白いかっぽう着に腕を通し、 白い三角巾を頭に巻き、 白いマスクで顔を覆う。 「準備万端!」 いざ行かん、われらの合戦へ! コロッケが結んだ縁 「……おい、待て。そこの給食のおばちゃん」 「なんですか? 友人よ」 友人にかっぽう着を掴まれ、振り返る。 「あんた、それ調理実習の恰好じゃないでしょうが?」 「エプロンと頭に巻く布には指定なかったけど?」 「いや、確かに指定は無かったけどさ。女子高生のする格好じゃないでしょうよ?」 「だって、制服汚れるとめんどくさいんだもん」 友人の手を振り払い、私はジャガイモを洗う。 「にしたって、マスクまでしなくても……」 「油がはねるのが嫌なんだよ。熱いじゃないか」 友人は確実に呆れたらしい。 まぁ、しょうがない格好だとは思う。色気もへったくれもないから。 「はぁ……。もう良いわ。んで? あたしは何をすればいいの?」 「鍋にお湯をかけておいて。塩は少しね」 「はいはい」 漸く友人も手を動かし始めてくれた。 今日は調理実習。今は献立の一つ、コロッケを製作中。 友人以外の女子と組んだの五人の班で作るものを分担した。 私と友人はコロッケ。後の三人はサラダとデザートの杏仁豆腐。 お昼御飯も兼ねているので、さっさと作らないと昼休み時間までには間に合わない。 「そう言えば、コロッケの味付けはどうするの? 塩コショウじゃないんでしょう?」 「あ、うん。うちのコロッケ甘辛いんだ。だから、砂糖と醤油」 「の所のコロッケ美味しいもんねー。アタシ、あれ好き」 今日作るコロッケの味は私の家の味だ。 一応先生からレシピを配られたのだが、班の子から私の家の味が良いと言われ、その味ですることになった。まぁ、塩コショウのコロッケよりはおかずにしやすいと思う。 なので、昨日必死に母親からレシピを学びました。 お菓子は出来るけど、おかず系はあんまり作んないから自信無かったんだよ。 「ー。お湯沸いたよー」 「了解ー。芋茹でるか」 ちゃんと出来上がるか不安ですが、やる事はやってみよう。 「んじゃ、いただきます!」 「「「「いただきます!」」」」 無事、コロッケも他のメニューも出来上がり、私達はテーブルを囲む。 予定より早く出来たため、昼休みも結構あまりそうで良かった。 「やっぱり、さんの所のコロッケ美味しい!」 同じ班の子が叫ぶ。うん、上手く行ったらしい。 まぁ、味付けさえ失敗しなければ大抵はうまく行く。 「本当だよね。揚げ物してる時の姿なんて、本当に給食室のおばちゃんか、幼稚園児のスモッグだったもん」 「……君も一緒に揚げて欲しかったかい?」 にやりとうすら笑いを友に向ける。 「う! ……ちゃんごめんなさい。もう言いません」 格好がおかしいのは知ってますよ。 でもね、油って本当服に匂い付きやすいんだ。だから、しょうがないじゃないか。 「だけど、ちゃんのコロッケってお肉屋さんとかで売ってるやつっぽくて、本格的って感じ!」 そんな班の子たちの声を聞きつけてか、他の班からも食べさせてーと言う事が聞こえてきた。 今回はメインが揚げ物であれば何を作っても良いと言う課題だったから、他の班とはメニュー違う。だから、いつの間にかおかず交換会。 唐揚げとか、海老フライとか。フライ定食みたいだ。 で、誰だ? ドーナツを皿に置いた奴は? ……まぁ、後で美味しく食べるけどね。 さて、他の料理も食べてみるか。野菜サラダと杏仁豆……? 「あのさ、」 「ん?」 「これは何かな?」 私は杏仁豆腐が入っている予定の小鉢を掲げて、それを作った友に問う。 「え? 杏仁豆腐だけど」 「ほうほう。杏仁豆腐とは上半分が透明で、下半分が白で、その境目にポップコーンの様な物体が浮かんでいる塊の事言うのかね?」 それは誰がどう見ても、杏仁豆腐と呼べる物ではなかった。 なんか、出来の悪い水饅頭とかそんな感じである。 「友人よ」 「何だい?」 