司書室にいたのは妖精たちでした



 茹だる様な暑さを退けるために机に頬をつけた。
 ひんやりとした机は思いの外、心地良い。
「冷やっこい……」
 本当に小さな声で呟く。
 ……にしても。
 なんで、放課後になった途端、雨なんて降るんですか?
「全く、ついてない」
 窓の方へ目をやる。
 六限目あたりには降っていなかったのに、掃除時間になった途端これだ。
 私のだけではなく他の生徒もまさか雨が降るとは思わず、皆表情がげんなりしていた。
 この雨の中を帰ると言うのはやっぱりみんな嫌らしい。
 帰りのHRが終わった時にはもうどしゃ降り。
 濡れるの覚悟で強行突破しながら帰って行く生徒に、迎え呼ぶ生徒。置き傘で帰る生徒等々。みんなそれぞれの帰り方をしていた。
 私はと言うと、
「……湿気に負けましたね」
 この図書室へと非難している。
 放課後にクーラーが効いていて、生徒が入れる部屋は限られている。その中の一つがここ。図書室だ。
 他にも一応部屋はあった。……生徒会室とか、風紀委員室とかなら。
 はは。断言しよう。
 そこに行くくらいなら、私は雨の中猛スピードで帰る事を選ぶ!
 どんな事態になるかもわからないし、それに仕事の邪魔になるかもしれない。
 となると、ある程度他の生徒もいる図書室が一番無難と言うもの。
 幸いながら雨は通り雨らしく、少しずつだが弱まっている。
 ここで少し読書をすれば帰れるだろう。なにか新しい料理の参考になるものが見つかればいいが。
 私はそう思い立ち、図書室の机とクーラーのお陰で落ち着いた体を動かす。
 その時、不意に肩をたたかれた。
ちゃん、いらっしゃい」
「おや、雷蔵君」
 にっこりと文庫本をいくつか抱えた雷蔵君に出くわす。
「そうか。雷蔵君は図書委員だったっけ」
「そうだよ。放課後は大抵ここにいるかな?」
 共通委員の一つである図書委員会。
 その仕事量は本の整理や修正、生徒への貸し出しや虫干しなど、結構な量を誇る。
 放課後の殆どが本の管理に消えてしまう事や、静かに過ごさねばならないという理由で、特に男子には人気のな委員会らしい。本好きには良い委員会なのだろうけど。
 因みに私も苦手かもしれません。静かにしていると眠くなります。
ちゃんはどうしてここに来たの?」
「雨が降っていたので晴れるまでの時間を潰していました」
「あぁ、雨いきなりだったもんね」
「はい。残念ながら傘を持って来ていなかったので」
「あ、じゃぁ僕の傘かそうか? 折り畳みだけど」
「? そうすると、雷蔵君が帰れなくなるかもしれませんよ?」
「僕は大丈夫。いざとなったら、三郎にでも連絡して持ってきてもらうから」
「なら、余計に借りられないです。私の事は気になさらず。それにこれ以上喋っては周りの皆さんに迷惑かかるかもしれないので」
 しーっと、私は指先を顔の近くまで持って行く。
 ここは図書室だ。いくら小声とはいえ、長く話すのはあまり得策ではない。
 その事を伝えると、雷蔵君も分かったとうなずいてくれた。
「じゃ、ゆっくりして行ってね」
「ありがとうございます」
 彼は本を抱えて、違う本棚へと移動して行った。
 私はそれを確認して、料理のレシピを探す。毎度のことながら、実はこれが結構大変なのだ。
 専門学科を専行する生徒が多く存在するこの学園。そのおかげで、専門書物はかなりの量がある。故に、本を探し出すのは一苦労。
 パソコンで入力すれば大抵見つかるのだが、今日はどうしても読みたいと言う本があるわけでもないので使っていない。
 見つかれば良いな、程度なのだがそれでも大変な物は大変だ。
「……あ、あった」
 なんとか料理の本棚を発見。その中から気になるものを探す。
 ……こんちくしょう。一番上の棚ですか。
