開花 春。新学期。 なにかと『新しい』という言葉に合う季節。私は机とお友達になっていた。 「……恨むよ、先生」 はぁ、とため息をつき、再び机に突っ伏す。 なぜ自分がこのような事態になっているかというと、すべてはクラス替えのせいだ。 それは、まだ新学期になる前。春休み直前のことだった。 その日は終了式ということもあり、クラスメイト全員で大掃除。 渡り廊下やら、外のトイレの清掃などでクラスメイトは散ったが、自分は教室が担当だった。 後はワックスをかけるだけだねと、友人と話していたとき、担任がにこやかな顔をしながら一枚のプリントを持ってきて、黒板に張り出した。 それは新しい学年のクラス表。この学校では新学期が始まる前に新しいクラスを告知するという慣わしらしい。 中高一貫校のこの学校では当たり前な光景。 しかし、高校からこの学校に入った自分にとっては初めての経験だった。 ちなみに、高等部のクラス替えはあまり面子が変わらないのが特徴。 それはクラスの編成が生徒のほぼ希望通りになるからだ。 一学年、基本三クラスで構成。 A組は進学クラスと呼ばれ、基本的に大学を目指す優秀な生徒さんの集まり。 B組は専門クラスと呼ばれ、専門的な学校に行きたい、手に職をつけたい生徒さんの集まり。 C組は総合クラスと呼ばれ、A、B組どちらにも気持ちが傾かない生徒さんや、就職したい生徒さんの集まり。 なので、必然的にクラスは決まり、毎年大抵の生徒が同じクラスを選ぶ。 でも、クラス編成の希望を出す時に同じクラスを選ばない生徒も、もちろんいる。 高校に入ってから成績が上がったので、B組からA組に入る子。 やりたいことがあるからC組からB組に入るという子。 あとは家庭の都合上、就職のためにC組に入るA組の子もいる。 あ、ちなみにA組だけは入るのにテストが入ります。 A組だけは頭が良いので、入っても付いていけるかを判断するためです。 入っても付いて行けなきゃ意味ないからね。 そんな理由もあって、私は去年はどこに入って良いかわからず、C組を選んだ。 でも、今年から調理系の学校に進みたかったので、B組を希望しました。もちろん友人も一緒に。 しかし、今年も総合クラスのC組です。 なんでかって? むしろ私が聞きたいです。 クラス表が張り出されたとき、自分の名前がC組にあったので担任に詰め寄ったら 『クラスの人数調整のため、お前にはちょっとばかり犠牲になってもらったZO☆』 と、ウインクされながら言われました。 既婚者の男性四十代にウインクされても喜ばないですよ、私。 と、まぁ、そんなわけで私は今年もC組です。友人と離れ離れで。 おかげで、こんな風に一人寂しく黄昏てます。 まぁ基本的に面子は変わってないから、仲は良い。 頼めば一緒にお弁当だって食べてくれると思う。クラスメイトだしね。 それに、C組は他のクラスに比べて何故か決断力が強く、全体が仲良し。これはどこの学年でもだ。 でも、違和感がある。……慣れないんです。一人転校生気分てやつです。 同じクラスなのに、何か違う感じがするんです。私一人が仲間はずれ。 もう少ししたら友達もできるんでしょうが、今はまだできません。 「あ……チャイム……」 四時限目終了のチャイムが鳴った。 ちなみに授業中だったんです。でも、サボってないよ? だって、自習だったんだもん。 なんでも、学校で飼ってる軍鶏が逃げ出したとかで、先生たちが必死に捕まえてた。 そう言えば一年のときは亀が教室に進入しても半日気づかないなんて事件もあったっけ。 そんなことを思い出しながら、私は弁当箱を取り出し、自販機へと歩いこうと踏み出す。 「さん、一緒にお弁当食べない?」 