「杏仁豆腐とは乳白色でツヤのあるプルンとした物だと思っていたんだが」 「アタシもそれしか知らない。てか、絶対に杏仁豆腐じゃないわよ、これ!! ちょっと!」 杏仁豆腐を担当していた友を友人が捕まえる。 「何をどうやったらこんな風になるのよ!?」 「わ、わたしも気付いたらこうなっててさ。まぁ、食べられなくはないよ。あ! そうだ! 確かA組に豆腐好きな男子いたよね? その子なら食べられるんじゃないかな?」 多分、久々知君の事だ。 しかし、いくら豆腐好きとは言えこの杏仁豆腐は食べないだろう。 とう言うか、もう何なんだろう? この煮凝り。デザートとすら呼んでい良いのか、食べ物と呼んで良いのかもわからない。 「もう! コロッケは美味しいのに……。もう金輪際、あんたにはデザート頼まないわ」 「じゃ、ちゃんと一緒に今度はメイン作るね!」 「「却下」」 前向きな友の提案を私と友人は冷めた声で止めた。 次の調理実習をする時、彼女には洗いものだけを頼もう。 こうして、その日の調理実習は終了した。 『残りはが持って帰りなよ』 友人たちはそう言って、調理実習で作ったコロッケの残りを私に全部くれた。 本当なら皆が少しずつ持って帰る予定だったコロッケ。 しかし、あの杏仁豆腐の所為で皆が胸焼けを起こしてしまい、揚げ物の匂いが胃に来ると言う理由で急きょ全部私に押し付けてきた。一応私も少しは胸焼けしたんですけどね。 まぁ私の場合、全ての杏仁豆腐を食べあげる前に残りを作った張本人に食わせたので、みんなより症状は軽くて済んだ。 その代わり杏仁豆腐を作った彼女は、今頃きっと胃薬とお友達だろう。 「さて、コロッケどうするかね」 まるで他人事と言わんばかりに話を切り替える。 目をやったのは当然押しつけられたコロッケの山。 知り合いに配ると言ったら、先生が大きめのお皿を貸してくれた。なので、持ち運ぶには問題ない。 しかし、いつまでも借りっぱなしと言うのはいただけない。早急に返さねば。 私は休み時間を使って知り合いを探すことにしたのだが、こう言う時に限って見つからない。 「どこかで委員会でもやってないかな?」 男子が数人いればあっという間に消費できる数。 一人一人に配るより効率が良い。 だが、今委員会をやっているクラスがあるのだろうか? 「潮江先輩とかなら昼休みにでも仕事やってそう」 となれば、生徒会室か。 目標を決め私は歩みを早める。と、その時。 「危ない!!」 男子の声が聞こえた。が、時すでに遅し。 声が聞こえたのは顔面に痛みが走った後だった。 「っ! ……」 声にならない悲鳴が出る。むちゃくちゃ痛い、顔全体がひりひりする。 一体何事ですか? 「だ、大丈夫ですか?」 「た、多分……」 ただ只管に痛いだけだし、顔に手を当ててみたところ血も出ていない。 うん、大丈夫だ。コロッケも無事なようだし。 「すみません、思い切りバレーボールが当たってしまって」 「へ? ボール?」 きょろきょろと周りを見てみると、そこには真っ白いバレーボールが一つ転がっていた。 あー、あれが顔面に当たったのか。 「しかも女性の顔に当ててしまうとは……滝夜叉丸、一生の不覚です!」 くぅっと顔に手をやる男子。 おや、高等部の生徒だったのか。見た事のない顔だ。 しかし、ボールが当たったくらいでそこまで落ち込まなくても。 「あのー、何ら問題ないし、怪我もなかったからそこまで気にしなくても……」 「顔に当たっておいて問題がない!? 私なら大問題ですよ!? この滝夜叉丸の顔に傷が付いた日には、それはもうファンの子たちが騒ぐでしょう。そしてその子たちが賠償問題だと立ち上がり、学校は女性との声で埋もれ、その騒ぎを聞きつけたマスコミがわんさか学校に押し寄せ、それから……」 長……ってか、長いよ! どれだけ自分の顔に付いて語るんだ? この男子。 目をつぶって力説してるから、私が呆れてるなんて事も気付いてない筈だ。 ある意味凄いが、ちょっと殴りたい。 