「届くわけないじゃないですか」
 小さく悪態をつく。
 本の量も多ければ、本棚も当然大きい。その一番上の段ともなると何か台が必要なくらい高い。
「えーと……踏み台踏み台……」
「お取りしましょうか?」
「へ?」
 背後からの突然の声に少し驚く。
「本、お取りしましょうか?」
「あ、あぁ。お願いします……」
 中等部の少年に声をかけられた。幸いにも組み立て式の三脚を持っている。
 私は、この正体面の少年に甘える事を直ぐに決断した。
 残念ながら踏み台を使ったとしても届きそうになかったからだ。
 悲しいかな、我が身長。
「どれでしょうか?」
「その一番上の緑の背表紙の奴。英語表記の」
「これですか?」
「そう、それです。ありがとうございます」
「いえいえ。それでは」
 彼は丁寧にお辞儀をして去っていく。
 制服の着なれた感から、中二以上だろう。
 良く出来た中学生だ。
「さて、読み込もうかな」
 料理の棚にあったけど、英語のスペルが全く読めず何の本かもわからない本。
 一体何が載っているのやら。



 男子生徒の声が聞こえた。
 それに驚き、顔をあげる。
「は! 閉館時間!」
 声はマイク独特のエコーが響いており、すぐさま図書室の閉館を告げるものだと分かった。
 少しだけ居る予定だったのに、いつの間にかそんな時間まで読書をしていたのかと驚く。
 と言うより、気分が沈んでいたのかと。
「あの……閉館時間です」
「は! すみません!」
「い、いえ……あの、大丈夫ですか? 顔色が優れませんけど……」
「あ、そのあたりは大丈夫です。……私より、君の方が大丈夫かね?」
「僕のは元々なので大丈夫です」
 一人一人に声をかけて閉館時間を告げる少年。
 どこか顔色が悪く、沈んでいるようにも見えた。
 それが元々と言う事は、
「一年二組の子、ですか?」
「は、はい。一年二組『二ノ坪怪士丸』です。図書委員やってます」
 笑ってはいるのだが、どこか浮かないような、なんとも言えない表情。
 一年二組って本当に分かりやすい。
「おっと。そう言えば閉館時間だったね。直ぐに出ます」
 読んでいた本を小脇に抱え、私は椅子を立ち上がる。
「あ……本、どうやって返そう?」
「それなら、僕が返しましょうか?」
「お。君先ほどの心優し気少年ではないか」
「こ、心優しき……」
 少し驚いた表情をする彼は、まさしくこの本をってくれた少年だった。
 結構時間が経過しているのにもかかわらず彼はまだ三脚を持ち歩いてる。
「高い所にありましたからね。返すのは大変かと思いますので」
「じゃ、お言葉に甘えようかな。お願いします」
 ぺこりとお辞儀をして、その本を渡す。
「もしかして、君も図書委員会?」
「はい。二年一組『能勢久作』と言います」
「だから三脚持ち歩いてたですね」
「ええ。ここの図書室は本棚がかなり高いので」
 きっと彼も雷蔵君と同じように本の整理などをしていたのだろう。
 本当図書委員は大変そうだ。
「これは……調理系の棚でしたよね?」
「そうそう。あ、そうだ。それラベルをぜひお願いしたいです」
「ラベルですか?」
「うん。……気の弱い方にはおすすめできませんて」
 私は遠い目をしながら言った。
 そう。私はその所為で少し気分が沈んでいる。だから、怪士丸君にも心配された。
「どんな内容でした……」
「あ、見ない方が良!」
 時すでに遅し。
 久作君は怪士丸君と一緒に本を開いてしまった。
「……ラベル、貼っておきますね」
「お願いするね」
 必死に作り笑いで答えてくれた久作君。
 本当申し訳ない。
「怪士丸君、大丈夫?」
「はいー……ちょっと気持ち悪くなりましたけど平気ですー」
 彼も笑ってくれた。