クラスメイトの女子が誘ってくれたけど、残念ながら私は普通の女子が話す様なネタを持ち合わせていない。 お洒落とか、芸能人とか、色恋沙汰とかそう言う物。 あって、食べ物の話くらいだ。 「大変申し訳ない。今日はお弁当の中身がそれはもう、恥ずかしいので今日は一人で食べます。また次回、誘ってください」 と言ったら、分かってくれた。また今度ねと言って。 ごめん、理由今作った。本当すみません。 弁当はまともですよ? ……多分。 「さて、どうしたものか」 外。玄関脇。 自販機に群がる生徒たちを見ながら私はその集団の後ろの方へ控える。 「何を飲もうかな……」 残念ながら、私は身長が低いため、一番上飲み物に手が届かない。 まぁ、私以外にも届かない生徒もいる。『私だけ』じゃありません。 なぜ、コンクリートの塊の上に置いたよ、うちの学校の自販機。生徒に優しくない。 本来なら友人に頼むのだが、今日はそうも行かない。 となると、二段目か三段目の飲み物に限られる。 「えーと……普通にお茶にするか」 私は基本的にお弁当の時は大抵お茶。パンのときは何でもいいけどね。つまりは無難なのが好き。 幸いなことにお茶は一番下だった。 うん、押せる。 そう思って、自分の番になり、お茶のボタンを押す。 「……なんじゃ、そりゃ」 ガランガランっと音を立てて出てきたのはお汁粉だった。 ちょっと待て。なぜお茶を押したらお汁粉が出た? お汁粉は一番上の段でしょうが? とりあえず持って考える。 既に自販機の周りには人影もまばらで、他の自販機でみんな買っているらしく、迷惑にはなっていないようだ。 「……しょうがない、もう一回押すか」 さすがにお汁粉で弁当は食べたくない。 そう思ってもう一回ボタンを押す。 「……またお前かー!!」 拝みたくなかったお汁粉と言う文字に腹が立った。 あれだな? 業者のミスだな? あとで先生にでも言っておこう。 さて、困ったものだ。 お汁粉二本でお弁当を食べろと言うのか。 ……まぁ、なんとか頑張ろう! そんな訳で私はお汁粉を二つ手に持ち、その場を後にした。 その後、私と同じよう目にあった人がいるらしく、後方のほうで『何でお汁粉が!?』と言う声が聞こえてきたのは気のせいではなかったと思う。 「……確か、ここだよね?」 友人にどこか静かに食べられる場所はないかと聞いたところ、食堂がお勧めだと言われてしまった。 いやいや、人が多いだろうよと突っ込んだら、中高共通の食堂ではなく、高校校舎の食堂があるらしい。その言葉を頼りにたどり着いたのは購買部の横。 因みに普通に購買部では男子達の間でパンを巡った争いが起きている。出来れば巻き込まれたくはない。 「と言うか、小さくないか?」 購買の横と言う大きさと、この校舎の外観から広さは六畳ほどだろうと思う。 まぁ、一人で食べるなら問題はないだろう。 そう思って扉を開けようとした時、 「じゃ、俺、飲み物買って来るわ」 「ぐはっ!!」 思い切り扉が開かれ、おでこにあたりました。 えぇ、よくあるので気にしてませんよ? 存在感ないですからね! なんか身長低くて、視界に入らないらしいですよ。 自動ドアも時たま反応しない位ですからね。 でも、痛いものは痛い。おでこを抑えつつ、何とか耐えた。 「ごごごごご、ごめん! 大丈夫!?」 見ず知らずの男子に心配されている。 あぁ、すいません。見ず知らずの男子。 「だ、大丈夫です……」 しかし、迂闊だった先客がいたとは。そんなこと微塵も考えていなかった自分に反省。 「あー……本当にごめんね」 「いいえ。早く開けなかった私も悪いんで……」 「いやいや。本当ごめん。あ、中に入る?」 「いえ、私が入ると狭さが増しそうなので、良いです」 「あ、それなら大丈夫。