「滝夜叉丸先輩ー! ボールどうなりましたかー?」 「……となるわけで……はっ! 私とした事が、つい自分の素晴らしさを語るのに時間を忘れていた。まー、私の事を語るには時間など短すぎて意味をなしませんがね」 ちょっと誰か、さっきの杏仁豆腐持ってきてくれ。 それ口に突っ込んだら、流石にこの子黙るはずだから。 ふと黒い考えが脳を過ぎ去る。それと同時に、彼の名前を呼んでいた男子が、私達のもとへと到着した。 「あの、先輩ボールってさっきから……あれ? どうかされたんですか?」 うるさい高等部の男子より、私に目を向けてくれた少年。 制服から中等部の様だ。 「あの、座りこまれてますけどどこか悪いんですか?」 「あ、いやボールが当たってそのまま動いてないだけで、悪いわけじゃないです」 「え!? ボール当たっちゃったんですか!? うわー、ごめんなさい!」 必死に頭を下げて謝る少年に思わず顔がほころんだ。 素直で可愛いぞ、この少年。 「滝夜叉丸先輩、ちゃんと謝罪しましたか?」 「いや、そう言えばまだだった。えー、大変申し訳ない。私達委員会のミスです」 漸く普通に戻った滝夜叉丸と言う人も謝ってくれた。しかし、私は謝罪より気になる事があり、気付けばその事を聞くために口が開いていた。 「委員会? 委員会でバレーしてたの?」 「はい……委員長がバレーをしたいと僕達委員会メンバーを集めて。……半強制的にですが」 うぉ。何ともむちゃくちゃな委員長がいたものだ。どこの委員会だろう? 「滝夜叉丸先輩! お願いですから、七松先輩止めてくださいよ!」 「き、金吾! 無理を言うな! いくら私でも七松先輩は止められん!」 さっきまで自分に酔っていた滝夜叉丸君がいきなり弱気になる。 よほど怖いんだな、七松先輩って。……ん? 七松? 「……もしかして、七松って体育委員会委員長の……?」 「「……はい」」 二人はがっくりと肩を落とす。あぁ、そう言うことか。 「あの先輩じゃ拒否権とかないよね……」 共通委員会で唯一私が最初から名前を知っている先輩。それが体育委員長の七松先輩だ。 運動を誰よりも愛し、何事にも全力投球、そして人の話を聞かない。 つまりは手のつけられない存在なのだ。 去年の体育祭で思い切り目立つ人だったので覚えている。 ……リレーを一人で走り切ってしまったのだから。 確か一等でゴールしたけど、リレーになってなかったからって失格になってなぁ。 まぁ、その暴君と呼ばれる七松先輩なら必死に止めたくもなるだろう。 「た、大変だね。七松先輩の下って」 「あぁ! 分かっていただけますか!? そう、そうなのです! もう、毎日毎日毎日運動運動運動で! 時たま鍛錬だとか言って僻地までマラソンはさせられるし!」 握りこぶしを作って涙ながらに語る滝夜叉丸君。 この自分大好き人間をも泣かせるってよっぽどだな。 「球技なんかやった日には怪我人が出るの当たり前ですからね。七松先輩のボールは多分、木の一本や二本倒すこと出来ますよ」 あ、金吾君の目が虚ろだ。 「このボールを持って帰ったら、またそのバレーの再開です。今日は何人怪我人が出るんでしょうね、滝夜叉丸先輩」 「今日はすでに一人出たぞ。四郎兵衛が鼻血出してたし。それでもあの人は続けるからな」 あぁ、すでに犠牲者が。 どんだけ無謀な上に空気読めないんですか、七松先輩。 怪我人出たら一旦止めましょうよ。 「む? そう言えば私を追いかけてきたのは金吾、お前だけか?」 「……いえ、次屋先輩も一緒に来てたはずなんですが……」 「いなくなったか」 「はい……」 また二人して項垂れる。なんで? どうしてそこでうなだれるの? 二人とも 「とりあえず、僕はボールを持って七松先輩の所戻ります。滝夜叉丸先輩は一応そちらの先輩を保健室に。どこに当たったのかは分かりませんが念の為に」 「そうだな。女性の顔にボールが当たったのだ。保健室には連れて行かねばならぬ。