 うん、私がちゃんと説明すればよかったね。
 『世界の珍料理百科』(タイトルを訳すとこういう意味らしい)
 良く目にする料理から虫や深海生物と言った、この国では見られないような料理も満載。
 調理風景でスプラッタなシーンもあった。
 次からはちゃんとタイトルの読める本を探そう。うん。
「あれ? ちゃん」
「おや、雷蔵君。先ほどぶりです」
「うん。先ほどぶり。どうしたの? 雨やんだけど、まだ残ってるなんて」
「いや、本を読みこんでいたらこんな時間になっておりまして……」
 実際には本を読みこんでいたら『気持ちが沈んで、気付けば』こんな時間にだが。
 まぁ、その辺は詳しく言わなくても良いだろう。
「そっか。読み込むほど良い本が見つかったなら良い事だね」
「ははは。そうあったと思いたいですね」
「不破先輩。この本で整理は最後です」
「僕も終わりましたー」
 私が返すように頼んだ本を掲げる久作君と、ポケットから何かのリストらしきものを見て雷蔵君に見せる怪士丸君。
 中等部の子たちも忙しいんだな。
 図書委員会、頭が下がります。
「OK。じゃぁ司書室行こうか。中在家先輩が待ってるから」
「「はい」」
 これからまだ仕事があるのだろうか?
 もう閉館時間と言うくらい遅い時間なのに。
「そうだ! ちゃんも良かったら一緒に来ない?」
「え? 私もですか?」
「うん。もう仕事は全部終わっちゃったし」
「でも司書室へ行かれると……」
「あーそれはね今から談話の時間なんだ」
「談話、ですか?」
「うん」
 なぜか先ほどから笑顔が絶えない雷蔵君。
 談話と言うものがそんなに楽しみなんだろうか?
「中在家先輩にも言ってくるからさ。後から二人と来てねー!」
 そう言って、雷蔵君は司書室へと向かって行った。
「……関係もない私が行って良いものなのだろうか?」
「大丈夫ですよー」
 声の方を見えると、怪士丸君が笑っていた(様な気がする)。
「人が多いほうが楽しいですから。それに、僕も先輩とお話したいです。女の人の先輩ってあまり知り合いがいないので」
「怪士丸君!」
 おもわずきゅんとした。
 顔色が悪かろうとも、やはり一年生は可愛い!
「じゃ、お言葉に甘えようかな」
「はい。一緒に行きましょう」
「怪士丸、鍵閉めるよ!」
 久作君に呼ばれて、私たち二人も部屋を後にした。



ちゃん、いらっしゃい! 先輩まだ来てないみたいだから少し待ってね」
「了解です。どうも、お邪魔します」
 司書室は図書室の横にある小さな教室の事。
 小さなキッチンや机、テーブルなどが置かれた他の教室とは少し変わった造りだ。
 本来なら司書さん専用の部屋なのだが、今は図書委員の部屋として使われているらしい。
 そう言えばこの学校、今は司書さんが不在だったっけ。
 そんな事を思っていると、雷蔵君から声をかけられる。
ちゃんはラッキーだね。今日は中在家先輩がおやつ持ってきてくれたから」
「おやつですか!!」
 多分、兎のような耳があったなら物凄くまっすぐ伸びただろう。
 それくら私は機敏に動き、分かりやすいくらいに喜んだと思う。
「図書委員会はね、見ての通り私語厳禁な委員会だから、他の委員会みたいに言葉の交流がないんだ。だからこの委員会の委員長、つまり中在家先輩がこうやって談話の時間を作ってくれてね。しかも時々、先輩お手製のおやつ付きで」
 ニコッと笑う雷蔵君。その笑顔はさっきのままだ。
 そうか、だから彼は嬉しそうに笑っていたのか。
 仕事が終わってからの休息。しかもおやつ付きとなれば、それは楽しみに違いない。
「……そう言えば、きり丸の姿が見えませんが?」
 きょろきょろと久作君が部屋を見渡す。
 ここにいない中在家先輩とやら以外にもここの住人がいるのだろうか?
