空を見上げれば、普通は空がある。
 一般的意見だが、青く澄み渡る空に幾つかの白い雲。
 それは代わりなかった。
 でも、それはどこまでも続くわけじゃなくて、今は限られている。
 まるで、使い捨てカメラで空を撮ろうとしている、そんな感じだ。
 とりあえず、視界が狭いと言うこと。
 あぁ、馬鹿をやったと思ったのはそれからしばらくして体に地味な痛みが広がったときだ。



その日、風紀に洗濯に行きました



「おやまぁ」
「……やはり君か。綾部君」
 園芸作業用に使う大きなスコップ(もしくはシャベルと言うべきか)
 それを左肩に携えた後輩がこちらを見ている。
「先輩、そんなに穴が気に入りましたか?」
「うんにゃ。出来れば関わりたくないほど、嫌です」
 彼はしゃがみながらこちらを見下ろしていた。
 ……はい。落ちました。綾部君の掘った穴に。
 落ちないよう気をつけていたのに。
 極力、彼に係わり合いになりたくないので、土のあるところは気をつけていたのに。
 今日、落ちました。
「気に入りましたか?」
「だから嫌だって言っているじゃないか」
「では、なぜ上がってこないのですか?」
「今回も這い上がれないからです」
「あぁ、そう言えば先輩は小さかったですね」
 嫌味? 嫌味なの?
 でも、彼の性格を考えると、天然かもしれない。
 まぁ、どちらにせよ腹は立ちます。
「残念ながら、確かに小さいですよ。なので、ココから出るのを助けていただきたい」
「……穴は嫌ですか?」
「嫌です」
「それは残念です」
「さようですか」
 少し寂しそうな顔をした後、彼は手を差し伸べてくれた。根は良い子なんだ。『根』は。
 それにしても、なにが楽しくて穴なんか掘っているんだか。
 私は彼に引っ張りあげられるようにして、穴から脱出した。
「この穴は何のために掘ったの?」
「何かの木を植えるそうです。何の木なのかは知りません」
「そうか」
 ちゃんと意味があって、掘ったなら怒ることは出来ない。今回は落ちた私が悪い。
 まぁ、前回も前方不注意だった私が悪いのだが。
「汚れましたね……」
 ぽそっと彼が呟く。
「あ、確かに。ごめんよ」
「?」
 私の言葉に、彼はゆっくりと首をかしげる。
「ど、どうかしたかね?」
「なぜ、先輩が謝るのですか?」
「え? いや、綾部君が汚れているのを気にしているようだったから。私を助ける際に汚れたのを気にしているのかと思って」
 私に手を差し伸べた際、彼の身なりは綺麗だった。私はというと、それはもう泥だらけ。
 案の定、綾部君は私を助けた所為で少し汚れている。
「……私は、先輩の制服が汚れたと言う意味で言ったんです」
「ほう、そうだったのか。心配ありがとう。私なら大丈夫。しかし、そんな心配よりも穴の付近には看板を立てておいたほうが良いよ。危ないと思う」
「はぁ」
 分かっているのか、綾部君は目をぱちくりさせるばかり。
 いかん。話が続かない。
「そ、それじゃ私は帰る。制服も洗わなきゃいけないので」
 後は帰るだけという状況に感謝。汚れたままで授業には出たくない。
 しかし、思い切り、それは止められる。
「制服、洗える場所ありますよ?」
「……はい?」
 気づいたときには、私は綾部君に手を引かれ、強引に校舎へと引きずられていた。



「どうぞ」
「?」
 つれてこられたのは、職員室の目と鼻の先にある教室。でも、何の教室か分からない。
 教室を示しすプレート等が見当たらないのだ。
「さ、中へ」
 がらっと、扉を勢いよく開けた綾部君。
 そこに広がっていたのは、

「お? 遅かったな綾部」

 ……風紀委員会の委員長様でした。
 あの、綺麗なさらさらロングヘアー。忘れるはずもない。
 というか、関わり合いになりたくなくて、顔を覚えた人だ。
 避けて通ってきたはずの、風紀委員会の教室の前に私はいる。
「綾部君、制服を洗濯したいのだが」
「はい。だから、そこにありますよ? 乾燥機能付き洗濯機」
 なんで、普通の教室中に洗濯機があるのでしょうね?
