休みを少し潰して開かれた進路説明会。 参加したのは高等部二年生全員と言う事もあり、私はいつもの友人とではなく、昼休みや放課後以外は一緒に過ごせない彼らといた。 ちょっと見たらハーレムってやつだよね。うん。 色男五人も侍らせてるんだし(と、友人が言っていた) なので、必然的にその五人に心配される。 「……一体何が私に起きたと、」 「おー! そっちにボール飛んで行かなかったかー?」 ふと見ると爽やかな笑顔の七松先輩がこちらへと向かってくる。 あぁ、貴方様でした。七松先輩。 もしかしなくても、私の顔面にボールが当たったんですね。 貴方の放ったボールが。 「無事な自分に驚愕……」 側に転がっていたボールを見てつぶやく。 奇跡的に怪我はしていない様子だ。 顔が少し痛いけど、脳みそを揺さぶられるほどでもない。多分、威力の低いボールだったのだろう。 運の良い自分に感謝。 「いやー、。お前は本当ボールに縁があるな! きっと好かれているのだろう」 「……出来れば、好かれたくないんですがね」 特に七松先輩のボールとやらには。 この方に出会ってからと言うもの、顔面や頭に良くボールが当たる。 あまりに当たりすぎるので『狙っているのでは?』と、七松先輩に言われた事もあった。 一言言おう。 んなわけないです! もうなんか自分不運なんじゃないかってすら思う。 あぁ、ほら制服の胸元にに赤い点がぼたぼたと……。 ん? ぼたぼたと? 「さん!?」 久々知君の慌てた声が響く。 それで気付いた。鼻から垂れる違和感に。 「う、うわ! ちゃん、血、血!」 「いや、そこまで慌てなくても……」 右往左往する雷蔵君をなだめるが、周りも似たような状況だ。 「、動くな。流血が酷くなる。あと、せめて鼻の辺りに手は当てろ」 「お、おう……了解です」 珍しく心配してくれている三郎君の言葉に従い、漸く流血の続く場所を抑えた。 おや? この感触だと結構垂れている。 「せ、制服まで染まってる……量が……」 おやまぁ。と綾部君みたく他人事のように驚いた。 あの尾浜君までが慌てているではないか。 よほどの出血なのか? 「! これ使えっ!」 そんな事を考えていると、どこからかトイレットペーパーを一ロール持った竹谷君が走ってくる。 あ、そう言えばいなかったっけ。 「これでとりあえず抑えろ」 「あ、ありがとう。竹谷君」 くるくると手に巻き、少し厚めにとったトイレットペーパーを鼻に当てる。 しかしその様子を見て、男子一同は青ざめた。 「うわぁ! もう染まってる!」 雷蔵君がまるで怖いものを見るかのようにこちらを見ている。 なんか思ったより大事だぞ? 「こ、これもう保健室とかのレベルじゃないか?」 竹谷君もあわあわする。 今だかつて、これほどまでに慌てる食堂メンバーを見た事があるだろうか? 結構レアかもしれない。 「俺保健室連れて行ってくるよ。えーと、雷蔵はさんの友達に頼んでジャージ借りてきてあげて」 「わかった」 「八はC組の先生にこの事を伝えて」 「了解!」 「勘ちゃんはうちのクラスと三郎達のクラスの担任に少し遅れるって言ってきて!」 「えーと、A組とB組だな。言ってくる」 「三郎は、」 「私はとりあえずこの廊下掃除しとくよ。あんまりも良い気持ちしないでしょ」 久々知君の的確な指導のもと、他の四人が動く。 こう見ると、やっぱり久々知君て頭きれるんだな。 そして、掃除をさせてすみません。三郎君。 私がやると言いたいのだが、今はそこまでできる状態じゃないし、かと言ってそのまま放置とも行かない。 ここは甘える事にしよう。 「みんな、すいません……」 でも、少し情けなかった。鼻血位でみんなに迷惑かける事が。 たぶん、犬みたいに尻尾があったらしおれてる感じがする。 本当申し訳なかった。 「ばーか。友達の流血騒ぎを放っておくほど、私達非道じゃないよ」 三郎君が竹谷君からトイレットペーパーを少し貰って、呟く。 「そうそう。こう言う時はお互いさまってね。じゃ、俺職員室行ってくるから」 尾浜君の頼もしい背中が駆けて行く。 「ちゃん、もしも気分悪かったら言ってね? 帰りの準備とかも手伝うから」 本当に心配そうにしてくれる雷蔵君。 「ほら、ペーパー持って、さっさと保健室行って来い。な?」 眩しいほどの笑顔で元気づけてくれる竹谷君。 「ね? さん、今は行こう?」 優しい表情の久々知君。 もう、涙すら出てきそうな勢いです。本当、ありがとう。心優しい少年達よ。 ありがとうありがとうと何度もつぶやく私。 まるでどこかのおばちゃん見たく。 「……で、いい加減顔上げてください。七松先輩」 さっきからどうも静かだと思ったら、ボール当てた張本人は頭を下げっぱなし。 あ、土下座はしておりません。そうそう潮江先輩や食満先輩みたいな状態になられてもしょうがないですから。 「本当にすまん! 私の不注意だ!」 「あー……まぁ、そうでしょうね」 それは間違いない事実だし、確かに私も今回は少し怒っている。 「わ、私もおまえに何かしたい!」 「謝罪って言う意味ですか?」 「そうだ! 何をしたらいい? 毎日の送迎か? それとも授業の影武者か?」 なんでそんな突飛な考えしか出ないんだ、この人は? まぁ、まともな意見をこの人に求めても無駄かもしれない。 私は少しため息をついて、 「じゃぁ、これからは出来るだけ人にボール当てないでください。当たったのが私だったから良いようなものの……他の女生徒だったらどうするんですか? 