「あ、きり丸なら職員室ですよ。土井先生に呼び出されましたから」
「あいつ、また何かやらかしたのか?」
「えーと、授業中に内職の雑巾縫ってった話です」
「今度は雑巾か……」
 怪士丸君と久作君の言葉に首をかしげる。
 きり丸と言う少年は一体どんな子なのだろうか?
 全く予想が付かない。
「でも、そろそろ帰ってくると思いますよ。きり丸もおやつを楽しみにしてましたから」
 空いている席の一つを見ながら怪士丸君は優しい表情をする。
 基本的に一年二組の子は優しい性質の子が多いみたいだ。
 孫次郎君も平太君も穏やかな子だったもんな。
「……あ、中在家先輩。おかえりなさい」
 自分の考えに浸っていると、雷蔵君が入口へと目をやった。
 図書委員長の中在家先輩がいらっしゃったらしい。
 どれ、挨拶の一つでも…………!!
「……。……」
 固まった。
 瞬間接着剤並みの速さで固まった。
 何か言っている先輩にはものすごく失礼ですが、何も聞こえないほどに。
「あ、紹介するね。この方が図書委員会の委員長、中在家長次先輩。とっても無口で有名なんだ!」
 無口と言うか、一応口は動いている様子。声が小さいのだろうか?
 てか、その前にとても三年生には見えないんです。ええ、潮江先輩以上に。
 はっきり言って、
「怖い、ですよね」
「う、うん。って! おぉ、すいません! つい本音が」
 怪士丸君の言葉につられて頷いてしまった。
 いや、本気で怖かったんですよ。
 なんか睨まれてるような、眼力みたいなものがあって。
「そんなに怖がらなくても大丈夫です。中在家先輩は元々こういうお顔なので。笑っているときの方が怒ってるので要注意です」
 久作君が先輩の見方を教えてくれた。
 笑顔が要注意って人、本当にいるんですね。
「そうなんだ……。中在家先輩、初めまして。二年C組のと言います」
「………。………」
「へ?」
「『ゆっくりしていくと良い』だって。さっき、君が来る事先輩に教えておいたからね」
「ありがとう、雷蔵君。では、お言葉に甘えます」
 本当に声の小さなお方だ。
 今度からはよく耳を澄まそう。
「おそくなりました!」
 ばんっ!
 大きな音を立てて、扉が勢い良く開く。
 その瞬間、男の子が飛び込んできた。
「全く、土井先生もひどいっすよ。こっちは生活かかってるのに、内職くらいで怒るなんて」
「まぁまぁ、きり丸。怒られてもしょうがないと思うし、それに今日はお客さんがいるからね」
「へ? お客?」
 雷蔵君がなだめていた男の子は、漸く私に気づき目をこちらへとやる。
「えーと、高等部の方ですか?」
「はい、一応」
「なら、先輩っすね! 初めまして! 俺一年三組の『摂津ノきり丸』て言います」
「三組? あぁだから土井先生に呼ばれてたんだね。あの先生のクラスだから」
「そう、そうなんですよ! 俺、ちょっと理由があって自分で学費稼いでまして。それ用にしてた内職で怒られたんですよ! 全く、酷い先生だ!」
 ぷりぷりと怒りながらきり丸君も席に着く。
 私は怒っている内容よりも、彼が学費を自分で稼いでいるという理由に驚いた。中学一年生なのに。
 なんか、同情とかよりも自分が幸せなんだと言う事を刻みつけられたような気がした。
「……今度は見つからない内職から探してみれば良いんじゃないかと思う。雑巾は見つかりやすいよ、多分」
 とりあえず、内職を止める様な事を言える立場ではなかったので、何とか違う形でのフォローをする。 「あ! そうか! よし、次はストラップを作ろう! あれなら見つかりにくい!」
 この子、切り替えるのめっちゃ早ぇ!