 あぁぁぁ! 今すぐ帰りたい。
「そこで洗濯すればいいんです」
「お気遣いありがとう。しかし、私は家の古い洗濯機が恋しいので、そちらで洗うよ」
「おい、何をぶつぶつ言っている。そこの小動物」
 体をびくっと震わせ、声のほうへ目をやる。
 ……風紀委員長がこちらを笑いながら見ていた。
「さっきから、何を言っているのだ? お前は」
「ははは。お気になさらず。すぐさま退散しますので」
 世の中を生き抜くために身につけた愛想笑い。今使わずにどうする。
「そうはいかん。あの綾部が女を連れてくるのは珍しい。是非、名前を聞いておこう」
「いえ、本当に名乗るものじゃございません! 私の名前の分の記憶が勿体無いので、他の物の記憶に有効活用してください」
「そこまで言われると、ますます聞きたいものだな」
 風紀委員会がSの集団というのは本当だったらしい。
 今、この委員長の不敵な笑みを見て確信した。
 に、逃げ出したい。
「立花先輩。いじめるの止めてあげてください。本当に震えてます」
「おや? 気が付かなかったな。まぁ、許せ」
 綾部君が止めると、委員長様は笑いながら目線をはずす。
「で? なぜがうちの委員会に?」
「のおおお!?」
「な、なんだ? その雄叫びは」
 私の悲鳴に委員長が驚いている。
 私の方が驚いたわ。
 名前、覚えられている。
「なぜ、風紀委員長様が私などの名前を!?」
「ん? 綾部や文次郎に聞いたことがあるのだ。背の小さい珍しい女子がいると」
 さらっと理由を述べる委員長様の顔が怖い。
 綾部君のみならず、なんで潮江先輩までがしゃべっちゃってるんですか!
「あぁ、紹介が遅れたな。私は風紀委員長の『立花仙蔵』だ。因みにクラスは潮江と同じAだ」
「ええ、存じております。立花先輩」
 関わり合いになりたくない。
 その一心で、風紀委員長のことだけは調べましたよ。て言っても顔と名前だけですがね。
「なんだ、つまらん」
「はは、つまらなくて結構です」
「……先輩、立花先輩とばかり話さないで下さい」
「おお、すまん、綾部君」
 なんにせよ、好意でココにつれて来てくれていた彼の存在を忘れていた。
 さすがにこれは酷いだろ、自分。
「洗濯機はそこです。好きに使ってください」
「因みにその洗濯機は『ほぼ』綾部専用だ。毎回泥だらけで入ってくるものでな」
「さ、さようですか……」
 納得。ある意味懸命な判断ですね。委員長様
「よろしければ、タオルはこれを使ってください」
 たたたと、中等部の制服を着た男子が傍へ寄ってきた。
「あ、ありがとう。えーと、君は?」
「中等部一年三組風紀委員『笹山兵太夫』です! 僕も一度先輩とお話したかったんです!」
 にへら、と笑う表情に少し心が楽になった。
 あぁ、良かった。一年生までがSではないんだね。
「先輩って、いつも食べ物持ち歩いてるって、団蔵が言ってたんです!」
「あー。一年生の間ではそっちの噂か」
「ほう。、お前そんな噂を持っているのか」
「えー、まー」
 そつない返事を立花先輩に返す。
 まぁ、大抵何か入ってますけどね。
「後はすごく良い人だって僕は聞いてます」
 そう言って、ハンガーを渡してくれたのは目に印象のある中等部の男の子。
 あれま、この委員会全体的に目に印象のある人が多いな。
「良い人ね。お世辞でもありがとう。それで君は何年生かな?」
「失礼しました。一年一組『黒門伝七』です。その節は一組が色々とお世話になりました」
「あー、それは間違いね。こっちのほうがお世話になってると思う」
 綺麗にお辞儀をする伝七君に笑う。
 申し訳ないが、私はあんまり役に立たない人間なんだよ。自分で言ってて寂しいがね。
「いえ! 左吉や一平、彦四郎は物凄く良い人だって言ってました! あれ? 人が良いだっけ? お人よしなんだっけ?」
「あはは。とりあえず、その辺か」
 良い人とお人よしは少し違う気はするが、まぁ、嫌な気分はしないのでここは受け取っておこう。
「それで? 、お前着替えは?」
「おぉ。忘れておりました。教室にカバンを取りに行けば、ジャージが入っておりますゆえ、取ってきます」
 あわよくばそのまま逃げよう。
 そんな浅はかな考えを浮かべた私に、
「よし、浦風。今からこいつのクラスに行って、カバンを取ってきてやれ」