今日は俺ら以外いないから」 見ず知らずの男子は扉を開けて、強引に中を見せた。 あぁ、思った通りものすごく狭い。 長机が二つ並べてあり、それを囲むようにパイプ椅子が幾つか存在している。 それが二組。それだけだった。 そして、そのうち一つを陣取るように男子生徒が四人こちらを見ている。 本来なら十人くらい入れる食堂だと思う。でも高校生の男子が四人いるだけ、その空間はかなり狭く感じた。 「勘右衛門、誰? その子」 机に足をかけ、紙パックのイチゴミルクを飲む男子が話しかけてくる。 全く知らない人だ。ていうか、その横の人と同じ顔をしてる。あ、双子かも。 「今扉ぶつけちゃって……ここに入るみたいだったから」 「あぁ。お弁当持ってるもんね」 手に持っていたお弁当箱で気づかれたのか。 豆乳と書かれた紙パックを持った男子が言ってくる。 はて? この学校に豆乳なんて売ってたかな? 「それは災難だったねー。大丈夫?」 イチゴミルクの人と同じ顔をした人がこちらを見る。 本当にそっくりすぎて、分からないんですが……。てか、両手に飲み物? しかも交互に飲んでる。 イチゴジュースと牛乳飲んだらイチゴミルクでしょうが! 別々に飲まなきゃ駄目なんですか? と、心で突っ込みを入れていると、もう一人の男子も会話に語る。 「てか、勘ちゃん。飲み物買いに行かなきゃ、時間ねぇぞ」 「あ!本当だ! 行ってくる」 おいおい。見ず知らず男子よ、置いていかないでおくれ。 私、一人で食べたいんで、早くココから消えたいんですが。どうしろっての? 『友人を探しに来たんですが、いなかったので失礼します』って言うか? いや、時間が……まぁ、最悪放課後にでも食べれば…… なんて考えていると、先ほどの見ず知らず男子を勘ちゃんと呼んでいた男子が、 「早く座って食べないと時間がなくなるぞ?」 「おぉ! そうですな!」 ……女の子みたいな対応できなくて、本当すみません。 その対応が面白かったのか、イチゴミルクの人が噴出す。 「ははっ! なんだよそうですなって。ありがとうございますとかだろ? 普通」 はは。残念ながら私に普通はないんですよ、男子よ。 「こら三郎! そんなこと言わないの! まぁ、八の言うとおりさっさと食べたほうが良いよ?」 「はぁ、すいません」 もう腹をくくろう。ここで食べるしかない。私は豆乳を飲む、彼の言葉に従う。 男子ばかりの食堂で食べるというのは、いさかか緊張して食べた気にはならないだろうが、授業中に腹がなるよりはましだ。 お言葉に甘えて、食べることにしよう。 「いただきます!」 いたっていつもと変わらないお弁当を目の前に手を合わせる。野菜サラダのおかげ、茶色くなりやすい弁当も色とりどり。 毎朝、ありがとう母よ。 そんなことを思いながら、食べていると、男子たちの目線がこちらへ向かっていることに気づく。 「な、何でしょうか?」 。ここまで多くの男性に見つめられたことはございません。 てか、この人たちいくつよ!? 年上か年下か同級生かも分からない。制服のおかげで高等部であることは確かなんだが。 「……ねぇ、それ何?」 「それ、と申しますと?」 「それ。なんか爪楊枝が刺さってるやつ」 イチゴと牛乳を別に飲む男子が指差しているのは、うちでは定番のおかず。ちくわの磯辺巻きだ。 母が昔から竹輪を縦に四等分にして、それをそれぞれ海苔で巻き、爪楊枝に刺すと言う、まぁ細かいことをする。 確かに自分の弁当以外では見たことがなかった。 「ちくわです。母が見栄えがいいようにと、いつもこうするんです」 「へぇ……すごいね。手間隙かかってる」 あまりにも目をキラキラさせながら言うもんだから、言わずにはいられなかった。 「た、食べますか? 