 本気で凄いよ、きり丸君。
「きり丸はしっかりしてますけど、極度のどケチなんで気を付けてくださいね。借りた物に利子が付きますよ」
「ちょ、能勢先輩! いくらなんでも親しい人たちからは取りませんて!」
 きり丸君が来た事により、部屋の空気は物凄く明るくなった。
 本当、色々な意味できり丸君って子は凄い。
 久しぶりに心の中で拍手をした。
「さぁ、みんな揃ったところで中在家先輩からの差し入れだよ」
 雷蔵君が一人一人の前に紅茶の入ったティーカップとシフォンケーキの乗ったお皿を並べる。
「…………。…………」
「今日はオーソドックスなシフォンケーキだって。感想くれたら嬉しいって言ってるよ」
「わっかりましたー! それじゃいただきます!」
「いただきますー……」
「いただきます」
 きり丸君、怪士丸君、久作君に続き、私も手を合わせていただきますを言う。
 そして、直ぐさま、シフォンケーキを口へと運んだ。
「……!!」
 はあぁぁぁ! なんだ、この柔らかさ!
 シフォンケーキの形を保っているにも関わらず、並みのスポンジよりも柔らかくって、ほわほわする。
 シンプルな味付けは甘さがくどくなりやすいのに、いくらでも食べられそうな甘さ。
 本当においしい。きっと人生の中で一番美味しいシフォンケーキだ。
「中在家先輩、相変わらずうまいです! 文化祭では、是非これで稼ぎましょう!」
「はいー。美味しいですー」
「本当、中在家先輩はお菓子作りが上手ですね」
 皆が色々と感想言っている中、私は一人意識が飛んでいた。
 幸せってこういう事なんじゃないかって思うくらい、このケーキは優しい味がしたから。
 本当に夢見心地です。
「……ちゃん、ちゃん」
「…………はっ!」
「あはは。気が付いた?」
 いつの間にか雷蔵君が目の前で手を振っていた。
 意識が飛ぶのにも程があるだろう、自分。
「し、失礼いたしました! あまりにも美味しすぎて感想を忘れておりました!」
「だろうねー。今までに見た事のないくらい、幸せそうな顔してたもん」
「出来ればすぐさま忘れていただきたい事実です」
「そんなに恥ずかしがらなくても……。で、どうだった? 中在家先輩のケーキ」
「あ、それはですね……」
 感想を述べようとした。が、その瞬間、中在家先輩の手が頭上へと降りてくる。
「せ、先輩! もしや感想が遅かったのでお怒りですか!?」
「………。………」
「えっとですね『その顔だけで十分感想は貰った』と中在家先輩はおっしゃっております。先輩の顔、物凄く美味しいって感じでしたから、文句なしっすよ」
 きり丸君が笑顔で訳してくれるけど、その言葉で申し訳なさがこみ上げる。
 間抜け面が感想ですみませんという気持ちで。
 てか、どんな腑抜けた顔をしていたのか。
 気になるけど、聞きたくないという気持ちの方が勝っていた。
「やっぱり、ちゃんは食べるので好きなんだね。お菓子も作るって言ってたし」
「え? じゃぁ、先輩ってもしかしてしんべヱの言ってた先輩っすか!?」
 テーブルに身を乗り出し、こちらの方へと顔を向けてくる。
「いつも美味しい物を持ってる先輩って、俺らのクラスで持ちきりなんっすよ! そっか、先輩がその人だったんだ」
「あはは。決していつもじゃないけどね。確かに普通の人よりは持ち歩いてるかもしれない」
「僕も平太たちから聞きましたー。今度は先輩のお菓子とかケーキとか食べさせてください」
「そんな! 中在家先輩のお菓子に食べ慣れている皆にすすめられるような物を作れる
自信が皆無ですよ!?」
 物凄い勢いで首を横に振った。
 こんなすごいシフォンケーキを作る人がいるのに、私のお菓子を食べる必要性なんて無いだろうに!