 立花先輩の言葉が通り過ぎる。気のせいか私には『逃げるなよ』と聞こえた。
「分かりました。先輩、失礼ですがカバンに分かりやすい何かはついてますか?」
「カバン? ……いや、異様に重たいってことくらいかな? 青いカバンだ」
「分かりました」
 中等部の子はそれだけを聞くと走って行ってしまった。あ、学年とクラス言ってない。
「さて、これですべて解決だろう。そして、綾部。お前のほうから洗濯してしまえ。また泥だらけれはないか」
「あぁ、先輩を穴から引きずり出したときに」
 自分の服を見て、ようやく自分も汚れていることを思い出した綾部君にあきれる。
 この子、すごい性格がつかみ難い。
「どうも、すまんね。綾部君。次からは落ちないようにするよ」
「次は落ちてくれないんですね」
「汚れるの嫌だもん……て、あぁ! 穴のところに看板立ててない!」
 後で先生に言おうと思って、すっかり忘れていた。
 私の落ちた穴、結構危ないんだよ。
「む。それはいかんな。留三郎に頼んで看板を作ってもらうか」
 さすが最高学年。こういうところはきっちりしている。
 てっきり『人が落ちたほうが面白いではないか』とか言い出すと思ったのに。
 案外Sでも優しいSなのかもしれない。
「それじゃ、私が頼みに……」
、今の世の中文明の力に頼ろうとは思わないか?」
 あぁ、携帯ですか。そうですよね。
 うん、逃げようとか思ってましたけど、無理ですよね。
「立花先輩ー。代えの制服がないですー」
「お前もジャージでいろ!」
 上半身裸の綾部君がはーいと言って、洗濯機に制服を投げ入れる。
 そして、伝七君が洗剤を入れたりして、スイッチを押す。
 私は意味もなく、その光景を見ていた。
「先輩、あんまりこっち見てるとお金取りますよ?」
「おお、全然気にしてなかった。ごめん、今目線はずすよ」
 綾部君の言うとおり、確かに私の目線は彼の方へ行っていただろう。しかし、深い意味はない。
 どうも私は異性に対しての羞恥心が欠けているらしく、時々この様に着替えを見てしまう事がある。
 もちろん、意識して見ているわけではなく、単にぼーっと見ているだけ。
 一応、その事実に気付けばそれなりの申し訳なさなどはあるのだが、言われない限りはあまり気付かない。
 そんなわけで、私はとりあえず綾部君から目線をはずして、教室全体を見回す。
 基本的に白で統一された教室は、私達生徒が使う普通の教室より少し狭い。
 教室真ん中には白いテーブルが一つに、何個かのパイプ椅子。
 ファイルやらの入ったこれまた白い本棚に、ノート型パソコン一台とデスクトップ形が一台。配線が少しぐちゃぐちゃしているような気はする。
 まぁ、その隅のほうには洗濯機があるというちょっと異質な場所だ。
 あ、仕切りカーテンあるなら使えよ、綾部君。
 普通に見ちゃったじゃないか。
「立花先輩っぽい部屋ですね」
「それはどういうことだ?」
「立花先輩ってなんか高潔てイメージがあったんで」
「ほう。お前は珍しいことを言うな。大抵のやつは腹黒いとかいうのに」
「まぁ、それは否定しませんよ」
「はは、言うなお前」
「でも、腹が黒かろうがなんだろうが私は白っぽいと思ったんですよ。それに、立花先輩のお名前仙蔵ですよね? 水仙の仙の字と一緒だったので。苗字に花も入ってましたし」
 これは本当のことだ。
 先輩の名前の字面を見たとき花と仙が入っていたので、普通に水仙と思い込んでしまった。
 それに、先輩の肌も白かったから余計に。
「あくまで私の思い込みですけどね」
「……文次郎の言うとおりかも知れんな」
「はい?」
 何のことか分からない言葉をこぼした立花先輩。
 は! もしかして、三年生の間であらぬ噂がたっているのはないでしょうか?
「なんにせよ、お前は面白いやつだ。私の顔や、綾部の裸を見て平然としていられるしな」
「はは、すいません。あんまり異性に頓着がないんで。美形とかイケメンとかの区別もあんまつかないんですよ」
「なら、お前は私の顔を見てどう思う?」
 立花先輩が近寄ってきた。
 あぁ、こうやって勝ち誇ったような笑みを浮かべているからSと言われるんだな。納得。
「白い、です。驚きの漂白って感じで」
「……くっ! はははっ! 面白い、面白いぞ! こいつは!」
 がしがしと頭を乱暴になでられる。
 おおう、髪が乱れるので止めてくれ!