気になるなら」 「え!? や、良いよ! 欲しくて見てたんじゃないし」 「『気には』なるのではないですか?」 「あ、確かに気にはなったよ? 見たことのないおかずだったから……でも、貰うなんて迷惑なこと……」 なんだこの人? 断るなら断れば良いし、いるならいる、と言えば良いのに。男の人にしては珍しい対応だ。 すると、 「俺がもらって良い? 俺もそれが気になる」 名乗りを上げてきたのは先ほど豆乳の人に八と呼ばれていた人だ。ハチ……でよかったよね?タチじゃなかったよね? 自分のもの覚えの悪さに申し訳なさがこみ上げる。 「ど、どうぞ」 爪楊枝を手に取り、私はちくわを渡す。 「ありがとう! いただきます……あれ? なんか変わった味がする?」 「お口に合いませんでしたでしょうか!?」 なんか変なもの入れた!? なに入れた!? 母よ! 「……唐辛子?」 「あ……あー……。今日は唐辛子だったんですね」 「今日は?」 「えー……このちくわ、軽く炒めておりまして、その際に七味なりマヨネーズなりで味をつけるものでして」 「あ、そうなんだ。これ旨いよ! なんか酒飲みの人が好きそうな味」 でしょうね。私もそう思いますもん。 てか、弁当食わせてよ。……失礼、食べさせてよ。 「お口にあったなら何よりです」 「……ねぇ」 「はいぃ!?」 思わず声が裏返る。えーとこの人は……三郎? とか呼ばれている人だったような気がします。 「そっちのは何?」 「そっちの? ですか?」 「そう。その卵みたいなやつ」 指差されたのは、薄揚げ卵。もち巾着の変わりに卵が入った少し風変わりな巾着。 ちなみに卵が見えたのは、出来上がったものを半分に切っているからでしょう。 「薄揚げの中に卵入れて、甘辛く煮付けたやつです」 「初めて見た……」 「……いりますか?」 こくんと彼はうなずく。招待面で失礼だが、なぜかこの人の顔は人を馬鹿にしているようないやな笑いだ。 とりあえず、どうやって渡そうかと四苦八苦する。 「あーんさせてくれれば……」 「全力でその権利を他の人に譲渡させていただきます」 一瞬考えたが、私はそう言う可愛らしい立場ではない。むしろ私はそれを見ながら笑っている方が好きだ。 考えた挙句、もう一つ残っていた竹輪の磯辺巻きの爪楊枝を取って、薄揚げに刺してそれを渡す。 「どうぞ」 「ありがとう……」 一口でぱくっと食べる姿はさすが男子だなと思った。 しかし、この方反応が……。あ、もしかして。 「言い忘れてました。うちの味付け若干甘いです」 「だろうね。それを言おうと思った。美味しいけど」 うん、うちの家の煮つけって全体的に甘いのよ。言い忘れててごめんよ。 「てことは、もしかして玉子焼きも甘いの?」 「へ? あぁ、はい。甘党の家族がいるので、もうお菓子並みに甘いですよ」 そういうと、イチゴと牛乳の人が目を輝かせた。 「いいなー! うちの玉子焼き薄味タイプなんだよね」 「そう言えば、雷蔵は甘いの好きだもんね」 豆乳の人が笑う。あ、今気が付いた。この豆乳の人まつげ長い。 とまぁ、この流れで来たら、あげない訳にはいかないよね。 「い、いりますか? べらぼうに甘い玉子焼き」 「え!? 良いの!?」 「はい、良ければ」 しかし、困った。どうやって玉子焼きを渡そうか。もう爪楊枝はないし、口に運んであげることもできないし……。 「ありがとう! じゃ、お言葉に甘えて」 ひょいっと、お弁当箱に箸が伸びてきた。 あ、そっか。考えてみたらまだ皆さんお弁当の最中。箸も出てるわな、そりゃ。 食べ終わったと思しき、竹谷という人と三郎という人を前提に考えたから、箸がないと思い込んでいた。 「うわ! 美味しいね、これ! 本当お菓子みたい!」 