さぁ! お手をどうぞ」 「結構です」 ずざざざっと、滝夜叉丸君が前のめりにずっこける。良いリアクションだ。 「な、なぜですか!? この私がお伴をするというのに!?」 「いや、保健室に行くほど怪我もしてないですし。それに、顔を犠牲にしてまで死守したコロッケを配りたいので」 普通なら落としていそうなものだが、自分の中にあるもったいないと言う意志が死ぬほど働いたらしく、コロッケは何の変化もなく無事。 食に対してのこだわりが異常に強い自分に乾杯。 「と言うわけで、私はこれにて……」 「ボールはどこだぁぁぁぁぁ!!」 来る。 なんか来る。 砂埃が異様な早でこっちに来る。 あれは……もしかしなくても、 「「七松先輩!?」」 金吾君と滝夜叉丸君が顔をひきつらせて名前を口にする。 やっぱりそうか。 そうだよね。あんな土煙上げながら走れるのって、うちの学校では七松先輩くらいしかいないもんね。 しかもあの人、後輩と思しき人間を荷物みたいに引っ提げて走ってきてるよ。 中等部一人抱えてあの速さって、もう人間じゃない気がする。 「金吾! 滝夜叉丸! 心配したぞ! ボールはどこだ?」 「ぼ、ボールなら僕が持ってます……と言うか七松先輩。時友先輩が白目向いてますよ」 「ん? お、本当だ! 四郎兵衛、目を覚ませ」 思い切り痛そうな張り手を二発、四郎兵衛とか言うこの頬にくらわせる。 三発目を入れようとした時に、死な顔で滝夜叉丸君が止めた。 うん、賢明な判断だ。 「早くしないと休み時間が終わってしまうぞ! ……ん? おまえは誰だ?」 「え? 私ですか!?」 「そう、お前だ!」 四郎兵衛君を滝夜叉丸君に渡して、七松先輩は屈む。 どうやら目線を合わせてくれているらしい。うわー、目のまっすぐな人だ。 「えーと、二年C組のと言います……」 「そうか! 私は三年B組七松小平太だ! 体育委員の委員長だ!」 「はぁ……存じております」 「そうか! で、お前はどうしてこんな所で金吾達に囲まれているんだ?」 「…私達のバレーボールがこの方の顔に当たったんですよ」 滝夜叉丸君が呆れて事情を説明する。 「そうなのか!? それは悪かった。どこも怪我はしていないか?」 「あ、大丈夫です。顔面が少し痛いだけで」 「そうか! なら良かった!」 うん、本当に空気読めなさそう。なんか、いつの間にこの人のペースに巻き込まれている感じ。 「……お? その手に持っているのはコロッケか?」 先輩はコロッケに気づいたらしく、私が抱えていた皿へと目をやる。 話切り替えるの早っ。 「は、はぁ……調理実習で作ったんです」 「そうか! 私も前に作った事あるぞ! そう言えば、皆にもあげたよな?」 その言葉に金吾君と滝夜叉丸君の肩が強張った。 何かあったのだろうか? 「あの時は皆嬉しそうに食べてくれて嬉しかったぞ!」 「………鍋……味」 「へ?」 呪文のように滝夜叉丸君が何かつぶやいている事に気づく。 「な、なんて?」 「……コロッケ鍋油味、です」 漸く意識を取り戻した四郎兵衛君とやらがこちらを見て、口を開いた。 「……衣はべしゃべしゃで、中身は油がこれでもかと言うくらい染み込んで、油の味しかしないと言う恐ろしいものでした……」 おぉ……四郎兵衛君。 虚ろな状態でも言えるってことは余程酷く記憶に残った産物らしいな。 揚げる時の温度がきっと低かったんだろう。 「もう、あれは殺人レベルでしたよ。私は胸焼けと三日戦いましたから」 滝夜叉丸君も顔色が悪い。そこまでなのか、七松先輩のコロッケ。 「僕、トラウマになりかけて、あれから暫くコロッケ食べられなかったです」 「そこまでの産物だったのか!?」 コクリと頷く金吾君。 七松先輩、そこまで行くと違う意味で神の出来です。 「皆さっきから何をぶつぶつ言っているのだ?」 「「「なんですもないです!」」」 後輩三人が声を揃えて叫ぶ。 なんか、上司が頼りないと部下が出来るって言う会社一場面を見ているようだ。 