「立花先輩ー。先輩で遊ばないで下さいー」
「ふふ。すまない」
 ジャージに着替えた綾部君は、定位置といわんばかりに、私の頭の上に自分の頭を乗っける。
 いかん、逃げ損ねた。
「そうだ! 先輩!」
「ん? なんだい? 兵太夫君」
「先輩はパソコンとかお好きですか?」
「あー、好きなほうではあると思う。多分」
「なら、今度僕にパソコン見せてください! 僕、パソコンとか電化製品が好きなんです!」
「良いよー。もって来れそうだったら持ってくる」
「はい!」
 あぁ、一年生って無邪気で可愛い!
 どんな委員会に行っても、中等部見るだけで落ち着くわ。
 中等部に入りたい。
「あ、先輩。兵太夫に見せるのでいいですけど、こいつ半端なく弄るの好きですよ。あと、頭使ったイタズラとか」
「こら、伝七! 今言っちゃ面白くないだろう? 先輩、今度僕の作った製品も是非見てみてください」
 ……S委、失礼。『風紀』委員でしたね。次世代のSを教育中ですか?
「先輩、カバンお待ちしました」
 扉ががらりと開いて、カバンを取りに行ってくれていた中等部の子が戻ってきた。
 とりあえず私は綾部君の逃げるようにして、その子に駆け寄る。
「お、ありがとう! 重かったよね? クラス分かった? えーと……君は……」
「三年三組『浦風藤内』です。先輩のクラスは綾部先輩にお聞きしていたので、大丈夫です。それで……今の間、うちの委員会がご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「……うちの委員会?」
「あ、一応自分把握してます。人様に迷惑かけて遊ぶところのある、S委員会ってことは……」
 どこか遠い目をした彼に涙が出そうになった。
 この子は唯一まともなんだろう。
「大変だね……。よし、そんな藤内君にご褒美をあげよう」
「?」
 私はがさごそとカバンを探る。
「はい。良かったら食べてね」
 ぽんと、彼の手に出したのは卵くらいの大きさのマシュマロが二つ入った袋。
 今回は一個ずつラッピングしてきた。
「え?」
「ごめんね、少し市販のよりでかいけど」
「あ、いや……。その、貰っていいんですか?」
「いいよ。むしろ貰ってくれると助かるんだ」
 私は空笑いをする。毎回のことだが、お菓子形は作りすぎるんだ。
「ありがとうございます!」
 この委員会で一番の笑顔だわ!
 少しすさんだ心が癒された。
「ほう。一年の間で流行っている噂は本当のようだな。よし、一つ貰ってやろう」
「下さい、とは言わないんですね立花先輩」
 まぁ、こんな事になるだろうと思ってましたよ。
 一年生は可愛らしく下さいというので、そらもう、笑顔であげましたよ。
 先輩には少しむかつきましたがね。
先輩。僕も欲しいです」
「はいはい。どうぞ」
 最後に綾部君に渡した。
 マシュマロって、ふんわりしたイメージだから、なんかこの委員会に不似合いなお菓子。
 なんて言ったら、立花先輩に怒られそうだ。
 でも、綾部君の髪とかこんなイメージか。
 あと、藤内君とかも。
 そう考えると、そこまで似合ってないお菓子かもしれない。
「マシュマロって、コーヒーとかに入れて飲むのも良いですよね。少し甘いですけど」
 綾部君の洗濯が終わり、私は洗濯機を借りて制服を洗濯する。
 うん、この洗濯機なら早く終わりそうだ
「でも、先輩のマシュマロこのままでも美味しいですよ!」
「ありがとう、伝七君」
「今度、また何か食べさせてください!」
 あぁ、キラキラとした兵太夫君の顔が眩しい。
 これでイタズラするなんか詐欺だ!
「味は悪くないな。珍しく文次郎が褒めるわけだ」
「お? そうなんですか? 潮江先輩からは感想を聞いていないので、そう言われると嬉しいです」
 あの饅頭、結局食べてくれたのか。
 ありがたや、ありがたや。
先輩」
「な、なんだね。綾部君」
 不意に声をかけられ、すこし声が裏返る。
「マシュマロって、頑固ですよね」
「…………は?」
 えー、相変わらず性格がつかめない子です。
 一体何を言っているんでしょうか?