 てか、このケーキに比べたら私のケーキなんて小麦粉に何か混ぜたもの(遺伝子組み換えではない)と言う名称になりかねない。だから全力でお断りしたい。
「僕は十分美味しかったと思うんだけど……。ほら、時々ちゃん、僕ら二年にお菓子くれるでしょう?」
「雷蔵君よ、今そのネタは出さないでほしかった。と言うか、今まで私のお菓子食べさせてすいません。美味しい物で舌が慣れているだろうに」
「え、いや、本当に美味しかったよ?」
 フォローを入れてくれる雷蔵君に申し訳なさがあふれてくる。
 あぁ、もうここにいるのが居た堪れないくらいだ。
「そこまで言われると、僕達も気になります。先輩、いつでも良いんで食べさせてください。委員会でお待ちしてますから」
「久作君、止めをありがとう。……死ぬ気で作って、運が良く上手く行ったら持ってきます」
 本当に良い作品が出来るまではここには来れないかもしれない。
 私、今日から屍になってでもお菓子作りに励みます。
 なんだかんだ言っても、やっぱり食べる事は好きだしね。
「基本的に僕たちはここにいるからね。あ、そうだ。委員会に入ってくれれば中在家先輩のお菓子、定期的に食べられるよ」
「え……」
 それは今までで一番魅力的なお誘いだった。
 この中在家先輩のお菓子が定期的に食べられる?
 私を理想郷へと誘ってくれるお菓子が定期的に?
「あああ……」
「あはは、迷ってるね。なんか、いつもの僕見たいだ」
 嬉しそうな笑みを浮かべる雷蔵君が少し憎かった。
 仕事量がそこまでなければ入るのに。
 生徒会で死ぬ気で戦わなくて良ければ入るのに。
 お菓子と委員会の狭間で揺れる自分。
 中在家先輩の威力、凄いです。
「………考えておきます」
「うん、待ってるから」
 断腸の思いてなんとか答えを出す。
 とりあえず、この場は凌げただろう。でも、ふと気を抜くと考え込んでしまいそうなお誘いだ。
 でも、本当にそれほどまでに美味しいんだ、このケーキ。
 なんとも、言い難い気持ちでケーキを再び口へ運ぶ。その時、

「……委員会に入らずとも、また来れば良い……」

 不意に耳に入った声に驚く。
 低い、男の人独特声。これってやっぱり、
「中在家先輩……ですか? 今の」
「……気に入ったなら、また誘うように雷蔵に言っておく……」
 顔は相変わらずのままだったが、声は優しかった。
「あ、ありがとうございます……。、幸せ者です……!」
「うわ! ちゃん、何も泣かなくても!」
 この人はきっとお菓子の国の妖精さんなんだと思った。
 良い人だ。中在家先輩。優しく頭、撫でてくれたし。
 そして、涙を流す私の心配をしてくれた図書委員会のみんな。
 全体的に人が良すぎる、この委員会。
 この日私は、また新たな発見をしました。



「今日はありがとうございました。今度は何かしらのお礼をさせていただきます。では!」
「またおいでねー!」
 雷蔵はそう言って、の後ろ姿を見送る。
「なんと言うか、本当食べる事が好きな先輩でしたね」
 久作は少しびっくりした様子でとの語らいの感想を述べる。
「今度は先輩のお菓子が楽しみですー」
「俺も! しんべヱから聞いて一度食べてみたいと思ってたんだよなー」
 一年生は今度の再会を今から待ち望んでいるようだった。
「……食べさせ甲斐のある子だ……」
「中在家先輩?」
 静かにつぶやくその姿に雷蔵が顔を覗き込む。
「……あの表情だけでも、食べさせる甲斐はある。……料理をする者にとって、笑顔こそが最高のお礼だ……」
「あー、確かに本当幸せそうでしたもんね。今度、また誘っておきますね」
 その日、図書委員会の談話の時間はいつも以上に幸せの花が咲いていました。






作者より
中在家と主人公はお菓子を通じて仲良くなればいいと思う。
妖精は委員長だけでなく、全体がそうあれば良い。一番無難な委員会だと思っております。
2010.6 竹中歩