「あー……凄い出来だったんですね、七松先輩」 「そこまで誉めるものではなかったぞ? そうだ、お前のコロッケは美味いのか?」 「え? あ、はい。班の人たちは喜んでくれました。少し味付けが普通と違うんですけど」 「そうなのか!? 普通と違うのか!?」 その瞬間、七松先輩の目が輝いた。まるで『待て』をしている犬のように。 こりゃ、あげた方が良いな。 「いりますか? もし、よろしければ」 「良いのか!?」 「はい。私もこのお皿空けたいんで」 「なら、貰うぞ!」 ひょいっと先輩はお皿からコロッケを一つ取った。 もう熱くはないから大丈夫だとは思うが。 「いただきます!」 !! 凄い、一口で食べた、この人! 「………」 「あ、あれ?」 何の反応もない。もしかして甘辛い肉じゃが風のコロッケは苦手だったのかな? 「!」 「はいぃ!」 思わず名前を呼ばれて、背筋を伸ばす。 「これ、他の奴らにも食わせてくれないか?」 「た、体育委員会の人たちにですか?」 「うん!」 「出来ればお願いしたいです。さっきも言いましたけど、お皿を空けたいので」 私は皆の中央にお皿を差し出す。 最初は遠巻きにしていた滝夜叉丸君達だったが、先輩の命令と言う事もあり、一つずつ手に取った。 本当に七松先輩のコロッケが嫌だったんだね。遠巻きになるくらい。 「「「いただきます」」」 そうしてそれぞれは一口かぶりつく。 あ、やっぱり一口で食べられるの七松先輩だけなんだ。 「……美味しい!」 一番最初に声をあげたのは金吾君だった。 実はトラウマになりかけたと言う事で、一番心配だった彼。良かった、彼が美味しいって言う事はやっぱり美味しいんだ。 七松先輩が無言だった所為でレシピ間違えたとか、実は友人は無理して食べてたんじゃないかとか余計な事を思ってしまったよ。 「確かに美味しいです! この素晴らしい揚げ具合に、絶妙に配合されたひき肉。そして優しいジャガイモ! どれをとっても天下一品! 私、滝夜叉丸も美味しいと思います! いやぁ、私もコロッケには拘りがありまして……」 うん、長いからスルー。 予想ついてたしね。 「先輩」 くいくいと、腕を引っ張る四郎兵衛君。 「なに?」 「……美味しいです」 か、か、可愛い! にぱーと笑って一生懸命に美味しさを伝えてくれようとするその姿がたまらない。 「あ、りがとうー!」 気付けば思わず抱きしめていた。 あー、中等部、本当に癒される。 「あれー? 先輩たちこんな所にいたんですかぁ?」 ひょいっともう一人中等部の少年が顔を出す。 中等部にしては背が高いな、この男の子 「次屋、おまえどこに行ってたんだ?」 「どこにって、ボール探しに行ってたんですよ。そうしたら」 「そこで見つけたんで、連れてきました」 次屋と言う彼の後ろから姿を現したのは整備委員所属で中等部の三年生。 「富松君じゃないか」 「あ、先輩」 私達はそれぞれ頭を下げて会釈する。 「あれ? 作兵衛知り合い?」 富松君と私の顔を見比べる次屋君。 「あ、うん。前に整備委員に来てくれた事があって。先輩、その節はみかんをありがとうございました」 「ううん。あの時は食べてくれてありがとうね。あ、あと私の事『こどもっぽい』て言ってたらしいね」 「え!?」 「神崎君から聞いた。今度またタックルするから、心得て置きたまえ」 「えぇー!?」 ちょっと困った顔を浮かべる富松君。 はは、相変わらず楽しい反応をする子だ。 「へー。先輩、作兵衛と左門も知り合いなんだ。あ、俺は作兵衛と同じクラスの『次屋三之助』て言います。これからよろしくお願いします」 「あ、よろしくお願いします。……えーと、彼が金吾君が言ってた次屋って人だよね?」 「そうです。この方も体育委員です。それで、少しばかり方向音痴がひどくて、ここに来るまでにどこか行っちゃったんです」 なるほど。 だからいなくなったという言葉を聞いて、滝夜叉丸君がうなだれたのか。 