「なぜ、そう思ったんだ?」
「だって、潰しても、潰しても絶対に元の形に戻ろうとするじゃないですか。だから頑固」
「あー……確かに」
 やわらかそうに見えて、意外に固い
 確かに力いっぱい潰せば潰れるけど、大抵は元の形に戻る。
 てか、潰そうとするな。
「なんかむかつきます」
 むーと、マシュマロを見ながら少し怒っている様子。
 彼にしては珍しい表情だ。
「確かにむかつくかもね。でもさ、さっき私が言ったこと覚えてるかい?」
「?」
「コーヒーに入れて飲むってやつ。基本熱を加えたらそいつら柔らかくなるから。もし、その触感が嫌ならそうして食べてみると良いよ」
「なるほど」
 相変わらず彼は無表情。
 でも、なんとなく心の内は分かった。彼の心情は表情ではなく、ちょっとした体の動きで取ればいいのか。覚えておこう。
「じゃぁ、今度はそうして食べます」
「そうしな、そうしな。さて、私は制服が洗濯できたんで、帰らせていただきます」
 綺麗になった制服を見て、ほっと一安心。よかった、染みにはなっていない。
 仕切りカーテンを閉めて、制服に着替える。
 ある意味こういうところは良いな、風紀委員。
 今度制服とかが汚れた貸していただこう。
「今日は綾部が世話をかけたようだな」
「いえいえ。大事にならなかったですし、他のお嬢さん方が犠牲にならなくて良かったです」
「せ、先輩もお嬢さんじゃないんですか?」
「ん? 私はあまり自分に頓着がないからね。友人なんかが泥だらけになるのを見るよりはましだよ。藤内君」
 心配そうにこちらを見てくる、藤内君に笑う。
 その気持ちだけで十分です。
「それじゃ、失礼しました。S委員会様」
「おい、。さり気なく失礼だぞ」
「おっと、立花先輩失礼しました。風紀委員会でしたね」
 いけないいけない。つい本心が出てしまった。
 でも、そこまでSと言うほどではなかった気がする。
 甚振られたりしなかったし、それに基本優しかった。
 見た目とか、ちょっと度の過ぎたからかいの所為でそう呼ばれるのかもしれないな。
 しかし、藤内君以外は引き続き気をつけておこう。
「立花先輩、もう少し素直になったほうが良いかも知れないですよ。巷じゃ好き放題言われてます」
「知っている。だが、止める気はない。言いたい奴には言わせておけばいい」
「さようですか。本当は先輩のみならず、皆優しいのに勿体無いですね」
「優しい、か。どうしてそう思った? お前は少なからず、からかわれただろう?」
「……だって、洗濯機貸してくれましたから。優しいです」 
 ちょっと基準がおかしかったかもしれないが、そう思ったのだから仕方ない。
「だから、私、風紀委員の皆さんがマシュマロのようになること祈ってます」
「マシュマロ、か?」
 突拍子もない言葉だと立花先輩は思っただろう。
「何らかの理由で頑固なそのSが、柔らかく、優しくなること祈ってますよ」
 それだけ言って、私は教室を後にする。
 ちょっと自分でも、変なこと言った思ったけどしょうがないじゃないか。
 だって、風紀委員の雰囲気がマシュマロに見えたんだから。
 白い。
 頑固。
 少しむかつく。
 なんとなく似てるなって思った。




「僕、先輩だけにはいたずらしないように決めた!」
 伝七に兵太夫が意気込んで語る。
「まぁ、食べ物くれた先輩に普通にそれは失礼だけど、あの先輩、逆に申し訳がないタイプだよね」
 一年生がうんうんと頷く。
「からかって怒るけど、結局は許してしまうタイプですね」
 藤内が珍しい先輩だと笑う。
「綾部、お前の言っていた人間。想像以上に面白い」
「……でしょう?」
 立花が笑う間も、綾部は一頻りマシュマロで遊んでいた。
 マシュマロとS。
 まったく接点がないものを結びつけた生徒、
 彼女はまた、自分で面倒くさいの種を撒いていったらしい。






作者より
なぜか私の中でマシュマロは風紀(作法)のイメージでした。
主人公、今回少し疲れてたんですね。台詞が甘いです(笑)
2010.6 竹中歩