鼻血とか恥ずかしくて、普通の女の子なら泣いてておかしくはないですよ」 この歳になって鼻血と言うものは結構恥ずかしい。 つまり私も人並みに恥ずかしさを覚えているのだが、 「まぁ、久々知君たちに当たらなかっただけ良いですよ」 そう、この事実のお陰で恥ずかしさを緩和出来た。 友人曰く、イケメンの集まりと称される彼らの顔に当たった日にはそれはそれは今以上に大事になったであろう。 多くのお嬢さん方が泣くのは私にとって辛いものだ。 「そんなことで良いのか!?」 「そんなの事って言うくらいなら、日ごろから気をつけて下さいよ」 「分かった! これからはボール当てないようにする! 絶対だ!」 いつも笑顔の絶えない先輩の顔が本当に困ったような真面目さだった。 うん、この人にはこれで十分だ。 「お願いします……。では、私は保健室に行きますので……」 気のせいかちょっと立ちくらみがしてきた。 やっぱり血の量が少し尋常じゃないのだろうか? 「あ、あとでお見舞い行くからな!」 「静かに過ごしたいので、来なくていいです」 その時、七松先輩がどんな顔をしていたのかは流石に分からなかった。 「失礼します!」 久々知君が保健室の扉を勢い良く開ける。 一人で大丈夫だと言って、彼を返そうとしのだが、彼曰く『七松先輩のボールが当たって大丈夫なわけないでしょ!』と力説されたため、結局甘える形になってしまった。 本当、すいません。今ここにいない友人達もありがとう。 そんでもって、彼らのファンの方申し訳ない。 今は彼らの力をお借りします。 まるで念仏でも唱えるかのように、私は心頭を滅却していた。 何で念仏? それはさっき廊下にあった姿見で自分の姿を確認したからだ。 ……どこのホラー映画ですか? 一番ひどかったのは襟と胸元。どの位酷いのか想像にお任せします。 「さん。俺、新野先生探してくる。今いないみたいだから」 「あ、でも鼻血位ですから保健室のお世話になるほどでは……」 「駄目! 量が尋常じゃないんだから。一応見てもらわなきゃ! 大人しくしててよ?」 「はい……」 確実に釘を打つ台詞を残し、彼は扉を閉める。 がらんとした保健室に残されたのは私一人。 寝ている生徒もいないらしい。 あぁ、ベッドが空いてるよ。いいなー。お昼食べた後だし、午後の授業も嫌な教科だからこのまま寝たい。 まぁ、今日は流石に寝ませんよ。今寝たらベッドが血だらけになるしね。 「……ある程度は止まったかな?」 手に当てていたティッシュを離して、状態を確認する。 量は多かったけど、止まるの早いようだ。 私は立ち上がって保健室内にある洗面台の鏡に自分の姿を映し、濡れたティッシュで顔に付いた血を拭った。 よし。なんとか見られても平気な顔。 「にしても、いけどんアタック、恐るべし……」 因みにいけどんアタックとは七松先輩の放ったボールの事。 七松先輩の口癖から巷ではこう言われるらしい。本当、豪快って感じですよね。 「あー……さすがにちょっと頭痛い」 血を見た所為か、はたまた皆に迷惑をかけたと言う罪悪感からか、脳内がうまく整理できずぐるぐると思考だけが回る。それだけで痛い。 「本気で寝たくなってきた」 その辺にあった椅子に腰かける。あ、やばい。ここ日差しが心地よくてこのまま寝れそう。 まだ確実に止まってはいないので、鼻にティッシュをつけたままだが、舟をこぐ。 うっつらうっつら。 そんな時、扉がものすごい勢いで開いた。 「大量出血の人はどこ!?」 あまりにも大きな声と、扉のガラス割れるんじゃね? と思うほどの大きな音に驚き目を開ける。 そして尋常じゃない慌てっぷりの白衣の人が入ってきた。 あ、しかもこけた。あの床、何にもなかったのに。 え? そのままゴミ箱にまで突っ込む!? ……なんなんだ、あの人。 「ちょ、ちょっとどこ!? 小平太、本当に保健室に行くって言ったの!?」 がやがやと二人の生徒が良い争いっぽい物をしていた。 いかん。本気で眠いうえに頭が痛い。少しばかり視界が定まっていない。 「あ、いた!」 結構気付きやすい場所にいたと思ったのだが、そうでもないらしい。 その慌てっぷりの方はこちらへ近づいてくる。 「うわ、制服が……可哀相に。ねぇ、君大丈夫?」 定まらない意識の中で声をかけてきたその人の顔を見た。 やわらかそうな茶色い髪に、整った顔立ち。 立花先輩とは違う綺麗さや、儚さを持ち合わせた美人さん。 しかも困ったような表情がまた何とも言えない。 …………ここに女神さまが降臨なされた。 「……良い物をありがとうございました」 まるで、お地蔵さんか何かに祈るように私は手を合わせてお礼を言った。 こんな美人に会えたんだ。お礼を言うのは当然。 しかし、そんな馬鹿な事をしたおかげで、私の記憶はそこからぷっつりと切れた。 眠気万歳。 「ぎゃ! この子失神したよ! ちょっと、小平太! 何したの!」 「わ、私はボールをぶつけてしまっただけだぞ!?」 「え!? 君のボール当たっちゃったの!? こりゃ、やばいかも……」 その後、保健室の中はかなりあわただしくなったようです。 女神さま。 目が覚めた時、もう一度あなたに会えますか? 作者より 伊作は数馬同様ぱっと見たら女の子に見えると言う話です。 多分、主人公には後光が見えていたんじゃないでしょうか? 地味にマイスイートエンジェルへ続きます。 2010.6 竹中歩 |