毎回いなくなるから。 「あ、そう言えば僕も自己紹介してなかったですね。僕は一年三組『皆本金吾』です」 金吾君がコロッケ片手にお辞儀をする。 「三組ってことは土井先生のクラスか。あの先生優しいよね」 「はい! とっても優しいです。時々怒ってチョーク飛ばしますけど」 凄っ! 今時チョーク飛ばす先生がいたんだ。ちょっと感激。 それにしても、一年三組との出会い率が多い自分。 まだ、委員会所属の子っているのかな? 「そうだ、えーと四郎兵衛君はどこのクラス?」 「僕は二年三組です。『時友四郎兵衛』て言います」 そうか、二年生だったのか。失礼だが一年生と思っていた。ごめんねと心の中で呟く。 「因みに私が高等部一年A組、学年で一番の成績を誇る『平滝夜叉丸』と申しま……」 「あ、富松君、次屋君。二人とも食べる?」 私は長ったらしい滝夜叉丸君の言葉をスルーして、残っているコロッケを二人の前に差し出した。後ろの方で、滝夜叉丸君が泣いてるけど気にしない。 「お皿を早く空けたくてね。良かったら貰ってほしい」 「あ、俺貰います! 作兵衛は?」 「も、もちろん貰うよ。先輩の料理、美味いって評判だし!」 はは。また先輩の『お母さんの』って言葉が抜けてる。 私の料理じゃなくて、母の料理がおいしいんだってば。 まぁ、この頃はそれを気にして少しは料理始めたんだけどね。ちっとも上達しないんだよ、これが。 私にはやるなって思し召しかしら? そんな風に少し打ちひしがれていたら、 「先輩、美味いっす」 「本当……美味しいです、先輩」 うんうん。喜んでもらえたなら何よりだ。 えーと、残るコロッケはあと一つか。まぁ、一個ならどうにかして消費できるかな。 「あの、先輩」 「ん? なにかね、富松君」 「最後の一つ、貰って良いですか? 左門にもやりたいんで」 「あ、良いよ。そっか、次屋君と富松君と神崎君は同じクラスなんだね」 「はい。だからあいつにも食べさせてやりたいんです」 「了解。じゃぁ、持って行くと良い」 私はお皿の一番下に敷いてあったクッキングペーパーに最後のコロッケを包むと富松君に渡す。 友達思いなんだな、この子。 「本当、富松君は良い子だ」 「え?」 にっこりと笑い、彼の頭を撫でていた自分がいる。 整備でも一生懸命に働いて、友達思い。きっと歳をとれば良い先輩になるだろう。 「それ、早く持って行ってあげな。もうすぐ昼休み終わるから。私もお皿返しに行かなきゃならんし」 気付けば昼休み終了まであの五分。急げば洗って先生にお皿を返せる。 そう思った時、不意に視界が高くなった。 「!」 「はい! って、のわっ!」 下に七松先輩の顔がある。あ、私高い高いされてるのか。 うわぁ、いつもとは違う景色だぁー。すっごーい。 って! 何で掲げられてるんですか!? 「お前、体育委員に入れ!」 「は!? な、何でですか!?」 「お前が入れば、お前の料理が毎日のように食えるからだ! お前の料理は美味かった!」 やっぱり料理ですか!? なんかこの頃、委員会勧誘の目的が料理っぽいなとは思ってんですが、やっぱりそうですか!? 「それはありがとうございます! でも、私は体力ないんで体育委員は無理です!」 「体力なんて毎日運動してれば付く! どうだ! 入らないか、体育委員に!」 「私更衣室委員なんで、無理です」 「両立すれば良い! そうだ、今から委員会の厚着先生か、日向先生にかけ合おう! それ、いけいけどんどーん!!」 気付けば七松先輩に小脇に抱えられ、全力疾走。やっぱり人の話聞かない先輩だ。 誰か、 「助けてぇぇぇぇ!!」 救助を求める叫び、再び。 その後、私は体育委員会の後輩たちによって助けられた。 噂の暴君。予想をはるかに超える存在だ。 作者より 小平太こそ、食べ物を理由に勧誘する人間だと思っております。 そんでもって、杏仁豆腐は知り合いの実話です。ぜひ見てみたかった(笑) 2010.6 竹中歩 |