嬉しそうに笑う彼に、私はたじろぐ。 初めて見たよ、うちの家族以外でこれを美味しいと言った人を。 「あ、ありがとうございます……」 今思ったが、このなれなれしい集団はなんだ? 普通は、無言にならないかね? まぁ、基本的に中学時代も男子の友人がいたので、気にはしてない。 普通の女の子なら、絶対照れているだろう。ココまで見つめられてお弁当食べてたら。 残念ながら私はそんな風にはなっていないと思う。 なんか、意識する程ではないんだ、異性って。 「ていうか、みんながおかず取っちゃってごめんね」 考え事をしつつ、箸を運んでいると豆乳の人が笑って声をかけてきた。 ふむ。この人がまとめ役のようなものか。周りの人間より落ち着いているし、フォローに回ってきた。 「いえ、食べる時間が無かったので、消費してもらえて何よりです」 「ありがとう。……て、ごめん。実は俺もそれが気になっちゃって」 あんたもかい! 思わず心の中で突っ込みを入れてしまう。 彼が気になったというのは、もうこれしかない。というか、これしか残ってない。 「えー…これは高野豆腐の卵とじです。薄味にした高野豆腐を仕上げに卵でとじたものです」 だったよね!? お母さん! もう、何から突っ込んで良いかわからず、とりあえず弁当を作ってくれた母の名前を呼ぶ。 「と、豆腐……。豆腐……」 「あ、兵助の豆腐スイッチが入った」 三郎と呼ばれた人がけらけらと笑う。 なんだろうそのスイッチ。とまぁここまで来て、この人にだけあげないってわけには行かないよね? 「食べますか?」 「え、でも、俺までおかず取っちゃったら……」 「お気になさらず。ダイエットが出来てちょうど良かったです」 そうでも言わなきゃ、フォローが出来ないよ。 私は高野豆腐の入ったアルミカップ渡す。これは汁気が多いから、アルミカップを敷いてある。 「ありがとう!」 まるで人が変わったかのように、えーと名前なんだっけ? ……あーぁ、ごめん!一回しか聞いてないから覚えてないわ! まぁ、とりあえずその彼がうれしそうに高野豆腐を頬張る。 アルミカップから直接食べれば手も汚れないしね。 「あ! すごいこれ、高野豆腐なのに味が染みてる!」 「はは、ありがとうございます。これだけ男子生徒に美味しいといっていただければ、母も嬉しいと思います」 だよね! お母さん! あなた常日頃から、寮母さんになりたいって言ってたくらい、男子高校生を愛でてたよね! とりあえず、普通に生きてたら経験しないような状況に私は何度もお母さんと叫んだ。 そのおかげもあってか、ようやく弁当完食。 これでようやく教室に戻れる。そう思って、立ち上がったとき、後ろの扉が勢いよく開いた。 「ぐはっ!」 「あ! もしかして、また……?」 ……うん。後頭部にあたりましたよ。 だって、入り口を後ろにして座ってたんですから。なぜかって? それが一番彼らから遠い席だったからさ。 「うわわわ! ごめん、本当ごめん大丈夫!?」 「だ、大丈夫です…… 頭だけは頑丈なんで」 そう。頭だけは頑丈なんだよ。 扉を開けたのは、先ほどの見ず知らず男子。ようやく帰ってきたか。 「勘右衛門……お前……」 ちくわをねだって来た男子が呆れる。 「だって、まさか入り口にいるとは思わないじゃん!」 「わ、私もここに座ってて申し訳ありません。空気も読めなくて、本当、ごめんなさい」 早々に立ち去ろう。今日は厄日だ。 「それでは、お騒がせしました。場所の提供ありがとうございます」 なんだかんだ言って、貴重な体験であったのは言うまでもない。 男子に囲まれて、食事するなんて早々ある経験じゃないでしょうよ? 「こっちこそごめんね! 二回も扉当てちゃって」 「いえいえ。今日は星の巡りが悪かっただけです。では」 ずっと謝り続けている男子。逆にこちらが申し訳ない。 「遅かったね。勘右衛門」 飲み終えた豆乳のパックを折りたたんでゴミ箱に放り込む男子に、見ず知らず男子は返答する。 「あ、そうなんだよ。お汁粉押したら、お茶でちゃってさ。先生に言いに行ってた」 お汁粉? あぁ、そう言えば二本ともそのままだったな。 弁当袋の中にまとめて入れちゃったから忘れてたけど。 「……えーと、良かったらいりますか?」 お弁当の入った袋からお汁粉を一つ取り出す。 お弁当も食べてしまったし、何より目の前に欲しい人がいるのだったら渡したほうが良いに決まってる。 「あ、お汁粉!」 「良かったらどうぞ。私飲まないんで」 「それは悪いよ! だって、俺、君に扉二回もぶつけてるんだよ!?」 「気にしないでください。頭だけは頑丈なんで。それに、あなた様だけ何もあげないのは失礼だと思ったので」 見て分かる。 彼ら五人は仲がいいのだろう。 他の四人にはお弁当のおかずをあげたが、彼だけ何もあげていない。仲間はずれは可愛そうだ。 「俺だけ貰ってないってどういうこと?」 「えーと、色々ないきさつでそのようなことに。まぁ、細かいことは気になさらずもらっておいてやってください」 私はそう言って、長机にお汁粉を置いて、食堂を後にした。 もう二度とくることはないだろう。 彼らのひと時を邪魔するほど私も無粋ではないし、そのうちクラスで一緒に食べる友人も出来るさ。 そう思って、私は少し温くなったお汁粉の缶を開けて、それを飲みながら教室へと戻った。 「なんかあったの?」 勘右衛門は貰ったお汁粉を上下に振って、プルトップを握る。 「弁当のおかず分けてもらった」 「え? 三郎知り合い?」 「全然」 飲みあげたイチゴミルクのパックを乱暴にゴミ箱へと投げる。 「彼女のお弁当の数が珍しいものが多くて、皆で気にしてたら、くれたんだよ」 兵助が勘右衛門の分かるよう説明をする。 やはり彼がリーダー格らしい。 「初対面に対してもらうってすごいよ……お前ら」 「勘ちゃんだってそうじゃん。お汁粉」 「あ、そうか」 雷蔵がくすくす笑いながら、勘右衛門のお汁粉を指差す。確かにこれも初対面の子から貰ったものだ。 「あのちくわ、結構うまかった。マヨネーズの味とかどんなんだろうな」 「あ、僕も玉子焼き美味しかった! うちじゃ絶対に食べれないもん」 「高野豆腐も、お弁当のおかずとは思えないほど上品だったよ」 「他のおかずも気になるな。あの卵も、甘かったけど、結構いけるし」 自分がいない間に、いろんな物を食べたんだなと勘右衛門はお汁粉を飲みながら話に聞き入る。 いったいどんなお弁当だったんだろう? と、その前に。 「で? 結局どこの子?」 「「「「知らない」」」」 「って! おかず貰っといてか!」 勘右衛門の鋭い突込みが入る。 「だって、お弁当分けてもらってたら時間になって、いつの間にか帰ってるんだもん!」 雷蔵も聞いておけばよかったと、今更になって言う。 「でもさ、そのうち来るんじゃね? ここに来たってことはさ」 「確かに三郎の言うとおりかもね。めったに来ないこの場所に来たんだもん。次に来た時に皆でお礼言えば良いよ」 兵助が笑って、立ち上がる。 「そうだな。そのとき皆で飲み物でも奢ろうぜ」 八左ヱ門のその一言で、ようやくその日の昼食が終わった。 しかし、彼女はそれからしばらく、食堂には現れなかったらしい。 作者より パッションが抑えられず、ついに書いてしまいました。 夢小説は初めてなので、変なところがあれば拍手等で是非お知らせください。 高校生男子は食い気が強いと思うのは私の個人的願望です(笑) 2010.6 竹中歩 |